第286話 調査依頼
謎の黒い石、その正体がこの世界、日本にとっての異世界出身だとしたら、色々とはっきりする。
いや、それだけで全ての事象が確定する訳ではないのだが、納得のゆく推測が立ち、散らばっていた点が繋がることになる。
まず最初に、何らかの事故のような原因によって、この世界の石が日本へと転移してしまった。
それにより二つの世界の扉が開き(あるいは扉が開いた結果、転移した)、謎の石をエーテルで調査していたその際に、オペレーターAIであるカナリー達が、逆にこちらの世界へ転移してきてしまう。
それにより、この石に恐怖を感じた研究者は、石を外気に、エーテルに触れないように厳重に封印した。
そうした一連の流れが、事実かどうかはともかく、自然な形で導き出せる。
「じゃあ、それと同じ石をこっちで探すんだね。お使いクエストだ、腕が鳴るね」
「……でもユキ? クエストのヒントが出ている訳でもない上に、範囲は世界中よ?」
「それに、必ずあるとは限らない。世界全てをくまなく探して、その上で不発に終わる可能性だってある」
「それは、恐ろしい徒労感ですね!」
ゲームのように、クエストには必ず成功が保障されている訳ではないのだ。
町の人はヒントを教えてはくれず、マップにマーカーは表示されず、アイテムのレシピは伏せられたまま。それでどうやって探せというのか。
「よし、さっそく聞き込みに行こう!」
「お待ちなさいな。行動力は評価するけれど、闇雲に探しても見つかりっこないわ?」
「んー、そうだね、ごめんルナちー。街のヒト全員に話しかけるのも、迷惑だもんね」
「……全員に話しかけるつもりでいたのね」
情報収集の基本である。このゲームでは当てはまらないが、街に配置されたNPC、そのどれかがクエストに関係した話題を持っていることは多くある。
だが、必ずしもどのNPCが対象なのかは分からない。例えば何の変哲もないお店の娘さんが、噂話として重要な情報を抱えていることだってあるのだ。
その対処法として有効な行動が、『全員に話しかける』こと。乱暴だが、確実に見つかる方法として古来から重宝されてきた。
ただ、このゲームのNPCは個々の生活を持つ、別世界のれっきとした人間。むやみに全員に話を聞いて回るのは、彼らの生活の迷惑になるだろう。
「それに数が多いしね」
「ですが、有効な手段であるかも知れませんね。そうして手当たり次第に聞いていれば、必ず街の噂になります」
「ああ、そうか。必ずしも全員に話しかける必要はなくって」
「はい。有益な情報源があれば、あちらから接触してくる事もあるでしょう」
もちろん、対価は必要とされるだろうが、と付け足してアイリは語る。
そこも、ゲームとは違う部分だろう。NPCは受け身なだけではなく、街で大きな動きがあれば、自分から行動を起こす。
その結果、今回の例で言えば、鉱物商か何かが、『お嬢さん、何かお探しですか?』、と声を掛けてくる展開もあるだろう。
「あ、でもそれじゃ余計にダメだねー。ハル君のチームの一員としてあまり目立つ行動はできないや」
「……ごめんねユキ。気を遣わせちゃって」
「いいのいいの! もともと情報収集は向いてないし。私は足で探そうかな!」
「足でって、あなたフィールドに石を拾いに行くつもりなの……?」
「そのとーりだぜルナちー」
元気なユキらしい話ではあるのだが、これまた途方もない大変さだ。
「それで、どうするのかしらハル? ユキの行動は役に立つでしょうけれど、絶対に見つかることは無いわよ?」
「うお、褒められつつディスられた!」
各地から手当たり次第にユキが石をかき集めて来れば、地質の情報や鉱石の分布情報などが明らかになるだろう。
しかしながら、ユキが偶然“当たり”の石を持ち帰ってくる可能性はゼロに等しい。ルナが語るのはそういうことだ。
これは何もユキだけではない。ハル達にだって同じことが言える。
例えば、鉱物系のマーケットを覗いて見たとして、そこで都合よく同じ石が見つかる可能性は低い。
世界中の店を見て回る、というのも現実的ではない。ユキが素材採取に出るのであれば、実質動けるのはルナだけだ。
その他のメンバーは、王女様、女神様、そして神のオーラを発してしまうハルと、店を訪ねるには向かない。
そのため、そういった地道な手段に頼らぬ、画期的な手法の考案は半ば必須であった。
「まあ、ひとまず考えていることはあるよ。さっきのアイリの話がヒントになった」
「やりました!」
「噂になればNPCの方から動いてくれるっていうんだったら、まずはなるべく影響力の大きい人から接触しようかな」
*
「それで、我を頼ってきたという事か」
「悪いね、唐突な訪問で」
「ふはは、構わぬわ。藤の国との会談、その調整もしたかったことだしな」
そうしてハル達が訪問したのは、ヴァーミリオンの国、その王城。国主、クライス=ヴァーミリオンの下だった。
この世界、国のあらゆる権力構造は<王>に集約する。情報もまた同じ。故に、<王>を頼れるのであれば、それが最も確実な調査方法であった。
「ふむ……、これか。しかし、言っては何だが、役には立てんかも知れんぞ? 我らは知っての通り、国交を閉じている。物の流通に関しては、明るくない」
「商業の国など、他をあたった方がよろしいのではないでしょうか?」
「カナン。せっかくハルが我らを頼ってくれたのだ。水を差すな……、と言いたいが、カナンの言う通りよな」
「商業の国とは交流が無くてね」
ハルも、あらゆる国と友誼を結んでいる訳ではない。特に、商業を司る緑色の国とは、国とも、守護する神とも、交友関係は皆無だった。
「そういえば、アイリ殿下のお国、ひいてはハル様のお国も商業国であらせられるのでは?」
「おお、確かにな。宴に招かれた時など、我も経済力の差に唖然としたものよ」
「……表情ひとつ変えてなかったクセに」
「それが、皇帝というものであるからな」
ハルとアイリの自国、梔子の国。確かに、こうして遠方の帝国に頼みに来るよりも、普通ならば真っ先に頼るべき所だろう。
だが、そんな親戚ともいえる梔子の王家とはハルは非常に縁が薄く、その物理的な距離の近さとは間逆に、精神的な距離感は非常に遠いものとなっていた。
アイリとしても、何となくあまり関わり合いになりたくないようなオーラを発しており、結局は二人とも候補に挙げること無く、こうしてクライス皇帝を訪ねたのだった。
「わたくし、家とは疎遠でして。もちろん、後々、書簡において打診は行うつもりではありますが」
「手紙、か。どこも面倒なものよ、王家などという物は」
「ええ、全くです」
「兎も角、そういう事であれば請け負おう。これは、預かって構わぬのか?」
「ああ、まだあるからね」
というよりも、<物質化>でいくらでも増やせる。
ハルはクライスに黒い石を預け、類似品がこの国の機関で扱っていないか、調査を依頼した。
これで、足で探すよりもはるかに幅広い情報が得られるはずだ。もしこの国に無くとも、調査にあたった専門家から、探すべき場所のヒントを得られることも考えられる。
クライスはそれをカナンへ預けると、仕事の話は区切りがついたとばかりに姿勢を緩め、表情を崩した。
「しかし、よほど重要なことのようだなハルよ。今日は隣には王女だけではないか」
「……いや、別に女の子の準備の時間を惜しんで飛んできた訳じゃないから」
「ふははは! 気勢が弱いぞハルよ。傍らに居る妻の数が減ると、貴公も形無しか」
「確かに、支えてくれるアイリたちあっての僕だけどさ」
「まぁ……」
うっとりと頬を染めるアイリ。軽口ついでに、相手の妻を上げる流れを作るサービスだろうか。
しかし、ハルを軽んじているともいえるそのクライスの言葉に、後ろに控えるカナンからは棘が飛んできてしまう。
「陛下、調子に乗られませんように。例え奥方様がおられなくとも、陛下とハル様では格が違います」
「ふははは! 分かっておるわカナン。我など、妻の一人もおらぬからな!」
「……自虐ネタかよ。というか、格ならクライスが上でしょ。僕はただ神の威を借りているだけで」
「そんなことはありません! ハル様は、もう半ば神の領域へと上られているではありませんか!」
カナンがハルの頭上、AR表示の出ているであろう空中を見つめつつ、力説する。……<亜神>となった、ハルの称号を見ているのだろう。
何となく、恥ずかしいハルだった。これも、<魔皇>と同じくユーザー間のお遊び。名前自体には、何の効力も存在しない恥ずかしい二つ名だ。
ただそれをカナンに説明するのは少々骨が折れそうで、ひとまずクライスには気にしないように伝えるに留める。
しかし、<王>を使うのはNGでも<神>ならOKなのだろうか? そのあたりの事情が、微妙に謎である。
「……そういえばその、ハル様」
「どうしたのカナン?」
「奥方様といえば、セレ……、剣聖様はご壮健ですか?」
「おお、確かに最近は姿を見せぬな。まるで物怖じせぬ……、のは貴公の妻は皆、同じか」
「……あはは。まあ、彼女は元気だよ。ここは危険じゃなさそうだから、護衛の必要はないだろうって」
「カナンの事も真面目でいい子だと褒めていました! 安心していいのです!」
「こ、光栄であります……」
最初の頃は警戒のため共に来てくれていたセレステが、最近は姿を見せないことが気になったようだ。
ハルにやったように、カナンにはセレステのAR表示も見えており、彼女が神だということが伝わっていた。その彼女が最近は来ないことに、見放されたのではないかという、不安感を感じてしまったのだろう。
カナンにマゼンタを会わせるという約束、それも早いうちに果たして安心させてやりたいものだ。
実際のところ、セレステがついて来なくなったのは単純な話だ。管轄外のこの地にハルに対処できない問題は存在せず、その上マゼンタを下したことで磐石となった。
もう自分が護衛する必要はなくなった、と同行はしなくなっただけである。
「お茶が冷めてしまいましたね。暖めなおしてまいります」
そうして雑談に興じていると、カナンがティーポットを持って退出して行く。
ここ、ヴァーミリオンの気温は低い。だが部屋は暖められているし、お茶の温度が多少低くてもハルは特に気にしないのだが、『客人へのお茶は熱々に』、というヴァーミリオンの民の矜持があるようだ。
温度を提供することが、客人へのもてなしとなっている。
「そういえば、もう暖炉に火が入っているんだね」
「暑いか? ここでは暑いくらいに暖めて出迎えるのが礼儀のようなもの。もし不快であれば遠慮せず申せ」
「大丈夫だよ。僕ら薄着で来ちゃったしね」
「わたくしも、平気です!」
もう既に冬に入ったような支度である。十月の今でこれだと、真冬は本当に寒いに違いない。
「じゃあ今は、冬支度に忙しそうだね」
「うむ。それ故、藤の国との会談も早めに済ませておきたい」
「なるほど」
「逆に、もう少し後ろへとズレこませ、外にも出られず、何もすることが無い雪中の息抜きの会談にしても良いのだがな、ふははは!」
「はは……、って良くないでしょ。残った家臣が心配しまくるっての!」
「外出できないほど……、すごい雪ですー……」
ハルの<転移>ありきの会談であるため、そういった荒業も可能だ。ただそうした事情があるのならば、やはり早めが良いだろう。
会談で何か決まっても、真冬だと動き出すのが春以降になってしまう。
それに、もしかしたら冬備えに有効な何かが、藤の国から提供されるかもしれない。
そうした調整も挟みつつ、ハルはその日は熱々のお茶を頂きながら、クライス皇帝との会話を楽しむのであった。




