第285話 石の中にいる
「それって、宇宙から来た石、ってコト?」
「あるいは異世界、この世界とかね。まあ単純に、まだ未発見なだけだったって可能性も無くはない」
謎の石の中心部の黒い石は、地球上に存在しない物質だった。
にわかに動き出した状況に、ユキが身を乗り出す。未発見、いや研究所の人間が発見していたので未発表なだけか。なんにせよロマンのある話だ。
「……しかし、その石、外側は普通なのよね?」
「そうだねルナ。カナリーちゃんに比べてもらったけど、あの山で拾った石と同じだったよ」
「つまり、例えば隕石が降って来て、それが地中で岩石を形成していったということ?」
「まあ、状況を見るとそうなるかな」
「……それは、また、ずいぶんと昔の物体ね?」
確かに、途方も無い時間を掛けて出来上がった産物ということになる。
昨日今日の話ではなく、人類が誕生するずっと以前、とかそういったレベルだ。
スケールの大きな話で結構なことだが、逆に現実感がなくなった、というのがルナの感想のようだ。ハルも、その気持ちは分かる。
「確かに、ロマンは感じるけど、なんとなく地続きのイメージは崩れちゃったね」
「そうなのですか?」
「うん。何百万年前~とか言われても、人類関係ないじゃん、ってね。僕らの世界には、神様って居ないから」
「なるほど……」
この世界の人々の感覚だと、『そこから先は神の領域』、と逆に納得するのかも知れないが、地球の考古学には神の介在する余地は無い。
まあ、たまに神のいたずらとしか思えないほどに整った現象もあったりするのだが。
「ハルさんハルさんー」
そんな、歴史的スケールの違いをハル達がどう受け止めるかに頭を悩ませていると、その間も岩をじっと眺めていたカナリーから声がかかる。
「カナリーちゃん、どうかしたの?」
「これ、どうやらそんなに古くないようですよー? ここ見てくださいー」
そう言ってカナリーが指差すのは、中心部の石、その少し外側の部分だ。
しかしそう言われたところで、視覚による観察だけではハルに分かることは少ない。鉱物知識スキルのような、便利なものが備わっている訳でもないのだ。
素直に、カナリーの次の言葉をハルは待つ。
「この黒い石の少し外側。ここー、無理やり圧力がかかって圧縮されてますー」
「……この石の形成過程において、不自然ってわけだ」
「はいー。黒い石を中心にして、自然に形成されたと考えるには、ちょっと計算が合わないですねー」
「ふむふむ?」
すると、どういうことだろう? 自然に形成されたのではなければ、これが人工的に偽装された岩石ということだろうか。
いや、カナリーの指摘する違和感は中心部のみ、それ以外は、紛れもなくあの山において採取できる石であると保障を受けている。
全体において全て怪しいならともかく、中心部だけを偽装することなど出来るのだろうか。
「ハル君の研究所が、実験でやったとか?」
「……出来なくはない。あの施設はエーテル研究所だ。エーテル技術で、外側に傷を付けずに中身に物を突っ込む手品は原理上は可能だね」
「って、手品なんかーい!」
「だって、やる意味が無いしさ。密室殺人のトリックを作るくらいしか、活用法は無いかな」
「あー、なんだっけ。使用するエネルギーが割に合わない?」
「そうそれ」
基本的にわざわざ苦労して内部に埋め込むよりも、どうせなら新しく外側も作ってしまえばいい。外の構造を弄らずに、と言うとどうしても犯罪的な臭いがしてきてしまう。
例外は人体か。外科手術で身体を切り開くことなく、体内の処置が可能。
あとはボトルシップのように、密閉された容器の中に緻密な構造を作り上げて目を楽しませる等の、美術品やおもちゃだろうか。
それに技術的に可能、とはいえ動機が不明だ。『難しい技術を実証する』、といえば一応はそれっぽいが、岩でやる意味がわからない。
それこそ、ガラス球の中に綺麗なアートを封入でもすればいいのだ。見た目にも美しくて良いだろう。まあ、研究や実験なのだから、今度はそういう遊びの出しすぎもよろしくないかも知れないが。
「それに、なんで未知の鉱石を埋め込むのさ……」
「確かにそうなー……」
発案者のユキと顔を見合わせ、研究所が犯人説を取り下げる。作るなら単純に金でも埋め込んでおけば良かったのだ。
しかも、自分で作り出したなら封印する意味もまた分からない。
何か、思わぬアクシデントがあって、作るつもりの無い物質が生まれてしまった、とかだろうか?
そして、その物質が更に思わぬアクシデントを引き起こし、自責の念から封印した?
いや、それもしっくりこない。責を感じているなら破壊するだろう。自分の失敗を隠す子供ではあるまいし、地中深くへ埋めてどうするのか。
「……ナノさんを使った技術は詳しくないのですが、それを使わずとも、もうひとつ、可能な方法があります」
ハルとユキが与太話を切り上げると、それを待っていたようにアイリがしずしずと声を上げる。
その瞳は力強く、ハル達と違ってその意見には自信がありそうだった。皆も、その瞳に吸い寄せられるように、表情に真剣味が増してゆく。
「岩の中に転移してしまえば、同じ状況が作れるのではないでしょうか」
◇
アイリの発言にハルも、皆もはっとする。日本の、地球の出来事だからと、候補から無意識に除外していた。
確かに、自然現象や科学技術ではなく、魔法を使っていいならば簡単に解決する問題だ。
「しかしアイリちゃん? これは日本の石よ? そうすると今度は、誰が実行可能なのか、という問題が出てくるわ」
「……確かに、そうなのですが」
「まあ、僕も実際に日本で魔法を使ってるからね。魔力と知識のある人間が居れば、可能だけど……」
「ハル君はどうして<転移>してきちゃったんだっけ?」
「向こうでも意識を持ちながら、こっちにログインしてたせいなのか、僕の体を通して向こうの部屋に魔力が漏れ出ちゃった。まあ事故だね」
「じゃあ、石も事故なんじゃない?」
非常に簡潔で乱暴なユキの意見だが、ひとまず納得しやすい内容ではある。
当時、まだこのゲームもエーテルネットも無く、神々さえこの地へと来ていない時代。誰か魔法使いが地球へ来ていて、戯れに岩の中に異世界の石を埋め込んだ、と考えるのは少し無理筋。
それなら、研究所が実験で埋め込んだ、と考えたほうがまだ納得のいく話だ。
「とりあえず、誰がやったかは一先ず置いて、<転移>で同じようになるのか試してみよう」
「実験なのです!」
「お、ちょっと久々かも!」
ハルは比較用にと持ってきた山の石、何の変哲も無いほうの石を取り出すと、その内部へと<転移>の狙いを定める。
埋め込むのは、先ほど自分で想定した金でいいだろう。以前、<物質化>の実験の際に作り出した金球を生み出し、それを<転移>させることにする。
「同じようになるかな?」
「なると思うよ。普段は意識してないけど、僕らも<転移>する際は毎回、空気を押しのけてるからね」
「あ、そかそか。ワープするたびに空気と混じってたら、メレンゲになっちゃうもんね」
「なんでさ……」
泡立てはしないのだが……。
まあ、メレンゲはともかく、例え空気であろうと転送先の物質と混じっては大変だ。現地にある物質は、強制的に押しのけられる。
ちょうど、岩の内部に埋め込まれたあの黒い石のように。
「……はい、出来た。じゃあ割ってみよう」
金の塊を岩の中に<転移>させると、黒い石入りの物と同じように、刀で真っ二つに分断する。
「たまごだ」
「卵ではないが、まあ、黄身みたいだね」
「高級です!」
岩はまるで卵の黄身のように、内部に金の球を携えた状態で半分に割られていた。実験は成功である。
後は、その中心部の岩石がどうなっているか確かめるだけだ。
「カナリーちゃん、お願いできる?」
「ご褒美にメレンゲたっぷり使ったお菓子が欲しいですねー」
カナリーの軽口に、すぐさまメイドさんが動く。次のおやつは恐らくケーキだろう。
あまりメイドさんを困らせないように、と言おうとしたハルだが、この場においては神を顎で使っているハルが最も非常識なのかも知れない。そう思い、口を閉じる。
カナリーは先ほどと同じように、むむむー、と岩の断面を観察すると、すぐに終わったようでハルへとそれを返してくる。
今度は本当に単なるただの石と、魔法で作り出した純金だ。下手に刺激しないように、と気を遣う必要など無い。ぺたぺたと断面を触っただけで分かったようだ。
「圧縮率が違いますが、おおむね同じ現象だと断定して良いでしょうねー」
「率の違いは異物の大きさの違いだね。金塊が少し大きすぎた」
ハルはそう言うと、べきり、と音を立てて半分になった金を岩からくりぬく。残ったのは、黄身を抜いたゆで卵のような、綺麗な円形の穴だけだった。
「きれいに取れるのね? 黒い石の方は、がっちりとくっ付いているわ?」
「そうですねー。形状が球でないということもありますが、表面は癒着しているようですよー?」
「……数百万年とは言わなくても、それなりに時間が経ってるってことか」
ハルはオリジナルの石からもうひとつコピーを作ると、今度は真っ二つにはせずに外部から砕いてゆく。
そうして、なるべく綺麗に中心部の黒い石をくりぬくが、確かに表面には石の一部が付着していた。金のように、するりと抜けることはない。
「これで、アイリの言うとおりにこの黒い石は転移で中に入ったのはほぼ確定ってことかな?」
「その癒着度合いを測定すれば、転移してきた年代も分かるかしら?」
「どうだろう。専門家じゃないし、未知の石だってのも邪魔しそうだ」
「そうね? ……後は、誰が入れたか、そしてどこから入れたかね」
どうやら転移現象で中に入ったらしい、という事実が明らかになったが、それによってまた謎は深まる。
これが、この世界の物なら問題は無い。理由は知らないが、神様か誰かが魔法でやったのだろう。それこそ戯れに遊びでやったのかも。
だが、この石は日本の物。魔法を使える物は、当然存在しない。
「ひとまずー、魔法関連のアイテムだったと分かったのは進展なのではー?」
「……そうだねカナリーちゃん。それを考えると、君たちがこっちに飛ばされた原因、って可能性もやっぱり高そうだ」
相変わらずの、深刻さの薄いのほほん顔に、ハルもまた肩の力を抜く。もうずっと過去に起こったことだ、深刻になりすぎても仕方ない。
もう石のことなどより、メイドさんが今作っているおやつの事の方に意識を持っていかれているようだ。その呑気さは見習いたい。
「色々と分かったのは朗報ですが、手詰まり感が出てきてしまいましたね……」
「そういうときはー、いったん休んでお菓子を食べるんですよー。アイリちゃんも一緒にたべましょうねー」
「はい!」
確かに、この場で出来ることは減ってきただろうか。あとはこの、黒い石の出自を調べることが重要事項であるが、謎の新物質である為それも難航しそうだ。
一応、今後の方針としては、この世界で類似の物質が無いか探してみようとハルは考えている。黒い石がこの世界由来の物質だと確定すれば、転移はこちらから日本へ、時空を超えて繋がったことがほぼ確実になる。
「あとは、この外側の石を調べてみるか」
黒い石をくりぬた、外殻にあたる岩の部分。問題の石が抜き取られ、再び“ただの石”に戻ったそれであれば、未知の危険性は減るだろう。
それをエーテルで、ナノマシンによる微細な構造調査で解析することで、当時何があったか、この石に対してどんな接触をしていたか明らかになるかも知れない。
まあ、とりあえず今は、すっかりお菓子に気を取られ、石のことなどよりもお茶会の準備を優先している彼女たちに付き合おう。
ハルも岩石類を片付けると、そんな彼女らに混ざって行くのだった。
※誤字修正を行いました。




