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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第9章 カナリア編

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第284話 ただの石

 カナリーたちがこの世界へと転移してきた原因。それについてハルは詳しく知らない。

 いや、当の本人であるカナリー自身ですら何が起こったか分かっていないのだ。実はこの世界に、いや二つの世界で誰も現象を正しく理解していない可能性だってある。


 しかしながら、この、何の変哲もないひと抱えほどの岩石が、その原因だというのも眉唾まゆつばものだ。

 ハルは<念動>でその石を目の前に持ってきて、くるくると回しながら観察する。


「無用心じゃないですかー? ハルさんが落っことすとは思いませんけどー」

「でも、手で持つ訳にもいかないしね。エーテルに反応するんだとしたら」

ナノマシン(エーテル)じゃなくて、魔力(エーテル)に反応するかも知れませんよー?」

「なるほど、その可能性もあったか」


 だとしたら、魔力を使ったスキルで浮かせるのも問題ありか。


「……いや、そんなこと言ったら何もできないしなあ」

「この家には、エーテル注入されてない人は居ませんものねー」


 そう、それにキャラクターの体、分身などで触れるとしても、その身がそもそも魔力の集合体だ。

 そこを気にしていたら、この家に石へ触れられる者は一人も居なくなってしまう。メイドさんだって、ハルがナノマシンを注入してお手伝いしているのだ。


 まあ、<念動>は魔力圏外でも機能するスキル。この中においては、最も危険性が薄いだろう。ハルはそう判断して、浮遊させての観察を続ける。

 ちょうど、女の子たちも戻ってきたところだ。


「お、やってるね! ハル君なんか分かったー?」

「ただいま戻りました!」


 お風呂に入っていたアイリたち、入浴とその後の女の子タイムを終えて、少しのしっとり感を纏わせて到着する。

 ただし、ユキとルナはログインしてキャラクターの体に換装したため、湯上りの色気を感じられるのはアイリ一人だった。少し残念なハルである。


 そのアイリは、全身フリルで出来ているのではないかという程の、もこもこで、ふわふわの湯上り装備をはためかせて、ハルの膝の上にダイブしてきた。

 ふんわりとその全身クッションを受け止めると、ハルはふたりで空中の石を観察するのだった。


「石ですね!」

「石よね……、どう見ても。ハル、何か分かったことはあって?」

「なんにも。一応、カナリーちゃんと、神々がこっちに来る事になった原因なんじゃないか、って仮説は立てたけど」

「聖遺物なのです!」

「それはどうかなアイリちゃん。神様を事故に巻き込んだ元凶、とも取れるぜー?」

「邪悪な石です!」


 まあ、どちらにせよ、この石にそんな意思は無いだろう。本当に原因だったとしても、何かのスイッチが入るきっかけになった、その程度に過ぎない。はずだ。


「そもそもカナちゃん、あっちに自由に行けるんでしょ? 来るとか、来ないとか、そこってそんなに気にするコト?」


 皆で、むーむー、と唸りながら石を観察していると(ルナは唸らないが)、唐突にユキがそんな事を言い出した。

 確かに、そこは考慮に欠けていたかもしれない。大いなる一歩、それに気を取られすぎた。


 きっかけになった最初の一歩、それは確かに重要な事かも知れない。

 だが、今となっては大量のプレイヤーが日常的に訪れる世界だ。そこを今さら追求する必要はあるのか。とユキは疑問に思っているようだ。

 少し、短絡的に過ぎるような気もするが、大切な視点だ。理屈をこねれば良いという物でもなかろう。


 だがその答えとしてカナリーから帰ってきたのは、これまたハルの予想外の言葉であった。


「いいえー? “戻れません”よー」

「あれ、そうなん? でも、向こうの事いっぱい知ってたよね」

「確かに、エーテルネットに一時的に接続して、情報を集めることは出来ますー。ですが、“向こうへ戻る”ことは誰も出来ませんー」

「……でもカナリーちゃん。君たちは元々、エーテルネットに適応するよう設計された存在だ。データを繋げるなら、戻れないの?」

「はいー。駄目なんですよー……」


 これは、予想外のところで見落としがあった。なんとなくカナリー達はネットを自由に、それこそ神の視点で利用可能なのかと思い込んでいた。

 しかし実際はそうではなく、言い方からすれば接続するにも苦労があるようだ。


「確かに元々、私たちはあちらのナノマシン(エーテル)に適応した存在でしたー。しかし、この世界への移動に際して、こちらの魔力(エーテル)に順ずる存在になっちゃったんですねー」

「……確かに、忘れがちだけど神様の体だってみんな魔力だよね」

「言うなれば魔力エーテル生命体ですー。あ、生命の定義は魔法判定が基準ですよー?」

「大丈夫、カナリーちゃんは生きてるよ」

「えへー」


 ハルの言葉に、嬉しそうにすり寄って来て頬をこすりつけるカナリー。アイリもハルに同意するように、彼女の腕を取って、ぎゅーっ、と抱きついた。

 しばし三人で固まって、互いの体温を感じ合う。

 アイリの体温を感じ、互いに肉体をもって触れ合いたいと渇望かつぼうしていたかつてのハルのように、カナリーもまた今、身体に憧れを抱いているのだろうか?


 しばらくそうして、ユキやルナに見守られるままに、ハルたちは三人でぴっとりとくっ付いて過ごすのだった。





「さて、カナリーちゃん。それじゃあ、どうやってこのゲームに僕らが繋いでいるかを教えて貰ってもいい?」

「えー、駄目なんですよー? 技術的なことは、運営情報のなかでも特に機密ですよー」

「……せっかく良い雰囲気だったのに。乗せられてしゃべっちゃいなよ」

「神様にハニートラップは効かないんですー。……どんなに喋りたくても、喋れないですからねー」


 逆に、『良い雰囲気を答えられない問いで壊すな』、と言外に怒られてしまった。頬をいつものように膨らますカナリー。

 ハルも、いつものように突っついて空気を抜きながら、それでもこの件のことはもう少し突っ込んで考えてみようと思う。

 それには、カナリー以上に最適な存在が一人居た。


「アルベルト」

「はっ! お傍に……」


 呼べば、すぐさま現れる。お屋敷なので、メイド姿の女性体アルベルトが、片膝をついて忠義の構えを示していた。


「ベルベル、そのポーズはメイドさんじゃないよね。おぱんつ見えそうだし」

「そうね。はしたないわ? ……女忍者の格好でもすれば、様になっていそうね?」


 確かに、呼べばすぐさま現れる忍者のような存在だ。だが、世界観にそぐわないだろう。

 そんな、SPのクセが抜けきらないメイド姿のアルベルトにも、同じ話を聞いてみようと思うハル。


「アルベルトは、向こうの世界に戻れるんだよね? 身体もあるし」

「いえ、厳密には戻っておりません。小林のボディは、この世界からの遠隔操作になっています」

「まじか……、気がつかなかった……」

「それはそうでしょう。直接操作するのと、電気信号的に違いなどございませんゆえ」


 ハルも、こちらからエーテルネットにアクセスするためにお世話になっているアルベルトだ。彼ならば、日本に戻れるのではと思ったが、そうはいかないようだった。

 カナリーの言うとおり、アルベルトを含め、『誰も戻れない』らしい。


「ただ、私が窓口になっているのは事実です。窓口というのは何も現地の、小林のことだけではありません」


 そのように、アルベルトは話を続ける。詳しく聞いておこう。今のところ、ハルにも詳細がどのようになっているのか、まだ理解できない。


「私は元々の機能として、電気信号と、エーテルの発するシナプスデータの変換に多くの容量を割いていたAIです」

「あ、それ言っちゃうんだ」

「はい、問題ありません。その、電気信号の部分が変化し、今の我々の魔力情報の変換と相成あいなったという訳ですね」

「それで、貴方は日本のネットへの橋渡しをしているのね?」

「ええ、ルナ様。他の神がエーテルネットを参照する時、私が間に入っていると考えていただいて構いません」


 なるほど、機能面での印象から見ると、電気時代のインターネットのイメージが強い。

 あくまで通信の主体はアルベルトの本体に存在し、そこからデータを飛ばす事でエーテルネット内の情報へアクセスする。

 アルベルト自身のデータが、エーテルネットの中へと泳ぎ出るのは不可能であるようだった。


「その、アルベルト。わたくし、技術的なことはよく理解できていないのですが、それでもハルさんの世界と自由にやりとり出来るのですよね?」

「もちろんですアイリ様。その前提が確立されているからこそ、私は今もハル様のお役に立てていると言えるでしょう」

「助かってるよ。アルベルトが居なければ、ログインするのに日本に戻らないといけないところだった」


 ハルやユキの本体、そしてルナがこちらに滞在している時、日本のネットへはアルベルトを通して接続している。

 それは、アイリが言うように、一部であろうと相互に行き来が可能な場所なり技術が保障されているということだ。


「それを通じて、日本のAIがこちらへ来てしまう。アルベルト達に起きた現象の再現が起こった事は?」

「ございません」


 ならば、その最初の事故は、いま神々が使っている技術とはまったく別の現象である、ということだ。

 いや、カナリー達だけが特別なAIだった、という可能性も残るだろうか。何にせよ、分かったような、分からないような、煮え切らない気分のハルだ。

 新たな情報を得られはしたが、謎の解明にはあまり寄与していない。むしろ、謎は深まったような気すらする。


「とりあえず、ありがとうアルベルト。また後で詳しく話を聞かせてよ」

「はっ! いつでもお呼びください」


 そういうと、アルベルトはメイドさんに混じって、お屋敷の仕事に行ってしまう。まあ、本業に支障は無いようなので、好きにやらせておこうとハルは思う。


 アルベルトの事よりも、今はまるで正体の明らかにならないこの石、それについての解明が優先だ。

 ハル達は、再び石へと向かい合うのだった。





「何で埋めたのか、も気になるけどさ。やっぱりまずはその石の調査が先じゃない? まだ謎な部分、あるんよね?」

「そうね? 確か磁気がどうこうと。妙な部分があるのだから、そこから調べてみるべきではなくって?」

「確かにね」


 ユキやルナの言うことも最もだ。なんとなく、触れるべからずな気配を感じ、石それ自体へのアプローチを避けていたように思う。

 ただの、『何の変哲も無い石』、というには、得られたデータに偏りがある。そこは明らかにしておくべきだろう。


「とりあえず、コピーして割ってみようか」


 破損を気にせず、いくらでも雑な調査が可能なのが<物質化>の便利な部分だ。

 ハルは石を複製し、自分も分身を作ると、刀を装備し真っ二つに石を分断する。カナリーの語った通り、中心部の形成の核となったであろう部分は、そこだけ黒く、変質した石となっていた。


「おー、初めて普通じゃないアイテムに感じられたよ私」

「そうだね。ちょっと感動かな。さっきまで本当に、埋めた意味が分からん石だったからね」


 ユキと二人、レアアイテムの発掘に似た感慨にわく。

 その一方で、先ほどと同じようにカナリーに解析を頼み、その部分がどんな鉱物なのかの調査をお願いする。


「うむむむー? 分からないですねー。まあー、私は素材マニアじゃあないですしー」

「そうなんだ。黒曜、カナリーちゃんにデータベース渡せる?」

「《御意ぎょい。すぐに準備いたします》」


 世界中の鉱物情報を集めたデータベース。エーテルネット上のそれをカナリーに転送する。

 これは、エーテル技術により、分子構造までも詳細に記録した恐ろしいまでに緻密な情報の集約だ。古今東西、紀元前の出土品から最新技術まで、世界中の鉱物データが記録されている。


 ハルも、<物質化>の際によくお世話になっているものだ。

 これとカナリーの解析力が加われば、すぐに中身の鉱石が何なのか割り出せるだろう。


「わかりませんねー?」

「なん……」


 ……思わず、がっくりときてしまった。分かるに違いない、という余裕の気持ちが大きすぎた。

 しかし、カナリーの表情は真剣そのものだ。データベースの使い方が分からない、といったお茶目ではなさそうである。

 本当に、該当情報がデータベースに存在しない。彼女の目はそう告げている。


「……つまり、その石って?」

「はいー。少なくとも、未だ地球では発見されていない鉱石みたいですー」


 ここにきて、“ただの石”が、もはやただの石ではなくなった。その瞬間であった。

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