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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第2章 セレステ編

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第28話 錬金術

 掲示板を見ると一日で結構いろいろな動きがあったようだ。

 ハルの試合の話以外にも、興味深いものがいくつか見受けられた。


 そして何より宣伝の効果は大きかったようで、新規に開始したであろうまだレベルの低い人がかなりの数を占めていた。

 いつもは同じ面子が話すだけの、チャットと差異があるのかどうかイマイチ分からないその場所も、正しく掲示板として機能し始めたようだ。


「気になる事って何かしら?」

「大した事じゃないんだけどね」


 傍らでぽつぽつと会話しながら一緒にウィンドウを眺めていたルナが聞いてくる。

 今は応接室を使わせてもらっており、長くて豪華なソファーにふたり掛けのぜいたくだ。アイリは少し席を外している。そしてメイドさんがいつもの様に傍に控えている。


 依然、メイドさんにはウィンドウが見えないので少し怪訝けげんな表情をされる。こういう様子を見ると、外の世界のウィンドウを隠せない仕様は正解だったのだろうとハルは思う。

 流石にこのままの状況も気になってきたので、<魔力操作>でなんとか見えるように出来ればいいのだが。


「大した事なくても言ってくれないと分からないわ。何がなにやら」


 ルナは掲示板を見ない。このゲームに限らず他のゲームでも大体そうだ。システム上必須である場合でもなければ好んで見たりはしない。

 基本的に、上品な場所とはならないのでルナが見る必要など無いとは思うが、それでよくあれほど全体の流れが把握できるものだとハルは関心する。

 逆に、全体の流れを見るが故に、個々の流れに目を向ける必要などルナには無いのだろうか。


 そんなルナなので、一緒に掲示板を見ても同じ着眼点にはならない。

 ハルは解説を始める。


「まずこの称号のとこだね。<錬金術師>になってる人が居る」

「ハルがたまに、あるって言っていたスキルね」

「うん。そうだね。それで過去に遡ってチェックしてみたけど、どこで習得したとか、どうやって習得したとかの情報は書いてないみたいだ」


 今のところ独占情報なのだろう。

 これに関しては良くある事だ。情報発信が閉鎖的なこのゲームのような作りだと、その流れは加速する。

 重要な情報を独占する事によって得られるメリットは多い。その情報をゴールドで売ったり、または他の秘匿ひとく情報と交換したり、その内容で生み出せる利益を独占したりだ。


「聞き出すの?」

「まさか。情報の秘匿ひとくに関しては僕が人の事を言えた義理じゃないよ」

「それは、全くその通りね」

「それに本気で隠したい訳じゃなさそうだしね。そのうち分かって来る事だろう」


 本当に隠したいなら称号を設定しなければ良いのだ。他にも称号はさまざまなものが取得されている。ハルのように変更不能ではないので、別の称号にしてそ知らぬふりを通す事も出来るはずだ。

 それを表示して掲示板に書き込んでいるということは、興味のある人は自分達に接触してくれという隠れたメッセージである。

 そうして信用のおける者と取引をするのだろう。


「でも推測することは可能ね? 彼ら以外には見つけられていないという事は、派生で開花する可能性は下がるわ」

「そうだね。設定してる二人は初日組、ログを見るともう一人を加えて組んで動いていた。そしてプレイスタイルは若干異なる。戦闘好きと、検証好き」

「アイテムでの習得、かしら。どちらかが方法を見つけてもう一方に教えた。だったらハルには朗報ね」

「……僕は普段はスキルの開花が出来ないからねー」


 ハルは思考が分割されている影響か、スキルの理解度を判定しているシステムの恩恵を上手く受けられない。

 その代わりに、特殊なスキルを所持してはいる。


 だがしかし、例えば<火魔法>の上位に<火炎魔法>なり<獄炎ごくえん魔法>なりがあったとすれば、それを覚えられないというのはとても痛い。

 確かに<銃撃魔法>は非常に便利だが、この世界には魔法を使いに来たのだ。そこでやる事がリアルの延長ともいえる銃撃というのも、悲しいものがある。


「そういえば、ルナは<精霊眼>を取ったの?」

「いいえ、新しいスキルは覚えていないわ。どうして?」

「これが見えてるみたいだったから。<魔力操作>」

「ああ、見えてはいないわ。何となく感じるだけよ。それは最初からね」

「へえ、それは凄い才能かもね」


 だとすればルナは、この世界の住人と同じ感覚を持っているということだ。

 最初にセレステ神がペナルティ覚悟でスカウトに走ったのも、その才能を見込んでの事だったのかも知れない。

 思い返してみれば、最初の犬との戦闘で急に実験を提案したのも何か感じる所があったという事だろうか。

 そんなルナの様子にハルは心強さを感じる。ルナは、ハルとアイリに合わせて今はあまり動きをとっていないが、その才能が今後どう影響してくるか楽しみだった。





「アイリちゃんの蔵書にも、錬金術の本はあったわよね」

「はい、わたくしも一応は修めていますよ。実践した事はあまりないのですが……」


 所用で席を外し、また一方はログアウトしていた二人が戻って来て、三人で話が再開される。

 話題は引き続き錬金術のもの。どうやらこの世界にも元々錬金術が存在するようだ。とはいえそれがプレイヤー用のスキルと同一のものかというと、期待は出来なさそうだが。

 屋敷の中に居る事が多いルナは、この世界の本(日本語で書かれている)を時間を見つけて読んでいたようだった。


「そうなんだ。アイリは何でも知ってるんだね」

「えへへへへ……、教養として、はい」


 もじもじと顔を赤らめる様子がかわいい。

 別にお世辞でも、褒め殺してかわいがってる訳でもなく、アイリの知識に助けられている場面は多い。王女としての教養がしっかり身についている事を実感する。

 身をくねらせる今の様子からは全くそれを感じさせないが、それもアイリの魅力だ。

──かわいいので細かい事はどうでもいい。


「……それで、アイリちゃん? 錬金術とはどういったものなのかしら」

「はい! 成果物に必要となる材料を、複数の素材から魔法で抽出し、また魔法をもって合成するための理論と、その知識の事ですね」


 二人でアイリを挟んでひとしきり愛でていたが、キリがないのでルナが話を続ける。


「あっちで言うと化学知識ってことになるのかな」

「そうね。いきなり直接の抽出となるとエーテルマテリアライズの領分かもしれないけれど」


 ふたつの世界のエーテルには似通った所が多い。ここもそうなのだろう。

 ナノマシンによる微細技術により、必要な素材だけを取りだす現実リアル。魔法によってそれを成すこの世界。どちらも過程を飛ばして最適な結果だけを得る優秀な技術だ。まさに錬金術と言って過言でない。


「でも話を聞く限り、<錬金術>といったパッケージじゃなくて、抽出と合成の魔法を使いこなすための知識って感じなんだね」

「そうなりますね。頻度の高いものですと、専用の一工程いちこうていに構築された魔法もありますが。ほとんどのものは、素材に合わせた魔法を適宜てきぎ使用します」


 であれば、やはりプレイヤーの<錬金>スキルとは別物だ。プレイヤーのスキルは全て一工程ワンアクションにパックされた魔法である。

 乱暴に言えば、『石を金に変える魔法』というものがあり、それを発動すれば誰でも同じ金が作成される。


「それに多分、プレイヤーのはモンスターの素材を合成してのアイテム生成だよね」

「魔物の素材、ですか。わたくし達には違いが判別できませんね。どの部位も同じような魔力としか感じられないので」

「ハル、確証はあるのかしら」

「使途不明の素材ドロップがあればお約束でしょ。そのあたり信頼できるよここの神様は」


 以前ユキが言っていた話だ。モンスターを倒すと素材が落ちるが、使用方法が無い。

 そうなるとゲーム的な考えでは、それを合成して新たなアイテムを作るというものが一種のお約束、暗黙の了解として存在する。

 それが好きなゲーマーは多く、アイテム作成クリエイト機能がある事が売りになる場合も多い。一方で、面倒だから付けないで欲しいというユーザーも居る。


 このゲームは多人数でのプレイなので、分業が出来るだろう。好きな人が作り、面倒な人は彼らから買う。

 それを専門にする人が現れれば、このゲームにも晴れて『生産職』の誕生だ。


「そうなのですね! 残念ながらわたくし達ではお役に立てないのが悲しいですが……」

「いいんだよ気にしなくて。作ったって多分神様が僕らにしか使わせてくれない。そんな物にアイリの手を煩わせる事はない」

「でも素材の回収くらいはしたいです! ですが、わたくし達がつかまえた魔物は、しばらくすると薄くなって消えてしまうのです」

「そうだったのね? 神様は徹底していること」


 しょんぼりするアイリ。

 こういった細かなところで、世界の壁を感じてしまうのだろう。


「ハル、それならあなたがこちらの魔法を使いなさい。出来るでしょう?」

「出来る、……とは思うけど、断言はできないな」

「断言なさい。アイリちゃんのためよ」


 沈んでしまったアイリの為に、ルナが発破をかけてくる。

 ルナの言うとおりだ。アイリが使えないならば、こちらから歩み寄ってやればいい。こちらが同じになってやれば良いのだ。

 幸いハルは、<精霊眼>と<魔力操作>を覚え、魔法の作りの何たるかを理解するに一歩踏み出した。その式を紐解けば、いずれこの世界の住人と同じ魔法を使用するに至れるだろう。


「という訳だから、アイリちゃん。ハルに教えてあげてね?」

「!! はい! わたくしにお任せください!」


 アイリは顔を上げ、一気に明るさを取り戻す。現金と言う無かれ。この切り替えの早さもまた彼女の魅力だ。

 ……その目がハルに教えるという立場を想像してめらめらと燃えている事には、多少の不安を覚えないでもないのだが。


「誰か、本を取ってきてくださいね」

かしこまりました。アイリ様」


 すぐさまメイドさんに指示が飛ばされる。


「わざわざ取ってきてもらわなくても僕が行くのに」

「彼女たちの仕事です。取らないであげてくださいね?」

「そういうものよ、ハル」

「そういうものなんだ」


 ハルは庶民的だった。





 メイドさんを待つ間、掲示板の話に戻る。気になった事は他にもあった。


「次は何となくわかるわ。傭兵ギルドの事ね」

「その通りだよ。さすがルナ」

「傭兵ギルドがどうなさったのですか?」

「使徒でギルドに登録した人が出たんだよ」

「まあ」


 現地通貨を稼ぐための策だろう。ハル達以外でもこの世界と密接に関わる人が出始めた。

──まあ、彼だけだとまだ身内で完結しちゃってるけど。


 傭兵ギルド。他のゲームで言えば『冒険者ギルド』か。主にプレイヤーに戦闘能力を期待し、依頼を斡旋する施設。

 このゲームでは依頼は神殿で神様が発行しているので、本来それは現地人のための施設だ。だが使徒の受け入れも行っているようだ。営業努力の成果だろうか。


「しかし護衛を受けられない傭兵では意味が薄いわね。荷運びや工事を手伝った方が良いのではないかしら?」

「……そこは、まあ、せっかくこの世界に来たのだから、ね?」


 機械の無いファンタジー世界である。日雇い需要は大きいだろう。プレイヤーは疲れない体ということもあり、そこに飛び込んだ方が効率は良いのかも知れない。

 だが皆ここには遊びに来ているのだ。せっかくだから非日常の体験をしたい。そして、仕事感の感じられる物はなるべく避けたいものだ。


「確かに商業ギルドと提携しての護衛業務が主ですね。ですがそれ以外のものが存在しない訳ではありません。小さな物なら単身での配達も手配できるでしょう」

「それは有利かもしれないわね。使徒は遠くの町であれすぐに飛んで行けるでしょうから」


 大規模な転送貿易は封じられているが、小さな荷物なら収納して運べる。速度も防犯性においてもプレイヤーは最適だ。

 プレイヤーの仕事意識さえクリア出来れば、その分野では中心となって活躍出来るかもしれない。他のゲームのように失敗してもいいという意識はすぐに信用の低下を招く。そこを徹底するガイドラインが必要になるだろう。


「傭兵ギルドの登録には身分照会は必要無いのかしら。私たちが登録できたということは」

「前提として必要であるはずです。例外は色々あるのでしょうけどね」

「多少曲げても、戦力の確保が最重要ってことだ」

「はい、荒れくれ者が集うと批判はありますが、貿易の中心地である我が国には傭兵は欠かせません。組織できちんと教育がされているようなので、国としては強く出ていませんね」


 本当にアイリは細かい事まで何でも知っている。為政者としての苦労が垣間見える瞬間だ。

 そんな事を話しているとユキが戻ってきた。ひと狩り終えてきたのだろう。

 席に着かない様子を見るに、またすぐ出かけるらしい。お菓子をひとつまみ。


「傭兵ギルド、ちょっと盛り上がってるみたいだね。やっぱり分かりやすい組織があるとやりやすいのかね」

「そうだね。神殿みたいな形式を想定して行くと肩透かし食うだろうけど」

「現地の身分が欲しい人も多いみたいねー。アイリちゃん、この国で使徒の身分保障してあげられないの?」

「すぐには難しいでしょうね。……わたくしの一存で決められる事ではありませんし」


 流石に難しいだろう。例えアイリが王であったとしても。

 一応、犯罪者の逮捕に貢献しているらしい事が追い風にはなっているか。


「でも、国としては考えておいた方がいいかもしれないわ。例えば他の国が、使徒の身分を保障すると打ち出せばそちらに流れる事も考えられるもの」

「使徒を囲い込むのがプラスになるかどうか、まだ分からないのが難しいね」

「おっしゃる通りです」


 必ずしも、プラスになるとは言い切れない。

 皆この世界の枠組みから外れた自由な存在である。国益の為に動くとは限らなかった。


「そういえばシステム的にもギルドってあるよね。あれ使わないのかな?」

「人が増えてきたしそろそろ何か出来るんじゃないかな。ファンクラブとかね」

「ハル君は作らないの? 作ろうよハル君リーダーでさ」

「素敵ですね!」


 特に考えた事もなかった。ギルドを作る事でシステム上優遇される訳でもない。

 共有のゴールドや、アイテム倉庫、メンバー同士の連絡網などが使えるようだが、この三人であれば必要とも思えない。アイリの好意で、この屋敷が既に仲間の拠点(ギルドホーム)だ。

 アップデートが早いこの運営の事だ。活発になってきたら機能追加などあるだろう。それが必要だったら作れば良い。


「作らないよ。ユキは何で作りたいの?」

「先行投資? こういうのは早くやっといた方がスタダがお得。あとステに所属が出てるとそれっぽいし」

「それっぽさを気にするなんて意外だね」


 勧誘でもされたのだろうか。悪い虫が付かないように所属をはっきりさせておきたい、という事なら構わない。少しはユキへの恩返しになるだろう。


「まあ別にいいけど。名前はどんなのがいいかな。僕そういうの苦手で」

「ハルもにあ帝国!」

「ダサいわ! そのネタ出すタイミング待ってただろキミ!」

「わたくしも入りたいです!」

「やめて!」


 一国の王女が遊びとはいえ帝国に所属してはまずいだろう。

 ハルは頭を抱えるのだった。

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― 新着の感想 ―
アイリちゃんファンクラブ…使徒のハルがマスターでサブがルナとユキで他は一般会員 王女様を崇めるファンクラブだけどアイリちゃんを愛でられるのは3人だけ! …些か公平さに欠ける組織だけど人集まるかな?
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