第279話 黄色の継承者
セージの操る巨人の体は崩れ、その全てが魔力に還元されてゆく。
僕らはしばらくそのまま警戒にあたっていたが、やがてシステムメッセージにより勝利がアナウンスされ、ようやく警戒を解いた。
これ以上、更なる分身が潜んでいることは無いようだ。
「システムに保障されてるって、本当に頼もしいね。正直、まだ何処かに隠れてるような気がしてるよ……」
「はい! わたくしも、疑心暗鬼です! ……もし隠れていたら、見つけられますか?」
「今度こそ無理かも。一応、全域を魔力で埋めて最後まで調べるけどさ」
しかし、今この空間を埋めている糸状の魔力に接触判定が無い以上、全域を満たしても結果は変わらなそうだ。
「落ち着いてよく見ると、ずいぶんと器用なことをしたものね?」
「うんうん。一面ジャングルジムだ」
「ユキは好きそうね? ああいったアスレチック」
「いんや、やったことない。ゲームにはあんまり、そういう競技無いからさー。リアルでは縁が無いよ。もちろん」
だからジャングルジムに登ったことは無い、とあっけらかんにユキは語る。
尋ねたルナも、とうぜん向こうでは大人しい少女で、そういった活発な遊びはしてこなかった。特に興味があった訳ではないようなので、その話はそこで終了になる。
この、魔力の格子が上へ上へと伸びていっている様子を、ユキはジャングルジムと例えた。
アスレチック施設としては、巨大にも程がある。半径千メートルのドームの骨組み。もはや何らかの巨大建造物の建築現場だ。
構造の関係上、強度の高さは保障されている。きっと立派な建物になるだろう。
そんなジャングルジムの一角で、僕らはコックピットから降りて、ルシファー、輝く天使の巨体を解除してゆく。
骨格や表面の装甲を分解し、『無尽増殖』も解除すると、天使の体を構成していたナノマシンも丁寧にこの場から除去していく。
増殖を解けばいずれ地に還るものだが、一応、この世界の外の技術だ。あまり野放図にバラ撒かない方が良いだろう。
「しかし、セージのロボット、あのモンスターの召喚は速かったね。ルシファーもああやって出せれば良いんだけど」
「どうしても、ナノさんの増える速度には限界がありますから。“えんげーじ”しても、劇的に早くはなりません」
「……でしたら、外殻だけ先に呼び出してはいかがです? 最初は発光でごまかして、稼動可能になるまでは全力で防御するとか」
この場に魔力を満たして、ナノマシンの除去作業をしていると、その魔力を目印にしたのかセージが唐突に姿を現す。
相変わらず、神様はこういったところ自由であった。
試合の最後の方は、微妙に感情の高まりを見せていた彼だが、今はもうすっかり落ち着きを見せ、通常の様子に戻っている。
敗北した事もまるで態度に出さない、これもいつもの神様らしい振る舞いだった。
「セージ、お疲れ。思ったより、素直な幕切れだったね。もっと、足掻くものかと」
「いやー、少し興奮しちゃいましたね。お恥ずかしい。でも、本当に貯金がゼロになるまで戦うような気質じゃないんで、自分」
「根っこはやっぱり倹約家なのか……」
「はい。あの砲撃が回避された瞬間で、自分の中ではもう撤退が決まってました」
例え1%でも勝機があればそれを目指すセレステのようなタイプも居れば、自身の敗北を冷静に見極め、その後の事を織り込んで動くセージのようなタイプも居る。AIも様々だ。
しかし、その判断に一切の迷いが入らない、というのはやはり人間らしからぬ、AIの特徴と言えよう。
人間はどこかで希望を信じきれず、敗北を受け入れきれないもの。
「じゃあ、教えてもらっていいかな? 君がそこまで、カナリーの魔力を減らすことに固執した理由」
「ええ。それがハルさんにとっての、勝利の報酬ですものね」
「いや、報酬は報酬で、別に貰うけどね?」
「……無い袖は振れませんよー?」
僕は意識拡張を解除するとこの場に分身を残し、本体は落ち着いて話を聞ける場所へと皆で移るのだった。
*
そうして“ハル達は”、場所を防衛塔の立ち並ぶ都市の一角、この地で最初に建てた小ぢんまりした一軒屋へと<転移>した。
見渡す限りの平原だったこの地も、今は周囲を高く塔の群れに覆い隠され、完全に日陰に埋没してしまっている。これでは、洗濯物を干すことは適わないだろう。
とはいえ、薄暗くはあるが雰囲気は悪くなく、秘密の小さな隠れ家、といった落ち着いた空気をかもし出していた。
周囲を塔が囲む風景は非現実感が強く、変な言い方だがこの世界に来て、最も“異世界を感じる”家である。
「貴方がたは本当にセンスが良いですよね。いずれゲーム外の地には、こういった家が立ち並ぶのでしょうか」
「楽しみなの? まあ、残念だけど僕らはこれ以外には今は建てるつもりは無いよ」
「防衛塔で土地を埋めてしまったものね?」
「それはそれで。防衛も重要です」
その家にセージを招きいれ、お屋敷からお茶を転送してくる。
ほんの少しだけ、家のつくりを物珍しそうに眺めていたセージも、すぐに席について本題へと移った。
「……さて、ハルさん達には自分が唐突に現れて喧嘩を売ってきたように映ったと思いますが」
「前々から喧嘩を売りたいと思っていた?」
「嫌だなぁ。お話したいと思っていた、ですよ。でも自分、内部の土地は担当外なので」
「それにカナリーも目を光らせているから、だね」
彼がハルに接触したい理由のほとんどがそれだろう。カナリーの使徒であり、カナリーの為に魔力を集める大黒柱。
セージはカナリーの勢力に魔力が集中している現状を、いかなる理由かわからないが、憂いているようだ。あの手この手で、カナリーの魔力を消耗させようとしていた。
「それは、セージの髪の色の話、カナリーの傘下に入った事が関係してる」
「正解です。出来ることなら、現状を打破したかった」
聞くところによると、彼の髪の毛が黄色になったのは九月に入ってから、戦艦の起動のためのイベントが終わった後の話らしい。最近だ。
思えば、カナリーがお屋敷を空けがちになっていたのも、そのあたりの時期、もっと正確に言えば、ハルが病院の跡地からクリスタルを持ち帰って以降になる。
状況を照らし合わせれば、カナリーはその間、セージを支配下に置くために暗躍していた、ということなのだろう。
「ごめんね、うちのカナリーちゃんが迷惑をかけたみたいで」
「とても仲が良いんですよね? もっと行動に疑問を持ったり、止めたり問い詰めたりして欲しかったかなぁ~」
「すまない、カナリーちゃんは放し飼いなんだ。おやつの時間には帰って来るし」
《ごろにゃーん!》
ペット扱いしたことに対して、ハルの脳内でカナリーの抗議の鳴き声がする。
……実のところ、そこまで嫌がっていない様子。
そう、こうして、常に存在が繋がっているというのも大きい。離れていてもその安心感があるため、ハルはカナリーの行動に対し一切の口出しをしていなかった。
「と、そんな感じであっという間に支配下に」
「抵抗は出来なかったの?」
「逃げ隠れするのが精一杯ですね。ちょうど今日のように、見つかったら終わりです。まったく、主従そろって……」
「うおー、カナちゃん、やっぱ強いんだね。やる時はやるんだ」
ユキが感心する声を上げるが、セージはそれにゆっくりと首を振る。どうやら、相対的に自分が弱いとされている事に対する抗議らしい。
強さの序列など気にしません、という、さわやかな顔をしていながら、その辺りのプライドは結構高いようだった。
「あなどらないでくださいねー。確かに、カナリーは侵食に対して頭ひとつ抜けていますが、それだけでやられる自分ではありません」
「なら、どったの?」
「自分を“黄色にする”ことが、運営会議で決定してしまいました。これ、ハルさんのせいですよ?」
「……なるほど、ハルとカナリーの陣営が、神々の過半数を配下に置いたからね?」
「ええ。その強制力には、さすがに逆らえません。まったく、ハルさん有利のルールを作る事でも考えていればいいものを……」
ルナが語った過半数とは、カナリーを初めとしたハル達の陣営。セレステ、マゼンタ、マリンブルー。これだけで本人を含めて四柱。七色神の過半数だ。
そこにアルベルトも加われば、モノとセージを含めた十人でも半数。もしかしたら、モノもハルの陣営として数えられているのかも知れない。さすれば過半数。
その発言力を使い、セージを“黄色くする”ことを強引に決定したようだ。
……ここまでくれば、もう『何の為にそんな事を』、とは言わない。カナリーが強権を発動してまで行うことだ、ハルにあの夜語った事が、関係しているのは間違いない。
「しかし、解せないわ? それならば、貴方も今は黄色の陣営なのでしょう? ならば何故、ハルの、いえカナリーの魔力を執拗に減らそうとしたのかしら?」
「それはその、なんと言いますか」
そこでセージが言葉に詰まる。きっと、この事に対する発言権が無いのだろう。
ならば、ハルからそれを言い当てることで、『言っても良い事』にしてやるとしよう。
「神様を、辞める気なんでしょ? カナリーちゃんは。それでセージが後釜に、次の黄色の神に指定された」
「……カナリー様は、ヒトになりたいとおっしゃっていました。それを、実行に移すおつもりなのでしょうか?」
「…………正解です。このまま順当に行けば、自分が次の『黄色の神』。補欠要因みたいなものでしたからね」
元々は、その名の示すとおり、緑色の神として現地を担当する予定だったセージだ。その適正は持っているのだろう。
それで、神の座を辞するカナリーに代わり、彼にお鉢が回ってきた。
「神々が貪欲に魔力を集めるのは、それぞれの目的に必要なため。そして、ハルさんの活躍により誰の予想よりも早く、その量が確保されてしまいました」
「……早すぎる事でそんな弊害があるとはね」
「予想していなかった、とは言わせませんよ? 聡明な貴方のことだ、強引さに歪みは付きものなのは、理解しているはず」
「何が起こるか、どれだけ魔力が要るのか、まるで説明しない君らサイドも悪い」
「それは、その通りです……」
ハルには、必要量がどれだけなのか、見えている訳ではないのだ。もしかしたら、順当にやれば百年かかる量なのかも知れない。
そうであるなら、可能な限り高速化しなければならない、という気持ちにもなる。
「なーるほど、それで、カナちゃんの目的ってのに必要な量の魔力を減らしてやることで、それを阻止しようとしたってワケだ!」
「正解です」
「……ですが、それでは時間稼ぎにしかならないのではありませんか? カナリー様とハルさんは、すぐにまた、使った魔力を集めてしまうでしょう」
「そうね? ただでさえ、議会はカナリーが掌握しているのでしょう?」
「今は、時間が稼げればよかった面もあります。稼いだ時間で、ハルさんが考えを変えてくれれば、という賭けもあります」
それは、どうだろうか? もちろん、負けてしまったなら、彼がどうしてここまで必死になっていたか、よく考えはしただろう。
しかし、考えて今の話の内容を導き出したとて、それで止まるハルだとは思えない。
ならば、その稼いだ時間で何か起こるのか、もしくは起こすつもりだったのだろうか。
例えば話に出た、謎の敵の関係であったりとか。
「そうだ、結局のとこ敵については教えてくれないのかな?」
「申し訳ありません。あれはハルさんの気を引くためのブラフです」
「……まあ、断言されなかったから期待はしてなかったさ」
「ですが、あながち嘘ではありません。今回、自分がハルさんの配下となったので、『黄色』を受け継ぐことがほぼ確実となりました」
そうなるだろう。もはや、カナリーを止める障害は無くなった。このまま彼に『黄色』の座を引き渡し、その目的に向かって一直線に進むはずだ。
「自分がそちらの仕事に回れば、元の、ゲーム外の仕事はおろそかになります。そうしたら、おのずと“敵”も明らかになるでしょう」
「ふむ……?」
であれば、やはり“敵”とはゲーム外に攻めてくる存在なのだろう。セージの仕事が滞れば姿を現すのだとしたら、それは普段は彼が抑えているのだろうか。
確かに、セージに勝利することで敵について明らかになる流れなのだろうが、なんとも納得のいかない気分のハルだった。
その後も雑談を交えながらお茶を飲む面々だったが、セージから聞きだせる重要情報はそのくらいのようだった。
最後まで笑顔でカナリーへの愚痴を言っていた彼とも別れ、ハル達もお屋敷へと帰還する。
帰ったら、そ知らぬ顔でお留守番する猫ちゃんにも今回の件を問い詰めようと思うハルだ。脳内に響く、ごまかしの猫なで声を無視し、メイドさんにおやつによる捕獲を命じる。
こうして、ゲーム外に陣取る巨大ボス討伐から始まった一連の騒動は、一応の終着を迎える。
しかし、今回は一件落着とはいかず、ことは更に大きな流れへ、核心たる、カナリーの目的に繋がって行くのをハルは感じていた。
今回で八章は終わり、明日からは新たなお話がスタートします。
九章はアイリとの結婚に次ぐ、節目のお話になりそうです! まだ上手くまとめられるか戦々恐々としているところですが、今までどおり毎日がんばって書いていきますね。
※誤字修正を行いました。




