第278話 天使に対するは竜の巨人
前話に出たフラクタル構造は、無限の表面積を持つ、雪の結晶に似た複雑な図形で、ジオデシク構造はレーダードームや二十面サイコロのような三角面で作られた球体です。
少し唐突で、説明不足すぎでしたね。何か複雑なことしてるんだな、程度に考えてもらえれば。
どちらも、響きが最高に素敵だと思います。
籠目模様に展開された格子状の魔力の網にかかった反応はひとつ。見逃しが無いならば、そこが司令塔、最後の一人だ。
場所は都市防衛の模擬戦の際にモンスターが湧き出てきた小山の向こう。
どうやら、最初から分身をひとつそこに置いて、ずっと待機していたようだ。
輝く翼から魔法を噴射させ、一気に距離を詰める。
視覚にも映らないように透明化しているようで、その距離が近づいても、そこに何かあるようには見えなかった。
僕は魔力に感じる“触覚”から簡易的な人型の映像を作り出し、ユキ達にも見えるようにモニターへと表示する。
ルナが放つ魔法をその影は回避し、膨大な魔力の奔流に洗われ隠しきれなくなったか、透明化が解除される。
そこをすかさず、ユキの操るルシファーの巨体が格闘技により攻め立てた。
「にゃろっ! ちょこまかと!」
「大丈夫ユキ。完全に移動経路は絞り込めた」
ユキの打撃と、そこから発生する空間の振動を回避するため、セージは必死に回避行動を取っている。
周囲を格子状に魔力で囲まれ、分身を生み出す隙間が無いためだろうか、ずっと一人で戦っているようだ。新たな反応は検出されない。
ならば、この一体を倒してしまえば終わりだ。
僕は慎重に<銃撃魔法>の狙いを定めると、弾丸に<降魔の鍵>で最大限の魔力を込めてゆく。
そうして発射された魔法の銃弾は、逸れることなく的確に、セージの額へと吸い込まれていった。
「なにっ!」
が、不発。その弾丸が彼の頭を吹き飛ばす予想図は現実にならず、何事も無かったかのように彼はそこに健在だ。
驚きつつも、手は止めず的確に攻撃を続けてくれているユキに励まされるように、僕も二発目、三発目と強化された<銃撃魔法>を撃ち込んでゆく。
しかし、結果は初弾とまるで変わらない物だった。
「いい腕だね。普通のモンスターなら、成す術なくコアを吹っ飛ばされて終わりです」
「《……じゃあ、キミも吹っ飛ばされて終わっておいてよ》」
「そうはいきません。もはやかくれんぼは終わり、鬼ごっこにもさせてくれず、捕まっちゃった」
「《今までは、かくれんぼに持ち込むために手加減していたって事か》」
「ハルさんもやるでしょう? 状況に合わせた、自身の力の制限」
そう言われると、何も言い返せない。制限プレイ、ではないが、状況をコントロールするため、自分の力をすべて見せずに、あえて弱いまま戦うことはある。
勝てそうだと思わせたり、切り札を隠すためだったり、理由は様々だ。この地でのレイドボス戦など、それが顕著だろう。
セージもまた、それを行っていたという事らしい。
相手は弱いから、見つけてしまえば撃破は可能だ。そう考えを誘導し、発見のために魔力を無駄遣いさせる。その目論見は、成功だったといえよう。
「でも、こんな器用な方法を思いついてしまうなんて、計算違いです」
「《もっと早くやっておけば、魔力を無駄にしなくて良かったけどね》」
「仕方ありませんよ。ここまで精密な操作、やろうと思って出来るものじゃない。普通、思いついてもやれません」
「《……まあ、僕も普段なら出来なかったと思うよ》」
フラクタル構造の構築と同様、魔力をこうして細く長く伸ばす精密操作も、今の意識拡張の恩恵があってこそだ。通常時では難しい。
しかし、本気を出したとはいえ、さっきの現象はなんだろうか?
確かに直撃したはずの銃弾が、なんの破壊も起こさずに吸収されてしまったように見えた。
「吸収……、吸収といえばマゼンタだけど。あれとも違うように見えた」
「たぶん、ですけど、魔法を構築する式が一瞬で分解され、無意味な魔力へと還元されたのだと思います」
「なるほど……」
アイリの感覚、魔力を感じる第六感によると、どうやらそういうことらしい。
しかしこのルシファー、よくよく吸収の使い手に縁がある。
「《キミは、随分と徹底してエコなんだね。そんなキミが、僕らに浪費を加速させようとする理由は何だ》」
「矛盾していると思いますか? ですが自分にとっては、理にかなった行動なんだ」
「《僕らが使った魔力を吸収したいなら、理にかなってると言えるけど》」
だが彼の行動を見ていると、ただただ僕らに魔力を浪費させたい、そうした思惑が見える。
「相手に消費を強いて、それによって勝利したい。おかしな事ではないはずです!」
なおも続くユキの猛攻、巨体から繰り出される拳を、その華奢な体で受け止めると、反撃で蹴り飛ばし、ルシファーの腕を引きちぎってしまう。
打撃と同時に発生するはずの、空間魔法は無効化されていた。
「《ならば直接対決せず、暗躍するべきだったね》」
「時間が無いんです!」
だんだんと、セージの感情が高ぶってくる。それに伴い、攻撃も苛烈さを増し、逆にこちらへと突っ込んでくることが増えてきた。
吹き飛ばされた腕の装甲を再生しつつ、バリアフィールドにエネルギーを回す。
彼のパンチもそれに阻まれ、今度はこちらへ到達する事が適わなかった。
「やはり、見つかってしまった時点で、自分には少々きついですね」
「《もう増えないのかい?》」
「数で勝負する段階ではないでしょう。処理能力が分散した時点で、じりじりと追い詰められるのは確実」
僕も同意見だ。分身は便利だが、そこに処理を使ってしまい、個体ごとの能力は低くなる。
「だから!」
交差する互いの攻撃の合間、少しだけ距離が離れる瞬間があった。その一瞬を見逃さず、セージの体が魔力を発する。
発光しながら形を作って行くそれは、こちらと同じサイズの巨人。鎧を模した、あれもまたロボットだろうか。
兜の部分はドラゴンの顔をイメージした造型であり、鎧にも竜鱗の装飾が見て取れる。
手甲は特にそれが顕著で、鱗に覆われたガントレットの先端に、鋭い爪が装着されていた。
尻尾こそ無いが、巨人というよりも、人化した竜が直立したといった印象を受ける。
ゲーム外のボスが皆ドラゴンなのは、彼の趣味によるものなのだろうか。
「自分も全力で、戦いましょう」
「《……神様は変身も一瞬か。見習わないとね》」
「すぐにその余裕を見せられなくしてやります!」
セージの神気が発する気迫は短期決戦の構え。これまで、長期戦でじわじわと削ってきたのとはえらい変わり様だ。
一見、やぶれかぶれにも見えるが、いい手である。
長時間に渡る消耗戦を仕掛けられると、意識はどうしても、『これを乗り越えれば勝利』、といった方向に向かってしまう。実際、僕もそういう側面はあった。
そこで、敵を追い詰め弛緩した意識の隙を突くように、一気に攻め立てる。対応できず、やられてしまう者も多いだろう。
ゲームでこういうステージを作られると非常に嫌だ。失敗した場合、最初の消耗戦からやり直しといった作りだとユーザー評価は地に落ちるだろう。
「《最後に巨大化したボスはその時点で勝ったも同然!》」
だが、うちのユキにはその揺さぶりは通用しない。油断することなく長期戦にも集中力を保ち、突然の状況変化にも難なく対応してみせる対人戦のプロ。
敵のサイズ変化にもキッチリと合わせ、むしろ殴りやすくなったとばかりに猛攻を加える。
魔法が分解されるならと、ルシファーの再生力に頼った物理攻撃を叩き込み、敵の鎧にヒビを入れる。
竜鱗の装飾は吹き飛び、花と散る。その様子が、ユキの攻撃の激しさを視覚的に彩っていた。
「ハル、荷電粒子砲を。私の魔法では、足止めにしかならないわ?」
「撃ちたいとこだけど、敵が魔力の侵食もして来ている。食い返さないとこの土地全てもってかれる」
「わたくしの方も、再生で手一杯です!」
セージの鎧は器用なことに、戦いながらもこの地に僕が蜘蛛の巣のように張り巡らせた魔力の結界を侵食してきている。
神の侵食力は絶大で、気を抜けば一気にこの地の“色”を染め変えられる。
どうせなら黄色にしてくれれば良いのだが、ご丁寧に彼の独自色のようだった。
吸収できない物理的な破壊力である粒子ビームを使いたいところだが、その余裕を与えてくれない。
「なら私が決めちゃうよ! うらっ……、ボディーに、風穴ァ!」
「……! ユキ、回避」
「あい、さー!!」
敵の動きが一瞬にぶり、胸部の防御が空く。それを見逃すユキではなく、その間隙に拳を突きいれる。
敵の鎧、その装甲が派手に剥がれて吹き飛ぶ様に、勝機の幻視をする僕らだが、実際に目の前に現れたものに、全ての攻撃を中止し、必死で回避行動に切り替える。
「ビームなら口から出せー! 何のためのドラゴンヘッドだー!!」
「ユキ、ナイス回避!」
「えへへ。何とか脊椎部は守ったよ」
絶叫と共に、その天才的なセンスでユキはルシファーの体を捻り、吐き出される極大の魔法から身を逸らす。
バリアは抜かれ、半身を吹き飛ばされるも、ルシファーは健在。すぐに無限に増殖するナノマシンの雲が、破損部を埋め尽くして行く。
「今のを避けますかっ!」
「《ずいぶんと無駄遣いだったねセージ。帳簿を付けるのが憂鬱じゃないか?》」
「自分の消費など、いくらあっても構いません。ゼロになろうと、貴方を倒せればっ!」
そこまでして、カナリーの力を殺ぎたいのか。
「《一人勝ちではあるけど、カナリーは魔力を集めた実績がある。それを否定する理由はなに?》」
「それはハルさんの実績です。それに集めたのは、使うためだ、自分の為に。それでは滅びた古代人と変わらない」
それで、“カナリーに使わせないために”、“ハルに消費させてしまおうとしている”。
……変な話だ。どのみち消費してしまうのならば、同じではないか?
いや、今はこの問答に思考を割いている余裕は無い。感情のぶつけ合いは戦場の常なれど、一度戦いに入ってしまえば決着に向けて進まねばならない。
僕は大技を撃って侵食スピードの弱まったセージに向けて、逆進行をかけるべく意識を集中する。
強烈な砲撃とダメージで魔力的な接続を弱めた彼の鎧の魔力を、強引にこちらの支配下に置いて動きを封じる。
動きを止めたその巨人に、トドメの一撃を放つべく、こちらも再生を急いでいった。
「ハル君、私のパンチじゃ決定力が足りない」
「私もよ? 今の状態では、魔法は逆効果かしら」
「いや、どんどん撃っちゃって。魔法を分解させて処理を奪いたい」
これには、ゲームのスキルとしての魔法、ウィストが構築した病的な構造の複雑さが最も適している。
魔力を与える事にはなるが、与えた魔力を使う余裕を与えなければ問題は無い。
そうして、侵食と魔法分解に処理を取られ、セージの体勢が立て直せないでいる間に、ルシファーは再生を完了する。
がっしりと、その新たな体で逃げないように敵機を押さえつけると、その動きを完全に止める事に成功した。
「……良いんですか? いかに処理が重くなっているとはいえ、もう一度砲撃を撃つのは容易い」
「《いいや撃たせない。悪いけどこのまま意趣返しでケリをつけさせてもらう》」
敵の胸部、砲撃の射出口に再び魔力が集まる。このままだと、押さえつけているルシファーに直撃するコースだ。
だがその間は与えない。こちらも、超威力の砲撃でその前に決着を付ける。
「アイリ、いける?」
「はい! 神力砲、発射します!」
ルシファーの胸部が割れ、赤い光が漏れ出してくる。完全なる意趣返し。こちらも、胸部からの砲撃でトドメといこう。
マゼンタとの戦いで制御下においた神力発生装置、そこと、空間的に接続された砲口だ。
装置内に溢れんばかりに溜め込まれた力場的エネルギー、神力を一気にこちらへ転送し放出する。
「……完全にマゼンタの真似で格好はつかないけど」
「これで、チェックメイトなのです!」
半ば自爆のように神力砲が発射され、敵の巨人は跡形も無く消滅するのだった。




