第276話 鬼ごっこ神級を開催します
「カナリーの暗躍に訝んだハルさんがそれを問い詰めて」「そこで自分が、『知りたかったら自分を倒してからにしろ』、って流れを目論んでいたのですが」
「《頓挫したと》」
「だって“あの”カナリーのことをそこまで信じてるとは思わないよ」「普通思わない」「ねー」
「《一人芝居たのしそうだな……》」
分身するとやりたくなるのだろうか……? 僕にも覚えがある。楽しくはなかったが。
しかし何故そこまでして戦いたがるのかと、今聞くのは野暮だろう。過程はどうあれ、もう戦闘状態に入っている。
戦闘が終われば、いや、戦いの中で、その心に聞くとしよう。
撃ち放題となった<銃撃魔法>により、セージの群れ……、と呼ぶのも変な話だが、ともかくセージの群れは成す術もなく撃ちぬかれ、その身を魔力へ散らしていった。
しかし、なんら堪えた様子なく再びその数を増やすと、戦闘前と同じ調子でこちらに話しかけてくる。
「なぜそんなに」「カナリーの事を信じるんですか?」
「《そう定義したからだよ》」
「あはは、AIのような返答だ」「自分たちに分かりやすく言ってくれてるのかな?」
「《じゃあ、好きだからかなっ!》」
話しながらも、増えるセージの口を塞いでゆく。
流石の彼も、魔力の無いゲーム外では遠隔で増える事は出来ないようで、自分の体からコピーを生み出している。
恐るべきはそのスピード。一人が二人、二人が四人へ。ネズミ算式に増殖する彼は、一匹でも逃すとそこからすぐに数を増やしてしまう。
「それこそ理由にはなりませんね」「好きな相手でも、疑念が一切頭をよぎらないなど不可能」「いや好きだからこそ疑ってしまうのが人間」
「《詳しいね、人間に。それに、ずいぶんと突っ込んで気にするじゃあないか。そんなに興味あるの?》」
「うん」「教えて欲しいな」
「《虫がよすぎる! 先に自分の隠し事から語るんだな!》」
自分は『言えない』を連発しておいて、こちらの事情は聞きだしたいなど都合の良すぎる話だ。
平気な顔でそういうことを口にできる、自然に上から目線の頭を吹き飛ばしつつ、僕は状況の打破を模索する。
セージの分身、一人ひとりの力は強くない。<降魔の鍵>とルシファーの力により強化されているとはいえ、<銃撃魔法>の銃弾一発で吹き飛ぶ。
その脆さは、神というよりも普通のプレイヤーを相手にしているようだ。
積極的に攻撃してくる様子も見えなく、今のところは、ただ全滅しないように増え続けている、といった印象だ。
しかし、ただただ数が多い。増え方も絶妙で、僕の狙いの裏をかいての増殖は見事だった。
相変わらず魔力の回収も巧みであり、破壊された分身を構成していた魔力はきっちりと回収している。
いや、時には回収すらせず、その場で復活することだってある程。
核を狙撃し、撃ち抜いただけのこの倒し方では、ほとんど丸々魔力が残る。それを再利用して、難なく再誕だ。
「今までになくエコな敵だね……」
「あれかな? ハル君が無駄遣いしすぎるから抗議のために戦いしかけて来た」
「なるほど? ……いや、自分のせいで無駄遣い加速してるじゃん」
「また、さっきのように長期戦にするつもりかしら?」
「だろうね」
ルナが先ほどの模擬戦、終わらない雑魚ラッシュを思い出してうんざりとした顔を見せる。
彼女にとっては連戦だ。場合によっては、ログアウトし休憩してもらった方がいいだろう。
「ルナ、体調は?」
「少し疲労はあるけれど、やれるわ? 明らかにボス戦よ。ここは休まず、一気に終わらせましょう」
「ですがルナさん。相手の思惑によっては、本当に長引きかねません」
アイリが危惧するのは、これまでの経緯から導き出される推測、敵の目的だ。
どの段階においても、敵の行動は一貫して消費を抑えた長期戦。そしてこちらの魔力の消耗だ。
本人が出てきた現状、それは最終段階にあり、これまで以上に徹底的にやってくると予想される。
そうして神の力でなりふり構わず耐久試合を仕掛けられたら、こちらが最適行動を心がけても泥沼化は必至。
今日はずっと僕に付き合ってくれているルナの体調が心配だった。
「なら、私が無理して体調を崩したら、ベッドの上で優しく看病しなさいな」
「……やらしく看病? ルナちーだから、やらしくだよね絶対」
「これは、結果いかんに関わらず、ルナさんは体調を崩してしまうのです!」
「いや、いいけどさ……」
報酬として彼女がそれを望むなら付き合おう。
それに、ルナは今、体は僕のポッドに入りログインしている。多少の無茶は効く状態だ。続けて協力してくれるのならば、心強いことに間違いは無い。
「じゃあルナ。看病してあげるから、いま少し無茶をお願いね」
「任せなさい? あの目障りな羽虫を一掃してあげる」
<銃撃魔法>による狙撃ではキリが無い。一矢一殺を徹底しても、一発につき一人が限界。それに当然、狙いを外される事だってある。
ならば、範囲攻撃の出番だ。翼の回路へとルナを接続し、彼女の強化された魔法を惜しげもなく羽から放射する。
周囲一面に、次々と黒い球体が出現したかと思うと、辺りを覆い尽くさんと増殖したセージの群れを、更に上から覆い隠す。
すぐに球体は収縮してゆき、小さな点に縮小され消える。黒い丸に塗りつぶされたセージは、その黒球が消えた後にはもうその場に存在していなかった。
全てのセージは一気に球体の群れに飲み込まれ、周囲には一気に静寂が訪れる。
「なにあれルナちーブラックホール?」
「そんな物騒なものではないわ? <空間魔法>には違いないけれど」
「あの球が収縮するときに、空間ごと圧縮というか、すさまじい潮汐力が発生してるね」
「中身は全部、こなごななのです!」
「物騒じゃん」
一人でも残っていれば、そこを基点に一気に増殖してしまうセージだが、ルナの魔法によりこの場の全てを一掃された。
もう、増える“基”が無く、せわしなかった戦場に、やっと息つく暇が訪れる。
「……でも、勝利ではないのね? 期待はしていなかったけれど」
「第一ステージ終了、ってとこかな。第二波は……、来る気配が無いね」
「緩急をつけてくる気なのでしょうか」
この場のセージ全てを破壊したが、勝利にはならず。
彼が語るには、分身している相手は一人残らず撃破しないと、勝利の判定が出ないようだ。
これはどうやら、思ったよりも厄介な戦いになりそうであった。
*
「いません、どこにも! かくれんぼなのです!」
「第二ステージはかくれんぼかあ……」
その後、しばらく次なる襲撃を警戒していた僕らだが、一向にその様子は無い。それどころか、斥候の一人すら姿が見えなかった。
洪水のようなセージの波が押し寄せるのも、それはそれで嫌だが、一人も姿を見せないのもまた困る。
「半径一キロは、探すとなると大変だ」
「都市防衛戦にすれば良かったかしら?」
「そだねー、代わりに時間制限なんか付けちゃってね。そうすれば、かくれんぼは出来ない」
今更言っても仕方ないが、ルール設定のミスだったのだろう。神は、積極的に攻撃を仕掛けてくる者、と先入観で決め付けていた。
「でもさー、アレもっかいも嫌だなぁ。ハル君でも捉えきれないとか、どんだけだよ」
「僕のプライドのために反論すると、捉えきれてはいたよ」
「体の生成をズラされたり、タイミングが巧みだったのですよね!」
「嫁に必至にフォローされるのはプライド的にどーなん?」
……夫婦仲が円満ならばプライドなどどうでも良いのである。
しかし、もし完璧に捉え切れていたとしても、本質的に先ほどの戦いに意味は無い。
“最後の一人”がどこかに隠れたままでは、完璧に全員撃ち抜いたところで勝利にはならないのだ。
「アルベルトと戦った時を思いだすね」
「おうちの中から、無限に出てきましたね!」
「《懐かしゅうございます。確かに、目の前の相手を倒しても対処療法でしかないのは、私の時と同じ》」
「あの時は勝利条件が別にあったから良いものの」
「今回は、全員倒さないといけないのです……」
全員、というのが困ったところだ。例えば隠れた司令塔を発見して倒したとする。
しかし、セージはこっそりともう一体を戦闘エリアの逆側にまた隠していたら、やはり戦いは終わらない。
「そのアルベルトに聞くと、僕らのあの戦い、勝利条件を設定せずにやった場合どうすればいい?」
「わたくしとハルさんは、無限のアルベルトを相手に勝てたのでしょうか?」
「《可能です。都市防衛の最中にハル様が言っておられたように、増殖は無限でも魔力は無限ではありません》」
「僕らの『無尽増殖』も、エーテル餌の<物質化>を行う魔力が尽きれば無尽ではなくなる。それと同じだね」
「《特に我々のようなサポートの神は、自由に使える魔力が少ない攻め続ければ、いずれ魔力切れは必至、なのですが》」
「そこで篭城ってわけだね」
隠れて戦わなければ、貴重な魔力を消費せずに済む。僕らも戦わないので、一見条件は同じなのだが、今はこのルシファーを起動しているという弱点があった。
この巨大兵器、ほとんどが物理現象のため見た目に反して魔力消費はかなり少ないのだが、当然ゼロではない。
それよりも問題なのは、ルシファーの起動には僕の意識拡張がほぼ必須であることだ。移動させず、固定砲台にする程度なら無しでもいけるが、現状、それは有効打とならない。
ルシファーの起動限界は、当然ながら僕の使える魔力が切れるより先に訪れる。そこで焦って、時間内に決着をつけようとすればセージの思う壺。
しかし、焦らず一旦ルシファーを解除してしまえば、次は“変身”する猶予を与えてはくれないだろう。
「まったく、厄介な事考える神様だね」
「ルシファーの事、知っていたのでしょうか?」
「いくつかプランがあって、こちらの出方を見て対応しているのではなくて?」
恐らくはそうだろう。ならば、小手先の戦法では対応を変えられて終わりだ。勝とうとするならば、相手がどう足掻こうと無意味なレベルで圧倒しなくては。
幸い、敵の攻撃力は他の神に比べれば低い。仮にモンスターを作り出して来たとしても、ルシファーを呼び出している今、大した脅威にはならない。
ならば、僕らのやる事は彼を探し出し、そして逃げないように拘束する事だ。
「無駄に一キロとか設定するんじゃなかった」
「地下も含みますからね! もぐられては、お手上げです!」
「その時はもぐらの神様と、数年に渡ってネタにしてやるわ?」
「《すばらしい案でございます、ルナ様。拡散に協力いたしましょう》」
高威力攻撃でも気兼ねなく撃ち込めるようにと、広いバトルフィールドを指定したが、それが仇となったか。
いや、指定無しだったらそれこそ絶望的だった。広いとはいえ範囲を区切った過去の自分を褒めておこう。
「やっぱ土地ごと吹き飛ばすしかないのかな?」
ユキが、良い案が浮かばないと、操縦桿を握りながら、むむむ、と体を伸ばす。コックピットに缶詰は、彼女にも窮屈なようだ。
最後の手段、この半径千メートルの球体内を、余さず爆破しつくす。
彼も白旗を揚げていたように、その方法を取れば逃げ場は無い。ある程度、セージもその可能性を覚悟はしているのだろう。
「やるとしたらどーするハル君。ルナちーの魔法で、焼き尽くせる?」
「さすがに無理よユキ。私がやるとしたら端から順になって、逆方向に逃げればそれで終わり」
「僕だって実は厳しい。試合前から準備してたならともかく」
威力を増した反物質砲くらいだろうか、可能なのは?
しかし、“安定して爆発させられる”量は実験したのはまだほんの少し。この街の礎となったあの巨竜ですら破壊できないサイズだ。
環境への影響も計り知れないのでやりたくはない。
「敵はかくれんぼ中よ。準備は出来るのではなくて?」
「そうそう。準備してたら、『こりゃたまらん』、って出てくるかも」
「……難しいですね。何かを設置するにも、ここには魔力がありません」
アイリがルナ達の提案の難しさを指摘する。そう、何かを魔法で準備するにあたって問題となるのがそこだ。ここはゲーム外である。
「だからといって魔力を周囲に放出すれば、それはセージにも使われてしまう。無色だろうと、黄色だろうと」
「……それがあったわね」
「それが無ければ、レーダー代わりになるんだけどねー」
ユキが<千里眼>を発動しているのか、目を細めてうなっている。彼女にも、今はセージの存在が捉えられないようだ。
これが、一面を黄色の魔力で埋めてしまえば視線が通るのだが、何故か彼にも僕と同様に黄色の魔力が利用可能だった。
無色の魔力は論外。もちろん使われる。
「本当、よく考えてあるね。手のひらの上だ」
戦闘エリアをゲーム外に指定した時点で、どう足掻こうと似た状況へ誘導されていたのだろう。
その手の上から逃れる為には、彼の想定を超える何かを、僕が披露してやらねばならないようだった。




