第275話 黄色に連なるもの
ナノマシン、エーテルの雲が少しずつ形をとり、人型を形成してゆく。
その外部を装甲板が雲の中から浮き出るように覆ってゆき、雲の中心には骨格のようにラインが通る。
この骨格は新たな設計だ。どうしても弱くなりがちな物理的な動作をサポートし、同時に魔力伝導回路の役割を果たす。
僕は軽くルシファーの指を握りこむように、それでいて素早く力強く操作する。
反応は上々だ。ルシファーの指は、その巨体に似合わぬ超高速で、しかもロボット特有の精密さで開閉を繰り返した。
さすがにこれは、骨抜きでは出来なかった芸当だ。いくらリミッターを外しその膨大な数で強引にエーテルを動作させるとはいえ、エーテルは元々移動が苦手な存在だ。高速動作は、背中の羽を噴射口の如く魔法放射させての突進に頼るところが多かった。
「中距離より先の移動は変わらずバーニアだけど、近距離の細かな制御は役に立ちそうだ。良い仕事だねアルベルト」
「《お褒めに預かり恐悦至極に存じます。参戦を禁じられていますので、そちらの成果と通信サポートでお役に立ちましょう》」
この地から転移し、参戦を禁じられたアルベルトが通信で答える。
僕の意識拡張、接続率を大幅に上昇する場合はアルベルトの補佐が欠かせない。もしかすると、それも封じられるかと思ったが、そこは手付かずだったらしい。
この骨格機構は、アルベルトの得意とするサイボーグボディの技術の助けを借りて作られている。
現代よりも進んだ前時代のサイボーグ技術、それをアルベルトが独自に改良した優秀な機構だが、さすがに巨大ロボットのサイズを動かすのはパワー不足。
しかし、このルシファーは中身が空洞であり、骨格に求められるのは自身を動かす出力のみだ。それが、高速精密動作を可能としている。
「いいねハル君、今の動き。あれならゲームキャラ動かす要領で格闘戦もできそう!」
「そうだね。せっかくだから、体の動作はユキに任せようかな」
「よっしゃ! ハル君、操縦桿ほしい! 操縦桿!」
「……いいけど、操縦桿で操作するようには出来ていないのだが」
まあ、気分だろう。僕は操縦桿のおもちゃを<物質化>し、ユキに握らせる。そして彼女の意識を中継し、骨格の動作へと接続した。
このルシファーはエーテル、ナノマシンの、エーテルでの制御だ。本来は肉体で乗った方が良いのだが、ユキの場合は肉体だと闘争心が低減してしまうので仕方ない。
「……ハル、それよりも椅子が欲しいわ? 全員であなたに抱きつくのも悪くはないけれど、そういう状況でもないでしょう?」
「しゅ、しゅみません、わたくしだけ座って……」
「ルナとユキも乗るように設計はしてなかったからね。まあ、狭いけどシートも出すよ」
「ハル君! もう殴っていい!?」
「ユキ、おすわり!」
「わんわん!」
殴ったらその時点で試合開始だ。最初の一撃は、よく考えて行わなければならない。
そうして狭いコックピットの中に何とか四人が収まり、時を同じくしてルシファーの構築も完了するのだった。
◇
「さて、殴り始める前に、戦闘エリアを設定しないとね」
「戦闘エリア? 魔力圏かしら?」
「あれ、ルシファー君ってロボットだよね。魔力無くても平気な兵器なのでは」
「平気な兵器だよ。でも、魔法も撃てる」
「羽から出すのです! すごいのですー!」
ルシファーの輝く天使の翼は、移動用の他にも操縦者の攻撃魔法を増幅して撃ち出す効果がある。
魔力の中に居ないとそれが使えなくなるし、それ以前に移動用のバーニア魔法も効果減だ。
なので僕の操る術の例に漏れず、魔力の無いゲーム外だと実力を出し切れない。
とはいえ、生身で戦うよりもよっぽど強く、本当に一切魔法が使えない時は強力な切り札となるのは間違いない。
「一応、このコックピットの材質は、あの『モノリス・背負うタイプ』と同じだから」
「ルシファーの周囲だけなら、魔力で覆っているのです!」
「今からでも商品名変えない?」
この黒いコックピットは、それ自体が魔力を固定する魔道具。
だがそれ故に、コックピットを大きく稼動させることは出来ない。そのため、動きの少ない脊椎部に収納されていた。
「ユキには申し訳ないね。自慢のアクロバティックな動きが出来なくて」
「なんの。関節が一応あるだけマシさねー。ゲームによっては、背中に鉄心が入ったようなのもあるんだし」
フルダイブが当たり前の現代だが、その操作方法まで洗練されているとは言いがたい。
筋肉の収縮を再現したゲームなど殆ど無く、このゲームのキャラクターでさえ関節の回転方式をとっている。
このゲームは触覚等の五感の再現が尋常ではないので気にならないが、肉体と使い分けている僕は微妙に差異を感じる。
ルシファーの操作は、そんな、あまりキャラクターの動きにお金を掛けていないゲームと同等、といったところか。中には背中が一切曲がらない物もあるので、それよりは上。
ユキが言った関節というのは、実際は複数のブロックを接続した部分であり、いわば多数のモノリスを接続して背骨が出来ている。
それらが発生させるフィールドは相互に補間し合い、この巨大な天使を包むオーラと化していた。
だが、それでは心もとない、最低限だ。僕はこの土地の魔力圏にかぶせるように、神域から魔力を持ってくる。
「お、いよいよ来ますか? それを用意するための時間が必要だったんですね。さながら自分は、ヒーローの変身を待つ悪役だ」
「《討伐される準備は出来た? これから主題歌に乗せて、ぼっこぼこにしてあげる!》」
「どうか怪人にも慈悲をお願いしますねー」
外部スピーカーに乗せてユキが意気込む。ルシファーのポーズも格好良く決まっていた。
そんな“変身”が完了した僕らは、怪人たるセージの佇む空中へ魔力を満たし、ロックオンする。
彼もそのままでは不利なのは分かっているはずだが、初撃は受けなければいけないルールの一部だからか、その黄色の魔力圏から逃れることは無かった。
「んでハル君どーする? 殴っちゃっていーい?」
「しっかり毎回確認を取るユキは忠犬ね? ……でも、出来れば最初のボーナスはしっかり利用すべきではなくて?」
「そうですね……、ウィスト神の時のように、“びーむ”をチャージして当てれば終わりかも知れません」
確かにアイリの言うとおりなのだが、荷電粒子ビームの最大チャージにはそれなりに時間がかかる。その間、ただ睨み合ったまま待つのもどうかと思う。
初撃を許した以上、セージもこちらの初手には最大限警戒を払うだろう。敵の雷撃に隠れて不意打ちが決められたウィスト戦とは訳が違う。
「……いや、ルシファーの展開は成ったんだ。さっさと戦闘を始めちゃおう」
「それもまた一つの選択ね。敵も、『準備してはいけない』、というルールは無いわけですし」
こちらの邪魔をしてはいけないだけで、相手も当然この間に準備をするだろう。
これ以上、時間を与えるのは止めておこう。
「という訳でユキ、殴っちゃっていーよ」
「よっしゃー!」
待機から解放されたユキが、ルシファーの巨体を高速で駆動させる。
宙に浮くセージへ走り寄ると、その体のサイズ差で視線が並ぶ。そのまま、こちらは飛翔することなく至近まで掛けてゆき、勢いのまま殴りかかった。
巨体による猛スピードの一撃、そこから生まれる破壊力に加え、拳の周囲からは打撃の瞬間に魔法が発動し更に強化。
アイリのドレスに組み込まれた、空間振動の魔法だ。当然、威力は桁違い。
周囲に衝撃波の爆風が発生するほどの凶悪な一撃が、人間サイズのキャラクターへと直撃する。
マゼンタのように特別なバリアを持ってはいないようで、セージの体はバラバラに砕かれた。
「……えっ、おしまい?」
「確実に砕けたわ。間違いないわよ?」
「あっけなさすぎる、のです……」
その予想外の展開に、攻撃を放ったユキ本人すら困惑する。
確かに、通常の戦闘と比較すると圧倒的な力ではあるが、ルシファーにとっては単なる『通常攻撃』だ。
そんな『こうげき』コマンド一発でボスモンスターを倒してしまった、レベルを上げすぎたゲームのようなあっけなさ。そこに呆け、疑い、そして警戒する。
相手は神だ。しかも初撃は約束されていた。どう考えても、ここで終わるはずは無い。
「いやー、凄いですね」「見掛け倒しでないその威力」
そんな僕らの警戒を肯定するように、空中からかかる“複数の”声があるのだった。
◇
視線を上げれば、そこには複数のセージの姿。
どれかが偽者、という事でもない、全てが同じセージ。<神眼>による解析がそれを伝えてくる。
「まさかパンチ一発で吹き飛ばされるとは、脱帽です」「死ぬことを前提にしておいてよかったかなー」
「《分身……》」
「ええ、その通りです。分身は、ハルさんの専売ではありませんよ?」
以前、考えた事があった。もし僕の分身体のうち一人が潰されたら、ゲーム的な判定はそこで死亡扱いになるのだろうか? そう疑問を持った。
僕が負けず嫌いである為と、もしゲームオーバーになったら色々と面倒なため、ついぞ今まで試す事はなかったが、どうやら結果はこうらしい。
「《分身している者は、全て潰さなければ勝利にならない?》」
「正解です!」「……って、知らなかったんですか?」「一度も死んでないとか……」
今も増え続けるセージの分身たちが、多彩な表情を見せる。
僕が分身を作り出すように、彼らはいとも簡単に宙から浮き出していた。
「《……待て、ここの魔力はロックを掛けてある。何故ここから分身を生み出せる》」
「おっと」「鋭い」「流石はハルさん」「気付くのが早い」
セージの分身が生まれて来ているのは、“黄色の魔力の中”。放出した黄色の魔力は、当然だが他のプレイヤーや、神にすら利用できないように制限を施してある。
それを物ともせず、僕が分身を生み出すときのように自然に、彼はその魔力を使って分身を生み出していた。
「……不気味だ」
「こわいですー……」
「何がそんなに? 相手は腐っても神だもの、そのくらいやる事もあるのではなくって?」
「そうそう。そーゆー神の特殊能力なんじゃね?」
ルナとユキには実感が湧かないようだが、僕とアイリにとってはこれは有り得ない事。幽霊でも見たかのような精神的不安感を、二人で共有する。
なにせ、あのウィストでさえ、魔法神オーキッドでさえロックされた魔力には手も足も出なかったのだ。
それを難なく使う様子は、『そういう能力』、で納得できる次元ではない。
「……確か、遺産がカナリーの魔力を吸って動いていなかったかしら? セージもゲーム外担当なのだから、そうした力があるのではなくて?」
「それでも説明はつかないのです。分身を作るというのは、その場に魔法の式を生み出しているということ。遺産でも、無理だとお考えください」
話している間にも、次々とセージは増えていく。まるで先ほどの模擬戦で見た雑魚モンスターの群れだ。
「最初の一撃に時間を掛けなかったのは正しい判断でした」
「《どんな高威力の攻撃が来ようと、防御する気は初めから無かった訳だ……》」
「うん」「その通り」「彼女たちが言っていた様に、全画面攻撃が唯一の解法でしたね」「やられたらヤバかった……」
「《だからやらんて……》」
荷電粒子砲だろうと、反物質砲だろうと、狙いが一体だけならどうという事はない。最初から捨てるつもりの体、好きに時間を掛けさせておけば良い。
そういう意味では、さっさと始めてしまって良かったが、この状況は予想外だった。
僕はこれ以上利用されないうちに、放出した魔力の回収に走るが、それを察知した敵の行動もまた早かった。
「《……吸収されたか》」
「ごちそうさま!」「有意義に使わせてもらいますね」
……ここまで来ると、もはや考えられる事は一つしかない。いや、最初から想定しておくべきだったのだろうか。
「《キミは、黄色の魔力の利用権利を持っている。僕と同様に、カナリーの眷属か?》」
「正解です!」「というか、気付かれなかったのが不思議でしたよ」「髪色の話をした時、不審に思わなかったんでしょうか?」
「《いや、カナリーちゃんのやる事だし……》」
「あはは」「ある意味信頼の表れだ」「無条件で肯定しているんですね、カナリーの事を」
なるほど、彼が無理やり戦おうと切り出したように見えたのはその為か。
髪色の話からさりげなく、カナリーの行動に対する不審感を煽ってゆき、別のルートで自然にここに繋げる気であったのだろう。
僕らの信頼感をナメてくれたものだ、と言いたいが、ルナにも言われたように僕のカナリーに対する信頼はいささか過剰だという自覚もある。何も言うまい。
……言わないが、多少、頭に来たのも事実。ことのあらましを聞きだす為にも、このうっとおしい分身どもを一掃してやろう。
僕は<銃撃魔法>に<降魔の鍵>を接続し、無制限発射が可能なマシンガンと化したそのスキルを、ルシファーの羽から射出するとセージのコアを次々と射抜いていった。