第274話 再び解き放たれる輝きの天使
「セージ、その敵っていうのは、僕がまだ知らない別のAIだったりする?」
「さて、どうでしょうか?」
「……さすがに答えてはくれないか」
「すみません。でも、思いつくまま質問を続けざまに来られたら、自分に成す術ないですし。答えられないのは、仕方ないんだよ」
まあ、それはそうか。ハルの並列思考を全てその想定に回し、想像できる全ての可能性を順番に言い当てていけば、それなりの確率で正解してしまう。
もしも、事実がハルの想像の外、思いもよらぬ事象であったとしても、出した答えが“全て不正解である”という確約を得られるのは非常に大きい。
もうその可能性に囚われることなく、次の答えを模索できるのだ。
「とりあえず、今日はお屋敷に戻ってクリスタルの調査に専念するか」
「そうね? 私もなんだか疲れたわ?」
ルナと二人、そうして何となく解散ムードになる。もともと今日は、この土地に街を作りに、いや、防衛施設の仕様を確認しに来たのだ。
その目的は十分すぎる程に果たされ、もう当初の予定よりも長時間になっている。
だが二人が、『じゃあ戻ろうか』、と話していると、それを引きとどめるようにセージから待ったが掛かった。ハルとしては、予想外のことだ。
「……待ってください。敵が何なのか、知りたくはないですか?」
「そりゃね。でも、教えてくれるのかい?」
「ええ、場合によっては、ですが」
何となく、展開と場の空気が変わった気がする。
神が禁止事項となっている情報を、わざわざ自ら教えてくれるという。これは確実に、“ろくでもないこと”だ。何か企んでいるに決まっている。
最低でも莫大な対価を要求されるのは間違いない。勢力争いの手駒にされる、という線もある。
場合によっては、の“場合”がどんなものか分からないが、そういった内容ならば、ハルは断るだろう。カナリーの使徒である、という大前提は、ハルの中ではかなり大きい要素だった。
「今からハルさんに、自分から宣戦布告します。見事勝利を収められれば、自分もハルさんの配下となりましょう」
「そうすれば話せるっていうの?」
セージは答えない。そこは、即答して欲しかったハルだ。まあ、仕方ないだろう。配下となるのは前提条件で、そこからまだ詰める条件があるようだ。
しかし、彼のこの態度。何となく、これこそが今日の本題であるようにハルは感じていた。
模擬戦という形で街を襲ったのも、敵についての話を切り出したのも、全てはこの為の下準備。
いや、どこかで計画がずれたのか、最後のこれは少し強引だったかも知れない。『このまま帰られては困る』とばかりに、慌てて切り出した感じも否めない。
意識しないまま、彼の策略を外れてしまったのだろうか?
しかし要は、最初からハルを戦いのターゲットに定めていたのだ。それもまあ、おかしい話ではない。
今やハルは多数の神々を従え、莫大な魔力を保有する身だ。あわよくば撃破し、一発逆転を狙う神が居てもおかしくない。
対抗戦で一人勝ちした報酬の他にも、各地を侵食して魔力を黄色く染めている。その侵食は四国に及び、それは全てハルとカナリーの力となっていた。
「あ、それとも……、モノちゃんの戦艦も侵食して黄色に染めたのが、知らずに喧嘩売った事になっちゃったとか?」
「いえ、それは別に。モノの船は治外法権です。彼女が良いと思っているなら、自分からはとやかく言うことじゃありません」
もしやと思ったが、違ったようだ。“ゲーム外”担当のセージだ、モノの戦艦に相乗りする形で、黄色の魔力をゲーム外に連れ歩いたことが逆鱗に触れたかと思ったが、それは関係ないらしい。
「単純に、自分は魔力が欲しいとご理解ください。別にハルさんに恨みはありませんよ。いや、ほんとに」
「まあ、さっきの防衛戦も、執拗に魔力吸収に来てたしね。じゃあ、僕の決闘の掛け金はやっぱり魔力?」
「ええ。ゴールドや回復薬ではなく、現地の魔力、神域の物を頂きます」
「当然か。<降魔の鍵>があるしね僕は」
負けた時は、“会社の金で”払いますね、などというズルは通らない。当然だ。ハルにデメリットが無くなってしまう。
その後も、細かなルールを設定していく。まずセージの要求は、この地、ゲーム外で戦うこと、そして他の神の参戦禁止。
ここは彼の得意とするホームグランド。本来、魔力の無い場所では神も人間もまともに戦えないが、ゲーム外の担当者であるセージだけは特別だ。圧倒的に彼有利の戦場。
神の参戦禁止も、多数の神を呼び寄せられるハルには、掛けねば危うい制限だ。しかし、アルベルトはこれに物言いをかける。
「セージ、それは都合が良過ぎるのでは? 神との関係もまた、ハル様が培った力。利用するのは当然の権利です。それに、この地では我々も力を出し切れません。それで十分でしょう」
「いや、十分じゃないって……、何人相手にしなきゃならないと思ってるの……」
「カナリー、セレステ、アルベルト。マゼンタ……、は来ないでしょうけど、マリンとモノも来るでしょうね?」
ルナが数え上げる、いつの間にか、錚々たるメンバーとなったものだ。
七色神で会議することもあるようだが、既にあらゆる議題を自由に通せるようになってしまっているのではなかろうか? このゲームの将来が案じられる。
「ハンデを貰わなければ勝てないのなら、最初から戦いを仕掛けるのなど止めなさい。神として情けないですよ」
「分かってるよぉーアルベルト。だから情報提供を報酬に、何とか乗ってもらえるように努力してるんじゃないか」
まあ、ハルとしては神々のそういった部分は今に始まった事ではない。最初からこうして素直に、条件をすり合わせてくれるだけでも評価に値するくらいだ。
強引だったり一方的だったり、条件を隠している者だって居た。
「それに、自分にとってカナリーは天敵なんです。出てきたらまず勝てない。勝てないというか、その時点で負けますね」
「そんなにか……」
──カナリーちゃん、セージに何したん?
《いやー、まあ、いろいろですねー。バラしたら可哀そうなんで、言わないんですけどー》
──強引に髪の毛染めちゃった事と関係ある? いじめっこだね。
《いじめじゃないですー。お仕事の一環ですー。……ハルさんも、私の髪の毛の色変えたいですかー?》
──何でそうなるんだ……、黄色、気に入ってるんでしょカナリーちゃん。別にそのままで良いよ。
《ですかー》
やはり、何かしらの力関係がカナリーの方が上らしいが、ハルとしては特に異論は無い。
仮に、敵の情報のことが無くても試合は受けていただろう。ハルにとっては、神が戦いのテーブルに乗ってくれるというだけで、これ以上ないメリットだった。
「別に構わないよ、その条件で。代わりに、僕の方からも有利な指定をさせて貰うけど」
「うん、もちろんですよ。何でも言ってくださいね。遠慮しないで」
「ハル様は少々、相手に甘くございます……」
「平気よ、アルベルト。ここからハルなら、『戦闘中は半径十メートルの間しか動いてはいけない』、といった鬼畜ルールを押し付けるわ?」
「おお、流石にございますね!」
「いや、やらんっての……」
……どんなルールだ。座して死を待てと言っているようなものではないか。バトルフィールドを相手が設定した意味もまるで無くなる。
「……鬼畜ルナは置いておいて、僕からの要求はこう。まず、十メートルとは言わないけど、この都市を中心にして一キロ以内から出ないこと」
「もちろん構わないですよ。ゲーム外といっても、広いからね。自分も世界中飛び回るのは、骨が折れます」
特にやっかいなのが、“世界の果て”付近に逃げ込まれる事だ。
ハルはあの周辺に近づけないように<誓約>で縛られている。なのでそこに陣取られては手出しが出来ない。
「二つ目は、戦闘の開始から、僕の初撃が放たれるまで、キミはこちらに攻撃も妨害も行わないこと」
「うん? そんなことで良いんですか? 構いませんけど。……最初の一撃で、一気に決着をつけるつもりなのかな」
それは見てのお楽しみだ。ハルはほくそ笑む。
主にその二つを柱として、ハルは条件の設定を終える。
まだまだ相手有利な状況ではあるが、あまり対等に近づけすぎて試合から降りられても問題だ。それに、最も重要なルールは確保できた。
そうして定まったルールで、ハルとセージは試合に向けて互いに不適な笑みを浮かべるのだった。
*
「そっちはそれで全員? もっと知り合いを呼んでも構わないのに」
「それ暗に、『友達少ないのかな?』、って言ってるよね? ぶっとばすぞ?」
「でも事実じゃんハル君」
「ユキも余計な茶々入れない……」
ハル陣営として、この場にアイリとユキが<転移>してくる。神やこの世界の秘密が関わる事柄に関しては、このメンバー以外の協力は仰げない。
十分だ。いや、本当ならばカナリーも共に戦ってもらいたい所だが、どうもセージに対し特攻キャラらしいので仕方ない。セージに攻撃するとき攻撃力が三億%アップ、とかだろう。
冗談はともかく、ずっと彼女らと戦ってきたのだ。他の助けなど、必要はない。
「あとハルさん、肉体ごと持って来ちゃってるけど、大丈夫ですか? それだと撃破するには命の危険があるんじゃないかな」
「ずっとこれでやってるんだ。問題ないよ」
「あ、そうだ! 敗北条件をキャラクターの撃破じゃなくて、この都市の壊滅に変えるとかどうです?」
「さりげなく超有利な条件設定しようとしないで? ……じゃあ『降参』したら僕の負けでいいよ。させてみな」
抜け目ないセージの発言を受け流しつつ、ハル達は最後の試合設定を終える。
この都市が壊されたら負け、などというのは論外だ。守りながら戦うのは、どんな場面でも大幅に難度が上がるものである。
その場合、一定時間守りきったら勝ち、くらいの条件も同時に付けさせて欲しいところ。
そんな、都市の外延部で睨み合うハルたちとセージ。設定が終わるとすぐさま決闘は開始となり、セージは都市の魔力圏の外まで飛び出して行った。
ある程度の距離を取ると、ハルが何をするかの様子を見る。
ハルが仕掛けるまで攻撃できないルールにより、戦闘は開始したものの、未だ開始前の猶予期間のような状態であった。
「さて、どうするつもりですかハルさん。お手並み拝見といきましょう」
「ずいぶんと余裕じゃん? ハル君なめんなー。戦闘範囲の全てに爆弾配置して、フィールドごと吹き飛ばすぞ?」
「いいわねユキ。ハル、それでいきましょう?」
「わたくしたちも巻き込まれて、死んでしまうのです!」
ハルが何をするか理解しているアイリが、ユキとルナの二人にツッコむ。
仮にも神だ。その体を一撃の下に粉砕する威力の全画面攻撃ともなると、こちらも防御手段が怪しい。
それに、使用する魔力も甚大だ。最初は魔力が無い状態の半径一キロを埋めねばならないとなると、勝利しても魔力消費としては敗北だった。
「じゃあどーするんハル君。『はああぁ!』ってエネルギーをチャージして、一気に打ち出す?」
「近いよユキ。じゃあ、始めようか。黒曜」
「《御意。十二領域統合、ならびに意識拡張を開始します。接続率を指定してください》」
行うのは当然、エーテルネットに意識を接続しての思考拡張。弱気な態度の相手だが、仮にも神だ。出し惜しみはしない。
「限定25%で接続。長いおしゃべりで暖気は十分だ。一気に持っていけ」
「《御意に。統合完了。続いて限定25%にて意識拡張スタート》」
だらだらと試合設定を行っている裏で、“僕は”ずっとこの準備を行っていた。
自らをぼんやりと俯瞰していた意識が、この時だけは己の中心へと宿る。その感覚に、しばし僕は身を任せる。
だが、準備を行っていたと言っても、どうしても隙が生まれる。その為の攻撃禁止を設定させてもらった。
これから何か起こると察しても、ルール上、セージは指を咥えて待つしかない。
「続いて、無尽増殖システム、『エンゲージ』起動」
「《御意に。アイリ様、ご準備はよろしいでしょうか》」
「はい! いつでも! ……『無尽増殖』!」
「召喚、『ルシファー』」
二人の宣言に答え、黒く奇怪なオブジェクトが転送されてくる。
巨大兵器である『ルシファー』、その中核を成す“コックピット”だ。以前は無限に増殖を続けるナノマシンの海に、僕とアイリが直接その身を揺蕩える形だったが、あれから改修を重ねアップグレードされた。
このコックピットは機体の中心部、脊椎のあたりに収まる形だ。あまり大きく動かせない部分であるため、この形状となった。
アイリを抱き上げる僕と、それに続く(よく状況が分かっていなさそうな)ルナとユキが黒いコックピットに入ると、その蓋はぎっちりと閉じられ、同時に外部からは白い靄となったエーテルの雲が噴出してゆく。
無尽増殖システム、『エンゲージ』によってリミッターを外され無制限に増殖を始めたエーテルが、白く輝く巨体を形成して行くのだった。
※誤字修正を行いました。




