第271話 果て無き吸収合戦
戦況は完全に膠着し、敵のモンスターは出てくる端から撃破されて行く。
通常のゲームであればもう第一波は尽きて、ステージクリアなり構成の変わった第二派なりが開始されるだろう。
だが、セージの操るこのモンスター群には、まだその兆候は見られなかった。
「……このまま街を壊滅させるまで続ける気かしら?」
「普通のプレイヤーならそれも可能だろうけど、相手は僕だ。どれだけでも休まず寝ずに付き合えるよ」
「それでも、普通は諦めるわよ。退屈ですもの」
「ハル様は負けず嫌いでおられますからね」
その通りだ。しかも、こんなただ雑魚の流し込みで壊滅したなど、許せる負け方ではない。
しかし、敵の数が途切れなければ、こちらに勝利はありえない。膠着は膠着。敗北ではないにせよ、勝利からもまた遠い。
「セージが僕に嫌がらせをしている、という可能性も考えられるけど。でも神様のするゲームだ。なんらかの攻略法は存在するはず」
「そのあたり、何故かフェアですものね? ……何でかしら?」
「……元がオペレーターだってのが遺伝子に染み付いてるのかね? アルベルト、どうなの?」
「と、いうよりも、我々が『ゲーム運営』だからという事が大きいかと。絶対に勝てないゲームを提供するのは、プライドに悖ります」
それは彼らのゲーム哲学だろうか。実際のところ、人間が仕掛けるゲームはそこまで公平なものばかりではない。乗った時点で敗北が決まっている物などザラだ。
まあ、盤外から既に勝負は始まっているのだ、と言ってしまえばそこまでだが。
ハルも、特にそれを否定する気は無い。そういった相手には、逆にこちらも容赦なく勝てないゲームで返すのみだ。
しかし、巧妙に勝ち筋が隠されたゲームは別だ。さすがに正当なヒントの存在しない無理ゲーは肯定しないハルだが、ここの神様は必ず既知の情報で突破口を作ってくる。
ちょうど、街を壊されたことでバリア施設が解禁されたように。
勝ち筋があるならば、探し当てて達成したい。
「……いや、あれはカナリーちゃんのアシスト、って線も考えられるんだけどさ」
「リアルタイムでシステムに介入して来たということ? ……本当ならよくやるわ」
その場合は、ハルは仲介役にすぎず、戦いの構図はカナリー対セージだ。そのときは彼女の勝利のために奔走しよう。
まあ、今なら一声くらい掛けてくるだろうから、その線は薄いとハルは考えているのだが。
「さて、少し真面目に攻略してみよう」
「本体を叩くのかしら?」
「それも一つの手だねルナ」
好戦的だ。せっかくの街を雑な編成で壊されて、ご立腹なのかもしれない。
もちろんそれでも良いのだが、それをやると、『解法が分からなかったから力押しで来たんですね』、と煽られそうな気がして少し抵抗のあるハルだ。
出来ればゲーム的に勝利したい。この湧き出る敵を、全滅させる。
そのためにはまず、この無限ループともいえる終わらぬ行軍を、なんとかしなければならなかった。
◇
さて、現状何が問題かといえば、こちらの魔力が一方的に減っている事になる。
敵である小鬼達の体も魔力で出来ており、あれだけの大群を休むことなく生成していれば、当然ながら敵も相応の魔力を使っているはずだが、まるでその様子を感じさせることは無い。
一切気にすることなく、元気に無限生産を続けている。
「最初は、神様なんだから使える資源も潤沢なんだろうくらいにしか考えてなかったけど」
「違うのかしら? あなたも私も、今は使いきれないリソースにアクセス出来るわ?」
「まあ、手持ちが多いこと自体は間違ってないだろうけどね」
しかし、違和感があるのは、魔力の塊であるモンスターを倒しても、こちらに、街の側にその魔力が流れて来ないことだ。
練習モードだから報酬が未設定なのだ、と言うのは簡単だ。しかし、それを差し引いても納得できない部分がある。この世界の法則だ。
土地に固定された魔力は引力を持ち、“フリーの魔力”を引き寄せ留める楔となる。
ならば、敵モンスターを破壊してフリーとなった魔力は、この都市の重力場へと引かれて落ちて行くのが道理ではなかろうか?
「よく<神眼>で観察してみると、空中に飛散した魔力は都市の引力に引かれる前に、押し寄せるモンスターに吸収されている」
「……それで、ああまで愚直に一直線で来るのね。……考えていなかったわ、馬鹿にしているのかと」
「実際、そうして怒らせて、状況を長引かせるのも狙いだろう」
「現状が長引いて、敵にメリットがあって? 多くを回収できると言っても、少しずつ消費がかさむのは相手も同じでしょう」
「思い出してルナ。レイドボスの巨竜は、こちらの撃った魔法の残滓を回収していた」
「……やられたわね。では現状は、向こうにとって利益が純増ということ」
そういうことになるだろう。
自分のモンスターの魔力は大半を回収できて、更には、こちらの砲撃によって周囲へと撒き散らされた魔力も、どさくさと大群に紛れて相手へ渡っている。
その証拠に、中距離砲の弾幕により群れから分断された小鬼の個体は、壁の付近で撃破されるとこちらの引力に引かれ、構成魔力はこちらの街へと渡っていた。
「コケにしてくれたこと。それは、無限湧きする訳だわ? 作れば作るほど利益が出る、ボーナスステージですもの」
「だね。しかしそれもここまでだ」
「ええ、目にもの見せてやりましょう?」
ルナがメニューを操作し、この街の頂上、主砲である巨大宝石の魔法塔を起動させる。
ウィンドウには着弾位置から予想できる爆圧半径のマップが表示され、その中に飲み込むであろうモンスターの群れを赤く戦果予測していた。
この塔の射程は長大であり、出現位置の付近で固まって待機する予備部隊の所までも余裕で届く。
そこを一掃してしまえば、戦果は最上を叩き出すが、今回の狙いはそこではない。
狙うは、今も掃射を続ける中距離砲の射程の数歩奥。川となって流れてくる長蛇の列の中心だ。
縦に伸びているため、巻き込み数は最大化できないが、彼らの行軍を一気に分断できる。
「発射するわ?」
善は急げとばかりに、迷い無くルナから儀式魔法の砲撃操作が完遂される。いつかの対抗戦で見たのと同じ、強大な雷の魔法が空を駆けて行く。
この距離だ、それはすぐさま着弾すると、周囲に強力な破壊の電気嵐を爆発させ、モンスターの隊列を一瞬で蒸発させた。明らかに過剰攻撃だ。
今までバケツリレーのように魔力を奥へと運んでいたラインは寸断し、敵を破壊した魔力と、大魔法の残り香の魔力は吸収されずにその場に漂い残る。
それらはすぐに、この都市の大きな引力に引かれるようにして、街の周囲へと吸着されて行くのだった。
「やったわ。これで状況は一方的な搾取から、消耗戦の押し付けへと変化したわね」
「奥様もハル様に負けず劣らず、負けず嫌いにございますね」
「むしろ資源の収支バランスについては、僕よりも敏感かな」
「なるほど。家計に優しい良い奥方様なのですね」
「黙りなさいアルベルト? 小市民のように評すのはよしてちょうだい」
「これは失礼を……」
問題点はそこなのだろうか? まあ、生粋のお嬢様のルナだ、譲れないポイントなのだろう。
さて、この明らかに家計には優しくない一撃であるが、ルナの言うように戦況を一変させる効果がある。
これまでは、戦いを続ければ続けるほど敵が有利という最悪の状況だったが、それを“互いにマイナス”まで持ち込むことが出来た。
当然、消費はこちらの方が大きいのだが、戦争はそれだけでは決まらない。
手持ちの資源が、こちらの方が圧倒的に多い場合、戦地における損害の比率は必ずしも勝敗を左右しない。
極端な話、敵の二倍魔力を消費していては局地的には不利に見えるが、貯蔵が敵の百倍あれば誤差である。勝利が買えるなら安いもの。
ハルはNPC回復薬で空になった魔力炉の補充をしつつ。敵軍の様子を観察する。
敵は懲りることなく進軍してくる。消耗戦に乗るのだろうか、それともこちらの出方を見ているのか。
ルナはその流れが射程に入ると、容赦なく二射目の大魔法をそこへとお見舞いするのだった。
◇
「……止まったわね?」
「だね。判断が早いね。こちらが消費を気にせず主砲で分断すると理解したんだろう」
「ハル様の威に押されましたね。このまま頭を垂れさせましょう」
「……威はともかく、彼の使える魔力はそう多くないって事は分かるよね」
「でしょうね。国の守護者ではない我々サポートの神は、それほどリソースを割り振られておりませんゆえ」
各自、仕事に必要な分だけの資金を分配されるのだろうか? 自由に使えるお小遣いは少ないのかも知れない。世知辛いことだ。
そんな、やりくり上手のセージ君に対して、ハルは<降魔の鍵>により会社の資金とも言えるプール魔力を使いたい放題である。ひどい。
「……今回の模擬戦、もしかしたらそのハルの魔力を掠め取る事が目的、とかかしら?」
「あわよくば、と思っているのは間違いないけど。……でもどうだろうね、それが主目的か否かはまだ判断できないかな」
それだけが目的であるならば、そしらぬ顔でここで兵を引き、模擬戦の終了を告げるだろう。
引かないにしても、次も何かしら魔力を奪う攻め方をしてくる。
そのどちらでもなければ、大目的は別にあると、そう考えて構わないだろう。
そんなセージの操るモンスターが、待機状態から復帰し行軍を再開した。
小鬼の群れは、変わらずに愚直な前進。そこは先ほどと同じと思いきや、今度は敵の種類が増えている。
「飛行タイプ、来たか」
「ようやくこの街の防空網を生か……、せはしないでしょうね? どうせ中距離砲で開いた穴を狙ってくるわ?」
「性格の悪さがにじみ出るというものですね。神の風上にも置けません」
同じサポート係であっても、仲は良好とはいかないようだ。
いや、神々はだいたい何時もこんな感じであるので、皮肉は挨拶代わり程度なのかも知れないが。
空を舞う敵は小型の翼竜の群れ、いわゆるワイバーンといったタイプのモンスターだろう。
小鬼ほど数は多くないが、その分耐久力があるようだ。対空火器である速射砲の連打を受けても、すぐには落ちる様子は見せない。
そして、きちんと魔力の回収機構も搭載している。ようやく落としても、後ろに控える翼竜が飛び散った魔力をしっかりとキャッチしてしまう。
「……しかも今度は、この陣地の魔力まで吸収してるし。さすがに僕の所有権が設定された部分は取れないようだけど」
「これは、やはり魔力がセージの目的、ということかしら?」
「奥様、早合点はいけません。選択肢を絞らせないよう、対策してくることも有るでしょう」
「単純に盗っておけばお得だしね」
せっかく小鬼を間引いて吸い取った魔力が、どんどん翼竜に取り返される。
その上、ルナが懸念した通りに、中距離砲を設置して開いた防空網の隙間を狙い、砲台へとダメージを与えてきている。中距離砲が一つ、破壊されてしまった。
この砲台は小鬼討伐の肝だ。これが破壊されてしまっては、作戦の第一段階にも穴が開いてしまう。
瞬時にハルは塔を修復するが、翼竜は再び塔に群がって来てしまう。地上を狙う射線に入られると、そこでまた撃破効率が落ち悪いことずくめであった。
「……参ったわね。また配置の粗を指摘されているようで、少し気分が悪いわ?」
「気にすることないよ。いくらでも出せるんだ、飽和攻撃すればどんな要塞でも崩れるに決まってる」
「でも、ハルが配置していれば、もっとずっと効率的に出来たのではなくて?」
「大差ないよ? 僕がやれば塔の射程が延びる訳でもないしね」
ルナがしょんぼりとするが、彼女の配置は別に悪くない。防衛塔の持つスペック以上の物量で攻められれば、どんな達人が配置したところで結果は同じ。
……まあ、時には仕様の穴を突いて、本来置けない場所に無限に塔を重ねて配置できてしまう例もあったりはするが。それはまた別のお話。
そんな珍しい表情の彼女を愛でつつ、ハルは落ち着いて儀式魔法の砲撃操作を遂行する。押されていても、焦ったら更に思う壺だ。
多くを回収されてしまっても、全てではない。このルーチンワークをこなしている間は、天秤は依然としてこちらに傾いたままだ。
「しかしハル? あなたが配置し直せば多少は改善するのではなくて? 私に構わずおやりなさいな」
「……ルナはかわいいなあ。こんな表情を見せてくれた敵に感謝しつつ、それはそれとして泣かせた敵は殴らないとね」
「泣いていないわ? ……もう、それで、どうするの?」
「“このままでいい”。どうせ多少マシになったところで、穴がゼロになる訳じゃない。そこを新たに突かれるだけだよ」
それならば、ルナの作り上げたこの美しい都市を維持したい。そうハルは考える。
「仕様の範囲内で出来ることなんて、向こうの手の内だよ」
であれば、考えるべきは仕様そのものの強化策。
防衛施設の研究であったり、新しいキャラクターユニットの雇用であったり。……時にはゲームその物への課金であったり。
そうした現状を打破するシステムの更新が、今求められることだ。
「やっぱり来たね。防衛設備のレベルアップだって」
条件は、砲撃による一定以上の魔力の吸収。新たな限定解除メニューが出現し、街の機能は更に強化されてゆくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2023/5/6)




