第270話 無尽の無人防衛線
しばらく待つと、地平の先、小山の影から、次々にモンスターらしき影が湧き出てきた。
その数は次々と増え、途切れることなく続いて行く。瞬く間に、平野を埋め尽くす大群と化して、この都市を目掛けて川となり押し寄せてきた。
「うわあ、まさに溢れ返るとはこの事だね。モンスターが決壊して流れてくるよ」
「いきなり最終ステージね? 魔力の消費もかさむでしょうに、大盤振る舞いだこと」
ディフェンスゲームの最終ステージによくある、物量で押しつぶす展開だ。場合によっては最終ステージの一歩手前、前哨戦にあたる物もある。
防衛施設や、場合によっては守備のキャラクターなど、苦労して揃えたそれらを押し流すが如くモンスター津波が押し寄せ、こちらの地力をテストしに来る。
それに耐えられて初めて、その奥に控えるボスモンスターへの挑戦権を得るわけだ。
「しかし迂闊だったわね。てっきりアレのような大型モンスターが来ると思ったから」
「ここまでの大群に対応できるような速射力は準備してないか」
「要調整ね?」
そう言いながらも、ルナは街に手を加えようとはしない。一度、完成したこの街の実力の程を見てみたいのだろう。
もしくは、減価償却として、壊れるまで稼動してもらうつもりか。
施設の撤去を行っても、消費したゴールドや素材アイテムまでは戻ってこない。ならば、その素材分の仕事はしてから退場してもらった方がお得だということだ。
「ゴールドも素材も、好き放題に使って構わないのに」
「……ひとの内心に向かって問いかけるのは、おやめなさいな。……私以外には、しちゃダメよ?」
「ルナは不意打ちでドキっとすること言うね。それは読めなかったよ」
「ふふっ」
いたずらっぽい目でハルの瞳を覗き込むルナ。これでは、どちらが見透かされているか分かったものではない。
「でも、ゴールドはやりようによっては無尽蔵に増やせる。それを運営に返しているだけとも考えられるよ」
「それでもよ? 世界の魔力は有限なのでしょう? 無駄は省くべきだわ」
そこまで言って、ルナは少し黙考して、現状を省みる。世界の資源量のことを考えるなら、この模擬戦は壮大な無駄であった。
「……出来る限り、省くべきだわ?」
「そうだねルナ」
まあ、この模擬戦を主催しているのが当の神様なのだ、大した問題は無いだろう。
その神の尖兵たるモンスターが、都市の射程まで迫っている。
モンスターはいわゆるゴブリンのような、小さめの人型タイプ。このゲームにおいては珍しい型だ。
このゲームの多くは野生動物を模した動物型モンスターで、人型タイプであっても、人間と同等の大きさを持つ、戦士タイプがほとんど。
こういった小鬼のような、あまり見ない型の敵を出してくるのは、これが特殊な試合だという事を表しているのだろうか。
その小鬼が防衛塔の射程に入ると同時、間髪入れずに塔の上部から魔法が放たれた。容赦も警告も無い、近づく者は全て敵だ。
「……これ、何処までが敵になるんだ? NPCは平気だよね?」
「判断の仕方が暴走した遺産と同じね?」
「さすがに、そこはモンスターをきちんと判定していると思いたい」
セーフリストに入っている者以外は全て敵、の遺産兵器と、神々の作品であるこの防衛設備が同じ思考で動いているとは思いたくない。
判断が早すぎるだけで、内部処理はしっかりとやっていると信じよう。
その判断力の高すぎる砲撃は次々と小鬼の群れを粉砕し、モンスターの波を水際で押しとどめている。
見れば射程に入って即、発射しているのではなく、きちんと魔法の爆圧半径に群れを収めきるように計算されている。
最大効率で防衛塔は撃破を続けるが、小鬼の波はじわじわと都市の外壁へと迫っていた。
「長射程の兵器が足りないね」
「そうね。壁の後ろから射撃するような物が必要だわ? 各施設が、おのおの自分の周囲を守る事を優先しすぎたわね」
今、敵に対して攻撃を行っているのは、ほぼ外壁の塔のみである。つまり、それ以外の施設は言わば『死に施設』だった。
ただ、だからと言ってこの都市計画が失敗だったという訳ではない。得手不得手の問題だ。
この都市はルナの言ったように、各施設が自分の周りときっちりと守り、最終的には頂上の儀式魔法を放つ最高級の塔を守る作りになっている。
つまりは、全方位、いや空も含めた全周囲から完全包囲されるような状況には非常に強い。
隣り合う施設同士が互いを完全にカバーし、あらゆる角度からの進入を不可能にしている。そして、その完璧な防空圏に守られた儀式魔法の一撃が、敵の主力を粉砕するのだ。
しかし逆に言えば、この都市は一点突破に弱い。
施設がカバーする範囲は自身の周囲のみである故に、離れた地点は手薄になるのだ。
だから今のように、地面を、一方向からだけ飽和攻撃を仕掛けられると、処理が追いつかなくなってしまうのだった。
「あれだけの大群が居るのだから、セオリー通り包囲してくれればいいのに」
「そうすれば楽勝だったのにね」
「あの神、ここの弱点が分かっていてやったのよねきっと、授業のつもりかしら?」
「やっぱりクソガキ感あるよね、そういうとこ」
爽やかな笑みを浮かべながらも、的確に相手の弱点を突くようなタイプだ。お仕置きしなくてはならない。
……それとも、模擬戦にかこつけて、ハルを撃破してしまおうという、そういった策謀があるのだろうか?
少しばかり、警戒を強めるハルだった。
◇
「アルベルト」
「はっ! ご用でしょうか、旦那様」
「あのセージっていう神様から、さりげなく宣戦布告は受けてないよね?」
「はい、その様子はございません」
「……そうだよね、マゼンタじゃあ、あるまいし」
「相変わらず、マゼンタの評価は散々ね……」
いつぞやのように、さりげなく重要な戦いの取り決めが行われてはいないかを確認したが、どうやらそれは無いようだ。
現状、この模擬戦は、少々激しすぎではあるものの、ただの模擬戦であるらしい。
「……そうだ、アルベルト」
「はっ!」
「あんだけ敵を倒しているのに報酬が何も流れて来ない。不具合では?」
「恐れながら、ハル様。試し撃ちだと強調してきた以上、これはチュートリアルの一環であるのかと……」
「詐欺ね。砲撃もタダではないというのに。とっちめましょう?」
「これを理由にこちらから宣戦かいルナ?」
普通なら、襲い来る敵を倒せばゴールドなり素材なりがドロップし、次の塔を作るための礎となるはずだ。
だが、既に何百匹もの小鬼を倒しているというのに、そうした報酬は何も無く、ただただ魔力炉の、生産設備の備蓄魔力をすり減らすだけだった。
練習とはいえ、こちらはきちんと魔力を消費する。
……もしや、そういう策略か。なんとなく、神に対して疑心暗鬼になっていしまっているハルである。
「都市の魔力圏も増えている様子はないし、倒し損だよ、これじゃあ」
「断固抗議すべきね?」
しかし抗議するにしても、当のセージ本人は消えてしまった。この大群を殲滅完了しなければ出てこない気だろうか。
そうして話している間にも、小鬼の群れは砲火を突破して、ついには都市の防壁へと到達していた。
塔の直下であるため、そこは特に射線が通らない。砲撃が一呼吸する間に、たちまち防壁を叩くモンスターの数は増えてゆき、すぐに壁際に塊を作る。
雑魚モンスターといえどその数によるゴリ押しで、さほどの時間も掛からず壁は崩壊しその役目を終えた。
「溶ける、とはこの事ね。耐久力のゲージの減り方は笑うしかないわ?」
「ルナ、顔がぜんぜん笑ってないよ」
「……笑えないもの」
「まあ、ある意味ここからが本番だ。街中の施設にも、存分に活躍してもらおう」
「盛大に歓迎するわ? ようこそお客様」
壁が崩れ、モンスターが都市内になだれ込む。それを待っていたかのように、彼らを歓迎する祝砲が鳴り響いた。
射線を遮る壁が無くなり、勢い付いたのは敵だけではない。街中に立つ防衛塔も、こぞって射程に入ったモンスターを撃ち砕いていった。
それにより彼我の勢力バランスは逆転し、今度は入り込んだモンスターの群れが溶けてゆく。
壁の内側の第一層を新たな防衛ラインとし、再び状況は均衡の構えを見せ始めるのだった。
「稼動施設が増えれば、雑魚相手ならこんなものだね」
「……でも、外壁の塔が壊されたわ。そこを基点に、徐々に侵食されてしまう」
壁と共に、波に押し込まれるように防衛塔も粉砕されてしまった。虫食いが広がるように、そこから徐々に破壊の手が広がって行くだろう。
都市のコンセプトがこの形式の攻め方に弱い以上、時間をかければそのまま敗北するのは必至。現状、詰みが約束されているようなものだ。
「相変わらず、敵は後ろからどんどん補充されてるし」
「卑怯ではないかしら? 無限湧きなの、あれは?」
「現実的な事を言うならば、魔力で作っている以上“絶対に”限りがあるよ。無限はありえない」
単にデータを永続に設定すればいい普通のゲームと違い、この世界は何をするにも魔力が必要になる。神様だろうと、それは変わらない。
ただ、理論的に無限を否定したとして、現状でそれが生かせるとは限らない。
現在、世界に満ちる魔力の総量、そして貯蔵してある物も含めると、ハルにも到底使い切れない程度には“無尽蔵”だ。
それを全て削りきるとなると、とうてい現実的とは言えない。
「この都市のランドマークたる、儀式魔法の塔が動いていないのも痛いわね」
「敵が雑魚すぎて、費用対効果として無意味と判断されたのかな?」
強力無比な儀式魔法の塔だが、相応に魔力消費も大きい。現在は最高級の魔力炉と直結されているが、一度放てばそれも空にしてしまう。
プレイヤー以外の魔力回復は、高額なNPC回復薬を使うしかなく、アテには出来ない設定なのだろう。
内部的に『コストの高すぎる行動』として、行動の優先度は相当に後ろに配置されているようだ。
「迂闊だったわ……、中規模の副砲も用意すべきね」
「やっぱりテストすると、色々と見えてくる物も多いね」
ルナが現状での勝利を棄却し、都市を改造しようとメニューを開くと、また新たなメニューが出現していた。『バリア装置』、らしい。
都市の設備が一定以上破壊されると解禁されるようだ。今回の侵攻は、これを教える意図もあったのだろうか。
「……案外、まっとうにチュートリアルになっているのが悔しいわ?」
「そうだね。意外にも親切だ」
本当に言葉どおり、ハル達の都市開発の手助けに来てくれたのだろうか?
いや、セージの発言には違和感のある部分が多い。この試合が無事に終わるまで、判断は控えておこうとハルは肝に銘じる。
ひとまず、現状で洗い出された問題点を基に、都市の改善をして行くハルたち。
ルナは完全防空型から多少コンセプトを変え、対地用の遠隔射撃の塔を街の中腹へと配置した。
街なのに中腹、というのは変な言い方だが、この都市は中央の塔を中心とした山型の構造をしている。その中ごろから突き出すように、少し高めの射撃塔が新たに建造された。
防空力は多少落ちたが、そこはアンロックされたバリア設備で補った。
「こうして問題に対応したら、次は空からそこを突いてきたりしてね?」
「ありえる。神様のやりそうなことだ」
「お二人の我々への信頼度の低さに、嘆かざるを得ませんね……」
後ろからその様子を見守っていたアルベルトが、静かに額に手を置いた。
仕方が無いことだ。これは、これまで個性の強すぎる対応をしてしまった、彼の同僚へと文句を言っていただきたい。
そうして改善された都市の機能は、バリアで進入してくるモンスターを押しとどめ、その間に内部に侵入した者達を掃討し、新たに設置された長距離砲が行軍中の群れを間引いていった。
じきに趨勢はハル達へと傾き、モンスターの群れはじりじりとその前線を押し下げられて行く。
そうしてついに、群れの洪水は都市近辺から完全に排出され、その先頭は長距離砲の射程ギリギリを掠める所まで後退した。
砲撃を潜り抜け、城壁付近まで突破してきた者も、今度は密度が足りずに各個撃破されている。
ここに、現行の攻めに対する完全な防衛ラインが完成したのだった。
「これで、今のままならば無限に続けられるわね?」
「だね。動きが無ければ、絶対に負けは無い。後は、相手にどう変化があるかだね」
このまま、『よくできました』、で模擬戦は終了だろうか?
なんとなく、そうはならず、第二波の展開があるとハルは予感するのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/6/22)




