第264話 彼の幼馴染
物体を、コピーしようとして<転移>してしまった。この現象には、覚えがある。本当に、よく覚えがある。
「……忘れもしない。僕が、この世界に来た時だ」
僕自身の身体をコピーしてこの世界に肉体を実体化しようとした時、なぜか向こうの体そのものが転移してきてしまった。
これはきっと、それと同じ現象。
「この中に、誰か居る……」
「うえぇえ!? どゆことなんハル君!?」
「誰かって……、そう、AIね?」
「カナリー様のような、神様でしょうか!」
「だろう。そのはず。……カナリーも、『この中に居たことがある』、と言っていた」
<転移>の詳細な手順について、彼女らに詳しく語った事はあっただろうか? ここは面倒がらずに、共有しておこう。
僕は慎重に、手の中のクリスタルをテーブルの上へと安置する。今までもぞんざいに扱ってきたつもりは無いが、中に神々が居ると思うと手が震えるようだ。
まず、転移の工程は<物質化>とほぼ変わらない。その物質の構成に対応する魔法の式をコピーし、望みの地点に貼り付ける。
通常は、そこに同じ物質が複製され二つになるのだが、これが“生物”である場合、その挙動は<転移>へと変換される。そのことを語ってゆく。
「実際に魔法として転移を発動するときは、<物質化>する工程は省略して、目的地に情報を指定してやればいい。だから、直感に反して<転移>スキルの方が、魔力的には<物質化>よりもお得なんだよ?」
「確かに、それは意外だわ?」
「だね。普通、転移魔法なんて言ったら上級も最上級じゃん」
「<物質化>ですら神の領域なので、わたくしにはわかりませんー……」
ゲーム的なお約束のイメージだ。転移、転送といった魔法は、莫大なMPを消費するようなイメージがある。
普段からぽんぽんと実行している<物質化>よりも更に安いと言われても、ゲーマーほど直感的には納得がいかないだろう。
「つまり、どういう原理なん? 空間を繋げてるん?」
「不明」
「おいおいおーい」
「……いや、本当に解ってないんだ。少なくとも、空間を繋げてるんじゃない、それは確か」
「空間を繋げているのは、ソフィーさんのお爺さんね?」
「ルナ、正解」
「だから、あの方は遠くまでは飛べないのですね! 納得です!」
「……空間魔法は、コストが重いものね」
魔法使い二人が納得をする。次元を切り裂くソフィー、その祖父である剣士。彼もまた、次元を繋ぐ空間系スキルの使い手だ。
これは、僕でも真似が出来ない。いやもしかしたら、魔法でも再現は可能なのかも知れないが、難しすぎて、また消費魔力が高すぎてやる気が起きない。<転移>を持っているのだから、わざわざ再現する必要が無かった。
「なら<物質化>を使っているから、分解再構成式かと言うと、そうでもない」
「<物質化>の最後の、物質を作り出す工程を、省略しているからですね!」
「アイリちゃん、トランスポーターわかるん?」
「はい! ハルさんの心を読みました!」
「……また新しいゲームを遊んだのかと思ったわ」
アイリの知識の増え方は、ちょっとだけややこしい。
「ともかく、何でワープするのかは全く解ってないんだ」
「まるで、あちらのエーテルネットみたいね?」
「あー、通信が光速を超える理屈が分かってないんだよね」
「あっちはワープするの情報だけだから、桁違いだけどね、こっちは」
いや、もしかしたら、視点が違うだけで情報も物質も同じなのかも知れなかった。
体全体を転送するから“重い”などというのは、それこそ一方向からの視点での思い込み。魔法的に見れば、そこには重さなど存在しないのかもしれない。
さて、前提を共有したことで、みんな何が言いたいか分かった、と顔に出ている。考えている通りだ。
テーブルの上のクリスタルには、複製が出来ない“生物”が封入されている。
◇
「えっ、でもカナちゃん達って“生き物”なん?」
「少なくとも、この世界のルールではそうなんでしょ」
「ハルもいつだか、『生きてるの定義なんて決まってないんだから、僕はカナリーを生きてると思う!』、って言ってたわね?」
「うわ、告白じゃん!」
「ふおおおぉ……」
「……ルナのは脚色が過ぎるよ」
まだこの世界について自分の中であやふやで、アイリを同じ人間だと認めたかった、その時の話だったか。
あの時から比べ、この世界については悩むことは無くなったが、そろそろ再び向き合わなくてはならなくなったのかも知れない。
それこそ、この世界がどのような存在であるのか定義するレベルで。
今回の件については、うだうだと悩むよりも解っている者に直接聞いてしまおう。
「カナリーちゃん」
「はいはーい?」
「という訳で、教えて」
「えー、ダメですよー?」
やはり、そう上手くはいかなかったか。
「いくら繋がっているからといって、説明を省略しちゃいけないんですよー?」
「そっちか……」
確かに、礼儀としてなっていなかったかも知れない。
最近は、人間らしくを追求している彼女だ。そういった部分も形から入るようにしたのだろう。
……まあ、この神出鬼没さと、出てくるなりこうして抱きついてくるのを“人間らしさ”の範囲で納得できるなら、の話にはなるのだが。
浮遊しながらも背後から首に抱きつき、ふくらみを押し付けてくる。
データ収集のため必要な措置だとは分かっているが、どうしてもドギマギしてしまう。今は感覚が鋭敏になっているうえ、“ゲームキャラ”ではなく“生物”だと意識したばかりだ。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、いや、これは確実に知っていながら、自分の身体のやわらかさがよく分かるようにグイグイと押し付けてきた。
「お、ハル君照れてる。よかったねカナりん」
「いえーい。これでペットの猫ちゃんからは卒業ですよー?」
「卒業したら何になるのかしら?」
「どうしましょうかねー? 迷いますねー?」
「何でも望むものに、なれるのです!」
無限の可能性だ。それは素敵なことだ。
しかし今はそんな将来のことよりも、目の前の事象についての説明をお願いしたかった。
「カナリー、率直に聞くとだね」
「ふむふむー?」
「このクリスタルの中に、神様が、君のお仲間が入ってる?」
「……そのとーりです。入っていますよー」
僕がそっと持ち上げるクリスタルを、心なしか感慨深そうに眺めながら、彼女はゆっくりとそう言い切った。
普段から微笑みを絶やさず、一定の調子でこちらを煙に巻くカナリーにしては、珍しい表情だ。この顔は、人間らしいと呼べるだろう。
ともかく、これで確信が持てた。やはり先ほどの<転移>現象はそのためで、彼女らAIは、この世界の魔法のルールでは“生物である”と認定されている。
そこについては、今は良いだろう。一先ず置いておく。
そのルールを定めたのが、彼女たち自身という可能性だってある。そこを根拠に生きている生きていないを認定する事はしない。
そして、この中にAIのデータが記録されているというのなら、もう一つ確かめないとならない事がある。
これを持ってきた時、彼女は『自分もこの中に入っていた事がある』、と語った。
それは、単に地球時代にトワイライト・メモリー・クリスタルに封入されていたという意味か、それとも。
「じゃあ、カナリーちゃんも、“ここにあるクリスタルのどれかに”入っていた事が、ある?」
「……はいー。私の、生まれたやつですねー」
そう言うと彼女は、テーブルの上に並ぶクリスタルの中から一つを取り出し、僕へと手渡してくる。
僕は手に持っていたクリスタルを置くと、代わりにカナリーの差し出したそれを受け取った。重さは、当然変わらない。
だが、“今は誰も入っていない”と意識すると、先ほどのクリスタルよりも、それは随分と軽く感じるのだった。……当然、錯覚だ。
「今は、この中は?」
「もう、私は居ませんよー? コピーも、問題なく出来るはずですー」
その言葉を受け、僕は再び<物質化>を発動する。
先ほどとうって変わり、今度は何の問題もなくクリスタルは手の中で二つになった。
「では、ハルさんは一つ目で偶然に、神のおわす石を引いてしまったのですね!」
「そうなんですよー、運が良いですねー、本当にー」
「……幸運神の使徒だからね。それとも、また何か誘導したかな?」
「今回はしてませんよー? ハルさんのお手柄ですー」
まあ、どのみち全てのクリスタルをコピーしようとしていだたろう。衝撃の大きさの違いはあれど、結果は変わらない。
いずれ確実にこのクリスタルに行き当たった。
しかし、ここにカナリーが入って居たことがあり、今もまたAIが眠っているとなると、考えられる事は一つだ。
その内容を、黙って何かを考えていたルナが言葉にする。
「つまり、カナリー。あなたはあの病院で作られた、ということなのかしら?」
「病院、ではないですねー」
「研究所だね、元々は。僕とルナが出会った頃は、病院業務しか残ってなかったけど」
「ん? んー? ってことは! ハル君とカナちゃんって同郷じゃん!」
「そうですねー。幼馴染ですねー? ラブコメですよー?」
「……幼少期に一緒に遊んだ経験とか無いけどね」
そういう、ことになる。あの施設の地下に、このクリスタルがずっと安置されていたのだ。あの施設で、カナリーが生まれたと考えるのが自然だ。
情けないことに、僕はそのことをまるで知らず、今まで思い至りもしなかったのだが。
「何の研究してたん? ゲーム作り?」
「……いやー、確かに私たちは、ゲーム運営さんですけどねー」
「ナノマシン、エーテルの研究だよ。僕があそこに居たのも、その関係」
「あ、ハル君はエーテルネットともの凄く相性が良いんだよね」
「そうその関係」
あの施設の歴史は長い。カナリーがこちらに来たのが、まだ前時代、百年以上前だった事から分かるように、電気文明の全盛期からナノマシンの研究をしていた。
その研究があったからこそ、電子機器が大被害をこうむった恐慌の中において、生活基盤の建て直しを成し遂げる事が出来たわけだ。
しかし、その事と、この世界でゲームを作っている事が繋がらない、よく分からないというのは、僕としてもユキと同じだ。
異世界への扉を開く研究とか、魔法を実現する研究をしていたなどという話は聞いたことが無い。僕も一枚噛ませて欲しかったくらいだ。
「……まあ、こっちに来たのは、事故みたいなものなんだろうけどさ。『ばびゅーん』、って来たんだっけ?」
「そうですよー? 『ばびゅーん!』、ですよー?」
意外なところで、彼女と僕のこれまた意外な縁が明らかとなった。
きっと、最近のカナリーが急に自らの事を語りだしたのは、このためだったのだろう。自らの出自とも言えるこのクリスタルを持ち込み、邂逅させたことで、何らかの制限が外れた。
そしてこの事は、この世界について探るにあたり、非常に重要な手がかりとなるだろう。
◇
「なら、あなたがカナリーに異常な信頼を寄せているのも、そこと何か関わりがあってのことかしら?」
「異常て……、まあ、関係はあるかも知れないけれど、僕も別にカナリーちゃんの“仕様”を知ってるわけじゃないからね。同じ施設出身だからと言ってさ」
「らぶらぶだから、信じてくれてるんですもんねー?」
「すてきですー……」
「……カナリー、すこしお黙りなさい? 話がややこしくなるわ?」
あくまで論理的に話を整理しようとするルナだ。感覚的なものは極力排除したいらしかった。
後ろから顔をうずめてくるカナリーの頭を優しく撫でつつ、茶化さないようにあやしつける。お菓子も用意した方が良いだろうか?
しかし、そうなると僕も『なんとなく』、だとか、『勘だ』、としか言えなくなる。人間、誰しも自分の心の奥底まで解っている訳ではない。
特に、僕はこんな特殊な身体だ。自分の事であっても、解らない事だらけだ。
「私はまだ少し疑っているのよ? ハルが今まで、クリスタルの複製に思い至らなかったこととか」
「ああ、カナちゃんがまた、思いつかないように<誓約>をかけたとか?」
「……あの、それ何も無かったとき僕のマヌケ度が更に高まるから止めない?」
これは、ルナも本気で疑っている訳ではないだろう。もし本当にそうだった時、僕に危険があるためあえて悪役を買って出てくれる。
しかし、絶対にその様子を表に出すことは無い。優しい彼女だ。
とはいえ、異常と評されてしまった僕のカナリーへの信頼度を抜いても、その可能性は低いように思う。
これはきっと、僕が無意識にこれを調べることから逃げていた事が原因の大半だろう。
あの病院、研究所には特に良い思い出が無い。そこの発掘物を調べるよりも、今はこの世界で皆と楽しく過ごしたかった。そういった心の動きも十分ありえる。
それとも、心の底では僕はこの事を予想していたのだろうか? だからこそ、このクリスタルについて先送りしていた。
何はともあれ、知ってしまった以上、もう逃げることは適わない。この手の中の輝く石について、僕は知っておかなければならなかった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2023/5/6)




