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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第8章 セージ編

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第262話 鏡面の月

「返すわよ、ハル?」


 ルナにスキル、<降魔の鍵>を渡したのも束の間、そのスキルが即座に返却されて来た。

 一度繋げば、後は解除しなければ問題は無い、という事ではない。ルナは“このたった一度で、スキルをモノにしてしまった”のだ。

 ……なんて才能。ユキの事を言えたものではない。ルナもまた、違う方面ベクトルでの天才だった。


「スキル、<鏡面の月>。……洒落ているじゃない?」

「この一瞬で一体なにを習得したんだか……」


 しかも、ルナが会得えとくしたのは<宝物庫>でも<降魔の鍵>でもない。全く新しく生まれたユニークスキル。

 月はルナになぞらえた名付けだろうが、鏡というのが気になる。

 鏡に月を例える場合、そこに光を差すのは当然ながら太陽だ。月光は、太陽光をやさしく反射した物。その太陽は、すなわち巨大な魔力を指しているのだろうが、果たして。


「では行くわ? お披露目よハル。アイリちゃんを下がらせなさい?」

「出来ればユキも巻き込まないであげてね」


 アイリに念話テレパシーで、ユキに身振りで、必死に退避を伝えると、ユキも流石の付き合いだ、一瞬で緊急を察知して戦場を離脱する。

 阻む者が居なくなった触手の群れが、一斉に怒涛どとうとなり僕らの乗るキューブへ迫りくる。僕も迎撃はしない。不用である。

 この優しくも几帳面なルナが、周囲を巻き込む事を心配するレベル。何か普通ではない威力を出す付随ふずい効果があるのは間違いなかった。


「いくわ? <業火を呼ぶ鐘は鳴り響けり>」


 ルナ好みに命名リネームされた、火属性の上級魔法がその白魚しらうおのような指先から解き放たれる。

 これが炎自体も優雅であれば、非常に美しい画になっただろうが、その実態は地獄の火焔。触れるもの全て焼き焦がす獄炎ごくえんが、迫る腕の波を一瞬で蒸発させて、その先、敵の首元へと迫って行く。

 そして炎はそこで留まらず、腕の付け根である長い首まで焼き払っている。


 ……これは、やりすぎである。異常すぎる威力だ。

 いくら<宝物庫>に満ちる魔力を自由に使えるようになったとて、魔法の威力は変わらないはずだ。

 せいぜいが(と言っても十二分に強力だが)、MP回復による待機時間が無くなり、大魔法の連射で強引にボスの拘束が出来る程度だと思っていた。

 だが蓋を開けてみれば、現在ルナが使える上限をはるかに超えた威力の炎が、この場にお目見えしてしまった。


「念のために聞くけど。こっそり練習してこの威力まで育て上げてた、って事は無いよね……?」

「無いわよ……、練習はしていたけれど。<鏡面の月>の効果ね」


 やはりそうなるだろう。サプライズが大好きなルナだが、僕のように切り札をいつまでも隠し持つタイプではない。僕と共に戦う時は、常に全力を出してくれる。

 このレベルの上限を遥かに超えた威力の急上昇は、まさに今編み出された秘儀である。


「鏡の月は、私。太陽たる、膨大な魔力を受けて輝く触媒しょくばいよ?」

「繋いだだけで、どうしてそうなった……」


 要するに、貯水槽に取り付けられた蛇口でしかないはずのルナが、どういう訳か水槽タンクその物を自分の体の一部として定義してしまった。

 つまりは莫大な外付けMPだ。例え水槽のごく一部だったとしても、装備でチマチマ増える量とは比較にならない。


 そして当然、発動に制限は無い。

 この狂った威力の炎は、“敵が死ぬまで尽きずに燃え盛る”。


「……ここまで分かり易いチートは初めて見た」

「そうでもないわ? 利用できるのはあなたと同じ、<スキル>の消費だけよ」

「十分だろ……、と言いたいが、対策は容易か」

「ええ。運営のさじ加減次第」


 ユーザーの行動を制限する事に慣れている身の彼女だ。逆に、どうすれば自分を弱体化させられるかも見えている。

 単純に、スキル魔法には威力の上限キャップを付けてしまえばいい。

 また、スキル魔法には最初から想定外の自体の対応のため非常停止装置バックドアが仕込まれているのも確認済みだ。


 やや強引だが、ありえない威力の魔法を感知したら、魔法解除の式を打ち込んでやれば良い。

 セレステの持っていた槍に仕込まれていた、あれである。


 だが本日、この戦闘においては、それを差し込む暇は無い。


「いくら魔力の残り香を吸おうと、それ以上に焼けば同じよね? このまま焼き尽くしてあげる」

「ルナが試合の流れを握ると、安心感が違うね」


 淡々と処理する、といった言葉が似合うだろう。

 彼女が宣言したが最後、もう勝利は確定事項。あとはもう作業をこなすのみだ。僕のように、思わぬ落とし穴に嵌る事も無いだろう。


「……あら?」


 ……無いだろう、と思った矢先にこれだ。幸先が悪い。

 ボスのHPをガリガリと順調に削って行ったかと思えば、途中、また形態変化が入るようだった。お約束のように、変化中はダメージが入らなくなる。


 だが、ルナは炎を止めない。止められないのだ。

 魔力を燃料として燃え盛る炎は、止めればすなわち、その場に大量の魔力の燃えカスを残す事になる。

 普段はどうということも無いそれも、今は敵にとって格好のエサとなる。視界を塞いでしまう事になるのが分かっても、ルナは停止出来ない。


「ルナ、掴まって」


 その爆炎の向こう側から奇襲するように、強力無比な魔力反応が<神眼>に検知される。

 悠長に足場を動かしての回避は不可能。僕はルナを抱えて、<飛行>のトップスピードへと乗せ離脱した。


「……ハルの言った通り、ビームで足場を崩して来たわね?」

「くっそう……、マゼンタの手動操作になってないだろうなコイツ……」


 こちらがやられると嫌な事を、的確に突いてくる。最初から想定していたとすれば、大したものだ。


 あのキューブは、単なる足場ではない。魔法を使う為に必要となる、魔力環境を発生させる装置だった。

 それの無くなった今、ルナの周囲には、防護服の役割をする幅数センチの魔力が残るのみ。

 これを魔法に吸われ切ってしまえば、それはキャラクターの肉体の停止を意味する。炎の魔法は止めざるを得なかった。


「……間一髪ね。自分の炎に巻かれて死んでは泣くに泣けないわ?」

「体表の魔力だけだと、さすがに注ぎ足しも間に合わないか」


 消費された周囲魔力は、NPC回復薬を使い常に補充していたが、絶対量が少なすぎればそれも間に合わなくなる。

 安定した使用には、足場キューブの存在は必須であった。


 次から次に、こちらの強み持ち味を潰して来る対応は本当に恐れ入った。

 僕らは、第三形態となった巨竜を忌々しく睨み付けて、しばしその場に<飛行>する。





「今度は翼がたくさん生えてきてるのです!」

「私はもう突っ込まないよハル君」

「じゃあユキの代わりに言おうか、」

「キモいわ?」


 一時退避し、僕の周りに集合した彼女らと、そして放送を見守る視聴者達とも心を一つにする。

 ……気持ち悪い。非常に、不気味な見た目であった。もう今更だが。


 焼き払われてしまった腕の代わりとばかりに、首からは、いや胴体を含む全身から翼がその皮膜を広げ、アンテナのように張り巡らされる。

 そしてその根元には、先ほどのビームの射出口となるであろう口が、がぱり、と大きく顎門あぎとを無数に開いていた。


「ボケっと見てて大丈夫? ルナちーファイやーの燃えカスが吸われていってるよ」

「あの羽が吸っているわね? ハル、<魔力操作>でこちらへ吸い返せないのかしら」

「手元から離れちゃったし」

「それに、吸収のスピードも早そうです!」


 当然、悠長にしていて良い訳は無い。しかし、今までと違い、吸った魔力で体を修復する様子は無い。悠長にしていられないが、焦る必要もまた存在しなかった。


「回復しないとなると、吸った魔力はそりゃあね?」

「攻撃に回るのです!」


 漂う魔力を存分に深呼吸すると、敵は再びその口からビームを放射してくる。まるで製作者のマゼンタその物だ。こちらの攻撃を吸収し、それを攻撃へと転換する。

 しかし彼とは違いエネルギーを攻撃に全て回してしまったため、先ほどまでの不死性は失ったとも言える。


 攻撃型の耐久、とでも呼べばいいか。圧倒的な火力をチラつかせる事により、こちらの手出しを躊躇ためらわせる状態だ。

 逆にそこさえ突破してしまえば、これまで打って変わり勝負は一瞬で付くだろう。


「ハル君のミサイル……、は、簡単に打ち落とされちゃうか」

「いっそ威力を過剰に上げてはどうなの?」

「“安定して起爆できる分量”をあれ以上は準備してないから、やめとくよ」

「……普通、こんなに大きいのが出てくるとは思わないのです」


 だが、反物質で攻めるという案自体は悪くない。回復を捨てているのだから命中させてしまいさえすれば、それだけ削り取れる。

 先ほどあえて魔力を吸わせ、ビームを撃たせてみた感覚から、砲口と射角の関係もおおよそ掴めた。射線を読むのは、今の僕なら容易たやすいだろう。


 そんな僕の視線の先を見て、我が意を得たり、とばかりに拳を打ち鳴らすユキだ。

 彼女もまた、ビーム砲の乱射を掻い潜っての接近戦がお望みのようだ。ボロボロの赤いドレスが、歴戦を物語るようで非常に格好良く映えている。


 だが、今回はユキには後衛を任せたい。そのドレスを新品同様に、いや通常よりも強固に固めながら補修してゆき、彼女へ作戦を伝える。


「ユキは、申し訳ないけどルナの防御に回ってくれる?」

「ぶーぶー! ま、いっか、さっきは私が前衛やったもんね。仕方ない」

「ユキさんが聞き分けの良いお姉さんなのです」


 猪突猛進ちょとつもうしんに見えて、案外、他人の補佐を進んでやる優しい彼女だ。

 先ほども前衛に出ていたとは言うが、やっていたのは主にアイリのサポートだった。そんな彼女に感謝しつつ、僕は『神剣カナリア』を取り出す。

 ようやく、こいつの活躍の機会だ。回復しないのであれば、これは消えぬ傷を刻む絶対切断のつるぎ


「はい足場キューブ二個目。これで最後だから、壊されないようにね」


 実際にはこれはコピーで、アイテムとしては先に壊れた物で最後だ。今回は僕が前線に出る以上、更に次のキューブは用意できない。

 僕と同様に無制限の魔力コストを使用可能となったルナに、その制御を任せる。

 そうして僕は、いい加減このデカブツと決着をつける為、吐き出される光線の雨に向け飛翔するのだった。





 次々と打ち出されるビームの暴風雨を、<飛行>で避け、時に神剣で二つに切り開きながら巨体へと迫る。

 後ろからは、ルナの放つ地獄の炎が僕を挟み撃ちにするように迫って来た。


 これは無視する。僕にダメージは無い。

 敵の巨体に比べればほんの一滴の水である僕にとっては、凝縮されたビーム砲と比べて広範囲の炎はまだ防御しやすい部類だ。

 そのルナを狙う砲口の射線軸へと割って入り、彼女への砲撃を許さない。


 細かい乱射砲は、ユキによるガードと、アイリの防御魔法で防ぎ切る。

 この勝負、ルナの魔法とそれを維持する足場の防御に掛かっていた。


「到達だ。まずはその首、切り取って蒲焼にしてやろう!」


 今にもビームを吐き出そうとしている気色の悪い口に神剣を刺し込み、首を駆け上るように開きにして行く。途中、可能な限り口を潰すのを忘れない。

 自在に位置調整できるこの首の口が最も厄介だ。頂上から、翼ともども小刻みに切り落としてゆく。


 ……首の腕とか、首の翼とか、首の口とか、もう本当に意味が分からなくなってきた。首ごとお別れだ。


 そうしているうちに、ルナの火焔放射も十分に、僕を巻き込みつつボスの体に行き渡る。ここからが本番だ。

 魔法の炎はボスに攻撃の為のエネルギーを与えてしまうが、それは僕にとっても同じこと。

 撒き散らされる魔力に直に接する状態となった今ならば、至近距離での<物質化>も行える。あえてビームをチャージさせ、吐き出す瞬間を狙って反物質の塊をそこへ<物質化>する。


「じゃあトドメだ。魔力を吸えるからって、侵食して支配する機能を付けなかったのが敗因だったね」


 業火に包まれた敵の巨体。それはもはや何処でも好きな場所に、好きなだけ起爆可能な状態を示していた。

 魔力が無いならば、埋め尽くすだけの十分な残滓を発生させる。それが可能になるルナのチートなスキルのおかげであった。

 ウィストのように<物質化>に干渉して打ち消しでもしない限り、防ぐ手立ては存在しない。


 僕はそのまま容赦なく胴体に向けて<反陽子砲ヴォイジャー>を連射すると、むき出しとなった巨大なコアに神剣を突き立てるのだった。

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