第261話 降魔の鍵
準備を整え、キューブを巨体に再接近させる。
僕らが近づくのを感知すると、怪物は再びその長い首と、そこから伸びる長い触手のような腕を伸ばしてきた。
先行した一本を、ルナが銃による狙撃で切り飛ばす。
続けて迫りくる腕の津波を、光子魚雷の連射によって一掃した。
「再生には少し時間が掛かる。今が狙い目だよ」
「はい! 行ってきます!」
「アイリちゃんの事はまかせろー」
一気に腕の数を減らされ、数秒ばかりうろたえる様子を見せる敵のその隙を見逃さず、地上部隊となるアイリとユキが飛び出した。
だがそれを迎え撃たんと伸びる腕はゼロとはいかず、何本かが彼女らを捕らえようと手を伸ばす。
その腕を、ルナの狙撃が根元から射抜き、その長く伸びた腕は虚しく空を掻き、はらりと地へ落ちていった。
「ナイスショット、ルナ。銃も様になってるよ」
「あなた程ではないわ? 私は、二人の支援に回る」
「頼むよ。僕の攻撃じゃ、二人も巻き込みかねない」
胴体に向け突進する二人に向けて伸びる腕を、ルナは的確に撃ち抜いてゆく。
僕の光子魚雷では、爆風の範囲が広すぎて援護には向かない。大人しく、首の腕を僕の方に首ったけにする事に集中しよう。
隣にしゃがみこみ、細長いライフルを構えるルナに、僕は<MP拡張>等の強化を行って行く。
魔道具であるこの銃は、使い手の魔力の大きさに威力を依存する。拡張スキルによって、最大HPMPが増えれば、それだけ込める弾丸の威力も増すという寸法だ。
「これ、過負荷で暴発したりはしないのかしら?」
「しないだろうね。純正品は“あのオーキッド”の作品だ。几帳面にリミッターが掛けられてるだろうさ」
「そう」
それを確認したルナは、一切の躊躇なく限界までHPMPをコストにして銃弾を発射する。巨大な赤い光となったそれは、いつかの『マーズキャノン』を彷彿とさせた。
潤沢に貯蔵されたギルドメンバー共用の倉庫から回復薬を次々と使用し、砲撃を連射する。
光子魚雷の巡航速度よりも速く、貫通力のあるその弾丸は、腕を落とすに留まらずその合間を潜り抜け、また時には強引に切り開き、胴体の方にも着弾した。
「ハル、狙いを指示しなさい」
「分かった。目の前にパネル出すよ? あと、回復も僕が受け持とう。気兼ね無くぶちかましちゃって」
「ぶちかますわ?」
ルナの目の前に透明度を高くしたウィンドウパネルを一枚配置し、そこにターゲットを示すマーカーを設置する。戦術ゴーグルを、擬似的に装備したような状態だ。
また、攻撃しながら回復、といった平行的な処理は僕の方が得意とする事だ。こちらで受け持ち、彼女は攻撃に集中してもらう。
しかし、けっこう毎回使っている戦術だが、ルナにこの<拡張>系のスキルは相性が良い。
このゲームのシステムは、MPが多いほど魔法の威力が上がる作りになっている。逆に、それ以外に魔法の威力を上げる方法はあまり無く、レベル100に達してしまった多くの物は皆そこに腐心している。
“外付けの体”とも言える装備を強化したり、数少ない強化の魔法を研究したり。今回、僕が開発したこの背負うタイプのキューブやモノリスも、ゲーム外に行ける事はどうでもよく、HPMPを上げる装備として注目している者すらいる始末。
なんだろうか。魔法攻撃の高さを突き詰めたパーティは、皆このモノリスを背負って戦うのだろうか?
黒い板や、立方体を背に負った怪しい連中が、ずらりと並んで高威力魔法を連射する様子を想像する。こわい。
「<禅譲>で、拡張スキルをルナに渡しておこうかな?」
「それは持っていなさいな。ユキに使う時だってあるでしょう?」
放送の音声を無音にし尋ねるも、遠慮されてしまった。
確かにそういう時もあるが、その時はルナに掛けてもらえば良い、と思うと、その思考を先読みされてしまったようで、『私は何時もログイン出来る訳じゃない』、と釘を刺されてしまった。
スキルとして持っていなくとも使用は出来るが、実行速度にはどうしても差が出る。
「それに、まだ先に貰った<精霊眼>すら定着していないわ? ユキほど才能がある訳ではないの。すぐに返せないわよ」
「……そう考えると、ユキの習得の早さは異常だったね」
渡してすぐに<千里眼>に昇華させてしまった。いっその事もう、片っ端から僕のスキルを移植して、最強ユキちゃんを作り上げようか。
そのユキは、視界の先で豆粒大に小さくなりながら、巨竜へ向けて攻撃を仕掛けている。
レベル100の限界を超え、幽体研究所で強化に次ぐ強化を重ねたそのキャラクターと、パワードスーツになっているドレスの力で、およそ人間が出せる力ではない破壊を生み出していた。
「しかし、長期戦だというに、崩壊の美学を発揮しすぎだ」
「もうドレスが破れているわね? 強敵だもの、仕方が無いのだけれど」
「アイリのお上品さを見習って欲しい」
「これはやはり、結婚しないと駄目なのよ。身を固めさせてしまいましょう」
……普通、男に対して言う台詞ではなかろうか、それは。
とはいえユキも、何の考えも無しに無茶な突進を繰り返している訳ではない。僕同様に、彼女も攻めるときに一気に攻める事の大切さを重視している。
そして何より、敵の修復速度が思ったよりも早い。安全策を重視した戦いでは、攻撃が回復速度を追い抜けなかった。
「……火力不足は明確ね? ユキが無茶して、やっと優勢に傾いているわ?」
こちらもミサイルとライフルでの射撃を絶え間なく続けながら、ルナが現状を楽観視すること無く言葉にする。
そう、ここまでやって、やっと長期戦なのだ。ちまちまやっていては千日手。
単にデータの増減を計算する普通のゲームと違い、このゲームには“在庫”がある。真の意味で回復は無限ではなく、いつかは底を尽きる時が来るだろうが、そうそう甘い貯蔵量ではなかろう。
何処から補充しているのかは知らないが、ミレイユの<宝物庫>にも、把握しきれない程の魔力が見て取れる。
エネルギー切れでの勝利は、望めないだろう。
ならば回復を上回る火力で押し切るしかないのだが、現状の僕では、こちらも大型兵器であるルシファーを出すしか対応策が無い。
本当に、何を考えてここまでの巨体を出してきたのだろうか?
こういうのは、好きに地形を吹き飛ばして良い神界で出すに留めておいて欲しかった。
◇
「ハル、お便りが沢山届いているわ? 答えてあげなさい」
「ああ、ユキのドレスがびりびりしちゃう理由ね。単純な話だよ。“あれはアクセサリー”なんだ。防具の上から、おしゃれのコート着てる状態と同じ」
そんな中々削れない戦闘を続けていると、視聴者の方も慣れてくる。コメント欄の緊迫感も薄れ、細かいところが目に付くようになってきた。
破損するユキのドレスもそのひとつ。本来、体と一体化している防具は壊れる事は無い。攻撃を受ければ体と一緒に部位破壊される事はあれど、反動により破れる、といった状況は存在しなかった。
「だからユキの防具は肌着の状態で、その上からドレス着てるんだよ。ああ、勿論ドレスは魔道具だね。……ああ、ユキをいやらしい目で見るコメントしたら地の果てまで追い詰めてリスキルするからね?」
「あら、独占欲が強いこと。ついでに、『ユキは俺の嫁』宣言もして、ここで外堀を埋めて行きましょう」
狙撃を的確に繰り返しながら、また的確にコメントするルナも慣れたものだ。今はユキが放送画面を見る余裕が無いからと、言いたい放題である。
ユキが普段にない破損を繰り返している理由に、アイリの攻撃を生かす為というものがあった。
空間振動による粉砕攻撃を放つアイリのパンチは、ユキを上回る破壊力を生み出す。単位時間あたりのダメージ量を重ねるには、アイリのパンチを生かすのが一番だった。
だが彼女は接近戦には慣れていない。運動センスは意外にも抜群で、戦闘への恐れも無く思い切りが良いアイリだが、やはり不慣れにより状況判断が一歩遅れる。
そのフォローに立ち回っているのがユキだった。
時に身を挺してアイリを攻撃からかばい、的確な攻撃ポイントをアイリの代わりに見定める。
その上で、余裕のある時は自身もしっかりと攻撃に参加してダメージを更に加速させる。
圧倒的なゲームセンスの上に成り立つ技だ。僕のように、複数の思考があったり、意識を拡張して思考速度を上昇させている訳でもない。
正統派の、天才プレイヤーだ。
「またHPが半分になったら、海のアレの時のように形態変化するのかしら?」
「あるかもね。……その半分が遠いけど」
「……まだまだね」
「その時は是非、攻撃に偏重してくれると助かる」
防御を捨ててこちらを倒すことに制御を回してくれれば、削りが早まって大変よろしい。
超威力のビームなど撃って、魔力を無駄遣いしてくれれば尚よろしい。
そんな、ユキのドレスの布地だけが減って行く状況。そろそろドレスの補修に呼び戻そうかと僕が思い始めたあたりで、それは来た。
脳内に、唐突に声が響き渡る。
《ハル様。<宝物庫>によって接続された経路、その解析が完了しました。今後はいつでも、自由にパスの開通が可能となります》
「ははっ! 来たか!」
「どうしたのかしら、ハル? 何か朗報?」
思わず声に出してしまった。にやける顔を抑えきれないままだが、手で口元を覆い取り繕う。
《並びに、スキルとして<降魔の鍵>を習得しました。使用することで、即座に、同様の空間へ接続されます》
ミレイユのスキルが<宝物庫>で、僕の方は鍵というのが気になる所だが、まあ、得られる効果が同じならば構わないだろう。
厳密には、やっている事の内容が違うのかも知れない。
ミレイユの<宝物庫>の場合は、その空間に繋いだ結果として経路が構築される。僕の<降魔の鍵>の場合は、経路を構築したが故にその空間に接続される。
何にせよ、スキルとして習得出来たという事は非常に大きな違いがあった。
──アイリ、ユキに伝えて。『少しだけそのまま時間を稼ぐように』と。
《らーじゃなのです! 状況が動くのですね!》
少しばかり、遠距離組の援護射撃が止まる。察しの良い嫁に任せて、こちらの“新展開”を済ませてしまおう。
「ルナ、一旦攻撃を止めて手を出して」
「……なるほど、来たのというのはそれね? アイリちゃんの時のように、『おいでルナ』って言ってくれても良いのよ?」
冗談めかして、ルナが僕の手を取る。さすがにそれは、放送中ということもあり恥ずかしい。
その手を通じて、<禅譲>を発動。先ほど得たばかりの、<降魔の鍵>をルナへと移してゆく。
僕がスキルとして得られたという事は、これが可能になる。
奇しくもミレイユとセリスの姉妹から得られたスキルの連携というのが、少し感慨深い。
戦闘中のため、普段は気にならない実行時間が非常に長く感じる。視界の端では、こちらに攻撃が来ないように、ユキが首の方へと<飛行>して大立ち回りを行っていた。
アイリもこの時のみは魔法を解禁し、広範囲に渡って腕を吹き飛ばしている。
彼我のダメージレースは逆転し、回復が徐々に上回ってしまう。ユキのドレスも、もうほぼ機能を発揮せず、彼女の攻撃力が大幅に落ちてしまっていた。
そんな状態がどれだけ続いただろうか。焦れに焦れたそのスキルの待機時間が、ようやく完了した。
「ハル。届いたわ」
「うん。……ルナ。全開で、ぶっ飛ばしちゃって」
<降魔の鍵>はルナへと渡り、ここに、強力無比に極まりない魔法の使い手が誕生するのだった。




