第260話 姿を現す冒涜の片鱗
有効な攻撃法が見つかったならば、後はやる事は単純だ。通る攻撃は、ひたすらに連打する。思考停止と言うなかれ。攻める時は徹底的に攻める。
同じ攻撃を繰り返していると対策される、と思いがちだが、逆に言えば対策されていないからこそ通るのだ。
そして対策される前に倒しきってしまえば、もはや手の出しようが無い。
「という訳で光子魚雷を連打するよ。下がってて」
「私も要らなくなっちゃった。あと早く名前決めて?」
「この巨体だ、全身くまなく狙う事なんて不可能だし、ユキはターゲットになってない部位に飛んで行って殴ればいいよ」
「らーじゃ」
暫くは僕の攻撃パターンの様子を見るようだ。それと逆を攻めてくれるのだろう。
しかし僕は、コアが埋まっているであろう胴体を集中的に狙おうと考えている。そうすると、必然的にユキの担当は首になるのだが。……あの、無数の腕が生えて、それが次々に襲ってくる首の担当は、ユキは嫌がりそうだ。
だが仕方ない。光子魚雷の航行速度はそこまで速くない。結構な高速で振り回される首よりも、どっしりとした胴体を狙う方が有効だった。
「では発射」
「やっつけちゃって下さい!」
嫁の応援に後押しされ、次々と光子魚雷を発射していく。遠目には細長いが、十分なサイズを誇る敵の胴体だ。外すことはまずありえない。
輝く魔法の弾頭は次々と命中して行き、開放された反物質は破壊の爪痕を巨竜の身体に刻み込んでいった。
「……これだけやっているのに、大した効果が出ているようには見えないわ?」
「やっぱ物理的なエネルギーには強いのかな?」
「ですが、魔法でも使った魔力が吸収されちゃうのです」
「ズルじゃんね。ハル君、もっと威力は上げられないの?」
「調整が難しいよ。それに神界じゃないんだし、あんまり見境無く吹き飛ばすのは避けたい」
万一、暴発した時の危険性もある。特に、今回は手元で反物質を<物質化>して生成しているので、これ以上強くすると自爆の危険も高まる。
ある程度ならばバリアで防げるが、あまりに強力すぎれば、どうなるかは予測できない。
今更ではあるが、出来れば周囲の環境、景観にも配慮したかった。
……まあ、此処は特に何かある訳ではない広々とした平地で、しかもこの巨体がドシドシと歩き回るだけで、結構な地形変化は起きてしまっているのだが。
僕がそんな事を考えながらも続けざまに光子魚雷をつるべ撃ちにしていると、ついに爆風は体表を抜き、内部の様子がだいぶ詳細に<神眼>で透視可能になった。
「コアが見えたね。……このまま削って到達するのは、少し難しいかな?」
「どのへんなん?」
「当然のように中央。一番深いとこ」
「ですよねー」
核まで到達させるほど体を削り取れば、コアの破壊どうこうではなく普通にHPをゼロにして倒してしまいそうだ。
まあ、倒せるならば何でもよかろうと、僕が続けて攻撃を続行していると、敵の様子が変わる。どうやら、またしても発狂判定のスイッチが入ってしまった。
神様は、楽にボス戦を終わらせてくれる気は無いらしい。
うおおおおぉぉん、と、体を砕かれた苦しみなのか、羽虫に一方的に攻撃を加えられた怒りなのか、何とも判断の付かない平坦な咆哮を上げると、その長すぎる首をこちらへ向ける。
ぬらり、と首を体と僕らの間に滑り込ませたと思うと、その変化は一瞬だった。
「……腕が。本当、ホラーね?」
「ないわー。これはないわー」
「ぶきみですー……」
しゅるしゅる、しゅるしゅると、無数の腕が触手のように首から伸びてくる。
こちらに接近して攻撃を加えてきた時の比ではない。ロープのように長く、うねる姿は異形そのものだ。
その長く長く伸びた腕で、僕の発射した光子魚雷を掴み取る。
当然、掴まれた光の弾頭はモンスターの手の中で弾け、対消滅反応を起爆させる。しかし、あくまで吹き飛ぶのは掴んだその腕のみ。
胴体部に届いて、大きく体表にダメージを与えるのとは、雲泥の差の結果だ。
光子魚雷。反物質を詰めたミサイルを俗にこう呼ぶのだが、信管にあたる物は無く、その起爆は自動で行われる。
輝きを発する弾頭の光は攻撃の用途ではなく、中に仕込まれた反物質の保護目的の薄幕である。対象にぶつかって光の幕が解除されると、反物質が対の物質と反応を始め、エネルギーを放出する。
まあ、つまりはミサイル全般の宿命と同じく、途中で撃ち落とされると弱いのだ。
「全部掴み取られちゃっています!」
「まいったね、どうも。これじゃあ、剣で一本一本腕を切り落とすのとダメージが変わらない」
「……明らかに動きが違うわね? 以前の水竜もそうだったけれど、まるでハル対策をしているかのようね?」
「実際、対策してるんだろうねえ」
このゲームにおいて、かなりのイレギュラーな存在である僕だ。一般的なユーザーと同様のモンスターを出しては、どれも楽に突破されてしまう。
なので、せめて強敵はそのハルであっても同様に苦労してもらおうという、有難いご配慮なのだろう。涙が出てくる。
“ハルらしき行動を感知”すると、専用の対策モードが起動。形態変化した高難度がお楽しみいただけるという訳だ。
そうして、より一層これまでより怪物感が増した巨大レイドボス。
単純な反物質弾頭の連打では突破させてくれないようだ。僕は次の手を考えねばならないようだった。
◇
「ハル君、ひとまず距離とろう」
「……だね。あの腕を振り回されるだけでも、たまった物じゃない」
「にょろにょろですー……」
僕は彼女らを乗せたキューブを、安全圏まで<念動>で浮遊させ退避する。
追ってくる触手は、光子魚雷を正面にひたすら連発して千切り飛ばした。触れれば起爆するのはこうした利点もある。
ひとまず戦闘空域の外側まで離れるが、化け物はそれでも化け物である事を止めない。変わらず触手を振り乱し、やる気十分だ。
完全に視界から消えるまでは、このモードを解除する気は無いのだろう。
「さて、どうしようか」
「一旦退いて、対策を立て直してはどうかしら?」
「えっ、無理だってルナちー。ハル君のプライドが許さないよそんなん」
「そうかしら? 『勝てない時は逃げる』、と良く言っているわ?」
「それは、アイリちゃんとか、リアルのルナちーが危険な時だよきっと。ゲームであればハル君は逃げない」
「あら……」
「こんなの、ちょっと強敵な程度ですものね!」
「……放送中だよ君たち。僕の内面をさらけ出さないのー」
まあ、実際はユキの言う通りだった。こんな、ただちょっと面倒なだけの相手に、しかも放送中に敗走するなど、僕の沽券に関わる。
それに勝つだけで良いならば、もう方法は分かっている。
これは、マゼンタ同様、耐久試合を強制してくる相手だ。防御力が高く、魔力を吸い込む事で修復までする。しかし、攻撃は控えめ。
闇雲に攻めては絶対に勝てず、こちらの資源を消費させられる一方だが、攻略法が分かってしまえば、どうという事の無い相手だ。
ゲーム慣れした者ならば、もうどうすれば良いか分かっている者も放送の視聴者には何人も居るだろう。
方法は簡単。戦艦でここに来て、誰も直接攻撃を加えなければいい。
攻撃は全て戦艦の主砲、魔力を伴わない『神力砲』に任せ、地道に体力を削って行く。先走って、もしくは動きの無さに焦れて飛び出す者を決して出さない、統制力が試される試合だろう。
その状況を作れれば後は訳がない。
「僕が退いたら、どうせ次はみんな嬉々として進路をここに向けるでしょ。……獲物の横取りされるようで悔しい」
「子供ね、ハル。……いいけれど」
「みすみす栄誉はくれてやらない! のですね!」
「コメント欄、『よし帰ろうハル』の大合唱」
誰が帰るものか。楽な相手と見るや、急に群がって来るのはどのゲームでも同じである。ユーザーは非常に欲望に忠実だ。
しかし、強がってみても撃破が非常に難関なのは何も変わらない。楽に勝てる方法、などと言うのも戦艦の主砲あっての事。
ただでさえ得意の魔法が使えないフィールド状況。打開策無しでは突破出来る可能性は皆無だった。
「とりあえず、ミサイルは継続する。腕に阻まれるだろうけど、逆に言えばあの奇怪な腕の攻撃を防御へ回させる事が出来る」
「“二択を押し付ける”、って奴だねー」
「そうそれ。そしてあの思考ルーチンだと、必ず防御を選ぶ」
これが人間のプレイヤー相手ならば、有り余る体力で受け、腕は僕らを攻撃する方へと回す選択もありえる所だ。
体力が切れる前に、僕らを捕まえられれば良い。死ななければ、それで勝利。
だが遅延行動が優先で、耐久型として設定されているこのボスは必ず防御に回してくる。
あの腕による攻撃はやっかいだ。それを無効化出来るのならば、経費としては安く済む。
「じゃあ、ハル君が触手を釘付けにしてくれてるうちに、私は接近して直接殴ると。……効果のほどは保障できないけどねぇ」
「頼んだよユキ。この中じゃ、キャラの強化は最も進んでる。十分強力なはずさ」
幽体研究所での実験、プレイヤーの体を構成する式の変化の観察のため、ユキのボディはかなりの強化が施されている。
その体から放たれる一撃は、レイドボス相手であっても有効打を叩き出してくれるはずだ。
「後は、わたくし達ですが……」
「魔法を放つ事が、多少なりともプラスに働くかしら?」
周囲に魔力が存在しないフィールドであり、着弾後には魔法の残滓が吸収されてしまうという、魔法使いタイプの戦いにとっては逆風すぎる環境。
ルナとアイリ、魔法を専門とする二人の顔は晴れない。
「これに関しては、完全にメタを張ってるボスだからね。これは例え戦艦で来ようと変わらない」
「では、わたくし達も接近戦でたたかうのです!」
「……私は、少しキツイかしら。アイリちゃんは平気なの?」
「はい! このドレスで、たあ! ってやるのです!」
かわいらしい掛け声に合わせ、アイリの素振りするパンチの周囲、空間が振動する。
ドレスの機能の一つ、空間に干渉し、対象を粉砕する打撃だ。かわいらしいのは掛け声だけである。威力はえげつない。
「それなら、後は私ね。『レムリアン・ライフル』でも使おうかしら?」
「あー、あの新しい魔道具武器ねー。威力ってどうなん?」
「正直、期待出来ないけれど、弾丸は戦艦の物と同じだから、吸収される事は無いはずよ?」
ルナが取り出した大型の銃に、放送コメントの流れが早くなる。
僕らにとっては、魔法と比較して威力不足の武器ではあるが、一般的には実装されたばかりの最上位装備だ。
これを作る事が、レイドボスの撃破と同等の難度を持つエンドコンテンツの一つ。多くの者にとっては憧れの逸品であった。
「……あら? 期せずして、お披露目放送に出来そうね?」
「各自、方針は決まったねー。これで行けるかなハル君?」
「正直、微妙かもね。ユキも、二人の武器も強いけど、あくまで対人戦や、対小型モンスター戦における強さだ。あの巨体だと……」
「決定力不足、ですよね……」
当然と言えば当然だった。数十人、はたまた数百人で戦う事が想定されたレイドボスモンスター。それを通常のダンジョンにでも挑むような少人数で相手取る事が間違っている。
これがアイリと同等のドレスを着た百人の前衛部隊や、ルナと同じ銃を持った百人の狙撃部隊で攻めるならば過剰装備であるが、一人ではいくら強力な武器でも心もとない。
「せめて、魔力の吸収が無ければ気兼ねなく魔法が使えるのですが……」
「ハル君、敵の重力以上の力を、こっちも発揮できないの?」
「……それが出来たら苦労せんわ」
「それだけの重力場ということは、この一体に魔力圏を展開できているという事よ、ユキ?」
今は最大限に頭をひねっても、今居るこのキューブの周囲数メートルが限界だ。今この場で、都合よく技術革新を起こせもしない。
「あ、分かった! 大きい重力があれば良いんだよね?」
「……嫌な予感がするけど、聞こうかユキ」
「こいつを誘導して、国境まで連れて行けば良いんじゃん! というか国境の中入れば、魔力も好きに使えるし!」
「良いんじゃん、ではない。他プレイヤーどころか現地国家に迷惑がかかる行為はNGです。絶対に」
悪質プレイヤーにも程がある。今はどのゲームも、町は完全に安全圏になっているだろうが、それでも何とか運営の裏をかき、その安全圏を脅かそうと腐心する混沌主義者は後を絶たなかったりする。
放送を見たプレイヤーが真似しそうな事を言う物ではない。まあ、やろうと思った所でその者がミンチになって終わりであろうけど。
特にこのゲームは全てのフィールドが地続きだ。NPCに脅威が迫る事態は絶対に避けたい。
「それに、魔力圏外の設定で調整されたモンスターだ。魔力の中に連れ込んだら、手が付けられない程に強くなったりしてね」
「あー、ありえる」
なんにせよ、今この場にある物と力で対処せねばならない。作戦会議を終えた僕らは、再び足場のキューブを怪物へと進めるのだった。
※誤字修正を行いました。




