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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第8章 セージ編

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第259話 冒涜の巨竜

 軽く雑談を挟みながら四人で歩き、この地の風景をカメラに収めつつ移動する。

 季節ごと、地域ごとに装いを変えるこのゲーム、こうした旅動画も結構人気があるそうだ。最近では“ゲームの攻略”、“NPCとの交流”に加え、アウトドアを楽しむ第三勢力が勢いを伸ばしているのだとか何とか。

 特にこのヴァーミリオンは、赤の契約者以外はまだ足を踏み入れていない。新天地として、そういった視聴者層からの評価が高かった。


 だがしかし、今回の目的はそこに無い。旅が目的の者は、装置が商品化されたら是非に自分の足で確かめて欲しい。

 しばらく歩くと僕らは徒歩での移動を切り上げ、<飛行>での最高速で現地を目指した。

 消費MPの大きい<飛行>だが、代わりに周囲の魔力は使わないようで、体表を覆う魔力の限られている今の状況と相性が良い。

 逆に消費魔力の少ない現地の飛行魔法は、周囲の魔力を大きく消費するので向かないようだ。そのためアイリは僕が抱えて飛んでいる。放送のコメント欄の嫉妬が凄かったのは言うまでもない。


 ボスの位置情報だが、戦艦のレーダーマップに映った位置しか情報が無い為、見つからず放送が退屈ぐだぐだになる事を懸念したが、その心配は完全に杞憂きゆうとなった。


「でっっっっか!」


 ユキの叫びが響き渡る。そう、見逃すはずは無かったのだ。それはあまりに巨大であった。

 まさに、山よりも大きな巨体。<飛行>しているにも関わらず、目線はなお同じ。遠近感がバグったかと思うそのサイズは、接近するにつれ、それが正当な仕様であると視覚に訴えてくる。


「こりゃあ、戦艦が要る訳だね」

「はい。かいじゅーなのです」

「言っとる場合かそこの夫婦!」

「魔力が無いと言っているのに、とんだ無駄遣いね?」


 ルナがぽつりと漏らす。全くその通りだ。ゲーム外で活動しているということは、これも結晶化の産物ということになる。

 これだけの巨体、国土に還元すれば随分と生活圏が広がるだろうに。


「……ハルさん。わたくしの魔力、近づくにつれ、あの怪獣に流れていっているようです」

「引力があるって事?」

「はい。きっと、結晶化は一部だけで、体内には普通の魔力を固定しているものかと」

「なるほど。しかし、近いとはいえ国土に釣り合うのは相当だな……」


 空間に固定された魔力は、引力を持つかのように周囲の魔力を引き寄せる事が、カナンに協力してもらった実験で分かっている。

 それは、星の重力圏と似て大きさと距離で強度が変わり、人体もまた、多少だがその機能を持っている。

 だが、人間が固定しておける力は国の大きさに勝てるはずも無い。装置の補助や、僕やアイリのような特殊な存在でもなければ、外に出ればすぐに体内の魔力を引き込まれてしまうのだった。


 その力を、目の前の巨体も有している。

 接近して分かったが、これもドラゴンの一種のようだ。上空へともたげた鎌首は、遠めにはのっぺりとして見えたが、よく見れば繊細な鱗に覆われ、艶やかに輝いている。

 首、とは言ったが、長く伸びるその先端には、人間の体のように胴体が存在するようで、二対の腕が生え、その先に頭が存在する。当然、サイズは人間と比較にならないほど巨大。背に当たる部分には皮膜状の翼も確認できる。


「……なんか、よく見るとキモいぞ? モンスターってか、クリーチャー感が……」

「合体に失敗した感じね? モンスターを適当に掛け合わせて行ったのかしら?」

「いや、どちらかと言うと進化アルゴリズムを適当にぶん回して、偶然形が成立した物を採用した感じを受ける」

「むつかしいですー……」


 このドラゴンは、なんと言うのだろう、生物として“整った”形をしていない。近づいて行くにつれそれが明らかになってゆく。

 その、人の胴体らしき物の下にある長い首には、そこにもまた不揃いに所々から爪を持つ腕や、翼が生えてきている。


 首の付け根は地を這うための体があり、長大な首を支えるにしてはサイズが小さい。いや、それでも巨大ではあるのだが。

 こちらは首から生える腕の不揃いさとは間逆に、ずらりと綺麗に整列した太い足が、何本もがっしりと地を噛んでいる。そのバランスの良さが、かえって上体のアンバランスさを際立たせていた。


「天敵も環境変化も無い実験室で、無意味に進化を続けた個体を持ってきた、ってあたりかな? ……マゼンタの仕事だねこりゃ」

「相変わらず、適当だこと……」

「こんなだから、マゼマゼはマゼマゼなんだよねー」

「カナリー様の作品ドラゴンも、あるのでしょうか!?」


 マゼンタを知る僕らで、恐らくは製作者であろう彼についてボヤく。

 なおアイリの見たがっているカナリー謹製のモンスターは、残念ながら今のところ対象が見当たらない。梔子くちなしの国はゲーム外と接していないために、配置場所が無いのだろう。

 しかし、最近はアイリは自然に神の自作自演を受け入れているが、それで良いのだろうか? 彼女が気にしている様子は無いので、まあ大丈夫なのだろうが。


 そうして僕らは戦闘距離の少し手前で、その巨体を観察する。

 いや、戦闘距離の外だと思っているのは僕らだけで、もしかすると既に、敵の射程内かも知れないのだが。





「名前は『冒涜の巨竜』ね。……冒涜してる自覚はあったんだね」

「HPも相応に膨大ね? ハル、ユキ、勝てそうかしら?」

「私は何時も通り殴るだけだけど。ハル君がキツくない? あ、私もキツいか。ここじゃ<分裂>が使えない」

「分身出しても止まるだけだもんね。……戦う以前に、陣地を確保しておくか」

「致命的ではないとは言え、吸われっぱなしはしゃくですものね!」


 僕はその場に、自分の背丈よりも巨大な、二メートル四方はある立方体キューブをアイテム欄から取り出す。

 その場に魔力を固定する装置。プレイヤーの体の持つ機能を再現しようとしたのだが、最適化が未熟でこのサイズまで拡大してしまった。それでいて、周囲二メートルほどしか魔力を展開出来ない。

 言ってしまえば、まあ欠陥品だ。


 それでも、魔力圏内に体を入れれば、敵に向かって吸い出される事は無くなる。


「何て貧弱な陣地……」

「吹けば飛びそうね?」

「実際、あのドラゴンが超強力な攻撃してきたら打つ手無いよ」

「このキューブを守るために、その攻撃を正面から防いでは本末転倒ですからね」


 あくまで、観察中に体内の魔力を引き寄せられるのを防ぐだけだ。

 実はこれを出さずとも、ルナとユキに体を密着させるという対処法もあるのだが、放送中であるため止めておいた。あまり、いちゃいちゃを見せ付けるものではない。場の空気(T P O)は弁えねば。

 まあ、今もアイリが常に体を寄せてきているので、今更かも知れなかった。


「……んー、敵さん、こっち見もしないね。ナメられてますぜハル君」

「実際、羽虫扱いでしょうね? 寄って来なければ、叩くまでもないと」

「なら、奇襲でコアをふっ飛ばしちゃわない?」

「そうね? 幸い、頭部はそれほど大きくはない事ですし」


 ユキとルナが殺意の高い計画を立てているが、残念ながらそれは上手く行かないだろう。あの頭部にコアは存在しない。

 恐らくは、胴体の何処かだろう。頭を切り離しても、再生可能と見た。


 しかし、そうなると少し困った事がある。決定打の問題だ。

 圧倒的な切断力を誇るカナリーの神剣を借りられる僕ではあるが、その効果範囲はあくまで剣の長さの内のみ。カナリーのように光の斬撃は飛ばせない。

 人間サイズならば一撃必殺であれど、あの巨体を細切れに分断しコアを取り出すには長さが不足している。


 かといって魔法を使うにも、ハルの得意とする強力な攻撃は、周囲の魔力を<物質化>させての反物質兵器を始め、魔力が潤沢にある環境を想定した物ばかりだった。

 皆と、その事を相談する。


「意外なハルの弱点ね?」

「まあ、プレイヤーならぶっちゃけ誰でも厳しいけどねぇ」

「視聴者の人は何か良い案ある? ……無い? まあ、そうだよね」

「『神の寵愛受けすぎて、加護の無い場所じゃ戦えないんだな』、だって。言われてるぜハル君」

「流石はハルさんなのです!」

「いや、アイリ? 多分それ皮肉だからね?」

「『丘に上がったハル』、だって」

「うっさいわ。お魚さんイベントはもう終わったよ」


 ならば、この場から放射する遠距離魔法ではどうかと言うと、確実に威力が不足する。

 何せ相手は戦艦の『神力砲』で挑む事を前提とした相手だ。人間やプレイヤーの使う通常の魔法では、決定打を与えられないだろう。


 当然、僕の体を通して、この地に神域の魔力を持って来てしまえばそれで解決するのだが、今回は装置の試用と、その状態での戦闘を目玉として放送している。インチキは止めておこう。

 しかしながら、秘匿ひとくしている切り札のうちどれかを切らねば、この状態であの巨体を倒すことは適わないかも知れなかった。





「ひとまず、バトルフィールドを確保しよう。アイリ、おいで」

「はいっ!」


 アイリに腕を差し出すが早いか、ぴょこん、とこちらへ抱きついてくる。彼女を抱えて大型の装置、黒い立方体キューブの上に陣取る。

 そのまま、キューブを<念動>で強引に持ち上げて浮遊、移動させ、空中をゆく足場として確保した。


「うっわ強引!」

「その大きさだと、<念動>のMP消費も馬鹿にならないでしょうに、よくやるわね?」

「“こめんと”の皆様も、びっくりしてるのです!」

「この場を借りてミレイユお嬢様にはお礼を言っておくよ」


 切り札その一。今も繋がったままのミレイユのスキル、<宝物庫>を利用したスキルの消費魔力の肩代わり。

 常時MPを回復薬で注ぎ足す必要性から開放され、こうした大量消費スキルも思いのままだ。


 四人はキューブに乗ると、『冒涜の巨竜』に向け接近して行く。

 <飛行>ほどの速度は出ないが、それなりの回避行動が取れそうなスピードだった。


「うわぁ、近くで見るとやっぱりキモいぃ! 遠目に見える手だけじゃなくて、大小いくつも手が生えてきてるしー!」

「それに、移動スピードもそれなりに高速ね。ゆっくり動いていても、流石の巨大スケール、ということかしら?」


 何せ一歩の歩幅が尋常ではない。見た目のんびりと歩行しつつも、彼我ひがの速度差はその体格差ぶんの比率に等しい。

 同様に、その長い首を振る速度もまた圧倒の迫力を持つ。

 羽虫を捕らえようと手を伸ばす人間を、羽虫視点で見るとこんな威圧感と風圧だろうか?


「うわなんか来た! ハル君、私が止めるから回避するんだ!」


 その迫る長首から、ゆらり、ゆらり、と無造作に生えている腕が伸ばされる。しゅるしゅると伸びるそれはあやまたずキューブとその上の僕らに狙いを定め、鉤爪かぎづめを走らせる。

 空中に躍り出たユキが、その腕の群れを打撃ではたき落とし、その隙に僕は足場のキューブを安全圏へと離脱させた。


「うーん、効いてないねぇ……、何本かひきちぎったけど、当然HPはミリも減ってない」

「……しかも、見なさいユキ? 落ちた腕を、別の腕が回収しているわ?」

「消滅させなければ、回復されてしまうのですね!」

「動画に『ホラー注意』を入れるべきだったかな? 予想以上にショッキングなモンスターだったね」

「ハル君落ち着きすぎ。『言っとる場合かハルゥ!』、と、コメントも申しております」


 そして、予想外に効率的なモンスターだ。この、体の破片の回収、見た目以上にやっかいである。

 一見、魔法で粉々に消滅させてしまえば回収は出来ないと感じられるが、コイツにはこの巨体が発する引力がある。

 式をほどかれ、純粋な魔力へと還元された肉体も、その重力圏に引かれて体へと戻って行く。非常に環境的エコだ。

 それどころか、魔法攻撃の残滓ざんしとして発生する魔力でさえダメージ後に吸収し、回復力に変えてしまうだろう。


「半端な攻撃は、魔力という餌を与えるだけか。良いコンセプトだね、完成度が高い」

「なに関心してんのさ!」

「……私は、役立たずね今回。魔法使いは形無しだわ?」

「わたくしもなのですー……」

「何か良い方法考えるよ。まあ、今はとりあえず」


 魔力を吸収するならば、使用魔力が少なく、かつ大量の破壊を発生させる攻撃を加えれば良い。

 しかし、反物質砲は<物質化>する魔力が手元にしか無く、ここで生み出せば自爆になってしまう。

 ならば、どうするか。


「こうしよう。『光子魚雷(ヴォイジャーⅡ号)』」


 光弾の内部に封じ込められた反物質と、それに対応するペアの物質。それを輝くミサイルとして次々に発射する。

 竜の巨体に触れた光弾は弾け、その場で対消滅反応を起こし爆風を巻き起こす。魔力をほぼ残さない、物理攻撃だった。

 ミレイユが<降臨>させた、ウィストの使ってきた光子魚雷と同じ物だ。妨害せねば、僕もこうなっていた。


「おお! 効いてる効いてる! でも名前もっと何とかしよう!」

「視聴者のみんなからも、カッコイイ名前を募集しているよ」

「ハル、最近神様に影響されすぎではなくて?」

「良いことなのです! たぶん!」


 使用予定が無かった技なので、名前を考えていなかった。名づけを面倒がる神々の気持ちが分かる。


 そうして有効打は与えるも、敵のHPはまだまだ甚大。気を抜けない戦いが始まるのだった。

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