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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第8章 セージ編

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第258話 ついに実用されるお弁当箱

 カナリーとの精神的な距離も近づき、絆が増したと思ったその翌日、しかし彼女の対応はそれまでと何ら変わりなかった。僕がちょっぴりガッカリしたのは言うまでもない。

 まあ、なぜ昨晩カナリーが突然、自身の内心を語って来たかも詳しい所は分からないのだ。AIである彼女と、僕らの行動基準にはまだまだ差がありそうだった。

 彼女の中で何が変わったのか。その切っ掛けはなんだったのか。後で少し考えてみるとしよう。


 僕とカナリーは二人でアイリを目覚めさせ、朝の支度を手伝い(あるいは邪魔をし)、共に朝食を摂るとそこで別れた。

 最近はこれが毎朝の事だ。彼女は何だか急がしそうである。

 この行動パターンの変化が、昨夜の告白を引き出したのだろうか? それとも、そういった心情であるが故に、行動パターンが変化したのだろうか?


「カナちゃん忙しそうだねー。運営のお仕事かな?」

「わたくしにも、お手伝い出来ればいいのですが……」


 そんなカナリーの様子が変わった事は、他の彼女たちにも伝わっているようで、食後のお茶の時間に彼女を案じる声が漏れる。

 アイリなどは、昨夜のカナリーとの接触でハルの精神を通じてカナリーを直接感じられたようで、『夢の中にカナリー様が出てきました!』、とご満悦だった。そのため余計に心配になるのだろう。


「最近になってからよね? あの子が忙しそうにしているのは」

「忙しそうかどうか分からないけどね。お屋敷に居ないだけで。こっちに居るときは、相変わらずのんびりさんだし」

「カナリー様には、平穏に過ごしていただきたいものです!」

「いつからだっけ、カナちゃんがああなの?」

「丁度、僕らが施設の掃除に行ったあたり、というかクリスタルを掘り起こして来たあたり、かな?」

「関係あるのかしら、それは?」


 関係あるかどうかは、僕にも分からない。人間と違い、顔色を読めない彼女らAIの事だ。

 しかし、あのクリスタルを見た時の反応は、微妙にいつもと違うように思えた。何かのきっかけだった可能性は有ると思う。


「カナリーちゃんには、あのクリスタルの中のデータが読めてたりしてね。それで、何か状況を進展させるデータを得たとか」

「じゃあハル君も、あのメモリー解読しなきゃ」

「ぐっ……、その、カナリーちゃんが読めたなら、カナリーちゃんに聞けばよくない……?」

「あの子が答えると思っていて? ハル?」

「ハル君、逃げるの、いくない」


 答えなさそうだ。秘密主義の神様である。


 しかしながら、僕もこれまで、ずっと手をこまねいていた訳ではない。特に今、こうして意識拡張し、エーテルネットの走査性が劇的に向上してからは、ネット上においてクリスタルの情報を探し回っていた。


 だが、情報の読み取り機器の情報はなんとゼロ。現存する稼働中の機械が存在しないのは勿論のこと、その仕様書や設計図、他、詳細な資料も全て散逸さんいつしてしまっていた。

 機材に使用されている部品の一部は、ナノマシン、エーテルのサイズよりも更に小さく、エーテル技術で単純に復元する事も不可能。

 それこそ分子ひとつレベルの精密さを発揮する、前時代の技術力の高さが窺える良い例だ。完全に失われた技術(ロストテクノロジー)と化していた。


 その事を語ると、ユキやアイリから疑問が入る。言いたい事は分かる。以前に話した内容との食い違いだろう。


「でもさでもさ? クリスタルからはデータのサルベージが行われたんでしょ?」

「そうでした! 中身を見る方法は、あるのでは?」

「うん、読める事は読める。それこそ僕にも出来る。でも、エーテルだと読むと同時に結晶構造を壊しちゃうんだ。しかも正確に取り出せるのは大体95%ってとこ」

「だめじゃん!」

「残り5%が読めないのです!」


 まあ、エラーデータは前後の内容から推測して穴埋めして行き、ほぼ100%完全なデータの吸い出しが完了している。だからこそ、一回きりのサルベージに踏み切ったのだろう。

 貴重な遺産とはいえ、読めなければただの石。大切に保管しておくよりも、その貴重な先人の知識を生かす事を優先したのだと思う。……まあ、大した内容が記録されている石は、無かったようだが。

 最新鋭の技術とはいえ、所詮は趣味の範囲だったのだ。重要なデータは、安定性のある媒体に保存されるもの。


 僕も、読み取りを決行した者達のように割り切れれば良いのだが、どうしても一回きりだと思うと尻込みする。

 別に後から見直すわけでも無いのに、時限イベントだと分かると録画したり別データに退避させたりしてしまう、あの感情と似ているだろうか。

 カナリーが、あれらクリスタル群に興味を示していたという事もある。どうにかして、完全な形で読み取りたかった。


「設計図さえあれば、<物質化>で再現も出来るかも、なんだけどね」

「ネットに無いんでしょ? もう百年以上経ってるし、サルベージされてないデータが有るとは思えないけどなぁ……」

「甘いわユキ。紙資料ならそういう事もあるのよ? あとは当時のメーカー跡地に、ハルが進入するだけね?」

「スパイ映画ですね! すてきですー……」


 アイリはこの前見た(ロマンス成分ありの)スパイ映画を思い出しているようだ。

 実際は、映画のようには行かないだろう。進入が難しいという訳ではない。入った所で、誰も気にせず気付かないというだけだ。

 スパイゲームで鍛えた僕の隠密技術も、日の目を見る事は無い。


 ……それはさておき、それは本当に最後の手段だ。紙資料が残っているという話自体が妄想だし、そもそも施設だって残っていないだろう。

 あの地下倉庫に、比較的きれいな状態で機器もクリスタルと同時に保管されていたので、魔法でその構造を解析し、また修理を進めるのが近道だろう。

 意識拡張している今、その高度な計算を黒曜に任せておく。


「……で、どうするよハル君。良くなった頭でカナちゃんを追いかける?」

「いや、追うも何も、会おうと思えばすぐに呼べるんだよね。今も<降臨>でずっと繋がってるし」

「そいや、そうだったね」


 昨夜、カナリーが自ら内心を話してくれたからだろうか? 彼女の行動にはあまり不安を持っていなかった。また、時が来れば彼女の方から語ってくれるだろう。


「それよりも、どうせ意識拡張しているのなら、戦場に出てみようと思っててさ」


 せっかくの有り余る計算力だ。平時に出来る事ばかりでは芸が無い。

 どうせならば、戦闘に役立ててみようと思っていた。





 そうして僕らが訪れたのは、既に秋の風が肌寒い、何時ものヴァーミリオンの国境付近。

 夏の間、深緑に色付いて短い隆盛を謳歌おうかしていた草木も、気の早い事にもう色をくすませて、冬支度を始めていた。

 平原を吹き抜ける風は既に冷たく、ひんやりとこの地の冬の厳しさを予感させる。

 まだ夏の暑さの名残を残す、日本の地や、その気候に同期した梔子くちなしのお屋敷とは随分と違う。

 お屋敷の周辺は、短い雨季が終わり雨が上がると、再び最後の夏の残り香を取り戻すそうだ。日本は、その頃にはすっかり衣替えも終わるだろうか。


「こうして見ると、もう秋なのね。ごたごたしている間に、ハルの夏服を用意し損ねたわ?」

「別にいいんじゃないの。男が薄着したって需要は、」

「あるわ?」

「はい! わたくしもメイド達も、みんな大興奮です!」

「ハル君以外はみんな女の子なんだから、需要あるに決まってるじゃん」


 総攻撃を受けてしまった。

 ……まあ、それは分かるのだが、ルナは露骨に胸元がはだけたり、肩を出したり、切れ込みが大きかったりする服を『夏服』、として提示するので、僕の方でさり気無く逃げていた部分もある。

 しかしメイドさん達も共犯だったのか。道理で露出の多い服ばかりを『よくお似合いです!』と絶賛する訳だ。


 夏服として、日本式の露出の多めなメイド服を押し付けてしまったメイドさん達だ。お礼ではないが、こちらも彼女らの好きな格好を披露してあげれば良かっただろうか。


「まあ、夏は水着着たから、良しって事で」

「別物よ? 良くは無いわ?」

「それに良くないと言えばさーハル君? この格好も、良くはない、ぜ?」


 ここに来て、目をそらしていた事実を、ユキに言及されてしまった。

 僕らは今、国境を踏み越え、再びゲーム外へと進出しようとしている。当然、装備はパワードスーツとなったドレス姿。

 ……の背中に、黒い板状に形状を変更したお弁当箱、圏外用の魔力固定装置を背負っている形になっている。

 正直、不恰好が過ぎた。


「……ドレスが仇になったわね。これが探検用の実用的な服や何かであったら、まだ違和感も薄かったでしょうに」

「これ、放送するんでしょ? 私もさすがに、少し恥ずかしいかなー、って」

「……なんと言うか、ごめん。見えなくも出来るんだけど、それ見えてないと、実用試験としての放送にならないから」


 そう、この装置の試用を兼ねて、魔力圏外に配置されているレイドボスまで徒歩で移動し、それに挑むという企画である。生放送でも配信予定。

 せっかくの意識拡張中だ。それを最も役立てられるのは、やはり強敵との戦闘である。


 しかし、僕はともかく女の子達は、ドレスの背に無骨な板を背負った状態、という何ともアンバランスな絵面えづらになってしまっていた。正直申し訳ない。


「その、リュックみたいにキューブを背負しょったよりマシって事で、ひとつ」

石版モノリス背負ったのも、大差ないぞハル君?」

「ユキはまだ良いじゃない。スカートをズボン状に変形出来るのだもの」

「ルナさんも、何となく神秘的なので大丈夫ですよ!」


 この中で一人だけ、モノリスを背負っていないアイリがフォローする。彼女はNPC、魔力の体ではない為、装置を付けても特に意味は無い為だ。

 そして確かに、冷たい表情で石版を背にするドレスの少女であるルナは、何となく謎の神秘感をかもし出している……、のかもしれない。


「……まあいいわ? アイリちゃんに被害が無いだけ良しとしましょう」

「そだねー」

「この中では、アイリが一番似合いそうだけどね」


 やる気十分の顔で、元気に石版を背負う少女。アイリのその姿を想像し、一人で満足した。

 実のところ、僕も生身であるため意味が無いのだが、そこは放送する都合上、仕方ない。


 不毛な愚痴の言い合いはそこまでにして、僕らは放送を開始し、“ゲーム外”へと踏み出した。


 装置は問題なく機能し、ルナとユキの二人も、何の抵抗も無く境界を乗り越える。

 僕とアイリも、内圧を上げるかの如く、体内の魔力残量に気を配って進む。現在は、ミレイユの<宝物庫>に接続されているので、僕に関しては普段より魔力の残量を気にする必要性は薄い。

 最近はかなり抑えられて来たとはいえ、相変わらず湯水のように魔力を食う<降臨>であっても、<宝物庫>に繋いでいるだけで消費を完全に肩代わりする事が出来ていた。


 ……ミレイユとの戦闘時に、これが有効でなくて助かった。恐らくはあの時は、“ミレイユ”ではなく、“魔法神オーキッド”になっていた為、スキルが使用不可の状態だったのだろう。

 もし有効だったら、更に苦戦していたはずだ。


「ハル? これで問題は無いのかしら?」

「あ、うん。HPMPが減ってる様子はある?」

「無さそうよ?」

「そだねー。快適そのもの。歩いてるだけなら、必死に回復薬で補充する必要もなさそうだよー」


 どうやら、実験はひとまず成功のようだ。放送コメントを見ても、反応は上々。

 不恰好であり、実用性も十分とは言い難いが、それよりも今は、ユーザーズメイドのアイテムで外部に出られた事実が賞賛されているようだ。


 そのまま僕らは移動スピードを上げてゆき、“世界の果て”のその付近に居るらしい、ボスの元へと進んで行くのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/21)

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