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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第8章 セージ編

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第256話 貯水槽に蛇口を付ける能力

「その箱、形を変える事は出来ませんの? ハルさんお得意の、衣服にしてしまえば解決ではなくて?」

「それはちょっと無理なんだよね」


 魔力固定機の箱、いやハコとでも表すのが相応しいようなその存在感に、ミレイユがつい素朴な疑問をもらす。この形でなければ、いけないのかと。

 もちろん、形を変える事は可能だ。魔道具である以上、最初は皆、魔法の式だ。しかし、服のように自由な形状に出来ないのはいくつか理由があった。


「無理なんですの?」

「現実的には無理。まずこれは防具じゃないから、服として着たらすぐ破損しちゃう」

「あ、防具は肉体と同化していて壊れませんけど……」

「うん。それ以外の装飾は保障されない」


 このゲーム、装備品は体の一部となり、破壊は肉体と同期する。腕を切られれば、その部分の服も同時に切れて落ちるが、HPを回復すれば、それもまた修復される。

 そして、この装置を防具として作成する事は不可能。それが理由の一つめ。


「ですが、一切の攻撃を受けない事を前提とすれば、いかがですの?」

「……厳密に言えば無理じゃないんだけど、ほぼ不可能。着ても、関節が稼動しない。重すぎる鎧を装備したような状態になるね」

「それはまた……、ですの」


 二つめ。これが実質的に理由の全てだ。構造が繊細すぎて、最初の形から動かせない。

 服の形にしようものなら、着たままのポーズから動けないマネキンの出来上がりだ。……そもそも着れるのだろうか?

 それが無ければ、ハルもミレイユの言う様に、『当たらなければ良い』、を設計思想コンセプトに、服として着る形状で作っていただろう。


「プレイヤーの体を設計した、神様の技術力の高さを痛感するね」

「……そうです! ハルさんならば、動かない服を着たままでも、<飛行>で自在に移動できるのです!」

「……ふふっ、そう、ね、良いじゃない、やって見ましょうよ、ハル。ふふっ」

「ルナちーのツボに入っちゃった」

「ルナ、シュールなを想像しないのー」

「た、確かに、シュールですの」


 直立不動のポーズのまま、敵の周囲をびゅんびゅんと飛び回るハル。いかに攻撃を受けなくても、いや受けないからこそ、間抜マヌケが過ぎる想像図だった。

 まず、動けないのならば服にするメリットなど存在しない。箱を背にかついだ方がいくらかマシである。


「……こほん」

「お、ルナちー帰ってきた」

「最初からっていないわ? しかしハル? 形はもう少し考えた方が良いのではなくって?」

「これが、一番調整いらずで安定するんだよね。でも確かに、不恰好だし背負い難いか」


 リュックサックやバックパックを背負しょっているような物、と思えばこれで良いだろうが、慣れなければバランスは取り辛い。

 他人にも試用をしてもらう以上、最低限の使い易さは追求すべきだろう。


「とりあえず、立方体ブラックボックスから、直方体モノリスに変えてみるか」

「それよりも、立方体キューブのままで良いので人間工学にそったラインが良いと思いますの。背負いやすさ優先ですわ」

「ねーねー。背負うコト前提に進めちゃってるけどさぁ。シルフィーちゃんとか、どーすんの?」

「確かに! 綺麗なお羽根が、潰れてしまうのです!」

「向きを逆にして、抱え込めば良いのではないかしら? ……不恰好ね」

「お胸が、潰れてしまうのです!」


 シルフィードの綺麗なお胸が押しつぶされる想像を、ハルは脳内から振り払う。……煩悩の退散が一瞬遅れた為、ルナには見抜かれてしまっていた。

 ルナが自分の腕で胸を押しつぶすように、いたずらっぽく仕草を見せ付けてくる。


 そうして意外にも乗り気だったミレイユを交えて、お茶会は技術交流会のまま進行してゆくのだった。





「長期間、小型化が出来なかった場合は、ミレイユの言ったパイプラインを作ってみようかな。そのエネルギー供給口を、箱に取り付けるだけならすぐ改造出来そうだ」

「お役に立てて何よりですわ。工事が現実的ではないと思ったのですが……」

「やってしまうのがハルよ? 諦めなさい?」


 そうして、装置の改良案を出し合いながらお茶を飲む、そんな状態がしばらく続いた頃、ミレイユが随分と時間が進行してしまっている事に気づく。

 ハルを含めこの屋敷の住人は、今は皆肉体もここに在るので無頓着になっているが、ミレイユは一般的なユーザーだ。日常リアルがある。


「その、皆様、お時間は平気ですの? ワタクシ、つい話し込んでしまいまして」

「うちらは平気だよー。ミレゆんは?」

「問題はありません。ですが、お夕飯には帰らなければなりませんの。そろそろ、本来の用事を済ませてしまいましょう」

「そうですね。お国の状況は、聞いておいた方がよいでしょう」

「迂闊だったわね、ミレイユ? 盛り上がってしまったわ」

「ですの……」


 ミレイユが本日ここを訪れた目的は主に二つ。国のメッセンジャーとして、そしてハルへの報酬の支払いだ。

 本来なら、最重要事項は国、つまり王子からのメッセージなのだろうが、実は、それに関してはここに来ずとも伝える事は出来る。日本の方でも交流があるルナや、もしくはハルに直接エーテルネット経由で連絡すれば良いだけの話だ。


 その為ミレイユは、ここでしか出来ない事、ハルへの謝礼を優先するようだった。


「……とは言うものの、どうしたら良いのでしょうか? ワタクシ、よく理解していないのですが」

「ハルさんに、全てお任せして大丈夫ですよ。ミレイユさんが身構える必要はないのです」

「それは、殿方に身を委ねるとか、そういった……」

「ルナ病がだんだんと移ってるね……、そろそろルナを何とかした方がいいのかな?」

「躾けてくれても良いのよ、ハル?」


 駄目そうだった。処置なしである。ハルには荷が重そうだ。


 それはともかく、どうすれば良いのかはハルも実際にミレイユのスキルを見てみないと分からない。別にハルは、相手のユニークスキルを見るだけで解析出来る能力を持っている訳ではないのだ。

 セリスの時、彼女の<簒奪さんだつ>はハルのデータベースに進入する能力であったため、自らのデータを解析する事でセリスのスキルを推測できた。


 そのセリスの姉妹であるミレイユも、類似の能力を持っているならば、同様に観察が可能かも知れないという可能性あっての事であった。

 あくまでハルの推測なので、空振りに終わる可能性も、勿論ある。


「……時間が掛かるかも知れないわね。少し、所要を済ませて来るわ?」

「あ、ではワタクシも失礼しまして」


 ルナがさりげなくハルに視線を流し、お手洗いに席を立つ。ミレイユを誘導してくれたのだろう。部屋を離れると、二人はログアウトして行く。


「アイリは? 行って来ていいよ?」

「アイリちゃん、お茶いっぱい飲んでたもんねー。おなか、たぽたぽでは?」

「大丈夫です! ナノさんが、助けてくれますから!」

「あはは、まるでプレイヤーだねぇ」

「……むしろプレイヤー以上だね。プレイヤーだって、リアルのトイレからは逃げられない」


 アイリの体内を満たすナノマシン(エーテル)は、ハルの制御により余分な水分の分解もお手の物だ。お花を摘みに行く必要ゼロの、完璧なお姫様像がここにある。

 だが、アイリが残った理由は少々異なる。アイリもまたルナと同じく、ハルのしようとしている事を察して、準備のため残ってくれた。


 すなわち、スキル解析の為の意識拡張である。


「黒曜、十二領域接続、統合スタンバイ」

「《御意ぎょいに。意識統合を開始します。休眠からの起動シークエンスをカットしますか?》」

「お嬢様のおトイレって、どんくらい掛かるんだろ。アイリちゃん分かる?」

「わたくしも、ハルさんの世界の事情はなんとも……」

「ミレイユには聞かせられない会話だね……、今はアイリも手伝ってくれてるし、暖気無しでいいよ黒曜」

「《御意に。エーテルネットとの同調開始、意識拡張、スタートします》」


 自らを俯瞰し、客観視していた“ハル”の意識は、“僕の”主観へと統一されてゆき、その意識に、広大なエーテルネットへと続く道が開かれる。

 その道を通って僕の意識はネットの海、いや、空を満たす広大な世界へと流れ出し、また逆に、その大気中のエーテルに保存された膨大な情報が、僕へと流れ込んで来る。

 痛みのイメージを伴うその激流を、僕はアイリの助けを借りながら、どうにか押さえ込むのだった。


「……ふう。やっぱり急速起動は負担が掛かるね。ありがとう、アイリ」

「お疲れ様です! 世界が、輝いて見えますね!」

「急がなくてもミレイユなら、お水を飲んでお肌の手入れをしてストレッチしてから来るから、まだ掛かるわよ?」

「ルナ、早いね。あと先に言ってね?」

「ミレゆんの生態に詳しいんだねルナちー」

「わたくし達の計算では、今日はストレッチは省略するのです!」


 ミレイユとは割と連絡を取っているルナだ。優雅なお嬢様ネットワークか。

 自身はハル所有の医療ポッドを使ってログインしている為、特に休憩いらずのルナが先に戻り、僕らは準備を整えて、ミレイユの帰還を待つのだった。





「では、始めさせていただきますの。その、お体に触れる必要があるのでしたのですわね」

「いや、内容による。まずはスキルの説明を聞きたいかな」


 休憩から戻ったミレイユに、僕らは彼女のユニークスキルを披露して貰う。

 急ぎで戻って来てくれたようで、僕とアイリの予想通り、本日ストレッチは省略したみたいだった。


「了解ですの。……ワタクシのスキルは、<宝物庫>。ハルさんもお察しの通り、HPやMPのコストを肩代わりするスキルですわ」

「それは、無制限に?」

「ええ。……制限は、あるのかも知れませんが、今のところお目にかかった事はありません。ここは、ワタクシの力不足やも知れないですわ」


 ミレイユは<宝物庫>を貯水プールに例え、また自らの体を蛇口に例えた。

 プールに上限はあるのかも知れないが、蛇口から水を出すペースでは到底使い切れない。彼女のイメージでは、蛇口を捻ると回復薬が出てくるらしい。素晴らしい蛇口だ。お屋敷にも取り付けたい。


 しかし、ここが僕とは違う所だ。僕の場合は、黄色の魔力ならHP換算で百万でも千万でも、自在に操る事が可能だ。周囲の魔力を直接食って、体力の回復も可能。

 対してミレイユは、あくまで自身のスキルのコストとして使用出来るだけらしい。体力の回復をしたい場合も、一度、回復薬を作るスキルを経由しないければ行えない。


「万能かと思ったら、意外と制限が多い」

「文句は言えませんわ。スキルであれば使い放題ですもの。チートですわ」


 僕も最初は<MP回復>の速度を維持しつつ、やりくりしてスキルを鍛えたものだ。その手間が要らなかった以上、レベルアップの初速は僕よりずっと上だったはず。非常に強力なスキルだ。

 しかし僕と違い、ミレイユの思考はひとつ。一度に複数のスキルを並列起動するのは苦手だろう。その、魔力は無限だが遅々として進まない様子を、蛇口の小ささに例えたようだ。


「そんな感じですの。……これを、どうすればよろしくて?」

「そのスキル、他人を、僕を対象にすることは出来る?」

「出来ますの。対象に触れている必要が……、あっ、そういう事ですのね?」


 お察しの通りだ。セリスの<簒奪>が、奪い取る相手に触れている必要がある事から、ミレイユもまたそうだと推測した。触れる触れる言っていたのはその為だ。


「で、では、お手を拝借いたしますの……」


 手のひら同士を合わせるように、ぴたりと僕の手に合わせてくるミレイユ。接触の仕方も、女の子によって違いが出るものだ、と何となく感慨にふける。

 笑顔で胸に飛び込んで、抱きついてくるアイリ。指をからませてがっちりと、妖艶ようえんに手を取ってくるルナ。恥ずかしがりながら恐る恐る、しかしぎゅっと強く手を上から包むユキ。

 ……胸倉を掴み上げてくるミレイユの妹セリスは、対象外とする。


「いきますの!」

「お手柔らかにね」

「……それはミレイユの手が柔らかくて気持ちいいという事かしら?」

「ハル君やらしー」

「ぷにぷになのです!」


 そうやって、ミレイユに男性との接触だと意識させるのは止めていただきたい。緊張で手がこわばってしまった。

 そんな彼女が、何とか僕を対象に取り<宝物庫>を発動する。すぐさま、顕著けんちょな反応があった。


 頭の中で何かのスイッチが切り替わる感覚。本来、HPやMPに接続されていたラインが、何処か別の世界へと繋ぎ直される。

 これでスキルの使用コストが、その空間へと担保されたのだろう。


「……なるほど、今回は分かりやすい」


 ミレイユが回復薬の貯水プールと言っていたからだろうか、意識が水中を泳ぐ様を幻視する。

 後は、その意識体を蛇口に定義するだけだ。


「その、何か問題がありまして? 上手くスキル、使えているでしょうか?」

「ああ、ごめん。試してみなきゃね。……<火魔法><水魔法><風魔法><土魔法><音魔法><防壁魔法><武器作成><防具作成><飛行><念動>、」

「お待ちになって!?」


 超、多重起動のスキルの羅列に、ミレイユが目を回す。接触している彼女にも、発動の感覚が伝わるようだ。

 しかしながら、本当にコストに問題は無い。これだけ同時に使っても。消費した体力を、次のスキル発動前に回復する必要が無いというのは非常に便利極まる。


「これは良いね。凄いよミレイユ」

「お、お気に召したようで良かったですわ……」

「ハルのする事よ。あきらめなさい?」


 目をかわいらしくグルグルしながらも、必死に手は離さないようにするミレイユに心の中で謝罪しつつ、僕はこの万能感とも言える感覚に、一時酔いしれるのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/12/28)

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