第255話 そして完成するお弁当箱
その後も、ハル達はしばらく神界で情報収集し、また用事を済ませてお屋敷に戻った。
マゼンタに、己の信徒であるカナンと会う事を渋々ながら約束させたり。神界の建物に使われているオブジェクトの作りを観察しつつ、ギルドホームの建築を整える作業をしたり。ウィストの魔道具開発局で、新しく制作可能になった魔道具を作ったり。
そうして新たに集まった視点と情報を持って、ハルは翌日に何とか、試作一号機を完成させたのだった。
それが今、テーブルの上にその姿をこれでもかと主張している。
「これが、そうですの? これを持っていれば、魔力の無い場所でも活動できると……」
「……まだ試作品だよ、ミレイユ。だから、そんな顔をしないでくれると、助かる」
「ですのね? ……その、これは、少々大きいですものね、さすがに?」
「だよねえ。これを売り出して、『さあ、みんな外に行って来い』、とは言えないね」
ラズル王子のメッセンジャーとして、お屋敷へと招いたミレイユに、ハルは今その試作機を披露していた。
着想を得てからは、完成までは早かった。特に役立ったのは二つ。まずはプレイヤーのHPMPも魔力を連れ歩く機構である事から、<HP拡張><MP拡張>で新たに魔力を溜め込む様子。
次に、魔道具開発の新素材。対抗戦でキーアイテムとなった『マーズライト』に相当する、『レム鋼』が、戦艦の浮上を記念してという名目で新実装された。それを使った“伝説の武具”が、神力の観察にうってつけだったのだ。
「しかし、プロトタイプとはいえ、この短期間でよく完成されましたわね?」
「新しく出来た魔道具の、『レムリアン・ライフル』とかがヒントになってね」
「……もうお作りになったのですね、そちらも。レム鋼すら、作れている人は少ないというのに」
ミレイユ相手とはいえ、神力の説明は面倒なのでハルは適当にごまかす。マゼンタに助言を受けた事も、話せばそれまでの経緯も語らねばならない。
さて、今までは最上位の鉱物素材だったアトラ鋼、その更に上位素材となるレム鋼が実装されたが、持っている者は限られる。ハルは未実装アイテムとして、既に素体を所持していた。
カナリー命名の、『マーズライト』という名称は残念ながらボツになったようだ。
そのレム鋼を使用した作成武具に、神力を弾丸として発射する銃器、そして<飛行>を持たずとも浮遊できる防具が存在した。対抗戦では『オリハルコン』が有していた機能だ。そちらも統合されたらしい。
その観察が、試作機作成の大きな助けとなった。
「そちら、もうお使いになられまして?」
「ああ、これを、その、背負って……、背負っていれば魔力の無い場所でも、体の周りを魔力が包んでくれる」
「そう……、ですの。重そうですわね……」
ハルが、そのひと抱えもある黒く大きな立方体を背負うと、ミレイユもまたその見た目に何とも言えぬ微妙な表情を返す。
これを持っていれば、それだけで周囲一帯を魔力でカバー出来るなら、この大きさも許せるだろう。誰か一人が、このデカブツを担当すれば良い。
しかし、これは個人用だった。これを背負って起動すると、その当人の体表にだけ、オーラを発するように魔力が保護する。
その幅わずか数センチ。完全なる、お一人様用だった。
まるで、最初期の携帯用の通信機や、コンピュータのようだとハルは辟易する。お世辞にも、携帯するのに向いているとは言えなかった。
「ふふっ、これではその、称号がまた<ブラックボックス>にでも変わってしまいそうですわね?」
「ブラック系に原点回帰、ってかい? 僕の称号で遊ぶのはもう勘弁して……」
「私も、<姫軍師>なる物にいつの間にか変えられていましたの。軍師というのは、自分では何もしないイメージがあって嫌なのですが……」
「ゲームではそんなイメージだよね」
自分は指示だけ出して何もしない人を揶揄する時に使われたりするためだ。しかし、本当に頭の切れる人に対して、敬意を込めて使う場合もある。ミレイユは当然そちらだろう。
しかしながら、ブラックボックスとは言いえて妙だ。見た目は文字通りの黒い箱。それを背負って戦う様は、想像するだにシュールである。
一応、広く発表し、希望者には試用してもらおうとは思うが、これをそのまま商品化は思いとどまってしまうハルであった。
「小型化は必須、なんだけど……」
「どうしましたの?」
「これが最小サイズ。どれも必要な機能で、抜くことは不可能だ。何かブレイクスルーが無いと、ずっとこのままだね」
「ですの……」
まるで重装備で登山に挑む山岳部隊のような格好だ。
いや実際、使徒にとって魔力の無い世界は高山以上の極限環境で間違っていないのだが。
しかしながら、ゲームで遊ぶのにこれは無いだろう。ハルは何かしらの改善策を、新たに探さなければならなかった。
*
「ミレイユさん、お待たせいたしました。申し訳ありません、時間がかかってしまい」
「こちらこそ失礼しました、アイリ殿下。突然の来訪、お許しを」
「大丈夫です! プレイヤーの皆様は、神出鬼没なものですから!」
「で、ですの……」
アイリにその気は無いが、暗に『無礼が服を着て歩いている連中だ』、とも取れる発言にミレイユがグラつく。
仕方が無いことだ。プレイヤーはゲームで遊んでいるだけである。現実同様の面会予約など、いちいち取らない。今から行っていいかと、気軽にチャットで送ってくるのが通常だ。
しかし、今回はそれとは別の意味で、アイリは準備に時間を掛けていた。
何しろこの屋敷に来るお客様は本当に久々だ。気合を入れて、おもてなしの準備をしていたようだ。得意げに顔を上気させる様子がかわいらしい。
「ミレゆん、いらっしゃーい」
「来たわねミレイユ。嫁入り準備が整ったのね?」
「ごきげんよう、ユキさん、ルナさん。ルナさんは相変わらずの切れ味ですのね……」
ユキとルナも綺麗に着飾って席に着く。優雅なお茶会の始まりだ。
いつもはハル達がだらだらするだけの空間だった応接間が煌びやかな装飾で整えられ、色とりどりのお菓子がテーブルを埋める。
女の子のための夢の空間。男の子であるハルには、踏み込むのに勇気の居る世界だ。
だが、今日は強い味方が存在する。このファンシーで少女的な世界に、電脳世界的なアクセントを加えている一品が。
「ねーハル君、それ、今はしまっておいた方がよくない?」
「そうねハル? お茶会に男の子のおもちゃは不要よ?」
「僕の心の拠り所を、さっそく排除しようとしないでくれるかな……」
少女空間の一角に鎮座する、無骨な黒い立方体。この場にそぐわぬそれを、ハルは渋々と消去した。
最後の男の子成分が消え去り、場の趨勢は完全に女の子側に侵食されてしまう。
「わたくしは、そのままでも構いませんよ!」
「ありがとうアイリ」
所在なさげにしているハルの手を、アイリが引いてくれる。ハルも、それで観念して腰を下ろした。
「私も、構いませんことよ? あの物体も、本日の主役なのではなくて?」
「いや、主賓は君だ。ミレイユも、別にあれを見に来た訳じゃないでしょ」
「ですが、興味はありますの」
「まあ、お茶うけ代わりのお話にしてもいいけどね」
色とりどりのお菓子よりも、ミレイユお嬢様は黒い立方体に興味津々だった。……いや、視線はきちんとお菓子に注がれているので、お菓子ともども興味津々だ。
メイドさんが淹れてくれるお茶と共に、そのお菓子を頂きながら、ハル達はまずあの装置について語る事にした。
「では失礼して。……その、装置が巨大化するならば、いっその事、設置タイプには出来ませんの? あの戦艦のように、陣地として」
「それはコンセプトが違ってね。まだ再現出来てないんだ」
「ですの? 固定の方が、簡単そうですのに」
「だよねミレゆん。私もそう思った。あの箱からビビビ! って魔力を吐き出すの」
直感的にはそうだろう。人体のように、複雑な動きをする物体の周囲にエネルギーを追従させるより、その場でただ固定しておく方が楽に思う。
しかし、今のハルの持つ技術ではそちらの方が難しい。
完全に出来なくはないのだが、箱は更に巨大化し、しかも周囲数メートルといった狭い範囲が限界。とてもではないが、戦いには耐えられそうにない。
ならば探索はというと、そちらもまた、もってのほかだ。数メートルの範囲を探索するのに、いちいち超巨大な箱を持ち歩くのだ。無理筋が過ぎる。
「あの小さな箱は、僕らプレイヤーの身体に付属してる機能を使っててね」
「小さな?」
「シャラップ、ユキ。あれでも小さいの」
「私たちのHPMPも、魔力を持ち歩いている事には変わりない、という物ね?」
「そう。その機能を、外側から補強してやるのがあの箱。おまけでHPMPも増えるよ。僕らの、機能拡張パックだね」
「プレイヤーの皆様の、お弁当箱なのです!」
それはランチパックだ。まあ、箱の中の食事を補給して、外出先で長く活動できる、といった意味では合っているとも言える。
「魔法を使うと、当然、周囲の魔力を食うから、その都度お弁当箱の中身を補充してやらないといけないのがネックだね」
補給にはNPC用の回復薬を利用する。これもまた、金銭的に問題な部分だった。
プレイヤー用の、通常の回復薬では、本来の体力までしか回復しない。拡張部分は、プレイヤー外にも作用する物でなければならなかった。
ハルであれば<魔力操作>で強引に補充が可能だが、商品として成立させるには、一般的な方法はそれしかない。
それを聞くとミレイユも、NPC回復薬の値段を思い出して、顔を上品にしかめるのだった。
「……それは、箱の大きさ以上に痛いですわね。一気に、使用に現実感が遠のいた気がします」
「だから試作機なんだよね。現状は、とりあえず“外に行けるようにはなった”に過ぎない」
「最初の一歩なんてそんな物よ? 胸を張りなさいハル」
「ですわね。失礼な事を言ってしまいました」
「いや、これで絶賛されても困る。僕と、ミレイユくらいだろう。これを実用レベルに運用可能なのは」
この地にある魔力を無尽蔵に使用できるハルと、別次元から無尽蔵に魔力を調達できるミレイユ。
その似て非なるユニークスキルを持つ両名くらいにしか、この制限だらけの試作品を使いこなすのは不可能だろう。
「そうですわ。今日はそちらの報酬をお支払いに、参った所もありますの」
「寝室は二階よ?」
「ルナさんは何か、勘違いをなさっていますの……」
「スキルの話でしょう? 勘違いではないわ。ハルが相手のスキルを解析するには、体を重ねる必要があるのよ?」
「ですの!?」
「“接触させる”、必要だね。絶好調だねルナは……」
ミレイユの所属する藤の国の軍を、戦艦へと導くためハルが手伝いをした、その報酬だ。彼女の待つユニークスキルを、調べさせて貰える事になっている。
ただ、これは特に強制する気は無く、彼女がもし嫌がればそれはそれで良いとハルは思う。
「その……、ルナさんが事あるごとに、ハルさんに女性を宛がおうとするのは、何か重要な意図がありますの?」
「……そうね、不快だったなら謝るわ」
「いえ、全く問題はありませんの。ただ、少し気になりまして。ルナさんの事ですから何か重要な戦略がおありなのかな、と」
「大した事ではないわ。『良家のお嬢様コレクション』を続けていけば、いずれハルが世界を牛耳れると思っただけよ?」
「大それた計画すぎますの!」
「うわぁ、ルナちー何その不敬すぎるゲーム。ルナちーのとこの新作かな?」
「わたくしも、コレクションされちゃいました!」
少し、最近は露骨だったかも知れない、ルナの態度は。ルナ自身もそれを自覚したようで、冗談で流す事にしたようだ。
このあたりは、実は昔から変わらない。通常、伴侶となる男性は独占したがるものなのだろうが、ルナは積極的にハルの相手を増やそうとしてきた。アイリの時が顕著だ。
ルナはこの話を続けたくはなさそうなので、ハルも話題の転換に協力することにした。
「まあ、スキルに関しては後でいいよ。今は女の子たちでお茶会を楽しめば」
「おっとハル君、逃げる気かな? 逃がさないぜ?」
「そうですの。ハルさんが居なければ、装置の話が出来ませんの」
「いや、ここの空気はちょっと甘すぎて……」
少女様専用の空気の中、肩身の狭いハルだ。
だが気を使ってくれているのか、お茶の合間に興ずる話題はハルの専門を選んでくれるらしい。
スプーンひと匙の少年成分。
「中継器を置いて、魔力を国境の外まで引いて行けませんの?」
そうして再び技術交流のお茶会が再開した。
ミレイユのアイデアはなかなか面白い。彼女は魔力を酸素に例え、パイプラインのように細く外まで伸ばして行く発想のようだ。
プレイヤーはそのラインにへその緒のようにケーブルを接続し、魔力を補給する。
工事と保守の手間が必要になるが、掛かるコストは安く済ませられるだろう。
ソフィーが日本で暮らす町のように、道路状にしても良い。
あの町は、道路の中に、住人が何時でも給電可能なように電気が通るエネルギーラインが張り巡らされていた。発想はそれと同じだろう。
そうして、思ったよりもずっと技術開発に積極的だったお嬢様と、華やかなお茶会は続いていった。




