第253話 距離を縮める国と国
「なるほど、貴公は相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
その後、ハル達はカナンを送り届けながら、ヴァーミリオンの王城へとお邪魔していた。国主であるクライス皇帝がわざわざ出迎えてくれる。
城は既に冬支度が始まっており、来たる厳しい季節に備えて皆が足早だ。この国の冬は厳しいと聞く。
「もちろん褒めているとも。その研究が上手くいけば、まさに画期的であるゆえ」
「君らの国外探索もはかどるかな?」
「うむ……、しかし、その流れが歓迎できるか否かは、また話が別だがな」
「神と融和するのであれば、外になど目を向ける必要はありませぬ」
難しい顔をするクライスと、強く否定するカナン。
国の活発化としては、国外、魔力の外への遠征が活発化するのは歓迎なのだろうが、長期的な視点では問題もある。少しずつ、以前のように神の加護を取り戻すという面では、もうこれ以上、国外になど目を向けて欲しくはないだろう。
「……そういえば、あれからどう?」
「カナン達が、神の船から帰還してからですね。お変わりございませんか?」
政治的な話だ、ハルの言葉不足をアイリが引き継ぐ。
戦艦イベントが終わり、ハルは役目の終わったカナンをここ王城へと送り届けた。その際、上層に眠っていた銃器もその大半がこちらへ移されている。
一部は、カナンの判断で赤の契約プレイヤーへと渡ったようだ。
「ああ、変化は大きかった。あの銃という代物、中々に使い勝手が良い。貴公の世界の物であったな」
「……うん。使いやすさに関しては、それはもうお墨付きだ。ただ」
「む、どうした?」
「いや、人には向けないようにね」
それはもう、銃に関しては歴史が違う。様々な試行錯誤の末、生き物を殺す為に最適化され続けてきた物だ。
この地の彼らに対して歴史の長さを語るのは、ともすれば嫌味になるので口には出さないハルであるが。
……まあ、中には輝かしい進化だけではなく、『何を考えてこれを作った?』、という迷銃も多分に含まれているが、戦艦内部に眠っていた物はいずれも前時代の末期における、洗練された使いやすい物ばかりだ。
「カナンも、お気に入りなのですか?」
「はい、アイリ様。何より、神々に生み出された遺物という点が大きゅうございます」
「なるほど、プロパガンダ的にも、都合が良いのですね」
「王女よ、そやつは単に、神の生み出した物を身に着けていられるのが好ましいだけだ」
「まぁ」
「せ、政治にも役立ちます!」
カナンの腰には拳銃タイプの銃器が装備されていた。実用性を重視しながらも、見せびらかしたい感情が見え隠れする、そんな少し豪華な固定具に収納している。
彼女にとって、いやこの国ヴァーミリオンにとって、この銃器はまさに天啓のような存在であった。
国の政策として重要な位置にある『遺産』、結晶化した魔力で作られた武器であり、しかも神によって作られた物だ。
国の方針を崩す事無く、しかも神との協調をアピール出来る。まさに天から降って沸いた、冴えたやり方であった。
「実際、先の暴走事件で遺産に疑念が出てきた所に、神の作りたもうた遺産が出てきたのだ。飛びつく物も多かった」
「危険な粗悪品が出回っていた中に、メーカー保障の純正品が乗り込んで来た訳だ」
「ハル君ハル君、それぜってー伝わらない、ぜ?」
「まあ、言いたい気持ちは分かるわ……」
「ふむ……? しかし、追い風であるのは確かだ。物が遺産である故に、文句を付けたくとも付けられない。そんな、苦虫を噛み潰したような顔をよく見るわ。ふはは!」
遺産は今まで、神から決別するための旗印の役目も担っていた。
神が居なくとも、自分たちは遺産があればやっていける。その理屈が、政治的理念の骨子が、根元からぐらついている。反神の勢力は面白くあるまい。
しかしながら、ハルとしては良い面ばかりではない。
ハルの計画としては最終的に、この地の人々から遺産を捨てさせる事をもくろんでいた。だが今回の銃器の出現により、その完全な排除が難しくなった。
確かに、出自の不明な遺産を捨て、神が手がけた銃器を手に取る者は増えるだろう。しかし、それは一部で、遺産を肯定してしまっている。
純正品があるからといって、旧来の物が完全に不要にはならない。むしろ、“半、純正品”としての立ち位置を確立してしまう懸念もあった。
本物ではないが、しかしこれも、神の武器の亜種には違いないと。
「……まあ、どうにもならなくなったら、その時は僕が空から『遺産破壊ビーム』を国中にバラ撒いて回れば」
「貴公は急に何を言い出すのだ……」
遺産は結晶化技術の産物、つまりは殆ど純粋な魔力で出来ている。
それは<魔力化>をかけてやることで、無抵抗で空気に溶けてゆく。強引すぎるが、そうした最終手段があると思っておけば、気分的に余裕の出来るハルだった。
当然ながら、スマートな解決とはほど遠い。多くの人間の関わる事だ、少しずつ、変えていくしか無いのだろう。
◇
「それ以外では、我との謁見を望んでいる者が居るとの事だったが」
「ああ、魔法大国の王子様だね」
「わたくしとハルさんの、結婚のお祝いに来てくださった方です。クライス陛下も、お会いになったはず」
「うむ。言葉を交わしたな。中々、したたかな者であったと記憶している」
「婚約者のセリスちゃんが大立ち回りした後でも、しれっとしてたしねぇ」
ユキが当時の事を思い出して笑う。思えば、あの場の者たちは王子に限らず皆たくましかったように思う。
礼節を取り繕いながらも、その反面、恥も外聞もなく。そう評しては、必死に貴族社会を生き抜こうとしている彼らに失礼だろうか? しかしハルの目には、そんな様子がなんとも奇妙に映ったものだった。
「カナンから、神の船についての報告は受けた。我が国だけにあらず、この世界が大きく動こうとしているのであろうな」
「そうだね。使徒と関わるだけじゃない。神によって、強制的に国の距離が近くされたようなものだ。王子に限らず、何か危機感を覚えた者も多いはず」
戦艦の強力な力、圧倒的な速度。もちろん、それを目の当たりにしたせいもある。しかしそれだけならば、まだ神の奇跡の範疇だ。神なのだから、強くても、仕方ない。
しかし実際のところ問題なのは、それによって齎される副産物だろう。
このヴァーミリオンの国であれば銃器。商業の国であれば、転移石に目を付けただろう。NPC用の回復アイテムも地味に重要だ。瑠璃の国のアベル王子は、なにやら魔力を貯めたがっていた。
そういった神のアイテムは、今までの常識をまるごと変えてしまう一品だ。
そして、その自由さである。国境を無視して飛び回る船を、どの国だろうと止める事は適わない。神の行う事だ、人が文句など付けられようか。
そして彼らは、そこに便乗する。神の威光を傘に、世界の距離を縮めてしまうのだ。
「それこそ、君とラズル王子の謁見が成立したら、戦艦内で行う可能性は高いんじゃない?」
「であるな。その者らをこの地へ招き入れるのは、今はまだ、ちと難度が高かろう」
「鎖国中だもんね」
「我が出向くのも、反対する者が多くてな。他国に阿るのかと。単純に、距離の問題もある」
ここヴァーミリオンは北端、ラズル王子の藤の国は南端。非常に距離がある。
当然、その場合はハルがまた<転移>で連れて行くが、何度もぽんぽん<転移>して、それが明るみに出た時が面倒だ。
ならば、公式でNPCにも転移が可能な戦艦を会場にしてしまえばいい。
今までであれば実現不可能だった様々な事が、そうして選択肢に入る。あの戦艦の登場は、この世界にとって革命的であった。
「そういった、神の力の恩恵に預かろうと、融和派に付く者も増え始めている。現金なことだ」
「まあ、良いんじゃないかね、現金でも。元々、信仰の始まりは実利ありきだし」
これは何も、この世界の事だけではない。信仰の起こりは地球の物でも共通の所は多い。
何をしてはいけない、何を食べてはいけない。現代では首を捻る物も多いが、それはその土地その時代では危険であったため。
善い行いについても同様だ。現代の価値観に合わなくとも、当時はメリットがあった。そういった、即物的な現金さから始まった信仰は多く存在する。
「……ハル様は、我らの信仰の始まりを知っていらっしゃるのですよね」
「ああ、あの船の神様に聞いた。君も、会うのを目指してみると良いよ」
「はっ! 必ずや、この地に歴史の真実を持ち帰ってみせましょう」
「気負わないでね?」
そして、あの船の利点のもう一つ。特にこのヴァーミリオン帝国にとっての大きな真実。
モノの持つ、この世界の国の起こりのデータ。神が古代の世界を滅ぼしたのではないかと疑うこの国にとって、爆弾とも言える情報だった。
◇
「モノちゃんが君らと会ってくれれば解決なんだけど。彼女、気まぐれでね」
「ハル様、お気になさいますな。それは、我らが勝ち取るべく真実」
「まあ、発表の際は証拠が要るしね。僕らも彼女の口から聞いただけだし」
神を疑う人間を説得するのに、『神が語った』、では納得すまい。映像記録など、決定的なデータを戦艦のデータベースから引き出さなければならない。
ハルによる解析は難航しているので、カナン達にはぜひ正規ルートで頑張ってもらいたい。
「時に貴公、今日の実験とやらは成功したのか?」
情報交換がひと段落し、クライスが最初の話に話題を戻す。
ハルは、この地の特産の甘い焼き菓子を口に入れつつ、苦い顔をする。
「いや、どうもまいったね。分かった事はあるけど、再現が出来ない」
「も、申し訳ありません、あれだけの神の薬をご用意いただきながら、お役に立てず……」
「いや、僕が実力不足だったんだ。それに気にする事は無い、カナンの体から流れ出た魔力は、この地に吸収されて行った」
「は、はあ……」
「国境、少し広がったんじゃない?」
「ふははは! それはまた、お手柄だなカナンよ!」
「陛下まで、からかいなさいますな……」
まあ、この国全体の魔力に対して、今回使った回復薬の量など些細な物だ。一ミリも変動は無いと思われる。
「それに薬はまだまだ大量にあるしね」
「またハル様はそうやって……」
「ふははははは! 確かにこれは見ものであるな!」
これ見よがしに部屋の床に、じゃらじゃらとNPC回復薬の小瓶を積み上げてゆく。
元々、クライスに渡しておこうと思っていた物だ。銃器と同じく、分かりやすい神の恩恵として国の重鎮を説得する材料となるだろう。
こうして渡し方にインパクトのある演出をしたい、という気持ちは大目に見て欲しい。
「こういう時のハルは、なんだか子供っぽいわね? 好きよ?」
「確かに。王子ん時もハル君そうだった。自分のコレクション自慢したいというか」
「かわいいのです!」
「言われているぞ、ハルよ?」
「ぐっ……」
確かに、これでは男友達にコレクションを自慢する子供だろうか? しかもその例がどれも王族だというのがタチが悪い。
女の子たちの生暖かい瞳に押されそうになるハルだが、なんとか気持ちを持ち直す。
ハルが嫁にやりこめられているのを見て、ニヤニヤと表情を崩すクライスも、また似たようなものだとカナンに諭されていた。
クライスも、何となく、最初の頃の貼り付けたような鉄面皮が和らいで来たようにも思う。
「……まあ、それは、あげる。……上手く使うように」
「ああ、感謝するぞハル。ある意味でこれは、銃よりも明確な“実利”である。垂涎ものであろうよ」
銃はここ最近の遺産に対する不安のカウンターにはなっただろうが、所詮は代用品だとも言える。
それに対し回復薬は、汎用性が高く、使い道はあらゆる分野に及ぶ。こちらにこそ、目の色を変える者も居るだろう。
「して、打開策は見つかりそうか? 我も何か支援できれば良いのだがな」
「んー、そうだね……、コトが<神力操作>だから、何を参考にすればいいのか。ちょっと詰まってる」
一応、先ほどの実験において発見はあった。カナンが地面から回復薬の小瓶を拾わなくても済むように、ハルが<念動>で手元まで持ち上げていたのだが、<念動>は魔力の無いゲーム外にも問題なく届いた事だ。
しかしながら、<念動>の起動には魔法以上にMPを消費するため、解決策には繋がらない。
「神の力なのですよね? ならば神々に聞くより他、無いのではありませんか?」
「まあ、そうなんだけどね。でも答えてくれるかなあ……」
カナンの言うことは最もだが、神様達は秘密主義、というよりゲームの仕様については運営として口が堅い。
とはいえ、やはり地上であれこれやるよりも、これ以上は神界に突破口を求めた方が良いのかも知れない。
カナンに会わせると約束したこともある。ハルは、この<神力操作>を手に入れる切っ掛けとなったマゼンタに、話を聞いてみようかと考えるのだった。
※誤字修正を行いました。




