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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第8章 セージ編

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第252話 魔力のお弁当箱を抱えて出かけよう

 結果から言って、第一回のレイドボス討伐は失敗に終わったようだ。

 別に、これ自体は大規模ゲームとしては特に珍しくはない。まずは様子見で当たってみて、モンスターの傾向を把握し、作戦を練り直し、次で仕留めにかかる。そうした流れは多く見られる。


 違う部分があるとすれば、その“次の挑戦”までに時間が掛かる所だろうか。

 戦艦を動かさなければならない関係上、敗北後すぐに再挑戦! とはどうしても出来ない。魔力の補給や、破損箇所の修復、それらの時間も、リアルタイムで必要とされる。

 回復薬を使用すれば、HPMPの数字が回復してすぐに全快するキャラクターのようにはいかない。


 他で良くあるパターンとしては、負けてもすぐに再挑戦可能。場合によっては一日一回の挑戦制限があり、また翌日、となったりもする。

 稀に、その制限が週に一回、という特別感ある物も存在するので、当てはめるならばそれに近いか。しばらくは皆、準備と強化に当てるしかないようだ。


「あとは人集めだねー。これが一番キツいかもね」

「そうだね。僕はあまり、こういうの集めた事ないけど」

「わたしもだ。ハル君が集めれば、鶴の一声で集まるんじゃないの?」

「ユキだってそれは変わらないでしょ」


 今回は初回ともあって、参加人数自体は十分だったように見える。だが、その数ゆえに連携があまり上手く行っていなかった。

 レベルが低く不慣れなプレイヤーも、足手まといではないが活躍も出来ていない、といった印象だ。数の力を生かす前に、範囲攻撃の餌食になって、まとめて薙ぎ払われてしまっていた。


「よほど上手く呼びかけないと、次の参加者は減るでしょうね? ……ダレるわよ、下手すれば」

「ルナちー、きーびしー」


 壮大な遠征、大規模な戦いであり盛り上がりは大きいが、反面ゲーム的な手間カロリーが高い仕様と言える。

 自身もゲーム運営も手がけており、こうしたイベントの企画にも普段から頭を悩ませているルナの判断は、そのあたりシビアだった。


 お祭りとしては、一度参加すれば満足。攻略としては、倒せるのが何時になるのか分からないのは次第にやる気が失せる。

 そして何より、毎回時間を合わせられるとは限らない。初回だから無理して参加したが、『次は別に良いか』、となりがちだ。


「ゲームが盛り下がるのは望みでは無いでしょう? ハル、なんとかしなさい」

「えー、良いんじゃないの? マズかったらカナリーちゃん達がなんとかするって」

「流石はカナリー様なのです!」

「そーそ。それに、今は大して活用されてないギルド機能が、これで活性化するってルナちー」

「……確かに、ギルドは半分死に機能よね?」


 イベントの続きの様に始まったので、多くの者はそのまま流れに沿って参加したが、これはいわばエンドコンテンツだ。やり込み要素、第一線の要素。全てのプレイヤーに必須のコンテンツではない。

 反面、こういう物を攻略するのに熱を上げる者も一定数おり、そうした者達の活躍の話題がゲーム全体を引っ張って行く事にもなるのだった。それらの者がギルドを組んで攻略するだろう。


「シルフィーのような人が軍配ぐんばいを振るえば、とは私も思うのだけれど……」

「シルふぃんはファンクラブの会長さんだもんねー。やんなさそう」

「ハルさんやユキさんは、大群を指揮したりはなさらないのです?」

「私はその大群と戦う方が好みだしねぇ」

「僕もそうかな。もっと言うと後ろから刺す方が好み」


 ハルもユキも、個人のプレイを極める方が好みであって、多くのユーザーを率いるために軍配を振るうのは好んでいない。

 そういう意味では一番の適正があるのがルナなのだが、彼女は彼女で、見た目どおり大人しい。そういった積極性には欠けていた。


「ま、今回は相手が悪かったのもあったかもねぇ。硬い相手に大人数だと相性が悪かった」


 ユキの言うように今回のボスは、地に足を付けたドラゴンで、いわゆる地竜といった見た目。

 どっしりと大きく、動きは鈍いが外皮が硬く、脆弱な攻撃は受け付けない。レベルの低いプレイヤーは、その装甲を抜く事が適わなかった。


 停泊地である戦士の国、瑠璃るりから最も近い事も関係しているのだろうか。軟弱な有象無象うぞうむぞうよりも、その佇まいは強者を求めていた。

 ならば、熟練プレイヤー達が連合ユニオンを組み、その実力をいかん無く発揮すれば勝利は掴めるだろう。人数は今回のように百人も二百人も必要ない。


 逆に、数を揃えないと、どうにもならないボスもまた居そうである。

 このまま対地竜の戦略を詰めて行くか、それとも多人数の戦略が通用しそうなボスに標的を変えるか、次の投票結果を見るのも、また面白そうだった。


「僕は僕で、外に出るアイテム作らないとかな」

「でもさー? あの様子だと、ハル君がアイテム作った所で、勝負になんて成らないんじゃない?」

「……確かにそうね? 戦艦の砲撃ありきなバランス調整だもの」

「単に、外に出られた“だけ”では、蹂躙じゅうりんされに行くようなものですね!」

「まあ、それは確かに」


 彼女たちの言うことも一理ある。仮に、魔力を外に持ち出せるアイテムが開発できたとして、それを有効活用できるかは別の問題だ。

 今回の戦いの様子を見るに、レイドボスとの戦闘が優勢、せめて拮抗した内容に運べるようになるには、まだ時間が掛かるだろう。

 であるならば、そんなに急いでハルもアイテムの開発をせずとも良いように思う。


「ハルさんがボスを倒したいだけならば、アイテムなど必要ありませんし」

「そうね? 現地に行って、体からこの地の魔力を放出すれば、それだけでフィールドの完成ね」


 その通りなのだ。ハルならばボスの所まで飛んで行って、<魔力操作>でその場に魔力を配置してしまえば良い。


「……だけど、それすると、『どうやってそこまで行ったんだ』、って話になるから」

「やっぱし、最低限でも形にするのは必要かー」


 一瞬、身を乗り出したユキが、ぽふり、とソファーに身を沈める。

 どうやら戦艦に同行はしなかったが、巨大ボスと戦ってみたい気持ち自体はかなり高いようだ。そんなユキの為にも、試作品程度でもアイテムは完成させてみようと思うハルであった。





「そもそも、変な話ではあるけど、魔力の連れ歩きを作ろうと思ったのはボス討伐の為じゃないしね」


 戦艦が浮上する様子を<神眼>で観察し得られたデータを参考に、ハル達はまた模型を浮かべて遊び、もとい実験を始める。


「ボス討伐しようぜハル君。私ら使徒の存在意義だ」

「攻めてきたらね」

「今はとおくに居るだけなのですよね。攻めて来る事もあるのでしょうか?」

「何回か戦艦でちょっかいを掛けていたら、こちらに向かって来るかも知れないわね?」

「まぁ……」


 アイリが口を押さえる。モニター越しに見た地竜は巨大だった。あんなものが町まで移動してきたら、甚大な被害が出てしまうだろう。

 神様が、そんなNPCをいたずらに危険に晒すような真似をするとは思えない。だが、危機感を煽る為に、何度か失敗したら怒って移動を開始する、という展開はあるかも知れない。


「……それで、ボス討伐の為では無いならば、何の為かしら?」

「“世界の果て”を見てきて貰うのですね!」

「そこまでは言わないけど、“ゲーム外”に興味を持って貰うのは良いことかもね、って」

「もう隠せる段階じゃないしねぇ」


 ハルはセフィに課せられた誓約により、世界の端を塞ぐ見えない壁、そこに近づくのを禁止された。

 しかし、だからといって諦めるつもりはない。ならば誓約の無い他の者に、とは言わない。危険が無いとは言い切れない為だ。

 しかし、多くのプレイヤーがゲーム外へ進出する事により、何か化学反応が起こらないかは調べて見たかった。


「ゲーム外に家を持ちたい、って意見が特に面白かったね」

「今ならば、個人宅を優遇してくれる国も出てきそうではありますが?」

「そうだね。でもさアイリ、僕ら使徒はゲームをしてる、って認識なんだ。自分で開拓して、自分で家を建てて、ってのに憧れる人も多い」

「まぁ。……それは、対抗戦の時にお城を作るような感覚でしょうか?」

「それに近いでしょうねアイリちゃん」


 そうしてゲーム外に居を構えて、そこを拠点として、そこで生活を続けたらどうなるのか。ハルとしてはそこにも興味があった。

 プレイヤーが居る事で、徐々に魔力圏が拡大して行ったりするのだろうか。


 そんな事を考えながら、ハル達は模型で遊ぶ。

 <神眼>により分かったのは、あの戦艦を浮かべているのは既存の魔法とは異なる技術だと言う事。魔法を発動するための式も、その為に流れる魔力の移動も観測出来なかった。

 いつかモノが、あの戦艦は魔力的に省エネであると語っていた。それは確かな事実であるようだ。さすがに魔力を一切使わない訳ではないが、それは単に呼び水。起爆剤イグニッションとしての役割に留まる。

 巨体を空に浮かべているのも、強力な砲撃をしているのも、魔法とは別の現象だ。


「でもそれが何なのか分からないんだよね……」

「やはり間近で、頭良くなってじっくり見るべきでしたね!」

「今みたいにかしら?」

「戦闘もしないでね。それは、ちょっとねぇ……」


 今、ハルはアイリの現地人としての第六感を借りるため、彼女を膝に乗せて密着している。

 アイリの言う『頭良くなって』は、ハルの思考領域の統合と意識拡張の事だ。それに関しては、今は行っていない。


 特に接触は必須ではないのだが、こうして、ぴたり、とくっつくと何となくアイリの感覚が伝わりやすい。

 戦艦のエネルギーを観察する為、戦場でふたり、こうしてイチャイチャしながら戦闘の様子を眺めるのだ。……喧嘩を売っているとしか思えないだろう。


 アイリが『飛べ~、動け~』、と模型に手を掲げて念じ、ハルがその際に生じるエネルギーを読み取り、あわよくば<神力操作>で再現する。

 そのつもり、ではあるのだが、戦艦のミニテュア模型はぴくりとも動かず、ただ単にアイリがかわいいだけの状態になっていた。


 しばらくそうして遊んでいたが、今日はずっと何の成果も得られていない。そろそろ、別方面でのアプローチが必要になるだろう。





 そうしてハル達は、気分転換も兼ねて実験場所を外に移す。あのまま続けても、きっと進展は無い。いちゃいちゃしているだけだ。


 場所はおなじみの赤の帝国、ヴァーミリオンの国境付近だ。あと一歩で魔力圏ゲーム外、という所まで皆で転移してきている。

 そして、ハルとアイリたち以外にも、ここにはもう一人の姿があった。


「悪いねカナン、急な呼び出しで」

「いえ、貴方様がたのご用事に勝る仕事など、あの城の中にはありませんので」


 相変わらず、国政に対して辛辣しんらつな、マゼンタの信徒カナンにも協力してもらう事にした。

 とはいえ彼女も割り当てられた仕事があるだろう。それを遅らせてしまう埋め合わせは何かせねばなるまい。

 マゼンタに会わせる、という彼女との約束もまだ履行していないのだし。


「して、本日はどのような? ここは、我が国の国境、でしょうか? 相変わらず凄いですね、ハル様の転移魔法は」


 真面目な彼女だ、すぐに本題に入る。報酬の話など切り出そうという気すら無いのだろう。それに甘えないようにせねばならない。


 カナンを連れて来たヴァーミリオンの北端は、晴れてはいるものの、既に秋も深まったような肌寒さを感じる風が吹いていた。この地は他の国よりも平均的な温度が低い。

 ハルは部屋着のまま連れ出してしまった彼女の周囲を暖めつつ、実験の説明に入る。


「今、この神の加護を越えた先に魔力を持ち出す実験をしていてね」

「それに、カナンも協力して欲しいのです!」

「僕ら使徒じゃあ、正確なデータが取れなくてね」

「光栄です! ……しかし、アイリ様では何か不都合がおありなのでしょうか?」

「ええ、わたくしでは少し」


 アイリはハルとの繋がりを通して、魔力も流れて行ってしまっている。今回のデータを取るには向かなかった。


 今、ハル達がやろうとしている事は、言ってしまえば簡単だ。NPCの体、つまり人体を通して、魔力を連れ歩けないか探ろうとしているのである。

 NPCの彼らは、魔力圏外に出ると、徐々に体内の魔力を周囲に放散してしまう。

 しかし、放出される、という事は多少なりとも連れ出せてはいるのである。完全では無いが、人体にも魔力を固定する機能があるという事だ。


 その事を、カナンに説明していった。


「……なるほど。しかし、抜けるのは本当に一瞬の事だと聞いています。ハル様の観察眼を疑う訳ではありませんが、難しいのでは?」

「大丈夫。その為にこれを用意してきた」

「…………えええぇぇ」


 ハルがアイテムリストから取り出したのは、転移石と共に、戦艦ショップで新しく実装されたNPC用アイテム、NPC用の回復薬だった。

 美しく輝くガラスの小瓶状のそれは、ウィンドから取り出す事で実体化し、カナンにも使用可能になる。

 それを彼女の足元にうずたかく積み上げる。あまりの多さに小山となったその量に、常に冷静な顔を崩さない、出来る秘書カナンの顔も引きつっていた。


「減った端から、これで回復しよう」

「相変わらずハル様は、やる事のスケールが違っておられますね……」

「君の言う通り、経過を観察するにはこのくらい量が無いとね」

「しかし、これだけの量、どこの国でも欲しがりましょう。売り込めば相当な金銭を得られるかと」

「大丈夫。まだあるから」


 追加でビン山の標高を積み上げてみた。カナンは処置なしといった風に額に手を当ててしまった。ナイスな反応だ。ハルはいたずらが成功したような喜びを覚える。


 しかし、遊んでばかりも居られない。カナンも流石の切り替えで、すぐにゲーム外へと歩を進めてくれる。

 分かっていた通り、彼女のステータスからはすぐにMPが抜けてゆく。一方、HPの減少は比較的ゆっくりだ。ゼロになっても死なないのはこの国の兵士が証明しているが、少し心臓に悪い。どんどん薬を使ってもらおう。


「アイリ、分かる?」

「はい! こちら側、魔力圏に向かって引き寄せられているようですね」

「そうだね。……集まった魔力は、引力を持ってる、といった感じか?」


 忙しそうに次々とビンの蓋を開けるカナンと、その体の回復した端から流れ出る魔力。ハル達は、しばらくその様子をじっと観察するのだった。

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