第251話 楽しいお屋敷の実験室
戦艦の動向が知りたくなり、ハルは掲示板を覗いてみたが、皆も明確な方針は決まっていないようだ。
これは、強力な決定権を持つリーダー的存在が、プレイヤーではなくNPCと深く繋がっていることが、大きな原因となっているようである。
大半の者は少量しかポイントを持っていないので、よほど全員で意思統一でもしない限り、決定を左右するには至らないのだ。
「……あとは気になる事いくつかあるけど、まずは」
「はい! この<称号>ですね!」
「アイリから見て、特に変わっては見えないかな?」
「ですね。わたくしが称号の表示に変化を感じられたのは、<ブラックカード>の時だけでした」
最初の異名がハルに付いた時だ。……正確には、最初は<火星人>であるのだが、それはアイリの目に触れずに済んだので別に良いだろう。
アイリの感覚によれば、称号欄に<異名>が付けられたプレイヤーは特別な存在として感知される。
しかし<異名>の内容それ自体に何か感じる物は無いようで、<ブラックカード>だろうが<魔皇>だろうが<亜神>だろうが、感じ方は同じのようだ。単に文字列の違い、それだけである。
「亜神剣とお揃いですね!」
「そうだね。少しは剣に相応しい男になれたのかな?」
「もちろんです! でも魔王様も、カッコよくて捨てがたいのです!」
またNPC達の反応が気になる所だが、まあ使徒は元から半神のようなものだ。<王>を騙るよりもマシかも知れない。
今はアイリの言う通り、亜神剣とセットになった事を喜ぶべきだろう。
「となるとこいつも、強化してやらないとかねえ……」
ハルはアイテムリストから『亜神剣・神鳥之尾羽』を取り出して眺める。
絶大な切れ味を有する強力な武器だが、その薄さゆえ耐久性に難があった。敵に刃を通せば、その敵もろとも自身も砕け散り、敵の剣を受け止めるにはまるで適さない。
最近はカナリーの『神剣カナリア』を借りる事が多く、ほとんど完全な下位互換と化していた。
消費魔力と、装備スピードが勝っている程度か。しかしそれも、ハルの持つ膨大な魔力量の前ではほぼ誤差だ。
「まあ、今はそれよりも他のアイテムだよね」
「プレイヤーの皆様から出された、課題なのです!」
徐々に、“ゲームの外”に対する認識が浸透してきたプレイヤー達を導くべく、ハルはその為のアイテム作成を約束した。
しかし、これは今までと違い、作れる保障も道筋も存在していない。
だがしかし、今後の事を考えれば、必ずハルの手で操れるようにならないといけない、そんな課題であるのだった。
*
「それで、手がかりは有るのかしら?」
「そーそー。しかもさ、『結晶化』や『クリスタル』の事もあるのに、またタスク増やしちゃって大丈夫?」
すっかり家族のくつろぎの場と化してしまった応接間に、ルナとユキも交えて集合する。
これから試作品を作って行くのだが、未解決の仕事を増やしすぎてしまっている、と二人から忠告が入ってしまった。
「結晶化については、これとも無関係じゃないさ。連鎖的に何か分かるかも知れない」
「クリスタルは?」
「……そっちは、またこんど」
「あ、逃げた」
「逃げたわね?」
「苦手意識なのです!」
……ハルとて、あらゆる強敵や困難に果敢に立ち向かう勇者ではない。勝てない時は逃げる。そして勝てるようになってから挑む。
つまりはレベル上げである。ロールプレイングの鉄則である。何ら、恥じる事は無いのである。
この苦手意識を、どうやったら克服できるのか、という問題は存在すれども。
「まあいいわ? 何か分かるって、具体的にはどう分かるのかしら」
「……ああ。現状、ゲーム外、魔力圏外に魔力を連れ歩けるのは、モノちゃんの戦艦しか存在しない」
「その戦艦が結晶化の技術を使っているので、無関係ではないはずなのです!」
「お、モノちゃんの身体に聞いちゃう?」
「調教物ね? 記録は任せなさい?」
「……とりあえず、それはまた今度」
内部の解析はひとまず保留だ。だが、今分かっている事を整列して行くだけでも、それなりに多くの事が明らかになっている。
「まず、魔力を連れ歩く精度はかなりの物だ。牽引ではなく、完全な同期と言って良い」
ハルは戦艦内を、黄色の魔力で一部侵食している。
その侵食位置の様子から、どのように魔力を連れて行っているかが推測できるのだが、その精密性は非常に高いものがあった。
ある部屋の中、装飾として埋め込まれた小さなワンポイント。それに合わせる様に魔力侵食を行ったが、あの雲を貫く高速飛行の際も、全く位置がズレること無く、装飾に重ね合わせたままであった。
これは、紐で引っ張るように、魔力をくくりつけて移動する方式では有り得ない。
戦艦は、周囲の魔力まで含めて、固定された一つのオブジェクト。そう考える事が出来るのだ。
「ふむふむ。……そんで、それが分かると、どうなるの?」
「何らかの力で魔力を引っ張る、なんてやり方は、やる前から間違いだと除外できる」
「うーん……、解決にはならないんだねー……」
「研究なんてそんなもんさ。実験手順が大幅に絞り込めるだけでも儲け物だよ」
まあ、これには落とし穴があり、“実は最初に切り捨てた方法こそが正解だった”、という事もまた、ありがちなのだが。
それでも、闇の中手探りで進んで行くよりはずっとマシだ。間違いだと分かる事も、また重要。
ハルが結晶化で作り出した、戦艦のミニチュア模型を弄くりながら、ユキがうんざりした様子でぼやいていた。
こういった地道な研究はルナの分野だ。ユキには、殴って解決できるか、走れば走るだけ距離が縮まる分かり易さが望まれる。
逆にルナは、単純な道のりが膨大になると辟易してしまうのだが。
「しかしハル? 道が絞り込めたとは言っても、その機能はどうやって再現するのかしら。何か、とっかかりはあって?」
「多少は。これも、最近は検証がお留守になってた物なんだけどね。あのビット、主砲のエネルギーには見覚えがある」
「なんだろ? ……んー、あ、マーズキャノンか!」
「マゼンタ神の、神力砲ね?」
「ハルさんの<神力操作>の、出番ですね!」
いまいち使い道が分からないまま、最近は放置していた<神力操作>。それと結晶化技術を組み合わせる事で、互いの謎の部分が解明出来ることを期待するハルであった。
◇
「あのビットって、マーズキャノンと同じ物なのかな?」
「どうかしらね? でも、共通点は多いと思うわ? あんなに高威力なのに、魔力を殆ど消費しない点とか」
「確かにそうですね。魔法であれだけの威力を出そうと思えば、周囲一体の魔力を吸い尽くしてもおかしくはない、そう思われます」
「……やろうと思えばアイリちゃん、あの威力出せるんだ」
「流石は僕の嫁だね」
しれっと語る世界最高峰の魔法使い様だ。ハルに褒められ、えっへん、と胸をそらしながらも器用にすり寄って来る。撫でて、のポーズだった。もちろん撫でる。
最近は、ハルの譲渡した<精霊眼>により、彼女らも魔力の流れを目視する事が可能になっている。アイリはこの世界の住人として、最初から第六感の所持者だ。
その彼女達も、戦艦の主砲による攻撃は、威力に対して魔力の消費が少なすぎると感じたようだ。
これは、いつかの対抗戦において活躍したマーズキャノンを思い出す。あれは自陣の魔力を消費せず、内部で特別なエネルギーを生産していた。
マゼンタの操るエネルギーと酷似しているため、仮にハル達は『神力』と呼んでいる。
「ぶっちゃけ何だと思うハル君は?」
「正直よく分からん……」
「あれま」
「ただ、空間に何らかの干渉を起こして発生させてるのは確認出来てるんだよね」
「《はい。それが何なのかまでは不明ですが、空間干渉の残滓が観測されています》」
「空間スキルだ! 最近増えてきたよね」
ソフィーの祖父の<次元跳躍>や、緑チームのNPCをいつの間にか運んできた謎のスキル。あれも転移系スキルだと見ておいた方が良いだろう。一人目はともかく、二人目まで急に表れたのはそうでもないと説明が付け難い。
最初は、ハルとアイリのようなNPCとプレイヤーの紐付けかとも思ったが、これも二人目の存在で可能性は低くなった。考えられるのは、倉庫の機能を拡張するスキルだろうか。
ユキが自分の身体を入れて運んだように、他人であっても収納して運ぶ事が出来る、などだ。
だが今は直接関係ない話だろう。神の力はそういったスキル、魔法というよりも、何となく科学力に近い振る舞いを感じられる。ハルのAI、黒曜に観測されたのも、その説を補強していた。
「でも、空間を操ったとして、それでどうしてあれほどの威力が生み出せるのかしら?」
「あ、分かった! 重力子砲だ!」
「わたくし、知っています! 防御力無視ですよね!」
「……ハル? アイリちゃんはどのタイミングでこんなにゲームをしているの?」
ルナお姉さんから、『教育に悪い』と苦情が来てしまった。
最近は、ハルと精神が接続されているのを応用して、アイリの方の思考領域をハルが肩代わりし、思考力を拡張したりもしている。
そのため、何か別の作業をしながらゲームが出来るのだ。画期的だ。
「……閑話休題、そういったSF技術の可能性はあると思うよ。真空崩壊砲とか、虚数接続砲とかね」
「わお、つよそー。……よく分からんけど」
「響きが、もう強いですね!」
「地球人もびっくりの超技術ね?」
「空間技術の研究は、前時代の方が盛んだったらしいからね」
前時代に作られたらしいAIである神々が、その知識を持っていたとしても不思議は少ない。
エーテル技術全盛のこの時代では、遅延無しの通信を可能とするエーテルネットが存在する為に、研究は下火、いや半ば不要となっている。
ハルがパワードスーツ作成の時にやったように、机上の空論であった理論だけのそれを、魔法を組み合わせる事で実用化したのかも知れない。
「という訳で、神力、結晶化、空間魔法を柱として、何か手がかりが無いか探っていくよ」
「<空間魔法>に関しては、私も習得しているわ。たまには役に立てそうね?」
「わたくしも、多少は使えるのです!」
「その多少は僕より強いんだよね……、ルナも何時の間に習得してるんだか……」
空間技術、という点ならばハルに分があるが、魔法においてはアイリがハルの先生だ。スキルとしての魔法でも、ハルは<空間魔法>を使えない。こちらはルナに頼りきりであった。
ハルの仕事は、それらの微妙な差異を、その観察力により導き出す事であろうか。
「夫婦の共同作業ですね!」
「うーむ、私だけお仕事がない……」
「ユキ、焦る事はないわ? あなたはまず夫婦になっていらっしゃいな。今なら寝室が空いているわよ?」
「うええぇぇ……!?」
いつものように冗談交じりに語らいつつ、ハル達は実験に入るのだった。テーブルの上の戦艦の模型を、ルナ達が代わる代わる魔法で浮かべてみる。
手持ち無沙汰なユキが、ぺしぺしとそれを撃墜しつつ、様子を観察する。テーブルの上をふわふわと飛ばし、時にはアクロバティックな飛行で技術を競う。
しばらくそうして遊んでいたが、特別な魔力の移動は観測する事は出来なかった。
大きさの問題か、周囲の魔力が何か邪魔をしているのか、それとも魔法の種類がそもそも違うのか。
戦艦の模型を飛ばしても、当然ながら戦艦と同じ結果は得られていない。
「そもそもさ、モノちゃ船はこの魔法で飛んでないよね?」
「気づかれてしまったか……」
「ですね。これも、同じ魔法であれだけの大質量を飛ばそうと思ったら、消費魔力が馬鹿になりません」
「つまりは、ゴッコ遊びに興じていただけね」
いい年をした男女が集まって、実験と称しながら模型を飛ばして楽しんでいる。傍に控えて見守るメイドさん達の目も温かだ。
楽しいので、別に良いのである。
しかし、これでただ飛ばすだけでは、そういった力が生じる事は無いとハッキリしたとも言える。生産、開発の道は険しいのだ。せめて楽しくやりたいものだ。
「やっぱりさ、実際に戦艦が飛ぶとこ見た方が早いんじゃないかな? ハル君は、このまま不参加で行くん?」
「第一回の、レイドボス討伐ね。全て他ユーザーに任せるのよね?」
「<神眼>で、ここからでも観察する事は出来るから。そういうユキは行かなくていいの? 参加したって良いんだよ」
「んー、ハル君が行かないなら、いいや」
「ハルさん、愛されています!」
「そうね。いじらしくて可愛いわ、ユキ」
以前なら、強敵との戦いの機会だ、と是が非にでも参加したはずだ。それを今は、真っ赤になりながらもハルの傍に居る事を選んでくれている。
ハルが参加しないのも、いくつか理由があった。まずは報酬の問題だ。
対抗戦と違って、ボス討伐となれば参加者や、MVP、最大貢献者に特別な報酬が配られるだろう。
これをハルが総ナメして掻っさらっては、不満は貯まるし全体の成長も滞るだろう。
そして、外交上の問題もある。戦艦に関わるイベントは、もはやプレイヤーだけの問題ではない。NPCも高い関心をもって注視している。
アイリの夫として政治的に微妙な立場のハルだ。場所によって参加した、参加しない、で変に勘ぐられるよりは、一律での不参加を選択したのだった。
そんな第一回のレイドボスチャレンジが明日に控えている。
ハルも不参加ながら、戦艦の稼動の様子を<神眼>で観察すべく、彼女達と遊びながらも準備を進めるのだった。




