第248話 現地経済の向かう先
「クリスタルと言えばさ、『結晶化』の方はどうなったん?」
「そっちも調べないとね。タスクが貯まる一方だ」
食事のため合流したユキも交えて、ゆったりとした時間を過ごす。
本日は雨。この世界は本格的に雨季に入り、ここ数日ずっと降り続いている。邸内で落ち着いて過ごすには、いい雰囲気だ。
ぽたりぽたりと屋根を伝って流れ落ちる雫のメロディが、さあさあと地面を叩く雨音をベースにして耳に心地よく流れてくる。
そんな雨のBGMに乗せて、ハル達は食後の会話を楽しんでいた。
「『研究』コマンドの連打でターン送りの日々かー」
「ユキも協力してくれれば、早く完成するかも」
「冗談。いや、協力するのは構わないんだけど、私が何かしたところで、役には立たんですよ」
「そんな事はないのです! ユキさんも、きっとハルさんのお役に立てるのです!」
「そうよユキ? 水着でアシスタントをすれば、きっとハルのヤル気も増すわ?」
「それ、ルナちーの水着でもよくない?」
「……迂闊だったわね」
「キミらは一体何を言っているのか」
……ヤル気が増したから、どうだと言うのか。それは逆に、研究を遅らせる結果になりはしないだろうか?
まあ、それはそれで歓迎なハルだった。
さておき、結晶化、物質化した魔力の研究に関しては一時中断しているのが現状だ。
現在の知識のみで実験を重ねるより、新たな視点を先に得てからの方がすんなりと進む可能性は高い。
結晶化について、ハルよりも先に研究を進めている機関がある。魔法大国である藤の国の結晶化研究、それを見に行こうと思っているハルだった。
「紫の国とのコネクションも出来た事だし」
「結晶化の研究を盗ませてもらうのですね!」
戦艦の支配権をめぐるイベントの中で、ハルは最終的に赤と紫のチームと連合を組んだ。
それにより仲間意識が高まった、という単純な話ではないが、仲間であると確認を取る儀式になったのは間違いない。
かの国の王子を経由して、その研究所を見せて貰う事をハルは計画している。
「それで紫チームと組んだんだ? ハル君はこれまで通り青と組むのかと思ってたから疑問だったんだ」
「青に支配ポイントを多く渡したのが、そのフォローでしょうね?」
「総合的な勝者とすることで、機嫌を損ねるのを防いだ訳ですね!」
「みんなして僕の行動に政治的な意図あてはめるの止めよう?」
別に戦略ゲームではないのだ、そこまで深い意図を持って動いてはいない。あのイベント内では、それで丸く収まりそうだと計算しただけである。
ルナには常々、もっと政治的な意図を持って動けとは言われてはいるのだが。
しかしながら、この世界において今、“ハルを味方につける”という行動が持つ政治的意味合いは非情に大きい。ハルの自惚れを抜いても、それは間違いないだろう。
個人として、友人として出来る範囲で協力しただけでも、国家単位で絶大な影響力を与えてしまう。クライス皇帝の例を見れば、それは明らかだった。
力ある者の責任、などと語り出す気はさらさら無いが、ハルは己の力が世界に与える影響を熟考して動いたほうが良いのは間違いないだろう。
「でも技術取引し出すって事は、そろそろ藤の国も終わりかー」
「そうなのかしら、ユキ?」
「うん。手持ちの技術を大放出して、相手の独占技術奪い取って、他に渡らないうちに滅亡させるの。ハル君がよくやる手だよ」
「策略家なのですー……」
「物騒なこと言わないのユキちゃん」
ハルのよくやる戦略ゲームの話である。流石はユキ、ハルの行動パターンをよく理解している。
その場合は今後、戦艦の力を押し付けた青チーム、瑠璃の国をわざと肥大化させ世界の敵に祭り上げ、残った国で袋叩きにする。そういった流れになるだろうか。
いや、自国が瑠璃と親交を深めている事を利用して、自分だけは狙われないように立ち回り、疲弊した国をさりげなく次々と吸収する流れが好ましいだろうか。
余談であった。ついゲームに当てはめて考えてしまうハルだが、実際にこの世界において行動に移す事は無いだろう。
「でもさでもさ。実際のトコ、大丈夫なの? 瑠璃の国に戦艦与えちゃって」
「大丈夫でしょ。別に、あの国の所有物になった訳じゃないしね。単に、あの国に停泊してるだけ」
イベントにおける最後の投票により、戦艦の最初の目的地は瑠璃の領土上となった。ユキの言っているのはその事だが、これは、特に国家があの船の所有権を有しているという事ではない。
「……とはいえ、有効に使ってくるのは間違い無いはずよ? 今のうちに、兵士を大量に乗せておくとか」
「占領しちゃうのかぁ」
「占領は、難しいのではないでしょうか……?」
「何を主張しようとあの船は神の、モノの所有物だしね。でもまあ隙間なく乗せて、『もう貴様らが乗る隙間は無い』、とか言いがかりは付けられる」
隙間なく乗せられる兵士の事を想像すると、少々可哀そうである。
だが、その辺りの事を今気にしすぎても仕方ない。停泊地に関しても一定ではなく、これから各地に現れたというボスモンスターの討伐に飛び立つのだ。
それが完了次第、再び次の停泊地を改めて決めるだろう。
それに、決定権を握っているのはNPCではない。全てがプレイヤーの手に握られていた。なので各国の関心は戦艦そのものよりも、今はプレイヤーに向けられていると言っていい。
今まではよく分からない存在として、対応がふわふわと宙に浮いていた使徒の存在だが、ここに来て急に現実感が増し、地続きの存在として実感した有力者も多いだろう。
使徒側も、同じである。
今までは神界とダンジョンを行き来するだけのプレイヤーも多く、NPCとの交流は一部の物好きだけがするもの、という認識だった。
実際、ゲームとしてプレイするより、高品質な環境ソフトとして楽しんでいる層の方がNPCとの交流は多い。攻略していると、二の次になるものだ。
「ここに来て急に、NPCとの交流が出てきて、戸惑ってるプレイヤーも多いだろうね」
「しかも商売になるからね! こっちは分かりやすいよーアイリちゃん。胡散臭い連中が山ほど動き出した」
「商売、ですか?」
「うん、商売。モノちゃんショップで買えるアイテムは、現地の人にとって有用なアイテムも多いからね」
特に、自分達も転移が出来るアイテム、というのは分かり易く彼らの視線を引き付けている。
それをいち早く確保するために、高値で取引を始めている国もあると、ハルも小耳に挟んでいた。
「しかしユキさん、プレイヤーの方々のお金は、わたくし達のお金とは違うのですよね? お食事に使う程度以上に持っていても仕方ない、とハルさんに聞きました」
「まあ、そうなんだけどねー」
転移石と呼ばれる、テレポートストーンはかなりの高額だ。故に、NPCも大量の現地通貨を支払って買い取る。
しかし、そんなお金を持っていても、ゲームには使えない。
商売など成立するのか、とアイリは疑問に思っている。
「売れるのよアイリちゃん。“お金自体が売れる”の。私達のゴールドでね?」
「なるほど! 盲点でした!」
お金をお金で取引する、という事で発想が詰まってしまっていたのだろう。言われてみれば納得、といった感じのアイリだ。
現地で買い物をするのに使う通貨だが、ゲーム内では、正しくは運営が用意した導線の中では入手手段が無かった。
その為、個人で知恵を絞り、町で労働するなどしてプレイヤーは通貨を手に入れている。
それが出来ない者は、労働プレイヤーにゴールドを支払って通貨を購入する。入手が貴重な為、割高になった。
「その“売れるお金”を大量に入手する機会だって、沸いてる連中が居るんだ。アイリちゃんも政治家さんに、注意喚起しておいた方がいいかもね?」
「そうですね! わたくし達にはハルさんが居るから、と言っておきましょう!」
「……お手柔らかにね?」
まあ、アイリの国の為にテレポ石を工面してやるくらいは、ハルにとって大した事ではないのだが。
「しかし、『両替屋』も上がったりだねぇ。結構楽しそうにしてたのに」
「楽しんで仕事してる人は、そのまま続けるんじゃない? 効率優先でやってた人は、撤退するだろうけどさ」
冒険に出ず、町で働いて、その給金をゴールドに“両替”して稼ぐプレイヤーが居た。
転移石の販売が起動に乗れば、彼らは事業から撤退を余儀なくされるだろう。そんな風に、NPCだけでなくプレイヤーにも、世界全体を巻き込んだ大きな流れの余波が徐々に出てきているのだった。
◇
「してハル君。結晶化の話だけどさ?」
「あれ、ユキにしては珍しいね? その話題引っ張るなんて」
「いや、いや。研究については分からんです」
何となく話が一区切りつき、皆がお茶やお菓子に手を伸ばして雨の音を楽しんでいると、唐突にユキが先ほどの話を蒸し返してきた。
ユキは基本的に、家に篭って研究をする話には興味を示さない。なのでこれは、外の事情と何か関連のある事だと推測された。
「新しく出てきたレイドモンスターってさ、みんなゲーム外に居るんでしょ?」
「ゲーム外に居る、ゲームのモンスター。妙な響きね……?」
「ルナちー、気にしないのー。で、それってつまり、奴らの身体は結晶で出来ているのでは?」
「確かにそうなのです!」
「うん。まあ、そうだろうね」
現れたのがゲーム外、魔力の圏外であるという事は、通常のモンスターのように魔力で構成された物とは別の存在だと仮定できる。
そこで思いつくのが、結晶化。ゲーム外においても形を保っていた兵器群。
ただそれらも、稼動に魔力を使用している事には変わりなく、そこをどうしているのかという問題は残るのだが。
「反応が薄い……、やっぱり分かってた?」
「……いや、なんというか。古代人の兵器すら理解出来てない僕が、確実にそれ以上だろう神様の作品見ても、ちんぷんかんぷんだろうなー、って」
「弱気だなー。それもやっぱり、エーテルで解析出来ないから?」
「うぐっ……、まあ、そうだね。ユキこそ、消極的じゃん? せっかく強敵が現れたのに」
図星であった。図星なので、言い返してしまうハルであった。
ユキの様子は普段と変わらない。今日も元気に戦いに出ていたようだが、話題のレイドボス関連には特に関わっていないようだ。
普段であれば新たな強敵の出現に、血を沸かせていてもおかしくない彼女なのだが。
「んー、まーねー。走って行けるなら、そりゃすぐにでも殴りこみに行くだろうけど、ゲーム外だしね」
「私達は、魔力の中でしか活動出来ないものね?」
「うん。だから、戦艦の行き先が決まったら、その時に乗り込めばいいかなー、って」
「なるほど?」
「仕方ないのです!」
アイリの言う通り、確かに仕方がない。多少違和感があるが、道理は通っている説明だ。
「それともハル君が、一足先に連れてってくれる?」
「……そうね? ハルがその場所に魔力を展開すれば、私達も戦う事が出来るわ?」
「先駆けなのです!」
「何匹もいるらしいじゃん? 一匹くらい潰しちゃってもバレないって、へーきへーき」
「いやバレるが?」
全て補足されているのだ。バレない訳が無い。
それに、今までと違い、物がゲーム外だ。倒してしまっては、『どうやってそこまで行った?』、と疑問に思われてしまう。
さすがにその部分は、上手く誤魔化せる説明をハルは持っていない。
「では、モノさんのお船を調べるのはどうでしょう!」
「モノちゃ、喘いじゃうよアイリちゃん?」
「逆にこの際、喘いでしまっても良いのでは!」
「そうね? むしろ喘がせる事を目的に、行っても良いのでは……?」
「良くないが」
本人が居ないからと、あまり勝手な事を言うものではない。
……何より、あれはハルが耐えられない。普段は大人しい彼女が、艶めかしい声を上げる中では研究や解析どころではない。
相変わらず、最強のセキュリティだった。
しかし、モノの戦艦を模す、というのは良いアイデアかも知れなかった。
彼女の船によって、『ゲーム内』と『ゲーム外』についても徐々にユーザー間に浸透していくだろう。
ならば、ハルが“出る手段”を開発しても、さほど不自然には取られないだろう。
そんな気軽に開発出来るのか、という問題は付きまとうが、この事はハルも少々興味を引かれる考えだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/1)




