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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第245話 そして地に降りる船

「ハル様、助太刀すけだちいたします」


 僕が空を、いや空を塞ぐその境界を見上げていると、凛と澄んだ武人の声がかかる。ディナ王女だ。

 もう少し観察を続けたい気もするが、既に境界の反応は終わり、砲弾のエネルギーは消失している。空は何事も無かったかのように凪を取り戻していた。変化は、もう見られないだろう。

 何時までも天を仰いでいる訳にもいかず、甲板上へと落ちた竜へと向き直る。


「……ありがとうディナ王女。でも慎重にね。君達は死んだらそこで終わりなんだ。出来れば下で休んでて貰いたいくらいだよ」

「ご冗談を。ここで引くなど武人の名折れ。それに、奥方様、アイリ殿下も前線に立っておられるではないか」

「まあ、それを言われると弱いんだけど……」


 プレイヤーが経験値やアイテムを求めるように、NPCも名誉を求めているのだろう。それを止めるのも野暮やぼと言うものか。

 彼らが死ぬのを見たくない、というのも単に僕の我侭エゴなのかも知れない。ならば、こちらで勝手に守るとしよう。

 聖槍せいそうを展開したディナ王女は片方の翼を失った竜へ向け果敢に突進する。竜の方も、羽が無くとも飛翔に問題は無いようで、飛び上がりつつ、爪で聖槍を迎撃していた。


 聖槍と、その鞘が変形した手足の鎧はドラゴンの爪を受け止めるだけの強度があるようで、ある程度は安心して見ていられるだろう。

 それよりも、味方であるプレイヤーからの砲撃が危険かも知れない。


「ディナ王女、砲台の射線には注意して。一応、僕らがバリアは張るけれど」

「案ずる事はありませぬ。これでも魔法飛び交う戦場を駆け回っていた身!」


 なんというお転婆だろうか。しかし本人は慣れていると言っても、プレイヤーは味方への誤射(フレンドリーファイア)を恐れて手が止まってしまいがちだ。

 そこは僕の方で、彼女に当たらないタイミングを指示するとしよう。


 聖槍も、アベル王子の聖剣と同じように極光の波動を放射可能であるようだ。狭い通路から解き放たれて、気分良く全力で暴れられるのはディナ王女も僕と変わらないようだった。

 艦内のアイテムショップで購入可能なNPC用の回復薬の存在もあり、気兼ね無く槍からのエネルギーを開放している。


「……レイドモンスターと互角に渡り合っている。もしかしてアベルも結構強い?」

「もしかしなくとも強いでしょうに……」

「相手が悪かったのです!」

「ハル君と当たったのが運の尽きだったよねぇ」


 僕にとっては、“序盤に倒した雑魚”という印象が付いてしまった聖剣の王子アベルだが、姉であるこのディナ王女の様子を見るに、彼もゲーム基準ではかなり上位の強さなのだろう。

 その王女様が、次第にドラゴンを追い詰めてゆく。戦い方は独りよがりではなく、僕らや砲台ビットの砲撃を合わせやすいように、ドラゴンの移動方向を制限する事を第一に立ち回っている。


 レイド戦のチュートリアルである為か、以前の海龍のような理不尽な強さは無く、空竜は徐々に飛行の勢いを落としていった。

 そうして、苦し紛れの急降下による攻撃を、アイリの操る砲台が体当たりのように迎撃し、そのバリアによって弾き飛ばされる。非常に良い位置だ。その隙を、拘束する。


閉じた円環(アリアンロッド)


 周囲とは隔絶された空間に閉じ込める。今度はいかなボスとて、数秒では突破は不可能だ。その間に、シルフィーへとチャットを飛ばす。



『ハル』

 :シルフィー、準備はオーケー?

『シルフィード』

 :撃てます! ……ですが、大丈夫ですか?

  あれ、アリアンロッドですよね? こっちからも通らないんじゃ……

『ハル』

 :大丈夫、きっちりと解除してみせるよ

『シルフィード』

 :では……、発射!



 最大チャージされた二度目の砲撃が打ち上げられる。今度は、逃がしてやる必要は無い。

 隔離空間の壁に阻まれ、ガリガリと爪を立てる囚われの竜に砲弾の巨大なエネルギーが迫る。境界に触れ、ばちり、と干渉した一瞬。僕はすかさず空間魔法を解除する。


 空竜の体を完全に捕らえたエネルギーの塊は、次第にその身の内に竜を取り込みながら、空へと向けて昇ってゆく。

 しかし、今度は空を閉じる境界線まで届く事は無く、竜の魔力と互いに干渉し合いながら、互いを消滅させて薄く小さく、空中へと消えるのだった。


「《しゅうーりょー! みんなの力の勝利だぁ♪ うんうん、強かったね、モノちゃんの戦艦は♪》」

「《あの程度、敵じゃあない、よ》」

「《さーてさて、みんなどうだったかな? これにて、本当にイベント終了だ!》」

「《帰り支度は、きっちり、ね。関わったNPCに帰り道も、ちゃんと確保するんだ、よ?》」

「《ではでは~? お疲れ様でしたぁ♪ マリンちゃんとモノちゃんでお送りしましたぁ♪》」


 ブルーとモノから最後のアナウンスが響き渡り、イベント完遂を知らせるウィンドウが手元に表示される。

 ドラゴンからのアイテムドロップも含め、今回の報酬が確定したようだ。


 僕も、もう一度空の果てを見据えるように目を凝らすと、気分を切り替えるように、拡張した意識をエーテルネットから切り離すのだった。





 その後、戦艦からは少しずつ人は減っていった。

 ログイン続きの疲れから、すぐにログアウトしてリアルへ帰還する者。内部に留まりイベントの余韻と共に仲間と語らうも、次第に次の目的に移って行く者。NPCと共に行動し、彼らと共に地上へと戻る準備をする者。

 それぞれが、それぞれの目的で移動してゆき、ホールにはごく一部を残すのみとなっていた。


 “ハル”も、その中の一人。今回の協力者、赤の国の巫女カナンや、紫の王子ラズルとその部下の兵士達を、国に送る手はずを整えている。


「今回は世話になったね王子。帰りは首都に直接、で良いんだよね?」

「ええ。こちらこそ、帰還用の石まで用意していただいて。試合中もお力添え頂いたというのに……」

「いや、圧倒させてやれなくて済まない。そこは力不足だったよ」


 この船はこれから、青の国、瑠璃るりへと進路を取る。次点の候補が、藍の国、群青ぐんじょうへ留まる事だった結果から、その二国の国境付近へ着陸するようだ。

 イベントでは、最後はきれいに勝利を飾る事が出来たハル達の三ヶ国連合だが、支配ポイントの投票、政治的には少し及ばなかった。


 ラズル王子はその立場を生かし、首都へとアイテムで転移し帰還する。

 このあたり、身の証を立てられない者は厳しいようで、群青の国の責任者などは王族ではない為、泣く泣く港町へと戻るようだ。いきなり兵を伴って首都へと転移しては、クーデターだと疑われかねないとか。

 この群青の港町への転移も期間限定で、じきに使えなくなるようである。侵略を封じる為だろう。


「では、よろしくお願いしますハル様。今度は我が国へとお越しください、歓迎しますよ」

「そうだね。君への報酬もまだだし、なるべく早いうちに連絡するよ」

「セリスや、ミレイユ殿を通して伝えて下されば、それで構いません。どうぞ形式ばらずに」

「助かるよ」


 ハルはラズル王子達を、最高級のテレポートストーンで国へと送り返して行く。

 一度では全ての兵を巻き込む範囲が足りず、二度三度と転送を繰り返す事になった。ハルが居なければ、アイテム購入の資金だけで相当な出費になっていた事だろう。

 ミレイユならば、スキルを使っての稼ぎでその程度は賄えるのだろうか?


 今後は、このアイテムの需要が一気に伸びるだろう。

 戦艦を経由しての各地への移動。または、長距離を移動すること無く各国との会談を行える場として。

 それを手に入れられるのはプレイヤーだけである為、彼らに支払う報酬や、交流もまた加速して行くだろう。しばらくは現地通貨で良いだろうが、いずれそれも飽和してしまうかも知れない。

 プレイヤーが必要とする金額は、大して多くない。大抵の者は、食べ物や服を買う程度がせいぜいだ。国家戦略クラスの大金を報酬とされても、使いきれず持て余す者ばかりだろう。


 そんなプレイヤー達に対して、NPCは何を報酬として行くのか。

 それとも、現地通貨を大量に得たプレイヤーが、何かこの世界で新しい試みを開始する流れが起こるのか。

 そんな事をアイリたちと話していると、まだ艦内に残っていたディナ王女が近づいてくるのだった。


「あれ? ディナ王女、まだこっちに残ってたんだね」

「ええ。せっかく目的地が国になりましたので、直接降りようかと思っておりまする」

「徒歩でか。なるほど。石は高いもんね」

「それもありますが。私が王都へ直接戻れば、何やかやと因縁を付けられて、始末されそうにござりますから……」

「うわあ。君の国も物騒だね」

「修羅の世界なのです!」

「ええ、まさに。国外よりも、内部に敵が多い始末」


 どうやら国ごとに色々と事情があるようだ。首都に転移できれば、便利なのでそれで解決! とはいかないらしい。日本であれば割と何とかなりそうなのだが。

 今後は、その辺りも柔軟に対応して行くのだろうか? 神様は要望を送ればアップデートは頻繁に行ってくれるので、期待は出来そうだ。


「して、ハル様。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なにかな?」

「空の彼方に、何かございましたか? 険しい瞳で、見上げていらっしゃったが」

「……まいったね、表情筋の制御は完璧だったハズなんだけど」


 感情が出やすいらしいキャラクターの体、ハルの場合は分身体だ、そちらと違い、本体の今の体は完全なポーカーフェイスが可能である。

 それでも、感情の険しさを読み取られてしまっていた。相手の感情を読むのはハルの専売だというのに、情けない話だ。神気の流れに、乱れでも生じていただろうか。


「まあ、結論から言えば何があったかは分からないんだ」

「左様にごさりますか」

「左様だね。……君の鎧で飛んで、見て来るかい?」

「……申し訳ございません。この船の加護の外に出ては、維持できず」

「こっちこそごめん、冗談だよ」


 謎の神、セフィに掛けられた誓約により、ハルも直接行って確かめる事は出来ない。

 しかし、今回の事で、世界の果てには何らかの物理的な結界が張られていると判明した。それも、この戦艦の主砲をさまたげるほどの強力な。


 ハルの無茶振りで、その話題はそこまでとしてくれたようだ。

 この件に関してはハルとしても、この機会に手がかりを掴んでおきたい所だが、怪しさが増してきたため慎重を期した方が良いだろう。

 ディナ王女だけでなく、ルナやユキにも不用意に近づかないよう釘を刺しておいた方が良いかも知れない。


「では、私もこれにて。今度、共に弟の家にでも乗り込んでからかってやりましょう」

「いいねそれ、楽しそうだ。また会おう、ディナ王女。アイリも君と、もう少し話したいみたいだしね」

「その、女性の王族の方とお話できるのは新鮮でした!」

「はは、私でよければ是非に。……とはいえ私などでは、あまり女性らしい会話は出来ないのだが」


 その辺の気取らなさが安心出来るのだと思う。彼女と常時行動を共にするプレイヤーが居ない為、連絡には多少苦労するだろうが、そこは既存の方法で交流すれば良いだろう。


 そうしてディナ王女とも別れの挨拶を交わす。後は、カナンをヴァーミリオンの国へと送り届けて終わりだろうか。

 その間にもプレイヤー達は数を減らし、この戦艦についての調べを進める者を残すのみとなった。

 ここに転移して来るのは自由なままのようで、そうした目的の者達はしばらくここへ入り浸るのだろう。


「祭りの後、って感じだねぇ」

「なんだか寂しい感じなのです!」


 貴人との挨拶の間、静かにしていたユキが、ぽつり、と漏らす。退屈していたかと思ったが、彼女もしんみりとした寂寥感せきりょうかんを感じていたようだ。

 そのユキが、表情を改めつつハルに先ほどの事を尋ねてきた。


「んで、お空のは何だと思う?」

「気になるわよね? この世界の外を、バリアで覆っているのかしら?」

「とっても強そうだったのです!」

「……だよね。通常はプレイヤーも、NPCでさえも近寄らない遠方にそんなバリアを張る理由は、イマイチ釈然としないよね」

「バリア割って出てみたら、外は宇宙空間だったりして」

「ユキ? アイリちゃんの世界よ。あまり物騒な事は言わないように」

「おっと、ごめんね、アイリちゃん……」

「大丈夫です! 自由な発想が大切ですから!」


 なんとも恐ろしい話だ。しかしユキの語った例は、大気が対流する様子を計算していた所、無さそうではある。

 あのバリアの外も、気流は続いており、壁の内外で世界が完全に分かたれている様子は無かった。区分されているのは強いエネルギーか、もしくは魔力に連なる力だろうか?


 だが、それでも理由はいまいち分からない。魔力を操る古代の文明は、もう滅んでいるはずだ。それ以外に、何を遮っているのだろう。


「まあ、考えてもきっと分からないよね。後でカナリーちゃんでも問い詰めよう」

「はぐらかされそー」

「はぐらかされるわね……」

「頑張ってお菓子を作るのです!」


 餌付けで何とかなれば良いのだが。

 ともかく、この戦艦を取り巻く騒動は、一先ずの終わりを告げた。しばらくは関心を一手に引き受けるであろうが、今回は一件落着と言えるだろう。被害も無かった。


 ハル達もそうして、振り回されっぱなしだったこの船を、ひとまずは後にするのだった。

 今回で、七章も終了となります。明日からは新しいお話がスタートします。引き続き、お楽しみくださいね。

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