第243話 空に蘇りし神の力
七つの聖印を集めるのは、そう難しい事ではなかった。兵士達と共にハルと対立していた彼らだが、その兵士が全て居なくなると、彼らは特に揉めること無くハルに協力を申し出た。
これはハルの神気に恭順を示したという事もあるようだが、理由として大きかったのは、マリンブルーのお知らせだったようだ。
神様が、『協力しましょう』、と言っているのだから協力するべきだ。非常に素直な思考である。
約一名、黄色チームと連合を組んでいるにも関わらずハルへの協力を渋った信徒も居るには居たが、食事の提供を約束すると渋々ながら了承した。渋い顔を繕おうとするも、食事への期待に、にやけが隠し切れない信徒クロードだった。
「ヒルデ、ディナ王女に無断で方針決めちゃって平気?」
「はい、ハル様! 殿下が居ない場合、現場指揮官は私になりますので! ……というか、もう私しかいませんので」
「巻き込まれなくて良かったね」
青色の巫女ヒルデも、戦闘終了後にひょっこりと部屋の中から姿を現した。ハルを奇襲するためにプレイヤーを潜伏させていた部屋だ。
扉を開ける為には、信徒の協力が必要になるので考えてみれば当然だ。
「しかしハル様」
「どうしたの?」
そのヒルデが、声をひそめてハルに耳打ちする。
「ハル様は、神々の誓約が利いていないのですよね? ほら、うちの王子をぶん殴ってたじゃないですか?」
「ああ、ヒルデだけは知ってるものね。言わないでいてくれて助かったよ」
「いえいえ! えへへ……、おっと……!」
ハルに褒められ、だらしなく頬を緩めそうになるも、すぐに引き締める。巫女ヒルデはその部分が、かなり気になってしまっているようだ。
「ハル様ならば、ディナ殿下を含めて全ての兵士を、そのお力で制圧出来たはず。なのに誓約に従うフリをしたのは、ご自身の矜持でありましょうか?」
「……それも無くはないけど、一番の理由はディナ王女達の納得のためだね」
「納得……」
あまりに強すぎる力によって、“何だか良く分からないまま負けた”、では自身の敗北を納得し難い。廃人の育て上げたキャラクターに瞬殺されたプレイヤーが、チートと区別が付かないのと似ている。
だから彼女らには、“もう一歩だったがルールと財力、そして数の力に負けた”、とハルは印象付けたかった。
心を折る、とまでは言わないが、勝ち方というのは重要だ。
「つまりハル様は、ディナ殿下に敗北を刻み付けたかったのですね!」
「言い方考えようね?」
他の信徒の人たちやプレイヤーも近くに居るのだ。風評被害はご勘弁いただきたいハルである。
そうして準備は整い、ハルと信徒達は中央部の大きな扉に聖印をかざす。
七色の光が扉の表面に複雑な紋章を描き出し、ゆっくりと扉は開かれるのだった。
*
扉を抜けた先には、上下に続く螺旋階段。中央は吹き抜けになっており、プレイヤーならばそこを<飛行>でショートカットした方が早そうだ、と考えてしまう構造である。
神の作った施設であるため、NPCはそういった発想には至らないだろうから、その行為は慎むべきか。
《おめでとう! 無事にここまでたどり着いたね♪ 目的地は上だよー♪ 下に行っても良いけど、今は何も起こらないぞー?》
階段の前まで来ると、マリンブルーからのアナウンスがある。
階下は恐らく、下側からの入り口エリアが存在するのだろう。そちらは今、海面下に位置しており、扉は開かない。何も起こらないとはそういう事だろう。
だがしかし、そうと聞いて尚そちらへ、下へ向かう階段に歩を進めるプレイヤーが何人か居た。検証好きの者達だ。世界設定やダンジョンの構造などを、纏めて公開する事を楽しみにしている。
訪れたダンジョンは、ゴールやボス部屋にたどり着く前に必ず行き止まりを全て調査する者が居るだろう。そういったタイプだと思って良い。
“正解ルート”である上り階段には、プレイヤーは遠慮して足をかけようとしない。
どうやら譲ってくれているようなので、ハルは先頭となり、信徒達がそれに続いて登って行く。
壁に沿い、うずを巻くように続いて行く螺旋を登りきると、以前に、ハル達だけで先行して訪れた大ホールの一角に到着する。
各層の位置関係はどうやら、『甲板から続く上層』、『待合所』、『ここ、大ホール』、『バトルフィールドだった下層』、『下部入り口から入るエリア』、という順番に配置されているようだ。
「お疲れ様っ♪ ここが今回のイベントの終点だぞっ♪」
「現時刻を持って、復旧イベントの終了を宣言する、よ。支配ポイントの移動は停止、現状で固定する、ね?」
ホールの二階、こちらを見下ろすように突き出た壇上に、マリンブルーと、この戦艦を支配する神であるモノが初めて公式に姿を現す。
この地ではモノも神気を発しているようで、二柱の神の気に当てられた信徒達は一斉に膝を折る。プレイヤー達も何となくそれに習い跪きはじめ、一人立っているのも居心地の悪いハルもまた並んで伏すのだった。
現在は自分の主であるハルに傅かれるブルーの笑顔が、複雑に歪む様子が面白かった。
「……こほん♪ 紹介するね、こちらはモノちゃん♪ このお船の守護神だぁ♪」
「よろしく、ね。 ぼくはモノ、『文化』を司る神、モノクローム、だよ。この船の艦長だと思って良い、よ? モノって呼ぶこと」
ここに来て新しい神の登場に、プレイヤーが沸き立つ。この戦艦同様の、新展開だ。
驚きの方向性は違えど、信徒達も同じ。新たな神性の登場、自らを導く者が増え、そしてその姿を見せてくれた事への感動。そして同時に、少しの動揺、不安。それが感じられた。
無理もない、ずっと神は七柱でやってきたのだ。いきなり新しい神様、と言われても困惑する。プレイヤー達とは付き合ってきた歴史が違う。
「立って、ね? ……まあ、顔を上げるだけでもいい、か。この船の動かし方、説明する、ね」
「モノちゃん、説明は主役が揃うまで待て! だぞ♪」
信徒を始め、雰囲気に飲まれたプレイヤーの一部は、立ち上がる事が出来ないようだ。
ハルは視線を遮らないように、壁の方まで移動してアイリ達と合流する。何となく、跪く者は前、立ち上がる者は奥、といった流れが出来上がってゆく。
少しすると、待合所、上方から、直通のエレベータが降りて来る。このホールに接続されたそのカプセルの中からは、ハルによって転移させられた各国の代表達が降りてきた。
試合の終了により、モノが気を利かせて運んできてくれたのだろう。彼らもまた、すぐに膝を折る。
そうして主役が全てこの場に揃うと、彼女らの口からこの船の起動方法が告げられた。
◇
「君たちも薄々察している、よね? この船を動かすには、『支配ポイント』を使う、よ」
「お手元の資料に注目っ♪ 船の操縦、それ自体はオートで行われるぞ♪ でもでも~? その方針を決めるのはキミタチだぁ♪」
プレイヤーの手元には皆、一律に同じウィンドウパネルが表示される。
その内容は簡潔に言えば、『戦艦を浮上させますか?』、といった内容の問いかけと、『はい』、『いいえ』、の投票ボタンで構成されていた。
「この船は行動の節目ごとに、みんなの合議によって方針を決める、よ?」
「その時に使うのが支配ポイントだぞ♪ 今回は二択だけどぉ、場合によっては複数の選択肢から選ぶ事もあるからね♪」
「支配ポイントは、全てのプレイヤーに一律で少し、配布される、よ? 今回のイベントで全く取れなかった人も安心して、ね?」
「そして今後も、入手機会は用意するのでご安心だぁ!」
それを安心出来るかどうかは、立場次第だろう。例えばシルフィードのように、今回大量に支配ポイントを確保出来た者は、今後一切、入手機会が無い方が既得権益を守れて安心出来る。
立場を維持する為には、今後の機会とやらにも必ず参加せねばならないのだ。
ハル達は当然、揃って『はい』を選びポイントをつぎ込んだ。
モノはそのまましばらく待って、投票を打ち切る。
「結果が出た、ね。有効票のうち76%が、浮上するに入った、よ? じゃあ、この戦艦を、浮上させる、ね」
「ショーターイムっ♪」
ハル達の居るホールの外周全てに、ぐるり、と大型のウィンドウが浮かび上がる。
それは甲板から見える海を映し出しており、これから戦艦が浮かび上がろうとしている事をありありと伝えてきた。
「ねーハル君。七十六パーセントって少なくない? 四分の一はこのまま海に居る事を選んだっての? 普通、あまのじゃく以外は飛ぶ方選ぶよね」
「恐らくは、この国と繋がってるプレイヤー勢力だろうね。群青の国にとっては、このまま国に居てくれた方が都合が良い」
「なーるほど」
「……あとは、総合的にあまりポイントを稼げなかった勢力も含まれると思います。例えば、シルフィードさんが自由に船を動かせるとすれば、瑠璃の国以外には、ここで飛ばれる事は脅威です」
「なーるほど、アイリちゃん冴えてるねぇ」
「しかし全プレイヤーに多少のポイントが配られた為、興味による数の力に押し切られた。という、結果かしらね?」
アイリとルナの推測を数字に当てはめると、おおむね合致しそうだ。
この『全てのプレイヤーに配る』、というのが今後、各国の頭を悩ませる事になるだろう。
プレイヤーの数が増えれば増えるほど、そして戦艦の運用に興味を示す者が増えるほど、舵取りにおける不確定要素が増加する。
大量のポイントを持つ一人を操れば良いだけならば楽に済むが、広く大勢を扇動するのは難しい。
ましてや異世界の者。何を好み、どう行動するか読めたものではない。
「炉に火が入った、よ? もうすぐ浮上だ、ね」
「この戦艦はプレイヤーの皆様の応援とまごころで空を飛ぶぞ♪ 協力に感謝だね♪」
甲板にある巨大な球体、八つのビットがうなりを上げる。
表面に光の文様を走らせ、凝縮されたエネルギーが砲口内部に発光し空気を震わせる。その反面、音も無くその場で、ぎょろり、と回転するのはまるで甲板に目玉でも付いているようだ。
そうして飽和したエネルギーは一気に下部へ向け浸透してゆき、発光現象はこの戦艦全体に行き渡った。
「浮上、開始」
モノの号令で、海面を爆発させるようにして戦艦は浮上する。
その圧は逆巻く波を押しつぶし、海面は綺麗に均したかのように均一な波紋を広げて行った。
そのまま戦艦は凄まじいスピードで上空へ、雨粒を吹き飛ばしながら進んで行く。
モニターを見ると、港町がどんどん小さく離れていく様子にそのスピード感が察せられる。どうやら、発進時のエネルギーが町に被害を与える心配はなさそうだった。
見る間に船は分厚い雨雲に到達し、そのまま雲を押しのける。雲に入る、などという遠慮のある進み方ではない。雲を蹴散らして突破してゆく。
そうして弾けるように雲を抜けると、船は一気に雲海の上へと躍り出た。
「……ほえー、すっごいねぇ。これ、下から見ても凄そうだね」
「ここだけ晴れ間が差してそうだね」
ユキの言う事も最もだ。港町から見ればまた、神話の一ページが追加されてしまっているかもしれない。
「浮上、完了」
「とーうちゃーっく! これにて、戦艦の起動完了だぁ♪ さあ、これからは皆で協力して、この戦艦を運用して行こう♪」
一瞬の沈黙の後、爆発するような、怒号と聞き紛うが如く歓声が巻き起こった。
なかなかの実証運転だ。これまでの世界の常識を変える圧倒的パワー。この世界の始まりに、外敵への抑止力として活躍したのも納得の超性能だった。
この力を目の当たりにして、彼らは何を思うのだろう。
これだけの力を持つ神への敬意か。新たなコンテンツを期待させるゲームに対する興奮か。それとも、この力をいかに使ってやろうかという野心だろうか?
ハルは興奮に沸き立つ彼らの顔の奥に潜むそれを、静かに観察するのだった。
※誤字修正を行いました。
追加して、見逃していた部分の誤字報告、ありがとうございました。反映しました。
最近は同音異義語のミスだけではなく、タイプミスが目立ってきていますね。執筆スピードよりも、落ち着いて書く事を心がけます。




