第241話 包囲網
□青□□
橙□□藍
黄□□緑
□赤紫□
今回のチーム配置はこんな感じになっています。
青-橙、赤-紫、藍-緑が組んでおり、ハルは今北東の空白地帯で戦っています。
NPCが単一のプレイヤーにポイントを集めさせる理由は簡単だ。以降の協力体制を楽にする為。大人数に依頼を通すのは面倒だ。
ハルがそれを誘導したのも、また単純。NPCがそれに注力してくれれば、兵士同士の争いを防げるためだ。
「シルフィード。あの方は私が抑える。そなたは隙を見て撃破を狙うのだ」
「はいっ、分かりました、ディナ殿下」
「……そういうことで、ハル様、恩義ある身であれど」
「気にしないでディナ王女。このゲーム、そういう物だよ。理解が早くて結構だ」
ディナ王女の号令により、シルフィードを守るように兵士が展開する。
これでは通常とは、プレイヤーがNPCを守る基本の布陣とは全く逆だ。これは、プレイヤーがNPCには攻撃出来ない事を逆手にとって、自らが盾代わりになっているのであろう。よくやる気になったものだ。
ハルはカナリーにより、その制限を解除されているのだが、彼らはそれを知らない。なので彼らはかなり危険な事をしているのだが、ここはハルも攻撃出来ないフリに徹しよう。
「考えたね、ディナ王女。でも忘れてやしないかい? 僕らと隣接するって事は、“これ”を使われるって事だ」
ハルはアイテム欄からテレポートストーンを実体化し軽く掲げる。
これがある限り、彼女らNPCは無敵の肉盾とはなりえない。むしろ無抵抗に、文字通り一石を投じるのみで、波に飲まれて消えるだろう。
「無論、理解しております。……やって見るが良い。我らが、何の対策もしていないとお思いか?」
「なるほど、では遠慮なく」
アイテムを起動するとハルは石を軽く彼らに向かって投げつける。足元で破裂したそれは魔方陣を展開し、兵士達を光の中に飲み込んで行った。
ただし、ディナ王女を除いて。
ハルがアイテムを投擲した瞬間、ディナ王女は宙へと浮き上がると、高速でその場を離脱する。まるでプレイヤーの<飛行>だ。
そして転移に飲まれた兵士達も、奥の方に待機していた第二陣が補充され、元通りに壁を形成してしまう。
初めから、退場させられるのを織り込み済みの構えだった。三段撃ちならぬ、三段壁だろうか。この奥にもまた兵士が補充されているのが<神眼>で観測できた。
「という訳です。肉壁が消えたからと、シルフィードへ突進して行かなかったのは懸命でしたねハル様」
「第二の壁に守られて、銃を構えている訳ね」
「いかにもその通り」
シルフィードを倒そうとそちらへ向かえば、後続が阻み彼女は光線銃でハルのポイントを奪う手はずになっている。
かといって遠距離で倒そうにも、威力の高い魔法はNPCを巻き込むので使用不可。なかなか頭の痛い問題だ。
──カナリーちゃん。いちいち自分で判定するの大変だから、一時的にNPCに対する制限を元に戻せない?
《戻すのは簡単ですけどー、再度解除するのが面倒なので戻しませんよー? どのみち、ハルさんはシルフィードさんを倒すつもりは無いのでしょうー?》
──まあ、そうなんだけどね。
せっかく青の軍隊がここに釘付けになってくれているのだ。可能な限りこの状況を維持したい。
しかしながら、これ以上シルフィードに吸われ放題になるのはご遠慮願いたい。何事もバランスが重要だ。
「その転移石は、非常に高価であり数が用意出来ないと聞く。この状況、打破できますまい」
「さて、それはどうかな?」
ハルが“それ”を取り出すと、勝利を宣言したディナの顔が、ぎょっ、と固まる。……勝ち誇った相手にこの顔をさせるのは、大変気分の良くなるハルだ。良く悪趣味だと言われもする。
取り出したのは両手一杯のテレポ石。少なくとも、それだけの数は転移を覚悟しなければならない。
「っ! やって見るが良い!」
「言われずとも」
ハルが両手から石を投擲すると、ディナは再びの高速機動で空中を舞い回避する。だがもう片方はシルフィードを守る兵士の足元で破裂を起こし、彼らを纏めて転送してしまう。
この石は最も安い物、転送場所はこの階層のエレベータ前だ。さほどの間も無く戻って来てしまうだろう。だが、それで良い。
ローテーションで陣を組む関係上、移動は迅速にせねばならない。それを続けさせられればいかに屈強な兵とて疲弊する。
ディナ王女の方もまた、自身が転移させられればそこで作戦は破綻する。こちらは一度も当たる事が許されない緊張感がある。
直接攻撃を当てられずとも、体力を奪い去る事が可能。
「ならばその石全てを使い切らせれば勝利!」
「手段と目的が入れ替わってるよ。キミの目的は、シルフィードにポイントを集める事、だろう?」
「くっ!」
その為には、避けているだけでは埒が明かない。ハルをバリケード方面に押し込まなくてはならない。
彼女はハルの後ろ側へと飛び去ると、手にした短槍でハルを刺し貫かんとする。倒すためではない、シルフィード達とハルを挟み撃ちにする為だ。
迎撃に『神剣カナリア』を使う訳にはいかない。槍ごと切り裂いてしまうだろう。頑丈な数打ちの刀を取り出し、その槍を受け止める。
「へえ、凄いな……! この威力、アベルの聖剣みたいだ。武器まで姉弟かい?」
「ええ、お察しの通り。これは聖槍、愚弟の聖剣の、姉妹武器にてございます……!」
軽装だった彼女の鎧が、がっちりと重量級に強化されている。しかも手足の部分だけアンバランスに。
これはアベルの聖剣と同じく、聖槍の鞘が変形した物だろう。この手足の鎧が、彼女に高速飛行能力を与えているようだ。聖剣はバリア、聖槍は飛行。似たような設計思想により作られた、まさしく姉妹武器のようだ。
そうして鍔迫り合いをしていると、早くも刀の耐久度が限界になる。だが後ろには引けない。背後では、シルフィードとその護衛がじりじりと距離を詰めていた。
ハルは刃を傾けてディナの槍を捌くと、片手でそっと彼女の体を掴み立ち位置を逆転させる。そのままバックステップで通路を後ろへ進み、迫るシルフィードと距離を取った。
「聞きしに勝る体捌きにござります。ですが、次もそれを許す訳には参りません。“この勝負中、私の体に触れるのを禁止”させていただきます」
「げげっ」
──カナリーちゃん、これってどうなの? 通る?
《通りますねー。基本的に、相手が嫌だって言った事は出来なくなりますよー。何でもかんでも、じゃないですけどねー》
──『あなたが生理的に嫌なので、この世界に来ないで下さい』、は通らないって事かな?
《ですよー? でもー、『私の傍に近寄らないでー』、は通りますねー》
──世知辛いね……。
悲しい話だ。法的に接近禁止は日本でもあるが、今日でも物理的な影響力を発揮するまでには至っていない。個人の肉体を拘束する権限は、それだけ重い。
しかしこれはゲーム。進入禁止エリアに見えない壁を張るのは日常茶飯事だった。
うっかり触れて、ハルの制限が解除されているとバレない様にしなければならない。
そうしてディナ王女はその後も遠慮する事無く、ハルの背後からの突進をし続けた。
ハルには、彼女が背後に回るのを止める術が無い。都合上、NPCに危害を加えられない事になっている。進路妨害も不可能だ。
NPCが明確に敵に回ったのは初めてだが、これは何とも面倒な物である。
ディナ王女はこの狭い空間を器用に飛び回り、猛禽類の滑空のごとくハルに突進を仕掛けてくる。
その機動性の高さはスキルの<飛行>を上回るほどで、この優秀さもまた、アベルの持つ聖剣を思い起こさせる。
「聞きしに勝るその腕前。不謹慎ながら、興奮してまいりました」
「……それは光栄だ。だがノッてる所悪いけど、一度ご退場願おう」
再びの鍔迫り合いとなった所で、ハルはテレポートストーンを取り出す。こうすると、彼女は離れるしかなくなる。
そうして互いの優位を生かし合い、一進一退の攻防が続くかと思われたその時、横から合いの手を入れる存在があった。
「白ける事はするなよハルぅ。戦場に沸き立つ血に冷や水を掛けるモンじゃぁないぜぇ」
唐突に両者の間に出現した第三の刃が、ハルの取り出した石を真っ二つに切り砕いたのだった。
◇
「……そこな剣士。お主、味方か?」
「カカッ。とりあえずは、敵じゃあないなぁ?」
現れたのはソフィーの祖父。ハルに破れ退場した彼が、再びこのイベントに戻って来たようだった。
「……お爺さん、懲りないですね。もう勝負着いたでしょ?」
「なぁに、だったら勝つまでやるだけよ。……あとジーさんは止めてくれよなぁ」
黙っていれば好青年の顔を、にかり、と歪ませ、長めの髪をかき上げる。やっかいな援軍が現れてしまった。
NPCに対し特攻、弱点攻撃とも言える効果を発揮するテレポ石も、プレイヤー相手には単なる石つぶてだ。この達人相手には特に。
ハルは無造作にもう一つ石を取り出してディナに投げるも、軌道上に<次元跳躍>されて発動前にまた叩き落されてしまった。
その間に、ディナはシルフィードから渡されたであろう回復アイテムで、飛行に使ったMPを回復している。
これも、地味に今後の世界に影響を及ぼしそうなアイテムである。自動販売機で購入可能だ。
「じゃあ、行くぜぇ……、っと!」
「……後にしません? 相手ならしてあげますから」
「そう言うな。なんとも楽しそうな事やってんだ、混ぜろよなぁ」
「……こう見えて、ご老体なのか?」
「だーもう! ハルのせいだぞ!」
自分のせいである。若く見られたいならば、見た目以外の部分もなんとかして欲しい。
だが、武人二人がかりで押し込まれるのは非常にやっかいだ。ハルが神剣を使えないと悟るや否や、今度は彼も遠慮なく刀を切り結んで来た。
ディナと逆側へ転移され、刀で受け止めたハルの動きが止まる。ディナに背を向ける形になった。
「お覚悟、ハル様」
その隙を見逃すディナではない。すかさず低空から聖槍を突き込んで来る。
「環境固定装置起動」
それを、ハルはバリアフィールドで受け止めた。もはや精密な剣技での決着にこだわる段ではない。防御力優先で行こう。
卑怯と言うなかれ。切られれば血が吹き出るハルなのだ。あまりプレイヤーの居る場でお見せする訳にはいかないのだ。
「それは、弟の!? いや、違う、妙な手ごたえ……!」
アベルの聖剣によるバリアを想起したディナだが、ハルのバリアは、あれとは別物だ。
薄皮一枚の空間を無限分割し、永遠に辿り着けない無限の距離を擬似的に演出する。魔法に片足を突っ込んだ科学の力の結晶だ。
聖槍の鞘が変形した鎧の効果で、どこまでも加速するが、“何時まで経ってもハルに到達出来ない”。
その感覚の気持ち悪さに、思わずディナは後ろへと飛びすがった。
「げぇ! 今離れるんじゃねぇって……!」
ハルの後ろへと回り込んだ、<次元跳躍>の使用不能時間中であるため、ソフィーの祖父は今、転移して逃げる事が出来ない。
今は、剣での決着に拘るハルではない。予定外の闖入者は魔法でご退場願おう。
火属性の式を最小限で素早く組み立て、<魔力操作>で強引に大魔法に仕立て上げると、至近距離で爆発させる。
リアルで鍛えたその剣才により、人外の動きを可能にする彼だが、魔法相手には貧弱。レベルも低く、装備も弱い、防御魔法等のスキルも得ていようはずが無い。この直撃を、受けられる道理は無かった。
……しかし、撃破は成らなかった。彼の後ろ、通路の奥から<風魔法>による援護が入る。
爆炎を打ち消しながら、彼の体を引き寄せハルから離す。無傷とは行かなかったようだが、撃破してこの場から追放する事は適わなかった。
「シルフィード! その者の援護よりもハル様からポイントを!」
「あっ、はい! すみません殿下!」
「俺の扱い酷いなぁおい」
「味方ではないのでしょう?」
現実主義な王女様だ。まあ、死亡回数に制限の無いこのイベントだ、すぐに戻ってきてしまうだろう。ここはポイントを奪われずに済んで良かったとしよう。
ハルはじわじわと距離を詰められていた兵士達から距離を取り、後退したディナ王女に詰め寄る。
まだハルの妙なバリアに警戒しているようで、続けて攻めては来ないようだ。
「……一度、仕切り直そうか。自陣に戻るとしようかな」
「いえ、そうは行きませんハル様。……残念ですが、時間切れのようです」
ディナ王女が逆側の通路、その先に目を向けると、曲がり角の先から別の鎧を着た兵士が姿を現す。挟み撃ちだ。
ならばと十字路を曲がろうとするが、その先からも、両側を兵士が塞いでいた。その奥には、光線銃を装備したプレイヤーの姿も見える。
「詰みにございます、ハル様。この区画、完全に包囲させていただきました」
「……まいったね」
正面には瑠璃の軍、背後は群青の軍。その軍勢が、周囲一帯を完全に取り囲んでいるのであった。
※誤字修正を行いました。
また、表現のミスを少しだけ修正しました。お話の大筋に変更はありません。