第240話 戦いのその先を見据える者達
さて、自動販売機で売っている転移系アイテムで、“NPCを所属国に戻す”物は最上位だ。当然、それ以外にも安く気軽に使えるアイテムが用意されている。
最も安いのが『エレベータ前に転移』、これだと嫌がらせレベルだ。次が中層とも言える『待合所へ転移』、ここから効果が戦略級へと一気に変わると言っても良い。
何故ならば、元の位置へと戻るのにエレベータ起動用の聖印が必要とされる為だ。飛ばされたのが信徒本人ならば良いが、兵士であればそれを迎えに行く者が必要となってしまう。
そこからは小刻みに、『上層へ』、『甲板へ』、と進んで行く。これも信徒の数が用意出来ないチームにとって地味にストレスが大きい。甲板だと雨にも濡れる。嫌がらせか。
そして海上移動手段が必要となる『港町へ』、半ばイベントからの脱落を意味する最高級の『首都へ』と続く。
「転移妨害のようなアイテムは、無しか……」
「うわっ、きっつ」
「プレイヤーで守りなさい、という事ね? 敵チームのプレイヤーに肉薄されたら、ゲームオーバー」
「絆が重要になるのですね!」
「ブルーちゃんが何か言ってたねえ」
プレイヤーはNPCを害する事を禁止されているが、隣接すれば一撃必殺で退場させられるアイテムを使える。なかなか面白いバランスだ。……ハルは主に使われる側である、という点を除けば。
「周り全て敵な上に、純粋な協力者はごく少数。クソゲーか」
「男性を除外しちゃったから更に半分だね。うける」
「うけるな……」
ただし、こちらが守るべき対象もアイリとメイドさん達だけなので、そう深刻になる必要も無い。ユキにはそのままウケていて貰おう。
だがそこはゲーマーの彼女だ。笑いながらもしっかりと対策を考えていた。
「これって味方にも使えるん? だったら一番安いの常備しとけば、追い詰められた時に使えるんだけど」
「無駄打ちさせられるのね? 最高級の物を使った瞬間に後出ししたいわね?」
「ログアウト・エスケープに近いね。損害を最小限に抑えられる」
「損切りなのです!」
自身にデメリットのある行動を咄嗟に取るのは慣れた者であっても勇気が要る。だが、より大きな損害を防ぐためにその判断が出来るのは、対戦ゲームで上位に登るにあたり必須の技能だ。
勝利の為なら腕一本惜しくない、という奴である。少し違うか。
「じゃあぽてとも! 持っておく!」
「お願いね、ぽてとちゃん」
「まかされよ~~」
「ぽてちゃんには<潜伏>して攻撃に回ってもらった方が良くない? 高級テレポ石持たせてさ」
「ダメだよユキ。滅多な事を言うもんじゃない。強すぎて禁止指定される」
「ぽてと、さいきょー」
真面目に、これは防ぐ手段が無い。ハルを除けば<潜伏>中のぽてとの存在に気づける可能性があるのは、あのソフィーの祖父くらいだろうか?
ハルの財力でもって、そんなぽてとに無制限に上位転送アイテムを与えれば、誰にも察知されずに全てのNPCが自国に強制送還だ。クソゲーにも程がある。
圧倒して気分は良くなるだろうが、イベントの攻略手段が無くなってしまっては本末転倒だ。
ぽてとには、メイドさん達の護衛に付いていて貰うとしよう。彼女ならば適切なタイミングで緊急回避を実行してくれるばずだ。
「ちょっと、試しに使ってみるね」
「おおー?」
そしてハルは実験として、最高級のテレポートストーンをセットで購入し使用してみる。ついでに録画してコミュニティに上げておこう。
石の使用を選択すると、それを中心にこの部屋一面程度の魔方陣が広がり、すぐに効果が発揮される。これの回避は困難だろう。
一瞬のうち、ハルを含めて、アイリとメイドさん達が首都の神殿内へと転移していた。
外を確認してみれば、清浄に整えられた小高い丘の上。雨上がりに濡れる林の草木が、転移の成功を教えてくれた。今も雨足が絶えない海上とは、天気からして違う。
それをカメラに収めたハルは、今度は逆方向のテレポ石を使用する。こちらは範囲が広く待ち時間も長い、落ち着いて使用する為の作りになっているようだ。
エレベータ前に飛ばされたハルは、同時に付いて来てしまったゾッくんをカナンの元に戻しつつ、ルナやユキ、ぽてとの待つ販売所へと戻るのだった。
「ただいま」
「ハル君おかえりー」
「お帰りなさいハル。私達は、対象外なのね?」
「えぬぴーしー、専用だ! ……あれ、ハルさんは?」
「僕はアイリと結婚してるからさ」
「結婚ってすごいなあ~」
正確には、神様に申請たからだ。契約者ならば、同じようにNPCとの関連付けをやってもらえるはず。
ただ、そんなハルのような例外を除いて、このアイテムが効果を発揮するのはNPCのみ。本来は救出するには、ログアウトして自身も首都へ戻る必要があるだろう。
「総じて、攻撃側有利だね。となると、こっちもそうなのかな」
「お、ついに来たね、『支配ポイント』吸い取り機だ!」
「ポイントちゅーちゅーなのです!」
「可愛いネーミングねアイリちゃん?」
ハルは購入したアイテム、ポイント吸い取り機……、ではなく、ポイントゲッターなる銃のような器具を実体化させる。
見た目通り、銃のように構えてポイントを奪いたい対象に向け引き金を引くと、支配ポイントを奪い取れるらしい。
「ユキ、僕に使ってみてよ」
「らーじゃ」
ユキが引き金を引くと、べかーっ、とポップな黄色の光線が照射される。攻撃では無い事を表すためか、明るく優しい光だ。
その範囲は広く、通路を埋め尽くすほど。距離も二十メートルはあろうか、といった長距離だ。
「これは撃たれてしまっては、逃げ場が無いのです!」
「こちらも攻撃有利になっているわね?」
「どーするよハル君。このペースで吸われ続けたら、ハル君の十万ポイントでも長くは持たないよ?」
「むしろそれくらいの方が良いよ。『あのハルを倒せるかも!』、っていう希望を与えられる。これがチマチマしてたら、やる気出ないだろうからね」
ハルの目的は、所有する大量の支配ポイントを餌にした囮になる事。ここの効率が悪ければ、囮としては機能しない。
だが四方八方からこの光線銃を照射されれば、あっという間に保持ポイントはゼロになるだろう。ハルの腕の見せ所であった。
*
「撃て撃てっ! 削れ削れっ、かはっ!」
「よっし十分吸った! 離脱する!」
「勝ち逃げが出たぞ! 許すな!」
「馬鹿こっち向けんな! えっマジなの!?」
「うるせぇお前もポイントには変わらんわ!」
「やられた! 衛生兵ー!」
「んなもん居るかってての。むしろお前が衛生兵やれ!」
ハルからの動画情報もあって各チームが販売機を解禁し、光線銃が行き渡ると、プレイヤーは皆それを手に大量のポイント、つまりハルを目掛けて進撃を開始した。
ハルは戦場を北東の緩衝地帯、八等分されたが故にどのチームの領土でもない空白の地区へと定めた。
全ての色はそこへと集まり、戦場は大混戦の様相を呈している。皆、目的はハルのポイントではあるが、ここに集ったカラフルなプレイヤーはお互いに敵同士。彼らの間においても、またポイントの奪い合いが発生しているのだった。
「はははは! 収集ご苦労。では回収の時間だ!」
「ハルからの攻撃来るぞ!」
「ぼうぎょ……、がふっ!」
「馬鹿だな、エーテルボムは警戒して常に防壁張っておくんだよ、がふっ!」
「エーテルボムしか使わないとは言っていないが?」
「一時撤退だ! バリケードまで後退!」
蜘蛛の子を散らすように四方に逃げ去るプレイヤーに向け、ハルは誘導光魔法で追跡をかける。多重ロックオンで頭部を撃ち砕き、多数のプレイヤーを転送部屋からのやり直しに処すが、全ては刈り取らない。
一部のプレイヤーは生き残らせる事で、『上手く立ち回れば希望がある』、と演出していた。
そうしてハルは、奪い取られた分を撃破にて一部回収しながら、じわじわと己の支配ポイントをプレイヤーに与えて行った。
現在、二万五千ポイントほどを消失している。なかなかの健闘ぶりだ。
多くの者は、単純に『この四倍の時間を掛ければ吸い切れる』と沸き立つが、実は本番はここからだ。
既に発生しているように、ポイントを確保する事に成功したプレイヤーは、その当人も吸収対象になる。
そして多量のポイントを所持する者は、ハルに撃破されてしまえばその回収率も多量となる。一気に回復されてしまうのだった。
「遊撃隊にユキ、守備隊にルナも居るしね。ここに来なくても安全ではない」
《ポイントを持ち帰った“隠居”プレイヤーは、余さずユキ様にお知らせします。そちらはお任せ下さい》
「頼んだよ黒曜」
《御意に》
既にこのバトルフィールド全域に、<神眼>の視点となる黄色の魔力を点在させてある。ポイントを所持するプレイヤーが何処に居るのかは全て把握可能だった。
それをユキが急襲する事で、渡り過ぎたポイントの回収も行っている。
「ただまあ、逃げ出したばっかりの人はなるべく対象外ね。『支配ポイント』所持による、『復旧ポイント』の恩恵には預からせてあげたいから」
《御意。あくまで重要なのは、イベント終了時の支配ポイントの分布ですね》
「その通りだ」
支配ポイントを保有している者は、バトルフィールドに留まっているとアイテムや経験値と交換可能な、復旧ポイントを取得することが出来る。
参加プレイヤーの殆どは、それが目的だ。最後まで支配ポイントを抱えて終わる事は目的ではなく、時間経過で利益が出せればそれで良い。
同様に、ハルの魔法から身を隠すバリケード、未修復のガレキも、片付ければポイントが得られる為に徐々にその数を減らして行った。皆、欲望に素直である。他人を出し抜くのに必死だ。
だが、その一方で、『復旧ポイント』は使い切ってでも、最後まで『支配ポイント』を保持して終わりたい思惑を持つ者も、また存在するのだった。
◇
「おつかれー、そっちはどぉ?」
「ユキもお疲れ。だいぶ減らされちゃったよ」
「私は大分増えたねぇ。ハル君と合わせるとプラマイゼロだったりして」
このフィールド上を巡回して辻切りを行っていたユキが、攻撃の止んだ隙間を見計らって合流してくる。その思惑を持つものをおびき出す為だ。
彼女はハルが見逃したポイント所持者を、時間差で撃破してポイントを回収する役目をこなしていた。回収は割合なので全回収とはいかないが、ハルが失ったポイントの多くはユキへと渡った形になる。
そんな二人が同じ場所へと揃い、ポイントが集中する。それを待っていた者達が居た。彼らは突然、通路の途中にある部屋の扉から飛び出すと、一糸乱れぬ統率力を発揮し隊列を組む。
その数十五人ほど。なかなかの練度だ。五人程度で三列を組み、その後ろに指揮官が控える。射程ぎりぎりの良い位置だ。あの部屋を選んだ者は優秀である。
「総員、構え……、撃ぇっ!」
指揮官、青の契約者であるシルフィードの号令で、一斉にビームが照射される。所持している光線銃は全て最高級の物のようだ。ハルもユキも、一気に支配ポイントを吸われて行った。
その吸収中の彼らの“後ろから”、シルフィードが追加で銃を構える。ハル達から部下が奪ったポイントを、全て自分へと集めるつもりだ。
「おお、めっちゃ吸われてるよハル君。離脱するねー」
「手はず通りにね」
一気に一万ポイント以上を吸収されたユキが、たまらず光線の範囲外へと逃れ姿を消す。当然、ユキがこの場に来たのはこれを誘う為。彼女の仕事は完了だ。
「油断しましたねハルさん。安易にポイントを一箇所に集めるなど。……その、悪く、思わないでくださいね?」
「やあシルフィー。相変わらず謙虚だね。そのクセに、大胆だ。部下を使い捨てにするなんてね?」
「つ、使い捨てでは! えと、彼らには正当な報酬が約束されています……!」
勿論知っている。律儀な事だ、わざわざ答えるとは。
個人の利を捨て、組織的に支配ポイントを集めようとする存在。これを待っていたハルだ。
そして彼女の他にも、そういった存在が生まれやすい土壌を作るため、素質のありそうな一部の者からはポイントを回収せず溜め込ませておいている。
そうして分散していた支配ポイントは今、徐々に各チームの一部個人に向け集約しつつあった。
その一人が、目の前のシルフィードだ。
「次弾、構え!」
「さすがにそれは許容出来ない」
次の光線銃を取り出した部下、青の契約者達をハルは光魔法で撃ち抜いてゆく。
鍛えに鍛えた<風魔法>で防壁を張り、防ぎきったシルフィードに追撃を加えようとした瞬間、ハルと彼女の間に割り込む影があった。
咄嗟に、ハルは攻撃を中止する。
その影こそを、ハルは待っていた。一人のプレイヤーへとポイントを集中させようとするのは誰か。それによる個人の損失を補填すると約束する者は。
それはプレイヤーでは有り得ない。誰もが、その役は自分がやりたいと主張して聞かないだろう。
それを指定出来る外部の有力者。すなわちNPC、ディナ王女がこの場へと姿を現したのだった。




