第238話 交差する剣と交差せぬ刃
まずはスキルの仕様を調べなければならない。ハルは再び攻めを開始する。
相手も神剣の切れ味は察しているようで、刀を合わせて受けることは無い。打ち合ってくれれば真っ二つにして終了だったのだが、そこまで楽は出来ないようだ。必ず回避してくる。
時に剣の腹に刃を叩き付け、この薄刃の破壊を目論みつつ起動を曲げてくるのは流石の腕前。
だが、そこは神剣。ハルの作である亜神剣であれば砕け散っていただろうが、こちらの強度はまさに神級だ。折れるとしても向こうの刀だろう。
そうして攻め続け、再び敵を“詰み”に追い込む。癖というのはいわば動作の最適化プログラムだ。完全に克服、書き換える事は達人であっても難しい。いや、厳しい訓練によって強度を増した達人であるからこそ、とっさの判断を要する極限の一瞬において顔を出す。
その詰みを再び、敵は<次元跳躍>によって回避する。
──やはり後ろか! その分距離が浅い!
転移方向は敵の前方。ハルにとっては背後へと跳んだ。読み通りだ。先ほどと同じパターンをなぞる事による追撃を避けたのだろう。
だが、転移距離は変わらない為に相対的にハルに近くなっている。
ハルは壁を蹴り、天井を足場にしつつ、空中で強引に方向転換して追撃に走る。“着地狩り”ならぬ“転移狩り”だ。
「出来た侍かと思ったが、忍者の類だったかぁ?」
「出来た忍者は侍も兼ねるんだよ!」
発言は適当である。だが武士の中に潜入するにあたり、そういう事もあるかも知れない。割とありそうな適当さだ。
それはさておき、転移直後に体勢を立て直す暇を与えず倒す、というのは失敗に終わった。
無理な方向転換による減速を除いても、追撃の剣が届くよりも敵が構える方が先だ。速度そのものが足りていなかった。
──やっぱり、最高速度自体は分身に劣るね。
《はい、ハル様。特に<加速魔法>は幽体、ゲームキャラクター用に調整された魔法です。肉体の加速には上手く機能しておりません》
プレイヤーの体の魔力が物体に触れる際の作用などを強化するのが<加速魔法>だ。反発力の強化は多少利いているようだが、効果は十全には発揮されない。
代わりに肉体のナノマシン強化とパワードスーツによる補助があるが、ハルはどちらかといえば防御に比重を置いた調整だ。最高速度では幽体に劣る。
加速の衝撃から人体を守る事に気を回さなければならない。気軽に理論上の最高値を出す訳にはいかなかった。達人相手、極めて繊細な感覚が要求されるため、今は環境固定装置も切ってある。
そのため超高速により肉体に掛かる重力が増大し、血液が逆流する。その制御もしなければならない。痛し痒しだ。
防御を捨て攻撃に回したはずが、体の負荷に回す制御が増えてしまっている。
──人間の体はこうして見ると制限が多いね。ユキの気持ちが分かった気がするよ。
《おめでとうございます、ハル様。ユキ様もお喜びになるでしょう》
実際のところ、ユキの抱えているのは別種の悩みだ。物理的な限界値ではなく、精神的なもの。
これで理解したなど言ったら、『そういうんじゃないよぉ』、と頬を膨らませてしまうだろう。
──まあ、今は置いておくとして。<次元跳躍>はやはり連発出来ないみたいだね。
《はい、ハル様。スキルコストとして、大量のHPMPを消費しているようです。移動距離は消費量に比例。十五メートルほどが限界と推測されます》
やはり超能力系のスキルのように、膨大なコストを必要とするようだ。
攻略という観点からはそこを突いても良いが、それでは持久力勝負と変わらない。むしろ、回復薬が尽きる前に、相手が気兼ねなく<次元跳躍>しているうちに、きっちり撃破したい。
《移動先はハル様ならばもう予測可能でしょう。先行してそこへ機雷のように魔法を潜行させては?》
──魔法らしい魔法は却下。同様に転移を封じるのも却下。好きに転移させた上で、剣で斬って撃破したい。
《それは、相手の心を折る、という事でしょうか》
──いや、ほぼ僕のプライドだねっ!
「はははははッ!」
「むっ」
そうしてハルは勢いに身を任せるように我武者羅に剣を振るう。敵が転移で逃げようとお構いなし。すぐさまそこへ向けて距離を詰め攻撃を再開する。
当然、敵もただ攻撃を避け続けて居はしない。ハルが剣を戻せぬタイミングで、刃を煌めかせる。
攻めの手を一手間違えれば、勢い余りすぎてこちらが体勢を崩してしまえば、今度はこちらが詰まれてしまうだろう。
結果、何十もの剣光が互いの間で交差するも、ただの一度も剣は打ち合わない、そういった奇妙な状況が生まれていた。
「無駄だなぁ。決め手に欠ける」
「ははっ! それはお前も同じ事だ! <次元跳躍>を攻めに使ったらどうだい!?」
「待ち構えてるんだろぉ、それを? なぁに、勝機ってのはいずれ訪れるもんさなぁ」
徐々に戦闘の高揚感にのめり込んで行くハルと対照的に、相手は冷静な態度を崩さない。
歴戦の自信、逆境を打ち破る精神力。敵もまた、ハルに勝てると確信して疑わないようだ。
《敵はまだ、切り札を隠し持っている可能性を警告します》
──かもね。……いや、“切り札が新しく生まれる”のを待ってるのかも。
《新たなユニークスキルが己に生じるのを確信していると? 論理的な戦略とは思えません》
──経験は時に論理を凌駕する。五段階の暗号解読、その二から四をまるごとスキップして答えを出すようなものかな。
天才の思考のようだが、それともまた違う。AIの学習に近いだろうか? 膨大なデータの入力から解の傾向を導き出し、入力に対し即座に出力を返す。
だが、その解がどのような理屈により導かれたのかは外部からは理解不能だ。
《ハル様がその敵の思考を確信しているのも経験則でしょうか》
──僕のは論理だよ。彼は持久戦に誘導したがってる。
自身の癖を矯正する時間、戦闘によるレベルアップでハルとの差を埋める時間、そして時間があれば自分の才覚が新たな力を生み出すと確信して。
その時間稼ぎの念を、彼の態度や太刀筋からハルは感じ取っている。その辺り彼は非常に素直なようだ。老成して心の動きを読ませない、といった落ち着きとは無縁である。
ここでハルがあえて隙を見せても、それに乗って反撃を許す事はあるまい。初志貫徹、そこはハルと変わらぬ頑固さが見えた。
「よく体力が持つなぁ。流石は若い若い」
「息が上がったかいジーさん? 残念だが下層にベッドは無くてね。床に寝かしつけてやるさ!」
「いやいやいや、この体は良いなぁ。上がる息も跳ねる心臓も無い!」
「ははは! さすがにアンタも心臓までは交換してないのか!」
「そこ笑うとこかぁ?」
精神が昂ぶっているのだ、許してほしい。箸が転げても腕が転げても可笑しい年頃なのだ。
さて、そんなここしばらく無かった楽しい試合だが、そろそろ幕と行こう。
体内に<物質化>で直接ナノマシンの餌を生み出し、増殖命令を発令する。体を覆うスーツは保護を度外視し、加速に全ての性能を振り切った。
心臓を一時停止し、血流は全てエーテル操作に委ねる。視界の赤化対策は特に入念に。ここは最初から<神眼>で見ておくのが良いか。
──リミッター開放レベル3、承認。
《二十五秒で強制停止をかけます。時間内に済ませて下さい》
十分すぎる時間だ。勝負は一瞬で付く。
制限を外したハルは今まで以上の速度で通路の壁面を跳ね回り、ひたすらに死角から強襲する。さながらホラーゲームのモンスター。
だが、モンスターとは違い銃弾を撃ち込むために停止してやる優しさは一切持ち合わせていない。常に目にも留まらぬ速度で跳ね続けるクソゲーだ。
いかな機械化による超人試合を勝ち抜いた剣士であろうと、この軌道に経験はあるまい。直線的に跳ね回るだけではなく、時に<飛行>を交えて急に角度を変えてくる。
そんなハルの全方位から来る怒涛の剣閃に、一度たりとも当たる事無く避け続ける彼も、また異常。紛れも無い人外の域。
既に癖を克服しつつある彼だ、キャラクターの体の稼動範囲も正確に把握しつつあり、詰ませるのはもう容易ではなくなってきている。
だが、ハルもそれを待っていた。その認識が、新たな盲点となる。
ハルの体はキャラクターではない。肉体を持っている。故に、その稼動範囲はキャラクターの枠に囚われない。
「なにぃ!? 馬鹿な、」
稼動範囲を正確に把握しすぎた為に、それがかえって仇になった。
絶対に剣を振れない“安全地帯”に身を置いた敵の体を、強引に侵略する。常識外の動作をする関節部は、何もサイボーグボディの専売ではない。むしろ人体の方が柔軟だ。
そのまま胴が二つに分かれる寸前、当然に、彼は<次元跳躍>で退避する。
咄嗟の対応。悠長に位置を選んでいる暇は無い。位置は、ハルの読みどおり。ハルは横薙ぎの勢いのまま、神剣を投げつけた。
コマのように回転して飛翔する神剣の速度は弾丸のごとく。不自然な体勢のまま転移した彼には、まともに回避する余裕は無い。
だが、迎撃するにはその剣は鋭すぎる。あらゆる物を切断するその刃、弾いて叩き落す事も不可能。
「カカッ! 絶体絶命だなぁ!」
だが彼はもはや完全に王手と言えるその状況でも、活路に希望を捨てていない。
剣で迎撃はしない。あくまで刀はハルを切るために握りこみ、空いたもう片方を飛翔する神剣に向けてかざし掲げる。
もはやひと繋ぎの円にしか見えぬその回転にくぐり込み、正確にその柄へと手を掛けた。
「取っ! たぁ!」
「いいや取れない」
受け止めたからといって、その回転エネルギーが止まる事は無い。手の中で暴れる神剣は、そのまま腕を捻り上げ、足を深く切り裂き、手首を強度限界に陥らせ吹き飛ばした。
「だが、コレでお前は無手だなぁ!」
「残念、これはゲームなんだ」
己の手首と共に後方に吹き飛んで行く神剣を見てほくそ笑む彼に、ハルは肉薄する。剣を追うように自身も駆けていたハルだ。その距離は既に至近。
その手の中には、アイテム欄から実体化した『亜神剣・神鳥之尾羽』。もはや耐久を気にする必要は無い。一刀の元に、決着する。
二度の緊急回避で体勢の崩れ切った彼の身に、ハルは容赦なく刀を滑らせるのだった。
◇
《ナノマシン・エーテル、過剰増殖、解除。戦闘終了です、お疲れ様でした》
「いやほんと疲れたね……」
酷使した肉体がダルさを訴え、無理に曲げた関節や筋肉が熱を持つ。暫くは回復に当てないとならないだろう。
神剣を手元に回収して消去すると、ようやく勝利の実感が沸いて来る。
ハルは周囲に<神眼>を走らせると、退避しているアイリ達を<転移>で呼び戻すのだった。
「ハルさん!」
飛びついてくるアイリを抱きとめ、その腕の中へ収める。だいぶハラハラとさせてしまったようだ。
「お疲れーハル君。何あれ強すぎじゃない? まだあんなプレイヤー隠れてたんだねー」
「遊びすぎよハル。……通路ごと吹き飛ばしてしまえば良かったのでなくて?」
「……剣での手合わせがご所望だったみたいだから、魔法で勝っても負けを認めてくれなさそうでさ」
「ストーカー化されても嫌だもんねぇ」
「相手もバトルジャンキーなのね……」
類は友を呼ぶ、とでも言いそうなルナだ。否定は出来ない。
「ですが、技の競い合いならばこちらも<転移>は使っても良かったのではないですか? それなら同等の条件です」
「秘密にしておきたいからね。<転移>は便利すぎるから、それを使った依頼なんか殺到されたら嫌だ」
「このバトルフィールド、動画撮影は常時解禁されてるしねー」
「あわよくば、あの男に転移業務を押し付けられるわね?」
既にルナが黒い算段を始めている。ハルも少し考えていた事だ。
転移が世界に与える影響は大きい。特にプレイヤー間では、一瞬でそれは広まるだろう。彼にはその影響の先頭に立って、ハルを目立たなくしてくれると助かる。
「そういえば!」
「アイリ、どうしたの?」
「転移といえば、いつの間にか此処へとやって来ていた信徒の方がいらっしゃいましたよね?」
「うん。緑の国の人だね」
「……それが、彼の手引きなのかしら?」
「距離が足りないよルナちー。そんな長距離ワープ出来るなら、ハル君はもっと大変だった」
「そうね……」
だが、緑の、商業神の信徒が何らかの転移を使って此処へ来た、というのはありえるかも知れない。
今回の件で、転移スキルはハルの専売では無いことが証明された。
先ほどの、ソフィーの祖父の他にも、転移系のスキルを所持しているプレイヤーが出ている。その可能性も十分に考えられる。
それはこの先、世界の流れが加速して行く事を意味しているのだった。
※誤字修正を行いました。




