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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第237話 瞬間移動

 ハルへの奇襲に失敗したその男は、慌てるでもなく余裕の様子で少しずつ距離を取ると、元来た通路の中央に陣取ってハルと向かい合う。

 ハルはアイリを退避させ、ユキやルナと合流させる。特に気にする事無く、男はそれを見送った。

 ふてぶてしい、といった言葉がよく似合う。必殺の一撃を防ぎ切られたにも関わらず、その表情には常に自信が貼り付けられていた。


 キャラクターは標準的オーソドックスの少年タイプの造形で、少し長めの茶髪は流行はやりの成長型で好青年な主人公像か。

 だがその成熟しきった表情と、シャツを着崩し胸元を大胆に開けた服装が、純朴じゅんぼくな少年像をアンバランスに歪ませていた。


「やるなぁお前。今の絶対に体が追いつかない位置に仕掛けたんだぜ? 便利だなぁ、魔法ってのは」

「奇襲も魔法で仕掛けたんだろう? なら魔法で防がれる事も想定しないとね、初心者ルーキーさん」

ちぃがいないなぁ」


 喋り方も独特だ。噛んで含めるような、ねっとりと粘性の高い喋り。もはや、さわやかな少年の見た目が邪魔になってくる。


 初心者ルーキー、と言ったのはその反応以外にも、単純にAR表示によって見えるステータスにもある。レベルは36と低く、称号も初期のもの。服、つまり防具も公式ショップで売っている飾り気の無い物を着崩しただけのようだ。

 そして、スキルの習熟度の低さだ。ハルの死角に切り込んで来たのは勿論スキルであろうが、それ以外に移動や戦闘にスキルを絡める様子は皆無だった。潜伏時からずっとだ。

 つまりは、彼は己のセンスだけでここまで突っ走って来たと言えよう。


「しかし優秀。先の一撃、『そういう可能性もある』、と想定していなけりゃあ防げないだろ? どういう生活してれば身に付くのかねぇ」

「単純に、キミの攻撃は最初からあの魔法で防ごうと準備してた、それだけかもよ」

「よせよせよせよ、そんな見え透いたフェイク。お前は俺の剣を、体術でさばこうと構えた。防御の魔法は保険の保険だなぁ」

「良く見ていることで……」


 観察眼が非常に鋭い。これはハルのように論理的な帰結によって求めた結論ではなく、戦闘勘とでも言うべき直感的な物だろう。

 要は経験に裏打ちされた物。敵の構えを見ただけで、その対応までも透視する圧倒的な戦闘経験があると分かる。

 つまりは。


「……もしかして、ソフィーさんのお爺さん?」

「うおっとぉ。どうして分かったんだぁ? こんなに若作りしてるのに……」

「若作り……」


 やはりそうだったようだ。そして元々、ハルがプレイヤーキャラクターの容姿をさほど重要視する事は無い。

 様々な年代、環境の者がフルダイブゲームを遊んでいるが、そのキャラクターは皆、若くて当然、美男美女で当然だ。『違う自分になりたい』という欲求を満たすため、現実の容姿を踏襲とうしゅうしている者は少数派になる。


 よって、目の前のような例も当然現れる。少年の体に入った老人。もっとも、人生経験というのは如実にょじつに振る舞いへ出る物で、こういった例はいくら無邪気に振舞おうと伝わってしまうもの。

 逆に、少年が大人に憧れてシブいキャラクターにしようとも同じことだ。


「ソフィーさんから聞いてましたからね。貴方が僕に興味を持ってると」

「孫が世話になっているようだな、礼を言う」


 会話しつつもハルは彼の隙を探るが、全く隙を見せる気配は無い。多少大げさに身振り手振りを交えるハルだが、視線がそちらに誘導される事は無かった。

 仮に誘導されたとしても、視界の盲点を突く期待は出来ないか。彼もまたソフィーと同じく、視界全体を広く把握する目を持っている可能性は高い。


 同様に、相手もハルが隙を晒すのを待っているようだった。言葉を交わし始めても、戦闘行動は継続中。互いに首をき切ろうと虎視眈々(こしたんたん)

 いや、仮に首を飛ばされたとしても、それで素直に死んでやるハルでは無いが。


「僕と戦うためだけに、このゲームを?」

「いや、その前からあいつが五月蝿うるさくてなぁ。『いいゲームだいいゲームだ』と。一度やってみようとは思っていたよ」

「活発なご老人だ。まあ、僕の知り合いにも何人かゲーム好きは居ますけど」

「カカッ! 実践式剣術復興の連中だろぉ? あいつらゲームだからと言い訳に嬉々として殺し合ってる変態だからなぁ」


 自分は自分で、強さを求め体をサイボーグ化してしまう変態ではないのだろうか。

 似ているようで違うらしい。なんとなく互いに相容あいいれない矜持きょうじのような物があるようだ。


「ところで、せっかく若作りしたというのに年上扱いするんじゃねぇよ。アバター被ってる間は、みんな平等! だったろ?」

「あ、そう? じゃあ遠慮なく。無意識な年長者目線がイタいんだよジジイ、粋がるならもっと年少ガキのボディがおススめ」

「もっと年長者敬おうぜぇ!?」


 挑発と同時にこちらも刀を取り出し、相手の精神の揺れに差し込む。

 ハルの筋肉は収縮の予兆を見せずに、一歩目から限界速に達する事が可能な特別製だ。いかな達人といえど、いや達人であるからこそ通常通りの予測が困難になる。

 そんな、ハルの瞬間移動とも感じられるだろう速度の不意打ちも、半歩下がりつつ身を捻るだけで難なく回避されてしまった。


「ちぇっ。やっぱ冷静だ」

「いいやぁ? 頭に血は上ったぞ。ただ、興奮した時は攻撃が来て当然になっちまってるんだ、この体ぁ」

「どういう生活してるんですか……」

「だから敬語止めろって! 他の連中にジジィだってバレちまう」

「……いや時間の問題だと思いますけどね。それに僕は、“親しくないプレイヤーには”大抵こうですよ」


 肩をすくめるように彼は諦めたポーズを取る。当然、隙を見せない程度に。

 これだけの強さと自信を兼ね備えたプレイヤーだ。当然、すぐに話題になるだろう。彼のリアルは、一体どんな人物なのかと。

 フルダイブで別人になったのだからリアルとは切り離そう、などと標榜ひょうぼうされてはいるが、その実、みな他人のリアルは気になるものだ。そのキャラクターの後ろにどんな人物が居るのか気に掛かる。

 こうだから強いのだ、有名なのだ、と納得する。また逆にけなす材料にする。彼も実年齢が広まるのは時間の問題だろう。


 さて、そんな彼は何を目的にここに現れたのか、そして、どうしたら帰ってくれるのか。少し頭を悩ませてしまうハルだった。





「つまり、なにかぁ? 俺同様に、強くて、落ち着きのあるお前も、またジジイだということになるなぁ」

「なりませんよ……、僕は学生だって知れてますから」

「なら、俺も先んじて学生だと噂を撒いておくかなぁ」

「無理だと思う」


 言外に、『親しくなる気は無い』、と言ったというのに、特に気にする様子は無いようだ。

 この場を離れる様子も、戦闘を再開する様子も無い。


 よもや何かの時間稼ぎか、それとも様子を観察されているのかと思ったハルだが、そこで少し思い直す。

 相手の中身は老人。行動パターンの中央値で比較できる存在ではない。単に、戦闘も、茶飲み話も、彼にとって等価な行動でしかない可能性もある。どんな生活だ。

 単に隙を見せないのが日常になっているのだろう。本当に、どんな生活なのだろうか。


「来い、『カナリア』」


 ハルは握っていた数打ち物の刀を収納すると、『神剣カナリア』を実体化させる。

 レベルこそ低いが、目の前の相手は今まで出会ったどのプレイヤーよりも強敵だろう。全力を持って当たらねば足元をすくわれる。


「おいおいおい、“伝説の武器”かぁ? これだから廃人は。初心者相手にちっとは手加減してくれよなぁ」

「今は時間が惜しくって。大人しく引いてくれれば、コレも振るわずに済むんですけど」

「寝る間も惜しんでイベント、ってかぁ? 生き急いでるねぇ若人わこうど


 ……見た目通りに若く見られたいなら、そういう発言は慎むべきだろう。今、ものすごくジジイオーラが溢れ出る様子が幻視された。

 そして、引く気は一切無いようだ。やはり世間話だけが目的ではなく、命のやりとりをする気らしい。


 ここで魔法を使って彼を消し炭にするのは簡単だ。剣士としては達人の域に居ようとも、プレイヤーとしてはまだまだ未熟。魔法を防御する術を持たない。

 だが、問題なのは彼がプレイヤーだということ。倒した所で、ノーコストで復活されてしまう。


 今回は撃破されてしまった際の復活回数に制限が無い。戦闘ではなく復旧が主目的だからだ。さすがにその場での復活は出来ないが、転移部屋が開通すればすぐにそこまで戻って来れる。

 倒しても倒しても目の前に戻って来られては、非常に面倒だった。

 得意の剣で決着を付け、格付けを印象深くしてやらねばならない。


「カカッ! 良い気迫だ。血がたぎるよなぁ」

「そのまま沸騰して蒸発してくれると助かるよ」


 その朴訥ぼくとつな好青年顔をニヤリと大きく歪ませて、彼も刀を持ち直し戦闘の構えを取る。

 見覚えがある構えだ。日本における彼の流派、機械化剣術の試合の映像でも見た独特なもの。人体の構造、稼動範囲、そうした物を半ば乗り越えた、常識に反する構えだった。


──だが、このゲームのキャラクターは通常の人間にならった構造だ。その構えには、向かないよ。


 宣言も無く、ハルは先ほど以上の速度で神剣を振るう。狙うは彼の構えの隙。サイボーグの体であれば無視できるはずの歪みが、関節をロックしてしまう一点。

 <加速魔法>に<飛行>も加えて、ソフィーも避けられなかった神速の一振りをお見舞いする。


「────クァアッ!」


 だが完璧に回避不能の、関節の稼動が付いて来れず、その衝撃が全身を硬直させたはずの好機ですら、彼の体に刃を通すには至らなかった。


「……やっぱり、転移スキルか。まさか持ってる奴が居ようとはね」


 彼は硬直した体勢のまま、通路を十歩ほど後ろへ後退していた。決定的だ、高速移動ではありえない。

 最初の奇襲の際、ハルの視覚でも一切の移動の軌跡が捉えられなかった事から、よもや、と考えていたが、彼のスキルは<転移>に連なる、ワープ系のスキルであることが確認される。


「いやはや、いやはや。まいったねぇ。切り札を切って仕留め損なった挙句、その内容を白日の下に曝されるとは、いやいや失態、失態」

「ついでに諦めてくれると助かるよ」

「それは聞けない相談だなぁ。手の内が見えたからと言って、当てられる訳では無いだろぉ?」


 彼の言う通りだ。通常状態ですら当てるのが難しい剣の達人が、詰みに嵌ったら瞬間移動で緊急回避エスケープする。悪い冗談である。


「<次元跳躍>。俺のスキルの名前だなぁ。孫娘と関連付けられているようで、気分は微妙だが効果は見ての通りよ」

「厄介極まりないね」


 関連付け、というのはソフィーの<次元斬撃>の事だろう。それを語る時の彼の顔は何だか悔しそうに見えたのが意外だった。自身のワープも、あまり誇る様子は無い。

 いや、悔しい、ではなく羨ましい、だろうか? もしかしたらソフィーのように、空間を切り裂く剣閃を放って遊びたかったのかも知れない。お茶目なお爺さんである。


「……悔しいのは僕の方なんだけどなあ」

「お? どうしたぁ? なぁに、悔しがる事はないなぁ。俺もさっきは死んだと思った。試合だったらお前の勝ちだ」


 つい口をついて出てしまった。だが、悔しいのは剣を外された事ではない。

 ハルが苦労して習得した<転移>に類するものを、彼はその才能だけでユニークスキルとして開花させた。しかも、ゲームを始めて間もない時期に。

 これが悔しくなくて何だというのか。愚痴りたくもなるというもの。


「超能力系スキルにも<瞬間移動>は無いのにね」

「あぁ、あの課金スキルだな。やめとけ、ありゃあ沼だぞ」

「知ってる」


 それだけ、転移はこの世界において特別だということだ。それを得ておいてハズレであるかのような顔をする。

 そんな彼に少しだけイラッとしたハルだ。心の平穏の為にも、ここは一度倒してしまおう。


「速さはお前が上、剣技は俺が上……、だと思いたいねぇ。だが俺にはスキルがある。一生当てられんぞ。さぁ、どうするかねぇ」

「ご老体の体力切れまで粘るかな」

「カカッ! 孫にも同じ方法で勝ったんだったなぁ!」


 だが実際にそうする気は無い。この敵は剣で斬って、撃破する。なんとしてでも。方法問わず。

 せっかくの転移スキルを得ておきながら、奇襲と緊急回避にしか使わない相手には、現実を教えてやるとしよう。

※誤字修正を行いました。誤字報告ありがとうございました!

「だからななぁ」→「だからなぁ」。……多分、ねっとり言い過ぎて噛んじゃったんだと思います。

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