第236話 入り乱れる軍勢と思想と欲望と
今回の各チームの配置はおおまかにこのような感じです。
赤と紫が組み、黄色は中立。実際のフィールドは円形になります。
□青□□
橙□□藍
黄□□緑
□赤紫□
藤の国、ラズル王子の要求は、ヴァーミリオン帝国のクライス皇帝との会見だと言う。
北東と南西、地理的には南北の端同士とも言える立地。国交を結ぶには程よく遠く、悪くない関係とも言える。しかし、鎖国状態のあの国に、彼はどのようなメリットを感じたのだろう。
「……大前提として、クライス皇帝の返事次第になる。この場で確約は出来ないよ。可能な範囲で、働きかけてみるけど」
「問題ありません。それなら確実に、実現するでしょうから」
「その通りなのです!」
過大評価だろう。ハル自身は確実とは思わない。
クライスもラズル王子も、人間としては非常に好感の持てる人物だ。しかしこれが国となると、それだけでは語れない。友人を紹介するようには済まない場合がある。
藤の国に、ヴァーミリオンにとって決して相容れない要素が見つかった場合などは、いくら互いの人物像に問題が無くとも会談は成立すまい。
「逆に、ハル様。この同盟が受け入れられる保障は? 現地における力関係は、いわば大国と小国。こちらからの贈与は警戒されましょう」
「ああ、君らが僕らの結婚を祝った時みたいにだね」
「それは……」
「例えに出しただけだよ。責める意図は無いさ」
実際はちょっとだけある。反省して欲しい。
さて、この送る側、送られる側のパワーバランスは意外と厄介だ。送る側が大国の場合、どうしてもそちらに優位性があるため、贈られる側はどうしても警戒する。
古来より、贈り物が原因となって滅んだり被害を受けた国の話には事欠かない。それが呪物だったり、それを受け取るために地の利を捨てたり、それの返礼に難癖を付けられたり。
贈り物ではないが、ハルとアイリの結婚祝いでも、セリスが“トロイの木馬”として機能する所であった。
今回も取引材料が兵士である。そういった警戒をされるのでは、という考えは当然の懸念だ。
「まあ、その為に僕が間に入る訳だし、そこは心配ないよ。それこそ、この件については確約する」
国同士の交流が無い、というハンデを背負って活動しなければならないヴァーミリオンだ。ハルが間に入らなければ、事態を発展させるのは難しい状況だ。
ハルの自惚れも少し入っているかも知れないが、赤の信徒カナンはハルの提案ならばよほど変な事でなければ受け入れてくれるだろう。その信頼の様子をハルは感じている。
「しかし、ハル様の部隊は? 同盟は私の部隊と、赤の部隊。ハル様はその中には入ってはいないのでしょうか?」
「組まないほうが良いよ? この国に所属する使徒の中にも、僕に攻撃したい者は居るだろう。それが同盟により攻撃禁止となれば、不満や、人材流出の原因となる」
「ハル様は、それで宜しいので?」
「うん。それに僕が入ったら、カナンが聖印を使う必要性が薄れてしまう」
「三つ以上必要になったら、その時はわたくし達を呼んでくだされば、お手伝いします」
取引であるというのに、カナンが供出する物の価値が薄れてしまう。提案したハル自身が自ら価値を下げてはお笑いだ。
今回、渡りに船だとハルが感じたのはこの点だ。聖印と兵士を提供し合う事により、大国と小国(実際の国力とは関係ないが)をペアにする。
そうする事で、混沌とし散らばっていた人の流れは、大きな三つの塊に集約されて行くことになる。
ハルが手を出さなくともそうなった可能性はあるが、その場合はカナンがどうしても出遅れてしまう。赤チームには聖印が一つしか無いのだ。
そしてもう一つの可能性として、兵士を持たない三つの小国が互いを守るために連合する事も考えられた。そうなった場合は事態はやっかいだ。
大国三つは三つ巴に睨みを利かせ合い、聖印も一種類なので進行も遅い小競り合いが頻発するだろう。
印三種を保持した連合が、特別な扉をどんどん開くなどして優位に立つ可能性も無くは無いが、その場合もやはり人数の少なさが頭打ち要素になる。
そういった己の思考を、ハルは王子に語ってゆく。
「なるほど、一つペアが出来てしまえば、他も焦りが生じ、同じようにペアを作ると」
「わたくし達が持つ聖印。二つ無ければ始まりませんものね。組んだ相手には遅れを取ってしまいます」
「この場合、下層の陣地の距離が近い者同士になるだろうね。そういう意味でも君らは都合が良かった」
「……しかし、他の小国は納得するでしょうか。赤の部隊はハル様が間に入ったから良いものの」
「そこは、彼らの腕の見せ所だね。商業の国と、愛の国。実態は詳しくないけど、交渉は得意そうじゃない?」
特に商業の国は専門分野だろう。彼らが取引を終えれば、余った二チームが自動的に組むという展開も容易くなる。
「確かに、あの国は戦うよりも、そういった謀が厄介ではありますね」
「わたくしの国も、何度かしてやられた事がありますね」
ラズル王子が脳裏に思い描いたのは緑チームか。隣国として、苦労している所もあるのだろう。アイリも、戦争に頼らない経済的な攻撃に見まわれた事があるようだ。
緑チームといえば、いつの間にか信徒、NPCが増えているという謎の現象も存在する。余剰の聖印を持ってきてくれたのはハルの策には好都合だが、これも早めに解明しておいた方がいいだろう。
<転移>や、それに順ずる物であった場合、警戒が必要だ。
ひとまず話は纏まった。ハルはラズル王子と連れ立って、カナンとの交渉のためエレベータに入るのだった。
*
「はっ! ハル様のご命令とあらば!」
「命令じゃないってば、不都合があったら断って良いんだよ?」
「……予想以上ですね。まるで、貴方は彼女の主であるようだ」
「クライスの苦笑いが想像できるなあ……」
ハルの存在は、カナンにとって特別なものがある。それはハルが神のオーラを纏っているという事のみの話ではない。
神を否定する国へと現れた、絶対的な神の肯定者。その時に、ハルの傍らに武神セレステの姿が在った事も大きく影響している。
いわば刷り込み。カナンにとって、ハルは神に見放された荒野に降り立った救世主になってしまっていた。
「……要請が通りやすいのは楽で良いけど、僕もあまりそれに甘えていたくはない。カナン、君から何か対価の要求は?」
「そ、そうですね……」
本当に部下のように、信者のように扱っては後々になって大変だ。今のうちから、出来る限り取引の形を成して行きたい。
「で、ではその!」
「うん」
「その、マゼンタ様と、えと、お会いしてお話をする事は、かなうでしょぅ……、でしょうか!」
「あー、うん。多分大丈夫」
「本当ですかっ!」
秘書のように常に冷静だった表情を、興奮と不安にせわしなく行き来させながらカナンは要求を語る。叶うと分かった時の顔は年相応の少女と変わらない。
気分屋で面倒くさがり屋なため中々出てこない神ではあるが、名目上はハルの配下に付いたのだ。問題はない。はず。
「で、ではこの任務、全霊を賭して完遂いたします!」
「身の安全が最優先だよ」
カナンの張り切りように苦笑しながらも、ハルは同盟の成立にとりあえず胸を撫で下ろす。全て計画通りという顔をしながらも、確実に通るという確証を得るには少し弱かったハルだ。
これがゲームならば良い。意思を持つのは操作プレイヤーのみ、兵士はユニット数という数字であり、聖印もただのキーアイテム。
情報がそれだけならば、盤上を意のままに操れる自信がある。
だが実際は、このゲームの外でも外交は影響を及ぼし、兵士は一人ひとりが己の意思を持つ。頭痛がするほど観察に力を注いでも、全てを読みきるには到底至らなかった。
「ではハル様、私は上層へ戻ります。何かあればクロードへ」
「クロード、話聞いてくれるかなあ……」
「ははは、もし聞かないようならば、お国の料理で釣りましょう」
「メイド達を、お屋敷に戻しておくべきでしょうか?」
「出前で十分だよ。ルナなら良い店を知ってるだろう」
紫の信徒クロード、食べ過ぎの一件以来すっかり腹ペコキャラとして定着してしまった。その彼に現場指揮を任せると、王子は再び上層の自室へと戻って行った。
兵士の一部はすぐさま赤チームのプレイヤーが片付けた破損箇所に配置され、修復に従事する。元々仕事が無かったようで張り切っているようだ。人数的には良いバランスなのだろう。
転移装置の修復を目指し、進んで行くらしい。
ハルは何かあった時の為にとカナンにゾッくんを一匹預けると、自分も黄色の領土へと戻る。ハルが政治的に動くのは、ここまでで良いだろう。
後はこの同盟がすぐに噂になり、赤と紫のチームは“ひとかたまり”として判定される。それに対抗する為に、他の四チームも二対二のペアを作って行くだろう。
「…………そう、上手く行くかなあ」
「大丈夫なのです! 予定通り行かなければ、力技で解決なのです!」
「結局はそれかー」
ハルとしては一番面倒なのは誰も同盟を組んでくれない事、次点が大国同士で組むことだ。
ただ、先手を打ってそれがし難いように同盟の仲立ちをした。ラズル王子の申し出に乗ったのもその事が大きい。
赤と紫は隣合っており、この二チームが組む事で全体を二分する大きな塊が出来る。後は組むとなるとその東西で自然と固まると思われる。
「残り四チーム全てで組んだ場合は、どうするのです?」
「それはそれでオーケー。僕もカナンと合流して、三対四だ」
「大きな二つの塊同士の、ぶつかりですね!」
「誘導が楽で良いね」
戦線が延びる、複数化するという面倒さが無いのが利点だ。戦闘は大規模化するだろうが、こちらにはアイリやメイドさん部隊が居る。戦力としては申し分無い。
「大魔法の撃ち合いに持ち込んで、個別の動きを封じた上で一人ずつ……、と、おや?」
「どうされました?」
「空気の流れが妙だね。見られてるかな?」
「大変なのです!」
人の流れが落ち着いたとはいえ、まだまだ転送されて来るプレイヤーは居る。そんな彼らとすれ違う事は特に不思議な事ではない。
だが彼らは、ポイントを求めて四方へと飛び出して行く。この黄色の陣地を中心に、拡散する流れだ。
しかし今、ハルが感じた違和感はハル達を追う流れ。中心へと戻る逆向きのものを感じた。
ハルは先ほどゾッくんを飛ばした時に撒き散らしておいた黄色の魔力に<神眼>の視線を通す。すると通路の後方、二つ先の曲がり角に男が身を潜めてこちらの様子を窺っているのが発見された。
「刺客なのです」
「だね。しかもやり手だ、気づいている事に、気づかれた」
「まあ……」
ハルとアイリの僅かな緊張を察知したのか、<神眼>に映るその姿を強張らせる。
それだけで、相当な実力者だと判断出来た。ゲームキャラクターとしてのステータスの高さではない。プレイヤーの腕の高さ、フルダイブでのアクションゲームに慣れている事が分かる。
さて、こうなっては戦闘は避けられまい。ハルはその場で振り返り、相手に察知された事を、更に察知したと態度で表す。
そうして注目を己に集め、アイリを狙いから外す。しかし、その挑発は不要であったようだ。
「初めから、狙いは僕だけか。意識にブレが無い。アイリ」
「はい! ご武運を!」
アイリが数歩後ろへ下がり、ハルが存分に暴れられるようにとスペースを作る。
ハルは自然体に両手を軽く広げ、どの筋肉であろうと何時でも最大稼動できるように準備運動を巡らせる。同時並行して、魔法発動の式をストック。
通路から男が飛び出し、ここまで駆けてくる、いや弾丸のように飛んでくるまで二秒の想定。<飛行>、一足飛び、壁走り、考えうる状況を想定し尽くしながら、その時を待った。
なかなか、出てくる様子は無い。
その駆け引きに焦れたのか、背後でドレスの完全稼動を済ませたアイリが魔法の準備を始める。来ないのなら、炙り出すのだ。
ハルもそれに乗り、アイリをサポートするようにその身を一歩踏み出した、その瞬間だった。
「カカッ!」
笑い声と共に男が角から飛び出した。移動法は疾走。経路予測は容易い。
ハルがそれに合わせて更に体勢を調整すると、視界から一瞬でその姿が掻き消える。
「なっ!?」
空気の流れは背後、首筋。得物は刀。
ハルは咄嗟に待機状態にあった防御魔法を展開してそれに対抗するのだった。




