第235話 狂騒と同盟
「ハルさんこんにちは! うわ、ゴミだらけ!」
「こんにちはソフィーさん。ガレキって言おうね?」
転送部屋の修復が完了すると、イの一番にソフィーが中から飛び出して来た。何時でも来られるように待機していたようだ。
少し遅れて、他の無所属プレイヤーも続々と参戦してくる。
「ソフィーさん、このイベントには不参加なんじゃなかったっけ?」
「戦いがあると聞いて!」
「相変わらずだね」
これまでの段階は純粋に、自分の所属国家のNPCを導く事に焦点が当てられていた。その為に戦闘が好きなプレイヤーにはあまり注目されていなかった。
しかし第二段階に入り、対抗戦と同じようにポイント報酬が貰えるとなれば、当然だが参加したくなるだろう。装置からは次々とプレイヤーが吐き出されてくる。
「よぉハル。所属は黄色、ってことだが、何すれば良いんだリーダー?」
「やあサキュラ、自由でいいよ。その辺のガレキ片付ければポイント出るから、それがお互いにとって良いんじゃないかな?」
「ういっす」
「その他の方も、自由行動で良いですよ」
「了解っすハルさん!」
「参加したいチームがある人は、これと同じような装置を復活させれば、そのチームから参加出来ますよ」
「おいおい良いのかハル。それは遅らせた方が黄色チームの為だろ?」
「今回、チーム要素無いからね」
しばらくの間は転移出来るのはここだけだ。他からの転移は邪魔した方が、独占出来て良いだろう。
しかし、今回のハルの目的は無双して大勝利する事ではなく、自身を囮にして戦場のコントロールをする事だ。その目的の為には、“敵が多いほうが良い”。
味方ばかりでマップを埋めてしまっては、少しやり難かった。
「ハルさん! 敵はぶった切っていいかな!」
「そういうルールだからね。僕から止められはしない」
「よーし稼ぐぞー! あ、ハルさん! おじいちゃんがハルさんに会ってみたいって!」
「お爺ちゃん?」
ソフィーの祖父、ということはあの家、あの道場の人だろうか? 『サイボーグ流』、とでも言うべきか、彼女の流派の。
確か、あの高かった試合映像にも出ていた気がする。ソフィー以上の実力者だ。
その人が会いたいと言う。これは、彼女と戦った際の話を聞いて興味を持たれた、と考えていいだろう。
もう少し詳しく話を聞くべきか、人の居る此処では止した方がいいか、そう考えている隙にソフィーは踵を返し、再びガレキと向き合ってしまった。早く先へと進みたいのだろう。
「わたくし達は、どうしましょうか!」
「人の波が落ち着くまではここに居ようか。さっきみたいに、方針が分からない人が居るかもだからね」
「はい! 道案内の人ですね!」
「『ココハ、黄色ノ、村デス』」
「ユキは何を言っているのかしら……?」
レトロゲームの定番ネタだ。町の入り口には、その場所が何処なのかを説明してくれるNPCが配置されていた事が多かった。ユキが片言なのは、古さを表現しているのだろう。
会話パターンを用意する余裕も無かった為、どんなに話しかけても『ここは○○の町です』、としか答えない。そうした状況を面白おかしく語ったものだ。
余談だが、現在ではそれなりの精度でのランダム会話が搭載されている作品も多く、搭載AIによってはこちらから場所を尋ねれば、『ここは○○の町です』を引き出す事も可能だ。
だが自然な会話を目指している以上、“それしか喋らないキャラ”は絶滅寸前である。自然である以上、同じ質問をしても二度目には、『さっき教えただろう?』、となってしまうのだ。良し悪しだった。
「どんどん来るねハル君。このペースだと全員がハル君の味方になっちゃうんじゃない?」
「その辺りは平気。ここから来ると何の特典も付かないから。メリットが欲しい人は、徐々に他チームに吸収されるよ」
「とりあえず来れれば良い人向け、ですね!」
転送機には、“通行料”を設定可能だった。これは使用量として徴収するだけではなく、自チームへ来てくれたお礼として付与する事も可能である。
そこで差別化し、何とか自チームに来てもらえるように営業するのだ。
ハルのチームは、使用量もお礼も、どちらも未設定になっている。つまりは通常の神殿ワープと同じだ。
「一定以上、どのような貢献をした場合にのみ付与、とかも設定できるから」
「傭兵を望みの方向へ誘導する事が可能、ということね?」
「まさしく」
普通なら、先行者となった者は、他が開通するまでは通行料に高額料金を設定し、先行者利益を得るだろう。
だがハルは、今はとにかく内部のプレイヤー数を増やす事を優先した。それによりまずはガレキを一気に撤去してしまい、フィールドの風通しを良くする。
それにより、ハルが囮として活動する為の下地を作って貰うのだ。
「場合によっては、僕も通行料を使うとしようかね」
「ハル君が? どう使うん?」
「NPCの争いを止めさせたらアトラ鋼一つプレゼント、みたいにでしょう?」
「大盤振る舞いなのです!」
「さすがにそれは、神様から苦情が来そう……」
あまりゲームバランスを崩さないでくれ、と言われかねない。
「でも、“酒場の依頼”みたいで楽しいですね!」
「確かにね。壁に依頼票が貼ってある奴みたいだね」
「『ハル君を倒したら十億ゴールド』、ってならない?」
「それ、ハル以外に払えるのかしら……」
チームで出し合えば払えるかもしれない。今回は、そうして狙ってくれるのも大いに歓迎だ。
そして、支出を心配する必要は無い。どの道ハルは、倒される気などさらさら無いのだから。
*
しばらくすると人の流れも落ち着きを見せ始め、周囲は一面見違えるように片付けられている。凄いスピードであった。狂騒が一気にフィールド中に伝播して行った。
到着したプレイヤー達は争うようにしてガレキの掃除を始め、瞬く間にそれらをポイントへと変換してゆく。今頃は、他チームに割り当てられたブロックへと到達している頃だろう。
そこから装置の復旧を目指して他チームと協力するか、支配ポイントの強奪を目指して敵対するかは、そのプレイヤー次第だ。
そうしてハルがそろそろ移動しようかと思った矢先に、こちらへと一直線に駆けてくる姿が見えた。
見覚えのある姿だ。その勢いからも、敵対の構えだと分かる。ハルはハンドルやレバー、タッチパネル等に触れて修復作業中のメイドさん達の前へと回り、彼女らを守る構えを取る。
「見つけたわっ! ハルッッ!!」
槍を取り出して装備すると、その影は突進の勢いのまま突き込んで来る。ハルが片手で柄を弾き上げるように防御すると、彼女はもう片方の手に刀を装備し、弾かれた勢いで回転しながら切りかかる。
ハルは力強く地面に足を噛ませると、その刀も掌を刀の腹に叩き付ける事で完全に勢いを相殺した。
その二撃で突進の勢いも底を付き、体勢を整えた彼女は数歩先の間合いでハルと向かい合う。
「相変わらずデタラメね! それでこそアタシのライバルだわ!」
「いやライバルじゃないし。遥か格下だし。もう格付け済んでるから」
「ひっどーい! ……ふ、ふんっ! 見てなさい、アタシの新スキルに、恐れおののく事ね!」
「セリス、奥の手は宣言しない。相手が警戒するでしょ」
「いいじゃないのよぅ。宣言、気持ち良いんだからー……」
刀と槍の二刀流、そのアンバランスさを器用に振り回す体捌き。以前ハルとパーティーや対抗戦で競い合ったセリスが、再びハルの前に立ちはだかった。
ハルの持つポイントを求めて早くもやって来たかと思ったが、どうやらその様子は無い。『とりあえず一当たり』、が挨拶代わりのようだ。
「でも、格下って……、アタシもまた強くなったんだけどなぁ……」
「大丈夫だよセリりん。ハル君が煽り入れるのは、それなりに強い人だけだから」
「そうなのね! あと、出来ればセリで区切らずに、セリスー、まで呼んで?」
ミレイユと同じような事を言う。セリスは本名のもじりで、『せり』、『みれい』、が本名だったはずだ。違和感があるならもっと秘めておくべきではなかろうか。
「セリすん?」
「妙な響き……、そんな事よりハル! 王子がお呼びよ、一緒に来なさい!」
「ラズル王子が?」
「行ってきなさいなハル」
「メイドさんの護衛は私らがやっとくからー」
渡りに船である。ハルもこちらから、ラズル王子かディナ王女に接触しようと思っていた所だ。向こうから来てくれるとなれば、交渉に使うカードが一枚浮く。
ただ、状況によって組む勢力を選び難くなった、というデメリットもある。どうしても、『二番手に回された』、という心情はぬぐい切れないだろう。
「良いよ、行こうか」
「当然よね!」
セリスと連れ立って、アイリと三人で黄色チームのエレベータへ向かう。戦場となっているガレキまみれの下層を突っ切るよりは、水中の待合所を経由した方が早い。あの場所は非戦闘地域になっている。
待合所の様子は、既に様変わりしていた。兵士に余裕のあるチームは、既に自陣のエレベータの周囲に兵を配置し、そうでない所も必ず複数のプレイヤーが周りを囲っていた。
各チームに動きがあれば、それは直ぐに上層で待機しているであろう指揮官へと伝わるだろう。
「失敗したね。一度外に出て、甲板から入り直した方が良かったか」
「分かってて言ってんでしょーそれ。甲板も見張り居るっての」
「だろうね」
これで、ハルが紫チームと組んだかも知れないという噂はすぐに流れる事になる。他のチームとの同盟は、通り難くなった。
これはきっと、ミレイユの案だろう。わざわざ全体に見せ付けるように、迎えを出してハルと共に上層へ向かう。他チームへの牽制だ。
まあ、仕方が無い。下層に兵士が増えるまで待っての交渉では限界がある。ハルもこうするしか現実的な道は無かった、と納得する。
そのまま紫チームのエレベータへと乗り込み、ハルはラズル王子の部屋へと向かうのだった。
*
王子の部屋は上層の一室、他の兵士と変わらぬ簡素な部屋に用意されていた。
ここの部屋は、どこも同様の構造であり、豪華な部屋というものが存在しない。調度品もさほど多く持って来れなかったようで、王族の部屋としては少々、質実剛健に過ぎるかも知れない。
「ご足労いただき、申し訳ありません。何のおもてなしも出来ずに心苦しいばかりです」
「気にしないで。十分だよ。……あ、なるほど、セリスがストレージに入れて持ってきたんだ」
「正解です。せめてお茶くらいは無ければ、格好も付きませんからね」
「不思議な香りのお茶ですね。わたくし、初めて頂く物です」
「私が好んで飲んでいる物です。気に入っていただけましたか、アイリ王女」
「ええ、とっても」
現代的、いや未来感を感じる半透明のテーブルに、藤の国の物であろう美しい刺繍の入ったテーブルクロスがかけられている。
その上には、ハルとアイリの為にお茶が用意され、その香りが戦時の中つかの間の安寧を演出していた。なんだか日本茶に似ている。そんな感想をハルは抱いた。
予想外にこの場にミレイユはおらず、セリスもまたすぐに下層のバトルフィールドへと戻って行った。転移で戻った、という事はミレイユもそこだろう。現場指揮を担当していると思われる。
「せっかちだとは理解しておりますが、本題に入っても構いませんか?」
「それが良いね。お茶を楽しむのは、また今度にしよう」
「恐縮です」
戦争をしている訳ではないが、すでに状況は平時とは言えない。
使徒達は慣れ切った、イベントの開催。初めて参加する事になったNPC達は、どのような心情であろうか。
「単刀直入に申し上げますと、ハル様の黄色の部隊、それと我らの紫の部隊での同盟を望みます」
「……僕らは兵士を借り受け、君らはアイリの持つ聖印を利用する」
「その通りにございます。聞けばこの儀には、我ら現地の者の存在が必須。ハル様には、どうしてもそこが不足するでしょう」
「まあ、そうだね。僕らだけなら問題無いんだけど、全体を動かしたい時にはどうしても困るかな」
絶対に不可能な訳ではない。ない、のだが、あの“腕の生えたゾッくん”を他ユーザーの目に晒すのは避けたいハルだ。NPCに見せるのはもっと避けたい。メイドさんも反応に困る顔をしていた。
「流石にございます。既に全体を天から俯瞰していらっしゃるのですね」
「そんなんじゃないよ。君らは僕の評価が高すぎる。単に、他にも協力してやりたいチームがあるってだけさ」
「と、言いますと……?」
上手く流れを誘導できただろうか。ラズル王子の表情を読むと、微妙に警戒している様子だ。これは、国によっては断らないといけないという顔だろう。
ハルの協力よりも、そちらの方が優先度は高そうだ。断る覚悟を、表情に滲ませている。
「そう警戒しないで。瑠璃の国じゃないよ」
「これは失礼いたしました。顔に出ていたでしょうか……」
別に国名まで顔に出ていた訳ではない。カマをかけただけだ。
そして警戒は一国だけではなく、おそらくはこの地、群青の国とも組むのは憚られる、と顔に出ていた。
「協力したい、というのは軍を連れていない国だ。兵は僕らではなく、赤チーム、ヴァーミリオン帝国の巫女に貸して貰えると助かるね」
「なるほど。かの国の国王陛下と、ハル様は確かご友人なのでしたね」
「パーティーで会ったんだよね。その通りだよ」
こうしてラズル王子に不遜な態度を取っているのも、クライス皇帝の格を下げないため、と説明したはず。ただ、最近ではアイリが、誰であろうと謙る必要は無いと推奨しているのだが。
そんなクライスの事を思い出した王子は、その同盟について興味を覚えた様子だ。パーティーでの会話内容は把握していないが、クライスに何か有益な物を感じたのだろうか?
「では、僭越ながらハル様。赤の部隊との協調には条件を付けさせて頂いても?」
「良いよ」
その美しく、どちらかと言えば優美に整った顔をラズル王子は精悍に引き締めると、ハルに対してこう宣言した。
「どうか私に、クライス陛下との謁見の場を設けては頂けませんでしょうか」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/1)




