第233話 援軍を求め傭兵を募る
「このハンドル? を回すのですね!」
「うん、そうみたい。頼んだ、アイリ」
「はい! おまかせ下さい!」
イベントが本格的にスタートし、ハル達は下層へと降りて来た。
そうしてエレベータを下りたすぐ先には、これ見よがしに壁が崩れたガレキの山が散乱していた。“チュートリアル”だろうこれは。今後の進行方法を、まずは簡単な方式で教えてくれる。
ハル達は説明に従い、ガレキを選択して魔力を通して行く。指定されたアイテムを投入すれば、撤去にかかる時間を短縮出来るようだった。
最初の練習用だ、すぐにガレキは消えてゆく。
そうして出てきたのが、壁の中にある手回しハンドルだった。
これが例のNPCにしか操作出来ないオブジェクトであり、ユキが全開で力を込めても、ぴくり、とも動かない。……この丈夫なハンドルが作れたのに何故壁が崩れたのか、などと気にしてはいけない。仕様である。単なるゲーム進行上の都合であるのだ。
そんな硬いハンドルもアイリが手をかけると、ゆっくりと回転し始める。その細腕でも、特に苦にはならないようだった。都合の良いハンドルだ。
そうしてハルとアイリは、しばらくそこに残り、作業が完了するまでハンドルを回し続けている。
「ぐーる、ぐーる。……これを回す事で、何が復旧しているのでしょう!」
「……何も復旧してないねきっと。気にしちゃダメだ。ゲームだからそういう物、って思おうね」
「はい! よくある事ですね!」
そもそもこの戦艦、別に壊れてはいないだろう。上層を見れば破損などほとんど無いのが分かる。イベントの為にあえて壊したのだろう。“直している感”を演出するために。
実際に必要な部分は、ビットの作成のみだと思われる。他は単なるお楽しみ要素だ。
「ところでハルさん。このゲームの終わりは何時なのでしょうか? ブルーさ……、ちゃん、からは終了時間は教えて貰えませんでしたよね?」
「ビット作ってない国が、建造をすべて終わらせたら、かな?」
「正解だぞっ♪ ハルPには皆がダレない程度にイベントを長引かせるように、立ち回ってほしいなっ♪」
「わっ、ブルーさ……、ちゃん! ……ハルぴーって可愛い呼び方ですね!」
「……キミも急に出てくるね。ブルーちゃん、出てきて大丈夫? 誰かに見られたらスキャンダルだよ?」
「誰もいないぞ♪」
まあ、ここは彼女の国、そしてモノの庭の中だ。付近に誰か居るかどうかの探査などお手の物だろう。ハルも混戦を迎える前に、下層部だけでも黄色の魔力で侵食を終えてしまいたい。
今は、皆ひとまず様子見ムード。イベントの詳細を確認している段階だ。
ハル達も四人で下層に向かうエレベータに乗り込み、手分けして内部の探索をしている所だ。ルナとユキは別方向へと向かっている。
エレベータの繋がった下層は以前ハル達が降りたパーティーホールのような広間ではなく、上層を広く、雰囲気を明るくしたような通路であった。学園の廊下に少し似ている、そうハルは思う。
大きく幅の取られた開放感のある窓が、今は海中の様子を映し出している。浮上すれば、ここから空が見下ろせて絶景だろう。
なお、ハルPというのはプロデューサーの略であり、『はるぴー』という可愛らしい呼び名ではない。断じてない。
「長引かせるのは魔力の為、は分かるけど、今回魔力は何処行くの? いつもみたいに勝利者の勢力、ってのは存在しないよね」
「この戦艦の動力、でしょうか?」
「アイリちゃん正解だぁ♪ 集まった魔力は、このお船の起動エネルギーに使われるぞぉ♪」
「何だ、じゃあとっとと終わらせよ……」
「やーん♪ ハルさんそこを何とかー♪」
この世界の為に魔力が必要、というのは分かるが、今回は少々事情が異なる。
勝利してもカナリーの利益にならないから、という意味ではない。長引けば長引くほど、NPCの彼らの危険が大きくなる為だ。
ハルと違い、彼らはこの戦艦の支配権、喉から手が出る程に欲しいだろう。戦況が膠着すれば全面衝突は不可避。ならば決着は早期に望まれるというもの。
「まあ、今回は対抗戦みたいに圧勝を狙わずに済んで良かったよ。反則じみた力で蹂躙するの、心苦しかったし」
「あー、駄目だぞ、慢心しちゃあ♪ …………あまり上から目線の上位視点でいると、足元を掬われますよ? チートなのは、ハルさんだけじゃ無いんですから」
「……心得ておくよ」
「他にも、お強い方が居るのでしょうか!?」
その者の資質、特性に合ったユニークスキル。これが開花する者も最近は増えてきた。
その能力如何によっては、まさにチートが如き力を発揮する場合もあるだろう。ブルーの言うとおり、格下と侮っていると痛い目を見るだろう。
特に、忘れがちなのはハルは通常状態ではユニークスキルを得られない体質だということだ。その特異な脳の構造により、トッププレイヤーとして君臨してはいるが、ユニークで当たり前の段階へ突入したら、一気に時代遅れになる危険性を秘めていた。
「でもでもぉ、圧勝の方が早く終わるのでは? 支配ポイントを持ってる敵を、見つけ次第ぶっ殺しちゃえば♪」
「おい主催者」
「ハルさんへの恐怖により、軍事衝突も萎縮するのですね!」
「それじゃあイベントが盛り下がりすぎる。結局、皆暴れたいからね」
被害は減らせるが、イベントをやった気にはならないだろう。プレイヤーは勿論、兵士達も閉所に押し込められた鬱憤が溜まる。そのフラストレーションが爆発しては元も子も無い。
「だから今回、僕の『支配ポイント』は奪う物ではなく“奪わせる物”として定義する。これを誘蛾灯にして敵を誘導する、『囮ポイント』だね」
「そんなー♪ 大株主としての権利、自ら捨てなくても……、ハルさんらしいですねぇ」
「カブ、ですか?」
確かに、支配ポイントは持ち株として考えれば分かりやすいのかも知れない。ハルは完全に個人でビットを一つ建造したのできっちり十万ポイント。ビットは八つなので全体の八分の一の株式を所持している事になる。
これは今後の発言権にも関わってくるのだろう。例えば、浮上後の進路を決めようという時に、ハルが『東に十万ポイント』と全額投じれば進路はほぼ決定するだろう。
「そこも、何でもかんでも僕の物にしても興ざめでしょ。せっかくの大型コンテンツ、皆で楽しく使えば良い」
「でも、モノちゃんは自分の物にしちゃうぞ♪ 権力や財宝より、ハルさんは囚われのお姫様がご所望だったんだね♪」
「ふおおぉぉ! 素敵ですー……!」
囚われのお姫様を浚って行くロマンチックな想像をしたのか、アイリが興奮する。
確かに、モノを配下にする権利がかかっていたらこのイベントも勝ちに行っただろうとハルも思うが、そう言われると女の子目当てで参加しているように聞こえてしまう。
そこは少し、否定させて貰いたいハルであった。
◇
「ふう! 回し終わりました!」
「頑張ったねアイリ。お疲れ様」
「はい! 頑張りました!」
たっぷり十分は掛かっただろうか? アイリがハンドルを回し終えると、完了を示すウィンドウ表示と効果音が流れ、ハンドルは壁の中へと溶けてゆく。
穴を開け大きくひび割れていた壁も、完了と共に徐々に塞がって傷は消えて行った。
「これは結構疲れてしまいます。わたくしも、ナノさん注入が無ければどうなっていたか」
「アイリは元々体力あるから、大丈夫だよきっと」
「わ、わたくしそんなにお転婆では……」
残念ながらお転婆である。お淑やかではあるが、深層の令嬢といった落ち着きは無い。
「そんなアイリが大好きだから、お転婆でも平気だって」
「まあ……」
「実はハンドルに触れているだけで達成ゲージは溜まって行くので、病弱なお姫様でも大丈夫なのでした♪」
「台無しだ……」
「先に言って欲しかったですぅ……」
知りたくなかった舞台裏であった。何の為にハンドルの形をしているのか……。
申し訳ないが他のNPCには黙っておこう。こんないかにもゲームといった仕様を知ってしまうと自分の仕事に疑問を覚えてしまう兵士も出るだろう。
「ですが、やっぱり人数の多さは有利になりそうですね。あれ? でもわたくし達が働いても、ポイントには関係ないのでは?」
「そうでも無いみたいだよアイリ。ほら、見て」
「復旧ポイントが増えています!」
「作業中のアイリちゃんを護衛したからだね♪」
どうやらNPC専用作業の間にその傍に居ると、プレイヤーにもポイントが入るようだった。そのようにして、探索と復旧を繰り返してポイントを集めて行くのだろう。
最初の練習場所だから十分ほどで済んだものの、先に進むにつれて一時間、二時間と所要時間は上がって行くであろうと思われる。
「作業指示だけしたらゲーム落として放置、って出来ないのは大変だ。昨今のプレイヤーに勤まるだろうか」
「時短アイテムもあるぞ♪」
「護衛するチームと、時短アイテム収集のチームに分けたり出来るのか」
「忙しそうなのです!」
さて、護衛護衛と、何から護衛するのかと言えば、当然敵のチームだ。
今はそれぞれ外周付近に運ばれたため、各チームごとに単独で作業をしているのだろうが、この下層部はひと繋がりの構造のようだ。いずれかち合う。
その時に、復旧場所の取り合いとなり戦闘が起きるだろう。
「ハルさんハルさん!」
「どうしたのアイリ?」
「契約者以外のプレイヤーの方は、参加出来ないのでしょうか!」
「徐々に参加して来てるみたいだよ。プレイヤーに外の雨はそこまで致命的じゃあないからね」
<飛行>で飛んでくる、無理してボートを走らせる、契約者のパーティへ加入しリーダーの居る地へ転移する。
それぞれの方法で頭を巡らし、傭兵として参加しているようだ。乗船の手引きをして貰ったチームへと、そのままお礼として協力するらしい。
「ハルさんは、手引きはされないのですか? 今回は、勝利は目指さないので必要無いでしょうか?」
「そうだね……、戦闘の邪魔をするにも、人手があった方が良い場面もあるだろうね。でも、<転移>を公開しない場合は、連れて来る方法に難が……」
「むむむ……、魔道具のお船も、大きいのはまだ作れませんからね……」
<物質化>で日本製の船をコピーしてくるといった手もあるが、それこそ出所を問われるだろう。乗せるのは日本人なのだ。NPCだけならそういった無茶も利くが。
現状で採れる方法では、大量に人を運んでくるのはどれも難しく、どうしても人数と時間のどちらか選択になる。
今はどこも平和なので、今のうちに時間を掛けてでも仲間を増やすか。それとも衝突が起きる前に、出来る限りの工作を済ませておくか。
「後は僕が<転移>出来る事を公開するか、かな。……それはどうしてもその後の展開が面倒になるな」
「“だんじょん”のように、ここには直接来られないのですか?」
「来れるぞ♪」
「えっ、来れるの? いや、そんな話は出てないはずだけど……、いや、“これから来れるようになる”のかな?」
ハルは平行して高速でイベントを扱った情報ページや掲示板を複数参照して行くが、まだ神殿からの転送が解禁されたという情報は見られない。
イベントが本格的に始まったというのに参加出来ない怨嗟の声や、それに対して『頭を使えよ』と諭す書き込みがあるくらいだ。つまりまだ、頭を使わなければ来る事は出来ない。
だがブルーは転移して来られると言う。ならばそれは、イベントの展開次第で開放される要素であると考えられた。
「……神殿、いや施設的にワープ装置か? それを復旧するイベントが埋まってるはず」
「それをいち早く見つけ出して、皆様を呼び込むのですね!」
「そうだねアイリ。衝突が起こる前に、迅速に」
ブルーから説明を受けたイベント内容には、まだ不明な点が多い。例えば戦闘を解さずに支配ポイントを奪える要素。例えばNPCの作業を時間短縮できるアイテム。
それらの要素は、この下層の何処かに隠されており、それを復旧することで使用可能になると推測される。
その中に、転送装置の復旧も含まれている、そうハルは考える。
「何処にあるかは、分かりますか?」
「全体図が見えない事にはなんとも。魔力の侵食もまだまだ進んでないし」
「ゾッくんを飛ばして、マップを埋めましょう!」
「良い発想だねアイリ」
ゲーマー的な発想が出来たアイリが、自慢げに達成感をあらわにして背伸びしてくる。ハルは彼女を抱きとめるとその髪の中に手を滑らせた。
ハルは自らの小型の分身、羽の生えたマスコットである“ゾッくん”を大量に作り出すと、脳の並列稼動を最大限に引き上げ、その思考領域をゾッくんに割り当てる。
ハルから分離した子機のように、左右に別れ戦艦の各地へと散って行った。通常の分身のように応用は利かないが、崩れた壁の多いこのイベントでは小回りが利くだろう。
転送施設が存在する場合、その場所は大抵が“基点として使いやすい位置”だ。まあ、稀に『何でこんな使いにくい位置をスタートにした!』、と言いたくなるゲームもあるが、このゲームを作ったのは優秀なAIである神々だ、心配ないだろう。
つまりは、全体像を把握し逆算する事で、スタート地点として使い易い場所も把握が可能だ。
その場所を突き止め、最短ルートでそこまで駆け抜ける。イベント最初の目的は、そう決定されたのだった。




