第230話 生きた遺跡
「…………開きませんね?」
「ずこー!」
「カナン様おちゃめー!」
「あ、何だったかな? 鍵はそれぞれの色に対応した扉があるとか」
「おお、流石は数少ない男子! 頼りになるぅ」
「男子要素が関係するのそれ?」
「……女子ばっかりの中で肩身狭くならないように予習してきたからね俺も」
「あ、関係あった」
「他の扉探そう!」
赤チームの男子が語ったように、この戦艦の扉は対応した色の鍵を必要としてくる。そのため、一国だけでは全ての範囲を探索する事は適わず、七色の鍵全てがここへ集結する必要があった。
ハルは扉のシステムにハッキングする事で全ての扉を開くことが出来るが、本来は黄色の鍵も開くことの出来る扉は一部だけだろう。あの時開いた扉も恐らくは別の色だ。
幸い、扉は等間隔に設置されているため探すのに苦労はしないが、この甲板は広大だ。歩いて探し回るには時間が掛かる。
ハルは再びカナンへと手を差し出した。
「カナン、良ければ抱えて飛んで行こうか?」
「い、いえ、滅相もありません! ハル様にそのような事などさせられません!」
「あは、ハルさんフラれた」
「いやむしろこれは好感度が高すぎて起こる反応」
「どうやって知り合ったんだろ」
「じゃあボートで回ろう!」
「だね」
「おーい! 荷物降ろすのいったんやめー!」
「でもどっちだ? 扉の色とか書いてある?」
「ない」
これは、ハルにも分からなかった。手分けして調べられれば良いのだが、カナンは一人で聖印は一つだ。一枚ずつ扉を回るしかない。ないのだが、基準が無いのが困るところ。
時計回りで調べて、正解が十一時の位置だったりしたら始まる前から徒労感が酷い。
ハルは気になる事もあるので、カナンへ一つの提案をしてみる事にした。
「じゃあカナン、良ければ聖印だけ貸してくれるかな? 飛んで扉の位置調べてみるよ」
「はっ! お手数をお掛けします! 至らぬこの身をお許しください!」
抵抗無く、カナンは聖印を渡してくれた。もしかしたら、ハルであっても断られると思ったのだが、特に躊躇する様子は見られなかった。
ハルは大切にそれを預かると、<飛行>し順番に扉を調べてゆく。五枚目の扉で鍵は適合し、赤い光の紋章を表面に走らせると扉はスライドして開いて行った。
パーティリーダー達にハルはチャットを送ると、彼女らはすぐにカナン達を乗せてこちらへボートを走らせて来るのが見える。
ハルは、その間に聖印を倉庫空間へと仕舞い込んでみる事にした。
「《ハル様。称号を獲得したようです。<ふたつの聖域を守護する者>、そう記されています》」
「何となく、そうじゃないかと思ってた」
アイリの持つ聖印をストレージに入れた時から気にはなっていた。これを個人所有する事で称号を獲得出来る理由。
単に、信徒と仲良くなった事を証明するだけの自己満足の証なのかも知れない。ハルの考えるような特殊効果など無いのかも。
「しかし、二つ目で称号が変化するとなると、意味も変わって来る……」
「《七つ集めると、何かが有るという事でしょうか?》」
「それは分からない。何も無いのかもね。……だが、“何かあるのかも”、と考えるユーザーが出てくるのは間違いない」
「《七つ集めるまで、何も無い事の証明が出来ないからですね》」
その通りだ。『何かが起こるかもしれない』、これだけで、調べる動機には十分だ。そして、今回の戦艦イベントで聖印の保管を任されるユーザーも出てくるのではないだろうか?
そのユーザーが、そこに興味を持ってしまったら。
「《黄色と赤色の聖印は一つずつしか存在しない。そういう事ですね?》」
「ああ、アイリとカナン。彼女らが標的になる。必ず守らなきゃ」
「《……思い立ってしまったユーザーは気の毒ですね》」
「いや誰も陰湿な手段で妨害するとは言ってないから」
ここの神様は、良い統治者であるようでいて、一方で互いに争わせるのもまた好きである。ゲームなのだから対戦要素も必要なのも分かるが、静かに暮らしたいハルには時に迷惑でもある。
今回も、そんな戦いの気配を肌で感じてきたハルは、カナン達を守る為の算段を今から考えておいた方が良いのではないか、そう思い始めた。
扉を開けるには対応した聖印が必要。称号の事を抜きにしても、単純に他国の聖印を手に出来れば、それだけ開ける扉は増えるのだから。
*
カナン達はボートで扉付近まで辿り着くと、改めてカナンが扉を開く。
以前にハルが入った時の構造と内容はほぼ変わらず、狭い階段が奥へと続いて行く。ただ、変わった部分があるとすれば。
「わ、ライトついた!」
「設備生きてるんだねー」
「古代魔法文明の遺物ってやつ? 生きてるのすっごーい」
「ほら、そこはゲームだし」
「気分削ぐこと言わないのー! せっかくの没入型世界観なんだから!」
「外部ネットと切り離されてるの、不便だけど気分出るよね」
「分かる分かる」
「でもホント新品みたいー。もっと廃墟かと思ってた!」
「うん。弾痕がそこらじゅうに刻まれてたり」
きゃいきゃいと騒ぐ女の子たちと、一部男の子。彼らが語るように、カナンを先頭にして内部へ踏み入ると、足元を煌々と魔法の光が照らし出した。ここが、ハルの時とは違う部分だ。
非常灯の灯りがぼんやりと照らすだけだったあの時とは、構造が同じでも受ける雰囲気がまるで違う。百年前に死んだ遺跡ではなく、今なお稼働中の兵器、という印象を抱かせる力強さだった。
どうやら、聖印によって開錠された場合は探索に必要なエネルギーが供給される仕組みのようだ。ハルが来た当時からそうだったのか、新たに追加された仕様なのかは分からない。
「この巨大な施設が、全て遺産……」
「だね。まあ、骨子は鉄やなんかの実体があるんだけど」
「……なるほど。違和感はそれなのですね」
「エネルギーラインが稼動してる。これなら、前より詳細に読めるな……」
<神眼>で観察してみると、以前と違い施設を稼動させる魔力が通っている事がはっきりと分かった。それにより、ずっと見通しが利くようになっている。
「ハル様がお入りになった際とは、何か変化が?」
「ああ、だから的確なアドバイスは出来ないかも知れない。ごめんね?」
他の国の調査隊も、全体に見える掲示板には情報は上げなくなった。それぞれの色のコミュニティで、外には出さずに独自に情報共有を行っているのだろう。
となると、イベント全体の情報をまとめる為の、あのページは苦労しているのではないだろうか。今後は、自国に有利な情報は誰も持ち寄らなくなってしまいそうだ。
ハル達は警戒しつつも、一方では変わらずに呑気な会話を続けながら進んで行く。最初の多色連合プレイヤーが持ち帰った調査では、この上層にはモンスターの存在は無かったためだ。
扉に出くわす度に、カナンが聖印を用いてそれを開いてゆく。今のところ、空の部屋が続くばかりだった。
「おや?」
「カナン様どしたのー?」
「開きません」
「あ、それ他の国でもあった! 開かない扉!」
「そうなのですか……」
見れば、聖印に反応して赤い紋章を浮かび上がらせてはいるが、扉は開かずにその場に固定されている。
不具合の可能性も鑑みてハルも<神眼>でプログラム内容を精査するが、この状態で正常のようだ。入力内容が不正として弾かれている訳ではなく、入力待ちのまま情報がループ、ストックされている。
これは、“入力情報の不足”を示す状態を表していた。
「カナン、ちょっとそのままで居てくれるかな」
「はっ!」
聖印を扉に掲げるカナンへ並び、ハルもストレージからアイリに預かった聖印を取り出す。扉はそれに反応を示すと、赤の紋章の周りに黄色の紋章を浮かび上がらせた。
間を置かずに、ぷしゅ、という小さな駆動音を響かせると、扉は他と同じようにすんなりと開いて行く。
どうやら、これは二種類の鍵が必要な扉であるようだった。たまたま黄色が合致したのか、それとも二種あれば何でも良いのだろうか。
あまり大きくは無い部屋。カナンに先導されて数人が中へと入る。
「おお、噂の銃だ!」
「おばか! カナン様の許可無く触らないの!」
「銃……? これがそうなのですね」
以前ハル達も見たように、床に乱雑に散らばった銃器の数々がカナン達を出迎える。
カナンはその中の一丁を拾い上げると、興味深そうに手の中でしげしげと観察を始めた。
「カナン、先端の穴になってる部分を、自分や人に決して向けないようにね」
「はっ、かしこまりました、ハル様」
カナンはおっかなびっくりといったように、銃を持ち直すと足元へ戻す。
恐らくは魔力を装填しなければ発射準備はされないと思われるが、プレイヤーの中には銃を使うゲームに馴染みのある者も居るだろう。銃口を向けられるストレスは避けるに越したことは無い。
「この遺産、扱いはどのようにすべきでしょうか? 契約者の皆様も、興味はおありなのですよね?」
「あーはい、そりゃまあ……」
「でもカナン様の仰せのままに! お国からは、どのような指示が?」
「……陛下からは、『全てお前の判断で行動せよ』、と。ハル様は、どう対応すべきと思われますか?」
「あまり僕が口出して傀儡政権にしても何だ。重責とは思うけど、カナンが判断した方が良いよ」
一瞬、引いていた手を離されたような寂しさを表情に出すカナンに罪悪感が芽生えるハルだが、彼女もまた責任のある立場、すぐに持ち直す。
ハルとしてはプレイヤー達に少しは与えてやる方が良いとは思う。仮に全部プレイヤーにやったとしても、ハルが代替品をカナンに用意してやれば済む。だが、あまり判断をハルに頼りきりにしない方が良いだろう。
「……では、ここにある銃は我が国から貴方がたに“お貸しします”。……どの道、私達では運びきれませんもの。ストレージという物に入れて、運んでくだされば」
「はい! 運びます!」
「カナン様は話が分かるー!」
「あ、これって前時代の銃器がモデルだね」
「分かるの?」
「他のゲームでもこの時代のは人気だから」
砂糖を運ぶ蟻のように、瞬く間に散らばった銃はリレー形式で手渡されてゆき、一瞬で部屋の中は空になった。
カナンはその様子に苦笑する。微笑ましいものを見る、慈愛溢れる表情だ。それも、やはり一瞬の事でプレイヤーの彼らには気付かせない。
中々良い対応だったようにハルも思う。言い方は悪いが、“餌”は必要だ。そしてもしもの時には“返して貰う”事が出来るよう、貸し出しという条件とした。
この探索、信徒と使徒の協力は必須。特にカナン達はごく少数だ、プレイヤーに頼る所は多いだろう。良好な関係を築くに越した事はなかった。
そうしてハルの聖印も組み合わせてカナンは次々と扉を開き、ここ上層の銃は全て回収して行くのだった。
*
上層の下部、乗組員の生活空間と思われた場所に辿り着いたカナン達は、そこを一先ずの拠点とし、荷物を降ろす事にした。
……もしかすると、この生活空間は過去に居た兵士の為ではなく、こうして現代で使うために作られたのだろうか。動力の通った今、シャワールームを始めとしたライフラインも生きているようだ。
カナンも、これなら贅沢に入浴して過ごす事が出来るだろう。宿営地が上手く見つからないようであれば、ハルが会議所のような施設を秘密裏に建設して使って貰おうかと思ったが、不要であったらしい。少し残念なハルだった。
「良かったねカナン様! シャワーまであって!」
「ええ、野営の覚悟はしていましたが、安心出来ますね。神の施設を利用するのに、多少の抵抗はありますが……」
「ハルさんが野営なんかさせないって! きっと何か準備してたはず!」
「ん? そもそもハルさんて、カナン様をどうやって連れてきたんだろ……」
少し、痛いところを気にされてしまった。カナンもぎくりとしたようで、さりげなくハルを離れた場所に引っ張って行く。
「……その、転移してここまで来た事は、他の方々には内密で?」
「ああ、うん……、出来ればで良いけどね。ナイショで頼もうかな」
「はっ! この命に換えましても!」
「換えんでよろしい……」
カナンの場合、うっかり喋ってしまった場合、本当にその身で責任を取りそうな危うさがある。
人間、知っている以上は絶対は無い。何かの拍子に漏らしてしまう事はありえる。それこそ本人の意思に関わらず。
「心配だから、ああいや、カナンの身が心配だから。喋らないように<誓約>をかけようか」
「なんと、流石にございます……」
<誓約>で封じておけば、己の望むと望まざるに関係なく喋ってしまう事は無い。便利だ、<誓約>。使いどころは難しいが。
ハルはカナンとその部下に<誓約>を行使する。前回とは違い、派手な演出は必要無い。静かに、速やかにそれは行われたが、彼女らNPCにはやはり強大なオーラの動きを感じさせてしまったようだ。ぞくり、と彼らは身震いをする。
「ん? カナン様何かあったの?」
「……いえ、何とも。……そ、それより、調査を続けましょうか。荷物も置くことが出来ましたし」
「えっ、大丈夫? カナン様疲れてない?」
「いや、俺らが居るうちに調査進めちゃった方が良い。俺らはすぐに戻っては来れないんだから」
「あーそうだね」
なんとか意識は逸らしてもらえたようだ。この、『プレイヤーが居るうちに』というのはログアウトの関係だ。ログアウトしても彼らは同じ位置には戻って来れるが、カナンが居なければ扉は開かない。締め出される事もありえる。
自然、調査が行えるのはカナンが動く時のみに限られる。カナンの方も、彼女を守るプレイヤーが多く居る方が安全だ。
そうしてカナン達は通路を先へと進んで行く。そこには、あの水中を進むエレベータの大きな隔壁が行き止まりに控えていた。
「これこれ! カナン様、凄いんだよこれ!」
プレイヤーの中から、一人の少女が飛び出す。以前、この国の調査団に同行した女の子のようだ。あの水中エレベータの絶景を体験している事がハルにも分かる興奮度合いだった。
何が凄いのか、と首を傾げつつ扉を開くカナンも、中を覗き込むと即座にそれを理解したようだ。
今回は、魔法で照らすまでもなくライトアップされた水中を、様々な魚がその身に紋章を輝かせて泳ぎまわっている。
導かれるようにフラフラとカナンが中に歩を進めてしまう程に、その光景は現実離れしていた。兵士も、初見となるプレイヤーも呆気に取られた顔は皆同じ。経験者のみが得意げに、にやり、としていた。
「これに入って下りるんだけど、下のフロアまでしか行けないんだ。そこから先にはまだ進めないの」
「そう……、なのですね……」
カナンの答えはそぞろ。意識はこの景観に完全に奪われていた。
そんなカナンと、プレイヤー達はエレベータに乗り込む。一度に全員は乗り込めないので往復する事になるが、カナンは嫌な顔一つせずに彼らを運ぶ役目をこなした。むしろ役得である、とその表情が語っている。
そうして辿り着いた水中の待合室。ここも変わらず絶景だ。皆で、頭上を泳ぐ魚達の群れをしばし眺める。
「ここまでしか来れなかったんだけど、なんかもうそれでも良いかなーって、前はそうやって終わったよ」
「分かるわー。ここが終点でも良い……」
「いやダメでしょ……」
「どうやったら進めるんだろ?」
「やっぱりあれじゃない? 聖印合体!」
「ハルさん、やってやって!」
ハルは請われるままに、カナンと怪しそうな場所に二人で聖印を近づけてみるが、特に何かが反応を見せる事は無かった。
更に聖印の数が必要なのか。それとも、まだその時期ではないのか。
徐々に集まりつつある各国の調査団。それが全て集まったときに、イベントは更に進行するのかも知れない。二種類の鍵で開く扉は、それを示唆しているようにハルは感じている。
それなりの時間が過ぎている事、そして特に手がかりが得られない事から、ヴァーミリオンの初日の調査はそこまでとなり、プレイヤーは少しずつログアウトして行った。
カナンも、気を張って疲れが出ているだろう。宿営地となる個室のあるフロアへと戻るのだった。




