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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第229話 いざ戦艦への船出

 ディナ王女達が戦艦へと行軍するまでには、また少しばかり時間が掛かる。ハルはその間、付き添うことは無いので少し時間が空くことになる。

 とはいえ初めての<誓約>の行使で不安もあるため、分身のマスコットである“ゾッくん”で飛びながら追跡はしておく事にした。群青ぐんじょうの国は守護神であるマリンブルーが配下となっている為に、魔力侵食による一時帰還クイックセーブも咎められない。


 その間に何をするのかと言えば、最後の参加者であるヴァーミリオンの信徒、カナンを迎えに行く。鎖国しており、距離も最も遠い。ハルが手伝わねば、あの国は動きにくいだろう。

 ヴァーミリオンの国には協力すると約束した。今がまさに、手伝いが必要な時である。


「遅くなっちゃってすまないねクライス。ちょっと他の国の折衝に手間取っちゃって」

「ふははは! い。貴公ほどの人物、どの国からも引く手数多(あまた)であろう」

「あ、自国が今まで後回しにされたこと、ちょっと恨んでない?」

「ふははははは! ……少々な?」


 彼にしては珍しくおどけた表情でニヤリと笑みを作り、肩をすくめて見せる。国として抗議しているという訳ではなく、友人として後回しにされた事に文句を言いたいようだ。


「聞けば他国の王子達と酒宴を開いたそうではないか。この我を差し置いて」

「そうだね。結婚祝いのお礼もちゃんとしてないし、クライスにはちょっと悪いことしたな」

「はは、本気に取るでないわ。我の方も、協議に時間が掛かっていた為、丁度いい」

「やっぱり反発はあったか」


 今度は一転して、遠くを見るような呆れ顔。神が絡む話となると、やはり会議は難航したようだ。その様子を思い出したのか、クライス皇帝は疲れた顔を隠さない。

 現状、神を否定しているヴァーミリオン帝国、神に関係する内容、すなわちゲームのイベントにはやはり参加がし辛いのだろう。渋る物が居るようだ。


「でも、その様子だと納得させられたみたいだね。どうやったの?」

「ああ。その戦艦とやら、聞けば中におわす神が、過去の歴史を知っているのだろう?」

「モノだね。うん、知ってる。動かぬ証拠になるはずだ」

「我らの歴史を知る為の絶好の機会だと言われれば、どの立場でも納得せざるを得ん。それで通した。あとは、銃とやらの遺産を餌にだな」

「銃はねえ……、正直、君らが使ってる遺産と比べて強力かは分からないよ?」

「ふはは! 構わんさ。どのみち行かねば確認できんのだ」


 神と対立する者達の拠り所とする主張は、『神が自分たちの祖先を滅ぼして支配した』、というものだ。

 それを覆す証拠が出てきてしまうかも知れない戦艦になど、本来は行きたくないだろう。だが、真実が分かると言われれば行くしかない。頑として行かねば、己の掲げる主張が嘘であると自ら証明する事になる。


「しかし、そうして時間を掛けているうちに我らが最後か。分かってはいたがな」

「そう遅れてはいないよ。僕が居るからね」


 この国に関しては、最初からハルが<転移>で送ると決まっている。その優位性アドバンテージがあるため、出発時間の遅れはさほど致命的にはならない。

 隣国と互いに睨み合わなければならない、青と紫の両国が一番大変なくらいだ。


「君らの赤が一番最後として、次点で遅いのはここの隣国の橙色だろうね」

「貴公ら使徒達が、まだ到達していないからか?」

「そうだね。その為に現実感が薄いだろう。でも神が言うことだ、それに従ってもう出発はしたらしいよ」

「ふむ……、だが距離の問題で、まだ到着していないのだな」

「その通り」


 ハル達の住む黄色の国から見て東の二つ隣、橙色の国。そこも守護神であるマリーゴールド、通称『マリー様』の言に従い使節団を出発させたらしい。

 彼女の契約者はまだ町には入れないが、神域にはワープ出来る。そこで信徒と顔合わせをして協力を約束し合ったとか。それ以上の詳しい話は、全体閲覧が可能なコミュニティには出てこなかった。


 その間にある緑の国は、どんな手を使ったのか、既に戦艦へ到達済みだ。


「藍色は自国なので当然、一番。あとは隣国の青と紫も、調整に難儀したけど何とか出発したね」

「貴公が居なければ、時間的だけでなく距離的にも最も出遅れていた所であった」

「<転移>で送るから、着いてない三国よりも早い可能性もあるね」


 ふと、入国手続きはどうするのか気になったハルだが、長らく鎖国している為か、クライスが気にするそぶりは見えない。

 まあ王族を訪問する訳でも、大部隊を送り込んでの転移強襲をする訳でもない。問題が起こったらハルが責任を持とう。神気と能力で大抵の問題は解決可能であるし、最悪マリンブルーに口添えしてもらえば、何とかなるだろう。


「人選はもう済んでる? あまり多くは送らない方が良いと思うけど」

「ああ、問題ない。カナンと、護衛の数名に留める事になっている」


 クライスの合図で、巫女カナンが入室して来る。今日も彼女は信徒というより、クライスの秘書官といった出で立ちであった。

 装飾の大めなスーツのようなぴっちりとした服が、出来るイメージを引き立てている。


「こんにちはカナン。慣れない場所で大変だとは思うけど、頑張ろうね」

「はっ! ご機嫌麗しゅうございます、ハル様! 誠心誠意、この国が正しい姿となるよう、尽くさせていただきます!」

「うんうん。……あまり、気張りすぎないようにね?」

「……相変わらず、我に対するより敬意が篭っていることだ」


 国が神を認めぬ反動か、カナンは他の信徒と比べても信仰の度合いがかなり強いように思う。神や、それに連なるハルへの敬意が凄まじい。

 今回の任務も、久々の神託であり、神じきじきの勅命ちょくめいともあって気合が入っている。

 これまでに何度かこちらへハルが<転移>してきて、あてがわれた客室内でカナンと連絡を取っていたが、国の情勢など無視してすぐにでも出発したくて仕方ない様子だった。


 そのカナンも交え、ハルとクライスは調査への最終調整に入る。

 カナンの様子から見るに、すぐに準備は済むだろう。到着は、先に出た二国の行軍よりも早くなりそうだった。





 そして翌日、早くも準備を整えたカナンと、護衛の数名の兵士達をハルは客室で迎える。クライスは立場上、残念ながら見送りには来れないようだ。彼の執務室に兵士達や用意した荷物を入れる訳にもいかない。

 荷物の量は大量で、カナンはかなりの長期戦を想定している事がハルにもそこから感じられた。


「カナン? やる気は分かるけど、こんなに必要無いんじゃない? 物資が切れたら、僕が城まで送って戻るから」

「そんな、わざわざ何度もハル様のお手を煩わせる訳にはまいりません」

「いいのに。片手間で出来るからね。ああ、君達を軽視してるんじゃないよ?」


 ゾッくんを持たせるなり、カナンの逗留地を黄色の魔力で侵食するなり、手軽に連れ戻す方法は多数ある。

 効率を考えれば、荷物を減らしてハルにある程度任せたほうが効率的だ。

 だがカナンは世話になれぬと譲らず、護衛の兵士もそれに賛同していた。カナン同様、信仰心の高い者達を選りすぐったメンバーであるようだ。


「まあいいや、勝手に世話焼くし」

「どうか程ほどで。先に出た瑠璃るりふじの方々に、優遇されすぎだと怒られてしまいます」


 実際に優遇しているのだから仕方ない。マゼンタに代わり、この国の安定の為協力すると約束した。干渉が多くなるのは許して欲しい。


「カナン様の仰る通りですハル様。使徒の方々への紹介も含め、多大なお手間をかけてしまっているのですから」

「いや、彼らと引き合わせるのはゲーム(こっち)の都合というか……、個性的で人数多いけど、大丈夫?」

「当然にございます!」


 参加出来ずに歯がゆい思いをしていたのは、何もヴァーミリオンの国民だけではない。未到達のため彼らとコンタクトが取れない、赤の神(マゼンタ)の契約者もまた同じであった。

 そのプレイヤー達を、ハルが手引きし現地で引き合わせる約束をつけている。今頃は既に、集合を始めているだろう。

 プレイヤー慣れしていないカナン達が、いきなりその大群の中に放り込まれて目を回さないか心配なハルだった。


 まあ、既に覚悟は決まっているようだ。ハルの方で渋っていても仕方ない。

 ハルはカナン達を、戦艦の浮かぶ海付近の漁港、その近辺にある人影の無い小高くなった丘へと<転移>させて行った。


 すぐにカナンは、髪を撫でて流れて行く風の匂いが故郷とはまるで違うことに気づいたようだ。そして丘から見下ろす、一面に広がる海に目を奪われる。

 夏の強い日差しに照らされ、海は一面に眩しく輝きを放っていた。なかなかの景観だ、ハルも良い時期に来れたとしばし目を細める。


「これが……、想像以上です……」

「天気が良い日で良かったよ。まあ、雨なら中止にしてたけどさ」


 この海は見て楽しむだけでは済まない。ここを渡らなければならないのだ、さすがに荒れる日は難しい。

 眺めているだけならば綺麗な海も、そこへ踏み出すとなると人間にとっては脅威でしかない。特に、今まで海を知らないカナン達には。


「こっちは暑いよ。装備を整えた方が良いんじゃない?」

「ご心配なく、鍛えております!」


 夏も比較的涼しいヴァーミリオンの国と違い、こちらは夏は非常に暑くなる。転移してきた事で寒暖の差が一気に出るだろう。

 突然の不慣れな土地にカナン達を慣らしながら、ハルは丘を下りて海辺の方へと進む。程なくして、進行方向には人影が集団で確認出来るようになってきた。

 距離が近づき、向かってくるのがハルだと分かると、その集団の一部が我先にとハルの方へと駆けて来るのだった。


「ハルさんいらっしゃい! そちらがカナン様!?」

「スーツ女子! 出来る女! メガネ似合いそう!」

「だめ、このままが良い!」

「荷物持ちます!」

「い、いえ、お構いなく……」

「私達マゼンタく……、マゼンタ様! の契約者です!」

「よろしくお頼み申す!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。お世話になります」

「カナン様硬い! もっと上から目線でいいのに!」

「ハルさんとの関係は!?」

かしましいねキミら……」


 ……上から目線を求めるならば、もっと自分からへりくだった方が良いのではないだろうか?

 風変わりな、使徒という存在に覚悟していたカナンであったが、自己アピールに盛んな彼女達にたじたじと押されっ放しな様子である。

 彼女らはマゼンタの契約者。初めて顔を合わせる事が出来た信徒の存在に、興奮が隠せないようだった。そんなプレイヤー達に一定の距離を取らせながら、そのまま海岸へと進んで行く。


「結構集まったね。数え切れないや」


 四十一人だった。


「ひーふーみー、何人……?」

「六パーティと少し」

「ハルさんこの人数で海渡れるのー?」

「みんなで泳ごう!」

「馬鹿。カナン様たち居るでしょ」

「いえ、私も泳ぎなら可能です」

「カナン、天然してないで船出すから乗ってね」


 ハルはわいわいと騒がしい彼らを半ば放置して、アイテム欄から魔道具の小船を取り出して浜に横たえる。今回のイベントの為、新しく開発したものだ。

 神界で順番を譲ってもらった際、何か魔道具を作ろうと決めたが何が良いかまでは考えていなかった。そこで待ち時間となる一週間ほどの間に、<誓約>を覚える傍らで仲間と供に考え、開発していた物がこれになる。

 戦艦までの移動が手間になっている現状、やはりこういった物が良いだろう。


「わお! お船だ」

「ハルさんこれって魔道具?」

「こんな物まで作れちゃうんだ」

「動かしていい!?」

「良いよ。動かす人はパーティリーダーね。やりたい人?」

「……」

「……」

「……」


 ばっ、と勢い良く辺りを見回す女の子が数人居たと思えば、ばっ、とまた同時に三人手が挙がる。何の牽制けんせいをして、何の確認が取れたのやら……。

 とりあえずそこは気にすること無く、ハルはその三人に魔道具のボートをアイテム譲渡する。船頭として、カナン達を運んでもらおう。

 すぐさま彼女らはジェット推進になっているそれを、沖に向けて思い切り飛ばして遊び始めた。本番は、もっと安全運転してもらいたい所である。





「全員は乗れないと思うから、リーダー以外はパーティ転移で来てね」

「組もう組もう」

「どう住み分けする?」

「推しのキャラ」

「マイナー不利じょん」

「はい二人組み作ってー?」

「やめなさい」


 カナン達も乗ると、この人数全てを運ぶだけの積載量は無いので、リーダーの元に集まる転移機能で戦艦に飛んでもらう事にする。

 グループ分けが済むと、リーダー達はカナンらと小船へ乗り込み、操舵手は重責に臆すことなく勇ましく漕ぎ出した。


「……凄い。このスピード、しかも、この船は遺産なのですかハル様?」

「お、分かるんだ。流石だねカナン」

「ええ。見分けが付かねば、話になりませんので」

「そうだね、変な話だけど、“最新の遺産”だ。僕が作った船だよこれは。僕らは魔道具って呼んでる」

「これが……」


 カナンやクライス皇帝にも、魔道具の話は少し伝えた。まだ開発段階だが、遺産の代わりとなる物をハルが開発出来るかも知れないと。

 カナンのこの反応を見るに、どうやら期待以上の仕上がりであるようだ。


 波しぶきを巻き上げながら、魔道ボートは進む。お屋敷でたまにメイドさんに乗せてもらうような、木の小船を魔法で進ませるのとは比べ物にならない、圧倒的速度をもって海上を爆走する。

 <飛行>の最高速には及ばないが、中々のスピードだ。足元の波が、陽光を反射しながら凄い勢いで遠ざかる。

 操作性も問題無さそうだ。さっき少し練習しただけのプレイヤーが、この速度で十分な安定性を保っている。


 次第に水平線に黒い物体が見え始め、ぐんぐんとその大きさは拡大してゆく。戦艦が近づいて来た。

 操舵の子が、勢いのままに上部構造へ乗揚げようと考えているのが表情から読めたのでハルも少し警戒してカナンの手を取って引き寄せたが、何とか思いとどまってくれたようで、少しずつスピードを落として横付けに接岸した。


「着いたよカナン。さ、こっち乗り移って」

「これが、神の船……」


 取ったままだった手を引き寄せるように、カナンを甲板へと引き上げる。

 他の船も到着したようで、護衛の兵士とプレイヤー達も続々と乗り込んで行った。チャットを飛ばし、海岸に残ったメンバーを呼び寄せている。


「おーここが戦艦」

「噂の戦艦」

「私もボート乗りたかったー!」

「ハルさんこれでもう少し遊んでいい?」

「私も乗りたい! てか動かしたい!」

「あげるから後でね? こっちの探索が先、カナンに付いて行って」

「はーい」

「はーい」


 外周からさほど遠くない距離、起立する半球、ビット砲台の付近に入り口となる扉は存在する。

 カナンは引き寄せられるようにその地面の扉へと近づくと、大切にしまわれた聖印を、ふところから取り出すのだった。

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