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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第226話 毒入りの夕食にご用心

 ウィストは結局それ以上の交渉は受け入れずに、ハルがやるように、との一点張りのまま姿を消してしまった。

 再び呼び出してゴネてやろうかとハルは思ったが、恐らく結果は変わらない。時間と魔力の無駄に終わるだろう。

 よしんば承諾されたとしても、対価として膨大な量の魔力を要求されるかも知れない。別に、どうしてもこの案で成功させたい拘りがある訳ではないのだ。そこまでするのは割りに合わない。


 ハルとアイリは、そのまま仮設の会議所へと<転移>で戻る。侵食の済んだ国内での開催だと、このあたりが便利であった。

 自室に戻った二人だが、そこは無人だった。ルナとユキも、広間で巫女たちと共に食事を楽しんでいるようだ。


「アルベルト」

「はっ、おかえりなさいませ、ハル様」

「状況はどう?」

「はい。お食事は非常に好評です。護衛の兵達は同室で食べてはならないようでしたので、こちらの判断で新たに部屋を一つセッティング致しました」

「構わない。良くやってくれた」


 一瞬、敵国同士の兵達を一つの部屋に突っ込んで大丈夫かとも思ったが、これから足並みを揃えようという者達だ。この程度で問題を起こすような未熟者は連れて来ないだろう。

 幸い、喧嘩になるような事は起こらなかったようで、美味しい食事もあり終始なごやかなムードであったようだ。


 食事が終わる前に戻ってこれたようで、歓談はまだ続いているようだ。

 ハルとアイリは再び正装代わりのパワードスーツを身にまとうと、二階にあるこの自室から、皆が食事をしているホールのある階下へと降りて行った。

 どうやら、ホールの方を兵達が騒がしくも楽しそうに使っているようで、ハルとアイリが通りがかるのが見えると一様に背筋を伸ばして食事を中断してしまった。

 アイリが挨拶し、ハルが軽く手振りで気にしないように伝えて去ると、背後では再び談笑が始まったようだ。


「王族と巫女さんが別室か」

「ええ。豪華なホールよりも、落ち着いた部屋をご所望しょもうのようで」

「会議の雰囲気を引き継がないように、広いとこにしたんだけどね」

「会議の続きをしていそうですね!」

「かもね。真面目だねー」


 その場合、抑止力となるべきハルが居ないので本末転倒になってしまわないだろうか。

 メイドさんやアルベルトも居るので物理的な戦闘になることは無いだろうが、議論は過熱してしまっているかも知れない。

 ハルは執事風の姿のアルベルトに導かれ、彼らの居る扉をくぐる。


「おうハル! 勝手にやらせてもらってるぜ!」

「お帰りなさいませハル様。首尾はいかがでしたか?」

「ラズ、硬い話はメシの後だっての!」

「……今回の会談の目的は割と一刻を争うのですけどね」

「だが結果がどうあれ今すぐトンボ帰りで戻る事は出来ない(ねぇ)。なら食事くらいゆっくりしようや」

「それも道理ですか……」


 じきに夜が来る。さすがに護衛に多くの精鋭を連れて来ているとはいえ、王族が夜の強行軍はよろしくないのだろう。今日はここで一泊、というのは動かないようだ。ならば焦っても仕方ない。というのがアベルの主張であった。

 ハルの思うように、食事中も会議の続きをしてはいなかったようだ。自分で持ち込んだのだろう高級酒を、ラズル王子と共に傾けている。


「ハル君おかえりー」

「お食事、頂いています! 非常に、美味しいです!」

「巫女ちゃんよく食べるんだよー。健啖家けんたんか、だっけ?」

「お、お恥ずかしい……、この身は兵士も兼ねておりますので……」

「武神セレステの巫女ですものね?」


 巫女ヒルデは、ルナとユキ女の子達と並んで食事を共にしている。アベルもそうだが、ヒルデの席にも所狭しと料理が並んでいた。色々な料理を見てつい何でも取ってしまったのだろう。

 武の国は体が資本であるようだ。ヒルデも、アベルの供に扮して兵士役を務めていた事もあったくらいだ。


 一方のラズル王子は、正に優雅、といった上品な食べ方であった。お酒の香りを楽しみながら、少しずつ料理を口に運んでいる。

 これではあまり種類は食べられないだろうが、多くの中から珠玉しゅぎょくの一品を選び出し、それをしっかりと愛でる事に楽しみを見出しているように感じられる。しっかりとメイドさんの自信作を選び取っていた。


「本当に、素晴らしい料理ですねハル様。この施設もそうですが、この料理もハル様の故郷のものだとか」

「お、やっとそこに触れてくれた。まあ料理は、この国の料理に少しあっち風のアクセントを加えた程度だけどね」

「何だお前(オメー)、自慢したかったのか? 意外なトコもあんだな。……肉の仕返しか?」

「あーうん。そういう面もあるかな。あの肉美味しかったもんね」

「私もハル様に、国の料理を振舞えれば良いのですが、なにぶん我が国はそちらがテンで駄目でして……」

「資源が無い(ねー)んだ、コイツんトコ。だから土地を求める」

「我が神の教えは、資源無くとも魔法の使い方次第、なのですけどね……」

「仕方あるまい。そんな事よか今日のメシになるのは自然だ。理想じゃメシは食えん」

「アベルはドライだね。割り切りが凄い」


 仮にも戦争相手に対して、しかも豪勢な料理を頬張りながら、嫌味無くこれが語れるのは大した物である。

 どうしようも無い物は、言葉を飾った所でどうしようも無い。それを身をもって理解している、そういった振る舞いだ。あの神経質そうな信徒の男、クロードが聞いたら口論になりそうである。


「そういえば彼、クロードは?」

「ああ、クロードですか……」

「ははっ! 傑作だったよな!」

「何かあったんだ?」


 この場に姿が無いが、別室で食べているという訳ではなく、最初はここで食べていたらしい。

 アベルの態度に腹を据えかねて退室、という雰囲気でも無い。一体どうしたのだろうか。<神眼>で探せば分かる事だが、王子達の態度を見るに急を要する事ではないと理解出来るので、ハルはこのまま彼らに話を聞くことにした。


「……そのですね。最初は彼は毒を警戒していたのです。貴方がたが用意した物など食べられないと。申し訳ない」

「ま、気にすんな。敵地じゃ当たり前の判断だ。ちっとばかり、状況分析がなっちゃいないがな」

「そうですね。あまりに礼を欠いていました。私から謝罪を」

「いやいやいや。違う違う。コイツの前に立った時点で、殺す気なら毒殺なんざ必要無い(ねぇ)ってコト」

「事実だけど酷い評価どーも」


 ハルは絶対にやりはしないが、アベルの語る事は正しい。暗殺する気であれば、食事に毒、などとまだるっこしい手段は取らない。一人になった所を分子レベルまで分解して消してしまえばいい。後には死体すら残らない。

 ハルの殺意を警戒するのであれば、クロードでは防御手段が乏しすぎる。食事を警戒している程度では危機意識が甘い。全てを投げ出して逃げるべきだ。


「で、アイツは最初、一人だけ手を付けられずに居たわけだ」

「自国の王子が食べているのに失礼ですよね。王子を毒見役にしているような物です」

「……ヒルデはヒルデで、オレに逐一、美味ウマいかどうか聞いてきたじゃない(ねー)か」


 ある意味それも毒見役である。アベルが食べた物が美味しければ、ヒルデも追加でそれを頼む。逆毒見、といった感じだろうか。王子を良いように使っているのは同じだった。


「それは良いとして……、我々が美味しそうに食べていると、クロードも我慢できなくなって食べ始めてしまいました」

「まったく、半端物です!」

「あー、オチが読めたかも……」

「……そうですね。きっとハル様のご想像の通り。我が国で味わえぬ美味の数々に衝撃を受けた彼は」

食べ(くい)まくってぶっ倒れてしまった(ちまった)。という流れだな」

「そりゃまた。でも嬉しいね、喜んでくれて」


 当初のハルの目論見とは違ったが、どうやら度肝を抜く事には成功したようだ。何となく達成感がハルにこみ上げてくる。

 落ち着いて話が出来るようになると、この施設その物にも驚いてくれていたようで、『ありゃ何だこりゃ何だ』、と主にアベルから質問の雨が飛んできた。大変、気分の良いハルだった。

 そのようにはしゃぐ事の無いラズル王子も、実際はアベル以上に興味津々のようで、どんな技術なのか一片も聞き逃すまいと眼光をキラリと光らせていた。


 そんな風に、終始なごやかに食事は進み、いつの間にか外には夕闇が幕を落としていった。





「クロードには、消化に良い薬を出しておいたよ」

「かたじけない。お手間を取らせてしまいました」

「本当ですよ。あの程度も食べきれないとは、鍛え方が足りません!」

「ヒルデはちと黙ってな? ……つか、鍛えてどうにかなる(なン)のか?」


 アベルは案外ツッコミ気質だ。


 さて、夕食後の食休みも終わり、会議が再開される。会議と言っても、ハルからの結果報告を聞くのみだ。食べすぎのクロードは寝かせてある。

 これがすんなりと進めば、もう新たに協議などする必要はなく話は進む。自然と、彼らの目にも期待が宿ってるようだった。


「じゃあまず結果から。魔法神オーキッドの許可は下りた。ただし、魔法の行使は彼は行わない」

「おお。……おお? どういうこった?」

「誰かが、代理人になるという事ですね? クロードでしょうか?」

「いや、僕だ」

「お前かよ!」

「なんと……」


 二人の王子は難しい顔をして考え込む。兵達を納得させられるか否か、思考を巡らせているのだろう。

 自分達がいただく神が命じるからこそ素直に従うのであって、許可が下りたとは言うものの一介の使徒であるハルが命じて、果たして受け入れるものであろうか。

 そこが、王子といえども読みきれないのだろう。


「やっぱり反発はありそうかな? クロードにも、神を僭称せんしょうする、なんて言われちゃったしね」

「気にする事などありませんよ! 皆、ハル様の威光をその身で感じれば勝手にかしずきます!」

「……だとしてもヒルデ様、まずこの件は、ハル様が居ない状態で国に書面で納得させなければなりません」

「さすがに書類にまで、こいつのオーラは乗らないからな」

「……あ、なるほど」


 ひと目見れば分かる、などと言っても、書類の上ではハルもただの使徒の一人にすぎない。いや、第三国の王女の夫、という肩書ステータスも持っている。ある意味ただの使徒よりも性質タチが悪いかも知れない。

 これを足がかりに、梔子くちなしの国が軍事介入してくるのではないか、という懸念も発生させてしまうだろう。


「しかし、確かに我々の都合で神に直接動いてほしい、などおこがましい事ですね……」

「それはそうだが、せめて証明が要る(いん)だろ。ハルが『そう言われました』、と言()っても、こっちじゃ確認のし様が無い(ねぇ)からな」

「証明かあ。……神託とか、来てないかな?」

「……」

「……」

「…………我が国の者が、申し訳ない」

「クロードの復帰待ちかねぇ、こりゃ」


 結局その日はそのままお開きとなり、彼らはこの地で一泊する事となった。

 近代的な入浴施設にはしゃぐ王子や兵士達の様子を見て、ハルが満足げに笑みを浮かべ頷いたのは言うまでも無い。





「それで、ハル? あなた誓約の魔法は使えるの?」

「いや、全然」

「そうよね……」


 翌朝、復帰したクロードを交えて再び会議が再開される。争点は、ルナの言うように当然そこになるだろう。

 彼らの兵士が納得するか否かの問題もあるが、それはここで話し合っても解決はしない。後は王子達の手腕、それにかかっている。

 だがその前にまず確認しておかねばならない事がある。ハルが本当に、誓約の魔法という神にのみ許されたそれを行使出来るかだ。


「夜の間にどっか行ってたよね? 覚えてこれなかったん?」

「流石のハルも一晩では無理よ、ユキ」

「そう言われると『いや、もう覚えた』、って言いたくなるけど。無理だね。昨夜ゆうべはセレステの所に行ってたんだよ」

「夜這いだ!」

「夜這いね?」

「いや仕事だから」


 ウィストにだけ許可を取って終わりとはいかない。セレステ側も同様に条件を合わせておかねばならなかった。

 ついでに、あわよくば誓約の魔法を使えるようにならないかと思ったが、ルナの言うように流石に一晩では無理だった。


 そんな彼女たちに見送られてハルは会議室へと足を運ぶ。

 そこには既に、相変わらず敵意を向けながらもバツの悪そうな顔をしたクロードを始め、両国の面々が揃っていた。

 遅れた事を謝罪し、早速会議を進めてもらう。


「……まず、昨夜に私の元に神託がありました。貴方に、国民に対して誓約の魔法を行使する事を許可すると」

「食べすぎで気絶して、起きるまで気づかなかったんですって」

「一生の不覚……!」

「まあ、食事を楽しんで貰えたようで良かったよ」


 煽りと取られたのか、きっ、と睨まれるが、すぐに視線に勢いを無くすクロード。昨日の食事を思い出したのだろう。恥ずかしそうに表情を朱に染める。

 これで美少女だったらツンデレ系といったところか。よっぽど気に入ってくれたと見える。メイドさんに感謝するハルだ。


「私にも、セレステ様からの神託が降りました。これで、正式に両国ともハル様に調停を任せる事が可能になったと言えるでしょう」


 敬愛するセレステからの神託にはしゃぐかと思った巫女ヒルデは、想像に反して非常に落ち着きを見せている。

 こちらも、夕食時にリスのようにほっぺたを膨らませていた彼女とは思えないギャップを感じる。

 神聖なオーラが体から発していると錯覚しそうな、まさに巫女の風格を感じさせる佇まいだった。


「神託があった以上、その決定に逆らえる者は我らには存在しません。ですが」


 そんな場の状況を取りまとめるように、ラズル王子が口を開く。


「ですが、その一方で確認しておかねばなりません。ハル様が、滞りなく我らに誓約を結ばせる事が出来るのか」


 やはり、予想通りそこの確認を取ってきた。ハルとしては困る事だが、当然の懸念だ。

 ここで、正直に『今はまだ使えないんだ、ゴメンね』、と言ってしまった方が誠実なのだろうが、今後の展開を考えるとそれは出来ない。

 いかに、『期日までにはちゃんと覚えてくるよ』、などと言っても信じられる訳が無いだろう。ここは、使えると納得して帰っていただかなくてはならない。


「確認とは言うけど、どうするのラズル王子? あまり、貴人にほいほいと誓約を課するのはマズいと思うんだけど」

「そうですね。かといって、護衛の兵にはまだこの事を伝えられません。故に」

「……私に、かけて欲しい。それで判断しましょう」

「クロードにか」


 やはりそう来たか、とハルは己の読みの正しさを確認し満足する。

 クロードはハルに対抗意識を抱いている。それは誰の目にも明白だ。そんなクロードに命令を下す事が出来れば、十分な成果として皆が納得するだろう。


 一歩歩み出て、多少の不安をたたえつつもハルを力強く睨むクロードに向け、ハルは手を、すっ、とかざす。

 そうして集中するフリをして息を長く吐き出しながら“ナノマシン(エーテル)を彼に進入させると”、昨夜処方した胃薬により大量に食べた夕食を餌に大増殖した“クロードの体内のナノマシン(エーテル)に”命令を下した。


「命じる、<ひざまずけ>」


 そのハルの言葉に寸分も遅れる事なく、クロードは躊躇無くその場に跪くのであった。

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