第224話 進まぬ議題
「で、では改めまして……、本日の主題へ移りましょうぞ」
剣呑な空気に気おされながらも、フランツ卿はなんとか司会進行の役目を果たさんとする。
本日の主題、二国で協調して群青の国と交渉するための事前協議。まあ、交渉とは言うが、ほぼ侵略。無理やり国境を開かせるのと変わらないだろう。
「あまり、この協議に時間をかけては居られません。単刀直入に申しましょう」
間を入れずに口を開いたのはラズル王子。ハルに対する牽制はもう終わりにしたのか、ハルの方はもう見ることなく、正面のアベル王子だけを見据え、視線も鋭さを増す。
ここからが本番、ゲーム開始といった顔だ。なにせ直接的な脅威、今まさに敵対している国の王族だ。ハルに対するものとは、視線にこもる敵愾心が比べ物にならない。
「わが国が求めるのは単純。かの国の内部において、こちらの調査隊に攻撃を仕掛けない事、その確約」
「異存なしだな。オレの国も変わらん。そっちが仕掛けなきゃ、こっちだって何もしないよ」
「……暗に、何かしたいから仕掛けて欲しい、とも取れますよ?」
「あぁん?」
「火ぃつくの早いよ君ら。落ち着きなって」
冷静沈着が売り、といった顔をしたラズル王子から意外にも先に仕掛けて行く。
専守防衛が基本の理念である紫の魔法国、藤の国だが、好戦的なのは変わらない。
彼の語った、『仕掛けて欲しい』というのはきっと、“相手を有利な陣地に引き込んでのカウンター”がラズル王子の得意戦術だから出た言葉なのだろうと察する。
良い戦略だ。目先の土地の確保ではなく、自軍の消耗を抑え、相手の損耗を加速させる、大局を見た戦い方である。
「……失礼。つまりは、大義名分があれば戦える、といった状況、そのものを作らないように取り決めたいのです」
「……そうだな。何者かの介入で、やれ『あっちが先だーそっちが先だー』と、水掛け論の開戦になりかねん」
「ええ。きっかけ一つで一触即発、といった状況そのものを封じる条約が必要です」
「手を出したら自国が一方的に不利になる、っつー決まりか」
並んで行軍していたら、向こうの部隊から石が飛んできた。そんな理由で、小競り合いが徐々に加熱してゆき、終いには全面衝突となる。そんな展開は避けねばならない。
そのために冷静になる決まりごとが必要だ。『石は飛んできたが、攻撃ではなく何かのアクシデントかも知れない。短慮は避けよう……』、そう頭を冷やすだけの厳格なルールが。
「理由いかんに関わらず、攻撃してしまったら法外な賠償金を支払う、とかか?」
「……少し弱いですね。賠償金目当てに、相手側に間者を紛れ込ませ、そいつに攻撃させる事も考えられます」
「お前……、さっきから例えが姑息だな……」
「我が国はお宅のように、正面からのぶつかり合いが得意ではありません故」
紫の魔法国は、青の軍事大国と比べて技術力に勝るが軍は脆弱のようだ。策を弄さねば、瑠璃の国の侵略に対抗する事は出来なかったのだろう。
「神に誓いを立てれば良いではありませんか。『攻撃しない』と。それで済む話なのに、何を複雑にしているのです?」
「巫女の言うとおりだな。破れぬ決まりと言うなら、神に誓えばいい。神を裏切る事を思えば、金などよりよほど自制が効くだろう」
「こんな時だけ団結するなよ信徒の二人はよ……、戦場じゃ誓いなんて物の数にも入らん。却下だな」
「ですね。神を軽んじるのではありませんが。戦場における己の命の危機、戦場の高揚感。そうした極限状況において、誓いの心など小さき物」
「憐れな……」
「なんと矮小……」
「だから団結するなっての……!」
とはいえ、これは王子ズの言うことの方が実情に即しているだろう。いくら神が実在する世界であり、その信仰の強さは地球のそれとは比べられないとはいえ、戦場においてまでそれが継続する保証は無い。
自らの命惜しさに誓いを忘れる。戦いの熱気に飲まれ、神の国の民ではなくただの狂戦士と化す。圧倒的な非日常の空気に、倫理を捨て去る。
人間として、どれも容易に思い浮かぶ惨状だ。地球の歴史を紐解いても、信仰を掲げる軍が戦場でどうなったか、枚挙に暇が無い。
そして、信仰に篤い者ほどその熱気が冷めた後、神を裏切った自らに絶望するだろう。そんな悲劇を起こさない為にも、人間用の規則でしっかりと縛ってやらねばならない。
「そういえばセレステも言ってたっけ」
「せせセレステ様が!? いい一体何を!?」
「いや……、そんな重要な話じゃないって。命惜しさに誓いを忘れるって話を、茶飲み話でしただけだよ」
「お茶をご一緒する仲……、やはり……」
「落ち着け。引かれてるぞお前……」
やはり何なのか。セレステは彼女に何を吹き込んで、何を企んでいるのか気になるところだ。
とりあえず、それは追い追い観察していくとして、今はこの会議をさっさと決着させてしまおう。恐らくは、このまま彼らだけでは非常に長引くか、決着がつかないだろう。
◇
「互いに人質を出す、というのは如何でしょうか」
「悪い案じゃないが、誰を出す? コトは急を要するんだ、人質の選出と、その安全の保証だけでも時間が掛かるぞ?」
「確かに、その通りですね。そちらで丁寧に扱われているか、その確認と兵への納得を得るのにひと手間かかります」
「ひと手間じゃ済まんな。オレら自身が出るくらいしか、この場で解決可能な選択肢は無いだろう」
「それでは、調査隊が立ち行かなくなります」
「オレは隊を率いないから良いけどよ。逆に人質としての価値が無い」
瑠璃の国の調査隊は、アベルではなく別の者が担当するようだ。逆側の国境沿いを統治する領主とかだろうか。
その場合、アベル人質には価値が無くなる。いやむしろ逆効果になるのだろう。
瑠璃の国は実力主義の競争国家。ライバルを蹴落とすチャンスを皆常に窺っている。そんな中でアベルが人質として出ても、どうぞ好きに処刑してください、としかならないのだ。
「アベル、戦艦には行かないんだ?」
「ん? ああ。端から端はさすがに遠い。無理にねじ込めばそこを突かれるのがウチだ。ヤル気のある奴に譲ってやった方が良いだろ」
「多少、無理にでも参加すべきでは? 今回の件、恐らくは非常に大きく勢力バランスが動きます。勲功を上げるには、うってつけですよ」
「忠告どうも。だが、厳しい物は厳しい。ウチの国の横断なんて特にな」
「お宅も色々やっかいなのですね……」
なんだか愚痴を聞く体で、内情について誘導尋問されているようにも見えるが大丈夫なのだろうか。
まあ、アベルもその辺は弁えているだろう。適当に見えて、言って良いこと、悪いことの定義はしっかりつけていると見た。
「前みたいに、神の力でびゅーっと転送してくれれば、また違うんだがな」
「王子、一人だけ羨ましいです。神の奇跡を一人だけ……」
「……まずい、言葉ミスったか。それ、まだ言うのかよヒルデお前」
「僕と戦った時だね」
一対一の戦闘を万全の状態で演出するため、行軍を省いてワープで神域のバトルエリアまで運んできた時のことだ。
日常的に<転移>しまくりのハル陣営を除けば、アベルはこの世界ではワープ移動を経験した珍しいNPCになる。
巫女ヒルデが非常に羨ましそうにしていた。この様子だと、当時も散々言われたのだろう。地雷発言というやつだ。
「確かに、羨ましい話です。使徒の皆様は、日常的にその奇跡を利用しているのですよね?」
ラズル王子がこちらに視線を向ける。確かに使徒、プレイヤーはゲームとして日常的にワープ移動を使っている。無ければ不便でゲームとして成立しないだろう。
「制約は多いけどね。どこにでも好きな場所へ飛べる訳じゃない」
<転移>を使用できるハルでさえ、全てが自由という訳ではない。視線の通る所限定、といった制限がある。
そのため現実的には、<神眼>で自由に見通せる黄色の魔力のある範囲限定、と言って良いだろう。
「なぁハル、お前の力で運べないか? 前、出来るようなコト言ってたろ?」
「ん? ああ、言ったけど。あれは空をカッ飛ばすって意味だよ。気絶間違いなし」
「ふふっ……、いや失礼。ハル様、やってあげては如何です? そこの彼なら、頑丈ですから何とかなるでしょう」
「笑ってんなよ……、嫌味多いぞラズ……」
「アベル王子が調査隊の指揮を取れれば、こちらもやり易いのですがね。彼の大切な者を人質に取れば、条約は必ず守るだろうとこちらも納得出来ますし」
「はっ。誰が渡すかってんだ。オメーみてーな陰謀家んトコによ」
「なるほど。大切な方自体は居る、と」
「そういう所が信用下げてるんだっての……」
確かに、何かにつけて情報を引き出そうとする姿勢は胡散臭さを際立たせる。だが、自分はやり手であるとアピールするにも役立っているだろう。良いか悪いかは、一例だけでは判断出来ないところだ。
先ほど出た人質の例は、アベルの想い人の事だろう。確かにその人の為なら必ず約定を遵守しそうだが、一方でその人を差し出す想像がまるで見えない。
「……難航しそうですなぁ。おのおの方、この会談にはどの程度の滞在が可能ですかな? 最大の、タイムリミットはいかほど?」
「三、四日、といったところでしょうか、フランツ殿。急ぎゆえ、あまり多くの物資は積み込んで来られませんでしたし、なによりそれ以上の時間は掛けたくありません」
「んなトコだろうな。ここなら滞在に問題は何も無さそうだが、一週間も二週間も掛けられる話題じゃ無さそうだ」
「ああ、物資については心配いらないよ。全部僕に任せて」
請け負った以上、最大限快適な滞在を約束しよう。再びの度肝抜きチャンスでもある。今度こそ『何だこれは!』と言わせたい。
……とはいえ、彼らの語る通りにそんなに時間は掛けられないだろう。これは前哨戦。準備段階の、更に準備段階なのだ。ここでモタついていては、群青の国が着々と足場を固めてしまう。
一先ず、メイドさんの美味しい料理でも食べて頭をリフレッシュさせるのも良いだろうけれど、その前にハルからも、一つ提案してみたい事があった。
この課題は案外、簡単に解決できるかもしれない。
◇
「ちょっと、横から口を挟んでいい?」
「どうしたんだハル? てかさっきから口挟みまくってたじゃねぇか」
「そうじゃなくてね。少し、僕の方から提案させてもらおうかと」
「送るなら空中輸送以外の方法で頼むぜ?」
そうではない。まあ、本当に送って欲しいとアベルが望むなら<転移>で送ってやろう。巫女のヒルデも体験したがっていたし。
「求めているのは互いの攻撃禁止なんでしょ? だったら、神による誓約の魔法を掛けて貰えばいいんじゃないの?」
「誓約の? それは、一体どういう……」
「ああ……、オレに掛けたやつか」
そう、アイリに近づけないようにと、アベルとの決闘の際に条件として指定した物だ。セレステの拡大解釈により、その後少しハルが大変になったが、まあ、概ね正しく機能はした。その後はアベルはこの国を狙う事を諦めざるを得なくなった。
その誓約魔法を、両軍に掛けてしまえば良い。NPCに攻撃できないプレイヤーのようなものだ。互いを攻撃しようとしても、ルールによるロックがかかり攻撃できない。
ハルは、その事について王子ら参加者に説明する。アベルへの誓約内容は敵国に伝わらないよう伏せたが、勘の良いラズル王子はある程度気づいてしまうだろう。
「なるほど。流石は神々、そのような魔法を操るのですね。……しかしハル様、それはどなたが? ハル様が、カナリー様にご依頼を?」
「んー、そうだね。カナリーちゃんでも良いんだけど、納得する?」
「オレは別に構わないが、候補者によっちゃ嫌がる奴も居るかもな」
「そうですね……、どの神々も同様に敬っておりますが、他国を守護する神となると、抵抗感を示す兵もおりましょう」
そのまま自分の自由を奪われ、その神の守護する国と戦えなくなるのではないか。そう考えてしまうのは自然な事だ。
「我々の、それぞれの神、じきじきにその命を下すとなれば、断る輩など居ようはずもありませんが」
「だな。オレらの神が、わざわざそんな雑事に降りて来てくれるとは思えん」
結婚記念パーティーとかいう雑事どころか俗事に降りてきちゃった魔法神が居るので、反応に困る。
少なくとも、雑事を理由に断る事は無いだろう。頼みを聞いてくれるかどうかは別であるが。
「とりあえず、セレステには僕から話を付けられるよ。だからまあ、瑠璃の国に関しては断られる事は無いんだけど」
「断られる事が! 無い! ハル様はセレステ様と、」
「ややこしくなるから黙ってろっての!」
巫女ヒルデが暴走気味だ。ハルとしてはもう少し反応を見たかったが、アベルが強引に止めてしまった。おのれアベル。夕食のランクを一段下げてやろうか。
それはともかく、問題はウィストの方だ。ウィスト、魔法神オーキッドはハルの配下ではない。それなりに親しいが、何でも頼みを聞いてくれるとは限らないだろう。
それが分からない以上、この話も決定事項として安請け合いは出来ないのだが。
「しかし、なるほど、もし実現するとなれば、これほど信頼できる条約は存在しませんね」
「当然です王子。我らが神に誓うのではない、神が我らに誓わせるのです。その決定を覆せる者などおりますまい。しかし……」
「ええ。そんな事が、本当に実現可能なのか」
藤の国側の、ラズル王子と信徒クロードにも、有効な案だとは伝わったようだ。
ただ、どうしてもまだ半信半疑なようである。それもそのはずだ。この世界、今まではこちらからのコンタクトに神が答える事は無かったと聞く。そうそう手を貸してくれるとは信じられないのだろう。
一方、既にその身に誓約を受けたアベルと、セレステから何か聞いているらしい巫女ヒルデはすんなり受け入れている。色々と翻弄された身だ。実感が違う。
ならば、ここは紫組をいかに説得するかが肝になる場面か。そこさえ解決すれば、とんとん拍子に事は進むだろう。
「じゃあ、一旦休憩にしようか。僕も少し、確認してくるよ色々」
会議を続けても打開案は出まい。食事も出来た頃合だ、ここは一旦、休憩を挟むことにしよう。
※誤字修正を行いました。
また、追加の修正を行いました。報告ありがとうございました。(2022/1/28)
重ねて、誤字報告に感謝します。ありがとうございました。(2022/12/28)




