第223話 混ざり合わぬ敬意と反骨
「……思ったほど、度肝を抜けなかった」
「ハル君が変なトコで落ち込んでる」
「どんまいなのです!」
一応、アベルも驚いてはいたようだが、それを表に、態度に出すほどでは無かった。
巫女のヒルデも建物よりもハルの存在そのものに興味が行っていたようで、せっかくの近代的な施設は、誰からも触れらては貰えなかった。ちょっと残念。
「張り切って友人にサプライズを仕掛けたら、スルーされたと。可愛いところがあるわねハル?」
「かわいいのです!」
「やめてー二人とも……」
ルナとアイリにからかわれる。そうやって自分の感情を言語化されると、途端に恥ずかしさが出てきてしまうハルだった。
「もっと、『何だこの設備は!』、みたいの期待したんだけどねえ」
「使徒達が何をしても、もう『そういうものだ』、と思うようになってしまったのかも知れないわね?」
「特にハルさんは、そうですね!」
「毎回驚いていたら身が持たないかもねー」
「うーん……」
確かに、見慣れぬ装備を身につけ、神殿から神殿へとワープで飛び回る連中である。見知らぬ建物を呼び出しても、そういう事も出来るのか程度に思われてしまうということか。誤算であった。
まあ、まだ一国が終わっただけだ。驚かせるチャンスはあと二国ある。
今回、会議に臨む二国だけではなく、ハルの住む梔子の国からも使者が来る。サポート役との話だが、ハルが妙な約束をしないかの監視と自国への報告用だろう。
だが、残念ながら続いて訪れた紫の魔法国、藤の国の王子ラズルも、期待した反応は返してくれなかった。
ハルが反応を読むに、どんな物が出てきても動じない、という不動の精神で来ているようで、多少気圧されつつもそれを見せない対応であった。弱みを見せたら負け、ということか。
……よく考えればそうなるだろう。国の将来を左右するかも知れない会議なのだ。ハルのように気楽な気分で来ている訳ではない。
若干残念な気持ちを引きずりつつも、切り替えて会議に臨むハルであった。
◇
「いやはや! ご壮健そうですなアイリ殿下! ご無沙汰しておりますぞ!」
「お前も元気そうですねフランツ。書記官は誰が来るかと思えば、お前でしたか」
「ええ、ええ! このフランツ、殿下とハル様の威光を、余すところ無く書き記しましょうぞ」
「……いや、気持ちは嬉しいけど、僕の事より会議の事書いてね。あ、中立でね」
「ドリルおじさんじゃん。貧乏くじ?」
「どり……? いえ、自ら志願したのです。このような栄誉、滅多にありますまい!」
「あぁ、ドリルおじさんの事だし、ハル君の監視に来たんだね? 有ること無いこと書かないでね」
「美しい奥方様に、可愛らしいあだ名を付けていただけるとは光栄ですなぁ」
「強いなドリルおじさん」
書記官、恐らくは会議の内容を記録する係は、あのパーティーにて非常に目立っていた“手の平返しおじさん”こと貴族フランツのようだった。
他の貴族相手にアイリの悪口を言って回っていたのを、ユキは根に持っているようだ。
アイリやハルを相手にすると、一転して調子よくおべっかを使ってくる、よく居そうな小太りで軽薄な分かりやすい小物貴族。だがその実、それは全て相手を油断させ情報を引き出す計算であるとハルやアイリは理解していた。
実情はかなりの慎重派であり、ハル程ではないが相手の感情の変化に敏感なようで、今も笑顔の裏にユキの怒りを察して冷や汗を流しているようである。
その小太りな体型もぜいたくによる肥満ではなく、役作りの一環か。あとは海千山千の貴族社会を渡り抜いてきたストレスもあるのかも知れない。ストレス太りだ。ヤケ食いなのだ。
「なにやら私が最後の様子。いやはや、まっこと申し訳ない。すぐに準備にかかりましょうぞ」
「急な話だったからね。無理させて済まない」
「お気になされるな! 殿下の為ならこのフランツ、いかなる時でもはせ参じますゆえ!」
これは、本当にハルも申し訳ないと思っている。急に予定を申し入れられたハルに、更に急に声をかけられた形になるのがこのフランツだ。
お屋敷から王宮へと伝わるタイムラグも考えると、『明日の朝、書記官として二カ国の王子と会見よろしく』、と急に言われたのと同じ。一貴族としては卒倒モノの案件だ。
その分、点数は高いと見込んでの参加だろう。望み通り、手当てははずんでおこう。
そんなドリルおじさんフランツ卿も揃い、会議の時間は目前に迫る。
「結局、誰もこの施設については言及してくれなかったわね?」
「……言わないでルナ」
「ドリルおじさんならベタ褒めしそうだと思ったんだけどねー」
「彼、ああ見えてガッチガチに緊張してたから。そこまで気が回らなかったんだろうね」
「小心者なのです!」
自国の貴族に手厳しいアイリだ。とはいえ、これで済んでいる分、フランツ卿への評価は高いほうである。
「さて、これで参加者はあらかた揃ったかね。何事も無く」
「うち、ホストだもんねぇ。王子様たちが山賊にでも襲われたりしたら国際問題だ」
「……居るのかしら、山賊?」
「はい、ルナさん。居ない事もないですよ、そういった存在も。魔物の脅威から保護されないので、数は多くないですけどね」
「居るのね」
「……魔物の存在って、なんだかそういう悪人の駆除も兼ねてるみたいなんだよね。変な話だけどさ」
変な話というか、舞台裏な話だろうか。
プレイヤー用の、ゲーム要素として存在する魔物だが、この世界を形作る為の役にも立っているらしい。
神殿の周囲にはモンスターが出るため、そこには人家が侵食しないのと同じく、任意の場所にモンスターを発生させる事で人里の位置をコントロール出来る。
話に出たように、山野に悪人が隠れ住む事もモンスターによって抑制出来るようだ。
「モンスターの担当ってセレステだったよね。器用だね、流石に彼女は」
「……ハル、あなた、巫女の彼女の前で気軽にセレステに対する発言をしないようにね?」
「そうだね、確かに」
「要注意っぽいよねー彼女。あー……、紫の方の信者さんも別の意味で要注意っぽいけど」
「わたくしにも、分かりました! ハルさんを睨んでいたのです!」
「弄り甲斐がありそうだねえ」
「お止めなさいな……」
藤の国のラズル王子に付き添って来た、魔法神ウィスト、いやこの場合は魔法神オーキッドの、信徒か。その彼からは隠す気のないハルへの(あるいは使徒そのものへだろうか?)、敵意ある視線を感じた。
徐々に各国へ浸透して行っている使徒だが、当然ながら、全ての感情が歓迎を示しはしない。その存在を疎ましく思って居る者も中には居ようというもの。
今までは肯定的な暖かい感情で接してもらう事ばかりであったが、ついにハルもそういった存在と邂逅する事になった。
そんな様々な思惑を持つ人々が集う会談が、もうじき始まる。ハルはこの先の展開に若干の期待を抱きながら、アイリ達とメイドさんのお茶を楽しみつつ、それを待った。
*
「僭越ではありますが、私めが進行を勤めさせていただきますぞ」
「ええ、頼みますフランツ」
「僕がやると嫌味になるしね」
「なんの! ハル様は後ろで、どーんと構えていれば大丈夫ですゆえ!」
これは、暗に余計な事はするなという事だろうか。残念ながら、お約束する事は出来ない。何かあれば口は出させてもらおう。でなければ引き受けた意味が無い。
とはいえ、ハルがその身に纏った神のオーラは健在だ。これの存在により、ハルの発言はそれだけで大きな力を持ってしまう。あまり口出しし過ぎるのは、やはり止めた方が良いのであろう。
そうした調停役、進行役のハルたち梔子組を中央として、左右を挟むように他の二国が、メイドさんに先導されて入室してくる。
北側がアベル王子の瑠璃の国。南がラズル王子の藤の国。ここに、全ての参加者が集まった。
フランツによって、両者の挨拶と会談の開始が取り仕切られていった。
「そういえば、君らの国の使徒は不参加なのかな?」
「ええ、ハル様。彼女らを信用していない、という事ではありませんが、なにぶん、国の大事ですので」
ラズル王子がにっこりと温和な笑みを浮かべながら、しかし有無を言わさずキッパリと、そう宣言する。ミレイユは参加を許可されなかったようだ。
「あいつらは、全ての使徒と常に繋がってんだろ? 万一漏れちゃ、敵わないからな。見送ることにした」
「……本来なら、貴様の参加も遠慮願いたい所だ。ラズル王子の慈悲に感謝するといい」
アベルの言葉に重ねるように吐き捨てたのは、例の敵意満々の紫の信徒、短髪にメガネをかけた、いかにもな学者肌の若い男性が割って入る。
アベルは少しムッとしたようだが、それ以上言葉を発する事はしなかった。この様子を見るに、どうやら王子の立場が信徒よりも無条件で上、とはならない様子が察せられる。
神の言葉を伝える信徒は、やはり権力的にもかなり特殊な位置に居るようだった。
だがその彼に、臆することなく反論の声が掛かる。
「なんと、品の無い……」
「なに?」
「ハル様が発する神気、それすら感じ取れないとは……、魔法神の使いは耄碌したか? そのような発言が許される相手では無いと知るがいい」
「貴様こそ、このような虚仮おどしに騙されるとは。やはり戦闘民族。脳まで筋肉のようだな」
「あ、その例え、こっちにも伝わってるんだね」
「止めろハル……、ややこしくすんなっての……」
早くも両国の信徒がバチバチと不穏な雰囲気を飛ばし始める。親ハル派と反ハル派、というだけでなく、もともと戦争状態にある両国だ。種火から一気に燃え広がる。
対立構造が早速形成されてしまった事に、アベルが頭を抱える。彼はその粗野な物言いに反して、冷静な対話を重んじるタイプだ。ただの脳筋ではない。
「このオーラは気にしないで良いよ。と言っても、自分じゃ止められないんで、申し訳ないけど威圧は続けちゃうんだけどさ」
「威圧など、滅相も無い! 我らには、恩寵。どうかそこの男の言う事はお気になさらぬよう……」
「神を僭称する者に何を馬鹿な……」
睨み合う二人の信徒の様子を見ても、藤の国のラズル王子は余裕の表情を崩さない。どうやら自国の信徒の、このハルに対する反発も織り込み済みのようだ。
つまりは、これが分かっていて彼を連れて来たらしい。……何の為に、だろうか? 議長的な立場に居るハルに対立するのは、わざわざ調停を頼んだにしては不自然だ。
ただし、相対する瑠璃の国の巫女ヒルデがここまでハル寄りの立場なのは予想外であったようだ。これは仕方ない。どうせセレステが彼女に何か吹き込んだのだ、予想出来るはずもない。
「別に僕は神を自称する痛い人じゃないから。僕の事より、議題進めなって」
「そーだな。ラズル、構わないか?」
「はい勿論。……クロード、良いですね?」
「失礼しました……」
クロードと呼ばれた信徒の彼が引き下がる。やはり、この辺りの対応も事前に取り決めてあった様子が感じられた。勢いに対して引くのが迅速すぎる。
最初から、予定された反発だったのだ。とはいえ彼のハルに、いや、使徒に対する複雑な感情は真実だろう。そしてハルのオーラに当てられて尚、それを貫ける根性は好感に値する。
カナリーがハルに暗示をかけたように、このオーラはNPCに対して無意識に敬意の感情を誘発してしまうものだ。それを跳ね除ける意思の強さは評価したい。
「噂の船とやらに乗り込む時はお前らも協力するんだ。あんまいがみ合うなっての」
「失礼、王子。ハル様を侮辱されたので、つい」
「やめろってーの……、てか、そんなにコイツの事好きだったか……?」
それはハルも気になる。巫女ヒルデと最初に会った時は、一言も言葉を交わす事は無かったので詳細は不明だが、少なくともここまでの好意を向ける様子は見えなかった。
セレステの物も含んだこの神気が原因とも考えられるが、何となく顔を合わせる前からこの状態だった印象を受ける。何と言うか、“一目惚れ感”は薄い。
「そういえば、アイリ王女はどうするのです? その、巫女として。宜しければ、私どもと共同でかの国へと赴きますか?」
「いえ、今の所、そのつもりはありません。我が夫が必要だと判断すれば、その時は共に参りましょう」
「どーなんだ、旦那様よ?」
「君らの話し合い次第かな。どうしてもついて来て欲しいって事になれば行くけど」
この、余裕を見せすぎるハルの、ひいては梔子の国の対応に両国の王子は大した反応を見せなかった。
これは、既にハルがいち早く戦艦を起動したという情報の詳細を得ていると見ていいだろう。それぞれの、お付きの使徒から聞いているのだ。
しかし、国と言えば、いつの間にか忘れている事があった……。
「済まない、進行役のフランツ卿を置いて勝手に進めてしまってた」
「い、いやはや……、私には荷が勝ち過ぎる面々ゆえ、有り難かったですぞ……」
王子と信徒のペアをダブルで、いやアイリも入れればトリプルで対処するのは、流石の彼も胃が痛かったようだ。割って入れずにいたので好都合だったらしい。
これ以上ヤケ食いなどしないように、鎮静効果のある薬でも出しておこう。
会談が始まったは良いが、本題の方はまるで進んでいない。この我の強い面々をハルの方で上手く抑えて進行させなければならないようだ。一部、ハル自身の責任もあるが。
請け負った以上は、そこはきちんと役目を果たすとしよう。




