第222話 会議室へ集う者達
瑠璃と藤、二国間の協調のための会議は、その中間地点となるこの梔子の国で行われる事になった。
両国の国境線上で、という話もあったようだが、やはり一触即発を避けるためには第三国の領地が良いと判断したのだろう。両国からほど近い、三角地帯で行われる事になった。
首都、梔子の王都へと招き入れて行わなかった理由はいくつかある。
一つはこちら側、梔子の国の問題。緊張状態にある二つの国の部隊を同時に招き入れて、衝突があった時の懸念から。民の安全を考えると、歓迎したいとはあまり思えない。
また、彼ら二国にとっても移動距離が問題となる。この国が小国とはいえ、それなりに国土は広い。中心付近にある王都まで移動する手間が惜しい。
彼らにとって、目的はこの会談そのものではくその先だ。逆側にあるもう一つの隣国、群青の国と交渉し、そして海上へ浮かぶ戦艦へと乗り込まなければならない。
ここで、無駄な時間を食っている場合ではないのだ。
「だからと言って明日とはね。無茶振りが過ぎることで……」
「使徒同士のネットワークを上手く利用してきているわね? もう本隊は出発しているそうよ」
ミレイユからのメッセージを受け取ったルナが、ハルへと日程、そして場所を教えてくれた。
シルフィードからハルへ送られたメーッセージも同様の内容であり、これはこの二人が主導となって進められた計画だと分かる。
両国の王子の中継役となり、擬似的な遠隔会議を行ったのだろう。
「……いっそ、そのまま本題も進めちゃえばいいのに」
「そういう訳にもいかないわ? 日本の会議ではないもの。その通信技術が、信用に足るものだという保障が無いし」
「それでもまあ、前段階の会議に使うくらいに、使徒の存在が各国に浸透していってる訳だ」
「この二国は、接触が特に早かったですものね?」
ファンクラブという形で多くの使徒と王子が接触した瑠璃の国、人数は少ないなれど最初期から王族と密接に関わりを持っていた藤の国。
二国はそのプレイヤーを、ついに国政へと有効活用し始めた訳だ。
「そろそろ、国の政策としてプレイヤーを認める所が出てくる頃かな。うちは、その辺は後手に回りそうだね」
「平和ですものね? ただ、民間の範囲ではやはり強いわ」
「スタート地点だからねー。傭兵ギルドや商業ギルド、そこに所属するプレイヤーの活躍がかなり増えてる。王都、最初の街用のガイドラインが制定されてるのが大きいね」
「……個人的には意外だったわ。ゲームのゴールドでもない、現地の通貨を稼ぎたがる人がこんなにも増えるのは」
「そこは、用途の違うゴールドって感じかな。僕らだって、アイリにお小遣い貰ってなければ必要だったよ」
現地で美味しい物を食べるには、ゴールドで決済は出来ない。
そのため、傭兵登録して神様に通報することで町の警備をしたり、手持ちで運べる荷物を神殿のワープで遠方に届ける高速配達をしたり、プレイヤーならではの強みでお金を稼いでいた。
更に、そういった活動を尻込みしてしまう奥手なプレイヤーも、現地通貨は欲しい。そういった者に売れるのだ、ゲームのゴールドを引き換えにして。
つまり、やり方によっては、ゲーム内の冒険などでゴールドを稼ぐよりも、NPCと共に働いた方が効率的にゴールドも増やせる、という状況も出てくる。
ちょっと変わった商人系プレイヤーが誕生していた。遊び方の幅が広がっている。
「ひどぅんが無駄に商売にハマっちゃってるね。商業神と契約もしちゃってさ」
「あなたやユキのゲーム仲間、だったわね?」
「うん。あいつは単純にイチから商売でのし上がって行く感覚が、ゲームとして楽しいみたいだ」
一定金額の現地通貨を所持する事で得られる<富豪>、<大富豪>、それらの称号をいち早く取得したハルの仲間だ。
今は東の、緑色の商業神が守護する国で更なる躍進を目指しているらしい。
「流石に商売の国だけあって嗅覚が鋭いみたいで、使徒にも興味津々だってさ。あの国が最初に政策として使徒受け入れやるかな?」
「どうでしょうね? 案外、戦艦の出た群青かも知れないわ?」
「戦艦の調査?」
「そして、他国への牽制用ね」
考えられることだ。自国内に宝の山が出たは良いが、それが火種になり周囲の国の動きが活発化している。
ならば急場の戦力として、プレイヤーを動員することは十分考えられる。既に第一回の調査で、プレイヤーの事は知れ渡っただろう。
NPCへの攻撃禁止ルールのため戦争には使えないが、戦艦目当てに侵略してくる軍勢のカウンターにはなる。法に反した存在に、プレイヤーはめっぽう強い。
「公式に国に招き入れる事を、許可さえしなきゃ良い訳だ」
「その通りよ? 許可の無い部隊の通行は、どんなに大規模でも神界通報で一発ね」
実際のところは、戦時下でどう処理されるか分からないのだが、ルナの言うとおり牽制としては非常に強く機能するだろう。時間稼ぎにはなる。
戦時の条約で大丈夫だと思っていても、『もしかしたら一発で壊滅するかも』、と考えれば、おいそれと大部隊を展開は出来ないだろう。
そんな、使徒の存在による軍事革命が、今回の電撃的な早さの会談実施へと繋がった訳だ。
「今日明日でも問題ないと思われるなんて、ハルも信頼されたものね?」
「……実際、問題無いんだけどさ。無理だったらどうする気なんだろ。指差して僕を笑う気か?」
「その場合、指差しで責任を追及されるのは王子付きの二人よ? 彼女らも必死なのよ」
「そういうもんかね」
あるいは、ハルの対応を見るための策か。いずれにせよ、ハルは挑戦と受け取った。見事、度肝を抜いて見せるとしよう。
*
「それで、出来上がったのがこれなのですね!」
「そうだねアイリ。<物質化>を最近はあまり使ってなかったらから、練習がてら作ってみた」
「すごいですー! ……ですが、この建物は一体!?」
「会議室だね」
「どう見ても要塞なのです!」
翌日、各国の者たちが集まる前に、どうにか予定地に建築を完了する。現代風の会議用の建物。公民館、といったところだろうか? 外装は黒く、少し威圧感高め。
あまり貧相な物ではこの国が舐められる結果になる。と言っても、この世界の住人の感性、ましてや文化の違う三ヶ国の人間を満足させるセンスなどハルは持ち合わせてはいない。
「となるとやはりこれだね。地球文化」
「この世界からすれば未来だもんねー。まさに神の技術!」
「その通りなのです! ……ですがユキさん? 以前にお邪魔した町並みと、趣が違うような?」
「さて? ハル君の趣味じゃ?」
「機械でしょうに、どう見てもコレは……」
戦闘服へと着替えた少女たちも続々と転移してきた。もしもの時に備えて、今日は皆がキャラクター姿だ。ここ数日は肉体で、ハルにべったりだったユキも普段の調子を取り戻している。
「そうだね。ルナの言うとおり、全体的に機械仕掛けで作ってみたよ。照明も電灯だ。アルベルトが喜びそうだね」
「その通りでございますね。この調子で、この地に電気文明を広めてみては?」
「出たよ。……正直今はデメリットが大きいからやめとく」
「残念です」
いつもの様に突如出現したアルベルトは、特に食い下がらずに、そのまま後ろへと控えて行った。どうやらこのまま居座る気のようだ。……気づくといつの間にかどんどん数が増えている。
まあ、メイドさんだけでは少し負担が大きいので、手伝ってくれるのはハルも助かるのだが。
「でも何で機械なん? エーテルのが得意でしょハル君」
「そうだけど、あんまり無関係の人にエーテル注入するのもね? この地に散布すると、どうしても体の中入っちゃうし」
「その点、機械仕掛けなら、発電さえしてやれば動作するという事ね」
「うん」
「シルフィード達にも見られるけれど、平気かしら?」
「今の時代、機械なんてほぼ目にする事ないからね。魔法で出したって言えば良いし」
「実際ハル君、魔法で出したしねー」
電子回路のような細かな部品を実体化させる訓練にもなる。機械部品が<物質化>出来れば、この魔法も及第点と言えよう。
「あとは、モノちゃんの戦艦が今回の焦点だし、それを意識したってのもある」
あれは正確には機械仕掛けではないが、コンセプトは機械をベースにした未来風だ。それを知らないこの世界の人間でも、なんとなく雰囲気の似たところを感じてくれるだろう。
そんな要塞じみた四角く堅固な建物、くまなく電灯に照らされ自動ドアがひしめく内部をメイドさんを案内して回る。
スライドするドアに興味津々のメイドさんに、一足先に日本やモノの船でそれに慣れたアイリが得意げに使い方を教えている。メイドさんはドアよりも、そんなアイリを微笑ましく見つめていた。
「ハル様、来訪者の一団が到着するようです。お出迎えしても?」
「頼む、アルベルト」
そうして準備を整えていると、最初の来訪者が施設を訪れる。
入り口の両脇にずらりと並ぶアルベルト軍団に微妙に気おされつつも、表面上はまるでそれを出さずに自信たっぷりに歩いてくるその姿は、久々に見るアベル王子のものだった。
<神眼>で覗き見れば傍らには、以前は少年の兵士のような格好をしていた女性、巫女と呼ばれているセレステの信徒の姿もあった。今日は、少女として、巫女としての姿をしているようだ。見ない間にずいぶん髪も伸びた。
随分と早い到着だが、それは彼の滞在地に理由が有るだろう。以前、ハルの策略により、この梔子の国との国境沿いの領地、そこを彼が召し上げられるよう手引きをした。
その功績なのか、中央から遠ざけられたのかはハッキリしないが、アベルはそのままその地方の領主として封ぜられたようだ。つまり距離としては梔子の国内から来るよりもずっと近い。
そんなアベル王子が、ハルの待機する扉を叩いた。
「お目通り、感謝の極みにございます、アイリ王女殿下。並びに王女夫君ハル様。本日は、急な申し出にも関わらず、このように盛大な……」
「えっ、誰っ!」
「…………オレだっての! こっちもこんな正装なんざしたく無いわ」
「ああうん、やっぱそうじゃないとね」
珍しい物を見てしまったと、ついからかってしまうハル。無造作にハネていた髪の毛をきっちりとセットして、着崩していた戦闘用の服を正装へと装備変更していたのは<神眼>で知っていたが、喋り方まできっちりされると違和感が凄い。
以前から、ぶっきらぼうな中にも育ちの良さを感じると思っていたが、きちんとしようとすれば出来るらしい。
「お会いするのは初めてになりますね、アベル王子」
「ええ、その説はご迷惑を。お初にお目にかかります、アイリ王女」
「人の妻に不躾な視線を送るんじゃない」
「どうしろってんだ! ……あー、この度は結婚おめでとさん。仕方無いだろ、合わせたくないなら隠しとけって」
「僕ら、一緒に居ないと死んでしまうからね」
「は? よく分から無いが、そりゃ難儀なこって」
別に死にはしないが、精神が接続されているため出来るだけ傍に居たくなる。そのためアベルにかけた『アイリに近づけない』、という制限も緩くしてあった。
今回、アイリが居ないとなにかと面倒だ。
そんな、何の説明にもなっていない軽口の部分に食いつく者が居た。
「そ、その! それはやはり、神の使徒として、という事でしょうか! カナリー神の巫女であるアイリ様と、その、常に共に? というのは……」
「ちょっと違うかも?」
「その通りなのです!」
「どっちだよ……」
詳細な事は説明に困るのだ、許して欲しい。一方アイリは、『常に共に居る』、という部分に全力で肯定していた。
唐突に声を上げた、巫女であるヒルデ、以前も一度ハルと顔を合わせた彼女は、その事実に何だか深く感銘を受けているようで、何度も頷いていた。
「……悪いな? なんかコイツ、お前らに会いたいらしくてよ。割と容赦なく付いて来たんだわ」
「と、突然のご無礼、お許しを!」
「いいよ。そこの王子の方がずっと無礼だし」
「一番無礼なのお前だと思うんだが……」
やはりそうなるか。アベルが気にしないのでハルも気にしていなかったが。一応アベルの方は最初はきっちりしようとしていたのに悪い事をした。まあ、今更である。
「ハルだよ、よろしくヒルデ。前のときより髪が伸びたね?」
「は、はい! セレステ様に、『短いままでは不憫だ』、と伸ばして頂きました! なんでも、ハル様のお力によるものとの事で、感謝に耐えません!」
「お前、オレの事は『誰?』とか言ったくせに、見た目まるきり変わったコイツには気づくのか……、てか、お前が髪を伸ばしたって?」
「いや、僕の力じゃない。アドバイスしただけで、やったのはセレステ」
今はよく屋敷に来るようになっているセレステに、人体の、特に髪の構造について尋ねられた事があった。エーテル技術による研究成果も含めて、ずいぶんと詳細に聞くから何かと思ったが、自分の信徒の髪を伸ばしてやりたかったらしい。
なかなか信者想いの所もあるようだ。……なんとなく、巫女ヒルデの反応からまた何か企んでいる気もするが。
そうして続々と集まってくるだろう各国の者達の受け入れ準備に追われつつ、ハルは会議の開催を待つのだった。




