第22話 統合
そして翌日。
カナリーとセレステの代理決闘はすんなりと開催が決定された。
日時は明日、つまり今日。時刻は現地時間の昼過ぎ、リアルの時刻では十七時ちょうどのようだ。
昨日カナリーが言っていた内容は実践される運びとなり、その様子は初のイベントとして公式チャンネルで配信される事となった。
コミュニケーション機能を見れば、配信専用のページが増設されている。
決闘が開始されれば、そのページのトップにその様子が中継されるのだろう。
今は何も映っておらず、少し下の方にユーザーが物珍しさで配信を試してみている様子が数件見受けられる。
プレイ人口が増えてくれば、ここで常に誰かが生放送をしているようになるのだろう。
それがゲーム内で完結しているというのが片手落ちだが。よほどの大人気ゲームでもなければ、内部の人口だけで盛り上がりを担保するだけの熱量は維持できない。
ハルは今、屋敷からだいぶ離れた平野、決戦の地となる神域の端に一人で来ている。
時間は定刻の三十分前。敵の姿はまだ見えない。早く来すぎたようだ。
「向こうは歩きだから先に着いてるかと思ったけど、外れたね」
「時間になったら転送してくるのではないでしょうかねー」
「へえ、NPCも転送出来るんだ。僕らしか飛ばせないかと思ってた」
「出来ない訳じゃないですが、特別な時でもなければやりませんねー」
正確には一人ではなかった。カナリーも居る。
<神託>を使っていても、彼女は“ここにいる”と言っていいかどうか定かではない。特に今は姿を見せず、ウィンドウの中から声が届くのみだ。
ユキの協力により、まる一日使い続けた<神託>のレベルは40を越えた。
それによって消費は抑えられ、今では<MP回復>と合わせてほとんど消費無しで発動し続けていられるようになっている。
今回の特別仕様も加えれば、ほぼ誤差レベルに気にならなくなるだろう。
「開始前にHPMPを全回復。試合中は通常時よりも自然回復力が大幅に増加。プレイヤー不利だよねこれは」
「逆にこれが無いとNPC不利ですからねー。ハルさんは回復力が高いから余計に恩恵は少ないですねー」
あの何故か低い位置でキープされているMPが全回復されるだけでも脅威な上に、プレイヤー同様に自然回復するようになるらしい。
「勝利条件は相手がHP0になるか、降参または気絶する事。……これNPCがHP0になったらどうなるの?」
「さて。死ぬかも知れませんねー。NPCの生命維持にはHPは必須ではないですが。常にあるものが一気に抜けたらショック状態は免れないと思いますよー」
「じゃあ降参させなきゃね」
「どのみち今のハルさんだと、殺す以外にHPをゼロにする方法を持ってませんねー」
魔力で出来たプレイヤーと違い、肉の体を持っている彼らだ。例えば魔力吸収のようなスキルが必要なのだろう。
ならば肉体的な体力切れをさせてやれば良い。
◇
開始の五分ほど前になって、王子が転送されてくる。
初めての経験だろう、面食らった様子で周囲を見回していたが、ハルの姿を認めて自分を取り戻すと、すぐに憮然とした表情になった。
「やあ。やる気十分かと思ったら、表情が晴れないね」
「おう。……まあな、いつの間にか他人の書いたシナリオに乗らされていたら、そりゃ微妙な気分にもなる」
それはハルも感じていた事だ。ゲームという視点の無い、この世界の人間の王子には余計だろう。
自らの意思によって邁進していたと思ったら、この数日で急に神が介入してきた。果ては、いつの間にか神の手駒としての戦いを余儀なくされている。
もしくは、神すら利用して突き進んでいたと思ったら、逆に自らが利用されていた、のであろうか。
「なぁ、今からでも考え直さねぇか? お前もこんな形で決着が付くのは本意じゃねぇだろ」
──いや、本意だけど。
その様子に少しイラッとするハル。もう勝った気でいるのだろうか。
「この期に及んで何を言ってるんだか。それに勝負する前から同情? ずいぶん気が早いんだね」
「同情じゃ、いや、そうだな。それにオレ自身だってこんな勝ち方じゃ誇れねぇ。誇りの無い戦いは部下に、民に見放される」
舐められたものだ。ハルは負けたらどうしようか、無い胃が痛むほど悩んだというのに。
まあ、ハルはハルでその結論が、最悪アイリを抱えて地の果てまで逃げれば良い、というものなのでこちらも色々と舐めた考えなのだが。
ルナとユキはプレイヤーだし、メイドさんは万能だ。きっと海だって渡る。
──これか、自信の源は。
ハルは“<精霊眼>によって見えるようになった”王子のステータスを幻視する。
《無色》 所属:瑠璃の王国
アベル:Lv.-(NPC) 称号<王子>
HP347/347
MP1713/1713
───
加護:武神の加護
武器:聖剣ウィトゥーテ・メア・ノイテ
防具:聖剣ウィトゥーテ・メア・ノイテ
<精霊眼>は黒曜の協力で習得した<透視>の派生スキルだ。
この世界の人間のように、魔力の流れを可視化できる魔力視の為のスキルだった。厳密に言えばこちらの人は視覚で見ている訳ではないようだが、いきなり別の感覚器官が生まれたりはしないので仕方がない。
余談ではあるが、このスキルが開眼した際にメイドさん達のステータスを見てみたら、全員もれなく武器を装備していたり、メイド服は防具だったりと、また一つメイドさんの凄さが明らかになった。
──防具も剣ってなんじゃそれ……。それにこの名前、明らかに他とは違うよね。黒曜、声を出さずにカナリーと喋れる?
《お繋ぎします》
《ハルさんいよいよですねー。なんでしょうかー》
──この剣の名前、君たちのセンスじゃないよね。何なんだろうこれは。
《この世界の古い言葉ですねー。現実で検索しても意味は分かりませんよー》
古い言葉と来た。
この世界の言語は“日本語”だ。プレイヤーが違和感なく遊べるように当然といえる。
文化もそう食い違いは無い。トマトがあり、チーズがあり、コーヒーがある。
──『サンドイッチ』がある横で、いきなり『ウィトゥーテ・メア・ノイテ』と言われてもね……。
《古代兵器のようなものだと思ってください。個人の能力を底上げするので注意してくださいねー》
──まあ、そんな事だとは思った。
これが王子の絶対の自信を担保する切り札。この剣を抜く限り勝利は約束されているのだろう。
まして相手は一人であるし、以前にその実力を見ている。格下に見てしまうのも仕方がない。
だが、切り札はハルにもある。
「お前は頭が良いんだろ。王女と組んで政治でなら勝負になるだろう。お互いこんな神の人形遊びに付き合う道理なんざ無いんだ。考え直せよ」
「思ったより思い切りが悪い奴だったんだね君も。民の為だの政治だの、そんな理屈を語る段階はもうとっくに過ぎてるよ。ここからは」
《試合開始の三十秒前です。準備してください》
脳裏にアナウンスが響く。事務的なものだが、ふたつの声がハーモーニーを響かせて美しい。
ひとつはカナリーの声。もう一つがセレステだろうか。
──黒曜。全領域、統合準備。
《御意に。12領域接続スタンバイ。開始と同時に統合します》
「そうだな。戦場で向かい合ってるんだ。言っても遅いか。……ここからは、どうするんだ?」
「ああ。ここからは理屈は要らない。感情のぶつけ合いをしよう」
《試合を開始してください》
◇
視界が混ぜ合わされて、ぐらりと揺れる。
バラバラに分割されていた脳の領域が直列に繋ぎ直されて、一つの意識として統合されていく。
ハルが、いや、“僕が”久しく覗く事の無かった普通の視界が開けていく。
視点は眼の中、思考は頭の中、ゲームと現実に同時に自分は存在しない、自分を空から見下ろしたりしない。
だが、これだけでは足りない。普通なだけでは足りない。
「聖剣、解放」
王子を見ると鞘から聖剣を抜き放っている。
解き放たれた剣は、まばゆく光を放つ。そして、押さえる物を無くした鞘は先端から細かいパーツへと分離していき、王子の体へと張り付くように装着されていく。
防具も剣とはこういう事だったか。鞘を鎧と化し、完全武装となった王子が眼前に剣を構える。
「いい趣味してる。カッコいいねそれ」
「おうよ、いいだろ。だが見とれてたのは失敗だったな。オレが武装する前に自慢の足でケリを付けておくべきだった。こうなった以上お前にもう勝ちは無い」
カッコよかったのは事実だが、別に見とれてた訳じゃあない。
僕の方も準備中だ。
──黒曜。エーテルネット余剰領域を掌握、認識力拡張。
《御意に。掌握開始。掌握完了。接続域の上限を指定してください》
──限定2%で接続。
《御意。2%限定で意識接続を開始します》
瞬間、黒曜を通して膨大な光の奔流が流れ込んでくる。いや、逆に僕の方が光の中へと流れ出しているのだろうか?
何時か誰かに使われていたのであろう、さまざまな情報の断片を漂白していくのを感じる。
繋ぎ合わせて確保した脳の領域が、それでも足りないと悲鳴を上げた。経路を更に絞りそれに抗う。
昨日、黒曜と準備しておいた僕の切り札。使われないまま人知れず休眠しているエーテルを、そのまま脳の一部として利用し認識力を増大させる。
ゲームとしては反則にも程あがる。ツールアシストなどというレベルではない。
これを使った以上、もう決して、普通のプレイヤーに混じって冒険する事など出来ない。
だがカナリーは可能なら何でもやって良いと語った。ならばアイリの為に躊躇いなくそれを使おう。
「お前、なんだそれ、目が光ってんぞ」
「へえ、そうなんだ。生憎自分じゃ見えなくてね」
分割されたら見てみるとしよう。今なら<精霊眼>を応用して俯瞰視点も使えそうだ。
その<精霊眼>で観察する。剣からは輝くほどの魔力が溢れ、鎧は彼の周囲に球体状の魔力の膜を展開している。防御フィールドだろう。
《スキル・<精霊眼>のレベルが上昇しました:Lv.11》
《スキル・<精霊眼>のレベルが上昇しました:Lv.12》
このゲームのスキルは理解の度合いを判定するらしい。認識が拡張されている僕はその理解力も上がっているのだろう。スキルのレベルが上昇していく。
<精霊眼>もそうして獲得した。そして獲得したのはそれだけではない。
「眼が光っただけでビビってるのかい、王子? じゃあ僕から行くよっ」
戦いが始まり意識が高揚してくる。
まずは小手調べだ。シールドの様子を探っておこう。
新たに習得した<銃撃魔法>によって、魔力の弾丸をノーモーションで撃ち込む。
指を銃の形にしたらそれらしいかも知れないが、今は見栄えより実用重視だ。
「んなもんが効くかよっ!」
手足を狙い五発ほど放ったそれは、案の定シールドに阻まれてしまう。
──薄そうに見えたが案外丈夫なシールドだな。
もう何発か撃ち込み、<精霊眼>でシールドの様子を観察する。
《スキル・<精霊眼>のレベルが上昇しました:Lv.13》
《スキル・<精霊眼>のレベルが上昇しました:Lv.14》
《スキル・<銃撃魔法>のレベルが上昇しました:Lv.9》
《プレイヤーレベルが上昇しました:Lv.46》
──アナウンスをカット。重要なものだけ読み上げて。
《御意に》
ガンガンレベルが上がる。通常のプレイだったら嬉しい悲鳴だっただろう。だが今は邪魔なだけだ。
あのシールドはどうやら、常時展開している薄い膜が破られると時間差無しでその下に更に厚い膜が張られるようだ。
それによってエネルギーの無駄を省き、常に強い防壁で身を守る事が出来るのだろう。
まるで宇宙船に使われる防御フィールドだ。
誰だろうか、そんな発想で武具を作ったのは。
「勇ましく来ておいてその程度かぁ!? そんなんじゃ何十発撃ちこんだところでオレは倒せねぇ!」
以前も聞いたようなセリフを吐きながら王子が突っ込んでくる。
僕の攻撃が届かないならば恐るるに足らぬ、攻め続ければ勝てるとの判断だろう。正しい。王子のMPはシールドを発動させても大して減っていない。
関心する省エネ性能だ。強引に破ろうとすれば、逆に僕のMPが削り負けるだろう。
腰だめに聖剣を引き、こちらに向かって引き絞る。
直撃すれば無事では済まない。聖剣に集まる魔力の流れは膨大だ。
視線と構えから射線軸を察知。発動の兆候の少し前から横に走り狙いをずらす。
発動の瞬間、<飛行>を起動して更に射線から距離を取った。
「危なかった、直撃したら死んでるね」
「危なげなく言ってくれやがる……。これを抜いて仕留められなかった事は無いってのに」
聖剣から放たれた白色の魔力は、扇状に広がって地面を抉り、広範囲に破壊の痕を残す。
振り返れば大きく掘り返され、荒れ果て荒野と化した草原の風景が広がっている事だろう。
明らかに個人に向けて放つものではない。軍団を殲滅するために作られた魔法だ。個人としても避け難いのでやっかいだが。
HP347/347
MP1518/1713
流石にアレは、それなりにMPを消費するようだった。
だが今は神の加護により、それも徐々に回復している。こちらの攻撃が通らないのであればジッと回復を待てばいいだけだ。
だがそれは僕にとっても利となる。試合が長引けばそれだけ王子の情報は丸裸になり、僕のレベルも上がっていく。
《長時間の状況維持は脳への負担が大きいため推奨しません》
──忠告どうも。楽しくなってきたんだけどね。
どんどんレベルが上がる事が、ではない。この全てを賭して戦っている感覚が癖になりそうだった。
しかし目的を忘れてはならない。それは勝利だ。何としても。
対抗するようにこちらも剣を取り出す。
「その剣……」
一目で業物と見抜いたのか、目が鋭くなる。
戦場で多くの剣を見てきたのだろうか。そんな相手に自分の剣を認められた事に、少し嬉しさがある。
「『亜神剣・神鳥之尾羽』。神によって認められた、この世界で最も鋭い剣だよ」
仰々しく語る。ちょっと気分が良い。いちおう嘘は言っていない。
人類にこれ以上は認められていないのだ。
「ほう、この聖剣の相手に不足は無いな」
──いや、不足しか無いよねー。コレの機能とか薄いだけだし。
《えー、何事もシンプルな方が強いんですよー。私好きですよーそれ》
カナリーが相槌を打ってきた。
戦場に相応しくない能天気な声にがっくりしそうになる表情を引き締めながら、王子へ高速で走り寄っていく。
対する王子はモーションを小さく振りかぶり、魔力もセーブした速攻の剣で迎え撃つようだ。
この程度の魔力量なら防御可能だ。<精霊眼>で細かく観察し結論する。
王子の鎧の真似ではないが、ウィンドウから、作り貯めておいた<防壁1>を大量に目の前へと取り出す。
次々と消滅していくが、全てが尽きる前に聖剣から放たれる破壊の斬撃の方が打ち止めとなった。
その隙を突き肉薄する。
「っ!」
「おおっ!?」
こちらも動きは最小限に切り込む。
振り下ろしと共に魔法を放った直後の王子は、硬直し対応が遅れる。
剣先が防壁に触れ、そしていとも容易くそれを切り裂いて行く。その瞬間には次の防壁が展開されるが、またそれを切り裂く。
次の、次の、次の、次の。少しずつ強力になっていくシールドを、だが紙のように切り開く亜神剣。このまま行けるかのように見えたが、そうはならなかった。
敵のシールドは層になっている。有り余る制御力によって完璧な角度で振り下ろされた剣も、層を一枚破るごとに微妙に刃筋にずれが生じる。
ついに剣が弾かれた。
繊細な刃はそれだけで砕け、使い物にならなくなった。
「焦ったぜ、だが貰った! 勝負あったな!」
こちらが剣を失ったのを好機と見たか、構えもそぞろのまま切り込んでくる。
焦らず剣を収納する。
修復。取り出す。
「って、うぉぉ!? なんだそりゃぁ!」
「ははははっ! 焦りすぎだろ! もっと焦るといい!」
うかつだ。敵の悪手に気が昂ぶる。
そのまま筋の定まらない聖剣に向かって切り込む。その歴史に終止符を打ってやろう、という黒い感情が湧き上がった。
ピィ、ン、と高い音を立てて真っ二つに剣は折れ飛んだ。
「お前……、マジ焦ったわ」
「うん、まあ、そうだよね」
折れたのはこちらの剣だった。
それはそうか。聖剣なのだ、破壊不能属性でも付いてるのだろう。微妙にテンションが下がる。
剣をしまう。今度は取り出さない。
剣よりも厄介なのはこの鎧。これを何とかしなければ、勝利は無いだろう。




