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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第218話 月夜の飛翔

「ねぇカナリーちゃん。ゲーム外に行けるアイテムとかってあるの?」


 その日の夜、皆が寝静まってしばらく。ハルとカナリーは寝室を抜け出し、眠らないふたりの談笑と洒落しゃれ込んでいた。

 窓際のソファーへと並んで座りカーテンを開け放つと、月が天高く、煌々と明るく光を差し込んでくる。夜に灯りをともす、その数の少ない世界。その上、誰も居ないこの神域。月の光は、ハルが知る日本のどの月夜よりも眩く輝いていた。


「ありますよー」

「まあ、そうだよね。…………えっ?」

「あるんですよー?」

「まじか……」


 月光のロマンチックな雰囲気に酔っていたら、完全に予想外の答えが返ってきた。『カナリーと月光浴する会』は急遽中止である。

 ハルが会話中の相手の答えを聞き逃すのは珍しい。それほど予想外の返答であった。よもや、“ゲーム外に出る為の”、“ゲーム内アイテム”があるとは思わないだろう。


「それってすぐに使える?」

「使えますよー? モノちゃんの戦艦ですー」

「……あ、なるほど。確かに納得だ」


 用途を考えれば当然である。あの船は、ゲーム外からの攻撃を防ぐために建造された物だ。その艦体をゲームの、この七色の連邦れんぽうの外へと漕ぎ出して外敵から身を守る必要があるのは当然だったろう。


「失態だ、考えが足りなかった」


 誰あろうハルこそ、その事を理解していなければならない。あの戦艦の機能を知っている、数少ない人間なのだから。


「枠に囚われましたねー? まだ、“ゲーム”として見てますかー?」

「そうなんだろうね、無意識では。……アイリが嫌がれば直すけど、彼女も特に気にしないし」

「お前の世界はゲームの中だ、って言われたら、反発するのが普通ですよねー」

「日本だとね。こっちだと、ゲームの概念が薄いから、どうなんだろう?」


 結婚相手を含むこの世界の住人を一人の人間として認めつつも、ゲームキャラクターとしても見ている事になる。

 普通ではないだろう。ハルも、それを受け入れてくれているアイリも。


「結婚前のこと、思い出しますねー。ハルさんは必死に、この世界の真実を探ろうとしてましたー」

「ワリと無茶してたよね」

「最近じゃすっかり丸くなっちゃってまー」

「『家庭を持つってな、こーいうことナンだよ……』」

「ハードボイルドな雰囲気で言うセリフじゃないですねー」


 確かに、最近では守りに入っている感はある。ハル自身でもそう感じる。

 今回のゲーム外探査についてもそうだ。ハルの頭は、一人で行くという選択肢を無意識に除外していた。ユキに誘われたのだから、ユキと共に行かねばならないと。

 もちろん、それも正しい事ではある。ユキとの関係、ひいてはアイリやルナも含めた仲間との関係性を重視すれば、非常に正しい。

 だが謎の解明を最優先としたならば? 悪手とまでは行かずとも、臆病な選択にはなってしまうだろう。


「最近は進展が無いのは、無茶が足りない、か」

「堅実に成果は積み重ねてますけどねー。神を二柱下し、本体すら一柱退けました。戦艦も動かしちゃいましたし、対抗戦なんて全戦全勝ですよー」

「……そうして聞くと、本当、ゲーム内のことばっかだね」

「その達成方法はゲーム内の仕様かは少し怪しいですけどねー?」


 全くだ。日本の技術を持ち込めるのを良いことに、ついついやりすぎてしまった。完全にチートである。

 だがそのくらいしないと、神々には対抗できなかっただろう。いったい、正規の方法ではどうすれば倒せる想定であるのだろうか。


 青く美しい月夜をハルは見上げる。この空の、その先を見てみようと飛んだ事を思い起こしつつ。

 いつの間にか、そういった気持ちも忘れていた。彼女たちとの、穏やかな生活に埋もれるままに。


「アイリたちとの生活を楽しんで、ゲームの進行をたまに手助けして、対抗戦で魔力を貰って。そうしていれば、カナリーちゃんの望みもいつか叶うんだろうって」

「間違ってませんよー? 言ったじゃないですか、私は現状に満足してるってー」

「……何に満足してるか、教えて欲しいところなんだけどねー?」

「ぷーい」


 つーん、と顔をそらす彼女の頭をわしゃわしゃとかき乱し、しばし、じゃれる。すぐにハルの方がわしゃわしゃされる側になってしまった。

 こうして、穏やかに時を過ごし、いつかカナリーの願いが叶う瞬間を待つだけでも悪くない。そう思えてくる。彼女には秘密が多いが、嘘はつかない。ハル達に不利益をもたらす望みでは無いだろう。


 だが、不利益が無い事が、必ずしもハルやアイリの望む方向を指すは限らない。

 例えば、カナリーが居なくなってしまう。そんな内容だったとしても、ハル達に害を与えてはいないので嘘は言っていない。

 もしそんな事になれば、ただ安穏あんのんと過ごしていた事に自己嫌悪するだろう。アイリも泣くのではなかろうか。


「……よしっ」

「モノちゃんの船に行くのですかー?」

「戦艦には行かないよ。珍しいね、カナリーちゃんが読み違いをするとは」

「むー。騙しましたねー?」

「いやいや……」


 人聞きが悪い。確かに、ハルにしては衝動的な行動を取ろうとしているが、カナリーの裏をかこうといった意図はない。

 単純に、理屈よりも感情に従って行動しようと思ってみただけだ。この世界に、来たばかりの時のように。


「戦艦の機能、確かに興味あるけどね。コピーするには大きすぎるし、解析するのは骨が折れるから」

「調べようとすると、モノちゃんが嬌声きょうせい上げちゃいますしねー」

「あれは本当に勘弁……」


 あの最強のセキュリティは、未だに解除できていない。おかげで戦艦の解析は遅々(ちち)として進んでいない。

 <神眼>での見通しも、間に物質としての構造を多分に含んでいるせいで非常にやりにくかった。


「だから今日は、僕一人で行ってみるよ。いつかのように」


 ハルは月光の差し込む窓を開けると、そのまま窓際に足をかけた。昼の熱気が冷め切らない夜風が、ハルの頬を撫で髪をゆらす。

 見下ろすカナリーの表情はいつもと変わらないのほほんとした物だが、なんとなく、微笑んでいるようにも感じられた。


「お出かけですねー?」

「うん。行ってくる。お土産は期待しないでね」

「アイリちゃんには、『隣国のお姫様を捕まえに行った』って伝えておきましょうかねー」

「夫婦仲に亀裂を入れようとするのやめい」


 まあ、アイリだとその場合の反応も怒るのではなく、新人の歓迎会の準備を始めてしまうのだろうが。

 そんなカナリーの軽口に後ろ髪を引かれる思いも抱きつつ、ハルは月光照らす夜空へと飛翔してゆくのだった。





 一気に<飛行>の最高速度トップスピードまで乗せて、ハルは月夜を翔け上がる。

 小高い山に囲まれるように在るこの神域、その山よりも高く飛び上がると、その目に進む方向を見定める。

 候補は二つ。ヴァーミリオンの先、遺跡の眠る未開の山野がひとつ。そして、モノの戦艦の浮かぶ群青ぐんじょうの国の海、その果てがもう一つだ。


「やっぱり、赤方面かな? 人間、地に足が付けられるに越した事は無い」


 勢い勇んで出てきたにしては弱気かもしれないが、ただでさえ無茶をするのだ、無謀は避けるべきである。

 規格外であるハルも人間だ。人は、海中に適応するようには作られてはいない。もし何らかのアクシデントがあって防御フィールド、環境固定装置が解除されても、地面と空気がある場所ならまだマシだ。


「そんな事態になったら、<転移>ですぐ屋敷へ戻るけどさ」

「《退路の確保はお任せください。今もアイリ様の部屋へと、常時パスが通っています》」


 自らの半身ともいえる黒曜、ハルのAIが表層に現れサポートを始める。アイリと接続されている事もあり、完全に一人という気はしない。

 ユキに言わせれば、冒険としては甘えだろうか? まあ、別にそれでも構わない。安全第一だ。


「《ハル様。移動速度と防御性能を考慮すれば、ルシファーの使用が妥当かと思われます》」

「ルシファーは使用しない。あれは複座式でチューンしてある。アイリが居ないと操作に難ありだ、とっさの対応が遅れる」

「《御意ぎょいに》」


 複座、コックピットに二人乗りで操作するよう作られた巨大兵器(ロボ)であるルシファーは、今のハルだと操作が煩雑すぎる。

 無尽増殖システム、『エンゲージ』による補助が無い状態では、巨体を保つだけのナノマシンの確保だけでも大変だ。移動速度目的だけで、アレを出すのも出力過剰オーバースペックだろう。

 冒険に飛び出したとはいえ、せっかくの綺麗な月夜だ。のんびりと遊覧飛行も悪くない。


「街の灯り、それなりにあるんだね。日本とは、そりゃ比べられないけど」


 神域の少し先、王都方面に目を向ければ、魔法の光と思われる人の営みがぼんやりと目に入った。

 無論、月の光をかき消すほどの光量ではないが、確かな文明の輝きをそこには感じる。


 その光を尻目にして、ハルは赤の国、ヴァーミリオン帝国の方角へと<飛行>の舵を切る。

 最高速度に加え、フィールドに守られているのを良いことに進行方向を魔法で真空化し、空気抵抗をゼロにする。

 空の中に、地下鉄の路線を簡易的に敷いて行くようなイメージだ。

 ただ<飛行>するだけでは出せないスピードで眼下の景色が流れてゆく様に、ハルは気を良くするのだった。


「《ハル様、<称号>を獲得したようです》」

「へえ、最近だとこれも久々だね。何かアプデ入ったかな?」

「《どうでしょうか? 内容は<覇空の飛行者>。恐らくは<飛行>の限界速度以上での飛翔が条件と思われます》」

「隠し称号系だ。……ジェットエンジン的な魔道具でも作れば、他の人も取れそうかな」

「《この機会にどこか寄り道して、移動距離系の隠し称号も取得しておきましょう》」

「えー、いいよ。てかこの前の<地球一周>で最後じゃない?」

「《いいえハル様。きっと<地球を七周半>も存在しているはずです》」


 何のデータを根拠に確信しているのか、黒曜の判断が気になるところだが、さすがにそんなに寄り道してはいられない。

 広いとはいえ大陸の一地方。目的地には地球半周もかからない。

 黒曜と軽口を叩きながら、緑の国の頭上を素通りし、橙色の国をかすめ、赤の国、ヴァーミリオン帝国が見えてきた。

 それなりの速さだが、<飛行>はもうスキルレベル100で頭打ち。これ以上の速度を出すとするならば、本当に推進器バーニアでも吹かしてかっ飛ぶか、レイドボスだったあの海龍がやったように、前方の空気や空間を、進行に有利に操作しなければならないだろう。


 そのまま突き破るようにして“この世界”の魔力圏を突破すると、ハルは国境の外、神の加護の届かぬ地へと突入するのだった。





 その空も、見た目は何も変わらない。魔力エーテルが無く、魔法が少し使い難いが、ただそれだけだ。

 飛べない訳でも、息が出来ない訳でもない。その程度に感じるのは、ハルが地球人だからだろうか? アイリのように、魔力を肌で感じる力が増せば、また見えてくる物も多いのだろうか。


 少し速度を落とし、以前に通った道を空からなぞるように確認する。

 真夏になり、以前よりも草の背丈は伸び、そしてここ最近の日差しで少し元気が無くなっているようだ。

 この世界は梅雨が無い代わりにもうじき雨季が来るらしい。恵みの雨は、秋の収穫に備えて作物に最後のひと押しを与える。

 日本の米をこの気候に合わせるのを苦労した、とカナリーから聞いた事があった。流石の彼女達も、天候の方を合わせるのは難しかったようだ。


「……ここで飛べる僕がズルいのは承知の上だけど、やっぱり何も変わらないよね」

「《便宜上『ゲーム外』と言っているだけで、同じ世界、同じ惑星には変わりません。慣れれば人間も、こちらでも生活は可能でしょう》」

「でも滅んじゃったんだよなー。暫定だけどさ」

「《はい。文明や人口を維持するとなると、それはまた別の話です》」


 いつかの、魔力を放出して拠点とした遺跡を素通りし、更に先へとハルは<飛行>する。ここから先は未知の領域だ。

 しかし、未知とはいえ風景それ自体は平和なものだ。月明かりに照らされた雄大な自然。たまに夜行性の野生動物が群れで通り過ぎるが、モンスターのように脅威にはなるまい。

 戦う術を持つ者なら、ゲーム内よりもずっと安全とも言えた。


「……さてどうしよう。本当に、惑星一周して戻ってきてみるか」

「《この惑星、地軸が少しズレています。方角には重々お気をつけを》」

「星座の動きが変なんだっけ?」

「《その通りでございます》」


 一日が二十三時間程度な事に、何か関係があるのだろうか? まあ、その辺は黒曜のナビゲートに従っていれば迷う事は無いだろう。いざとなれば<転移>で帰宅だ。


 だが、やはりユキの求めるような、何かしらの“特別”があるとは思えない。

 様々な自然が目を楽しませるが、その謎には興味が無いだろう。自然系の観光プレイヤーは狂喜しそうだが、今は関係ない。

 ハルは植生の分析や地形の観察などは後回しにし、<飛行>の速度を上げていった。その時だ。


「《ハル様! 警告メッセージがあります! 一時、システムメッセージをそちらへお返しします!》」

「……ゲーム外で、警告?」


 突然の事だった。システムメッセージの対処を任せていた黒曜から、緊急判断でその操作がハルへと返される。

 明らかに異常事態だ。神様たち運営の管轄外である魔力圏外のこの地でシステムメッセージが届く事。そして、黒曜から処理が回されて来る事。神との戦闘の際ですら、彼女がハルの判断を必要とする事は稀だった。


「エラーメッセージか……、確かに、ただ事じゃないね?」


《システムエラー:No9996258157》


 その後もずらりと、通常の日本語でのお知らせとは一線を画したエラーコードが羅列られつされる。一目で分かる、明らかな異常事態。

 内容は意味不明な言語であり、明らかにプレイヤー向けのメッセージとして送られた物ではないと判断できる。

 解読、は後回しだ。まずはエラーが発生した原因をハルは考える。


「……ゲームから離れすぎたから? いや、関係ないはず」


 別にハル達プレイヤーは電波のような減衰する操作系で動いている訳ではない。第一、これならば前回の探索においても同様にメッセージが表示されたはずだ。

 であれば、この地点に何かが存在する。


「ユキの感は正しかった、って訳か。しかし、何が? 僕には何も違和感は無い。黒曜」

「《はい、こちらでも観測結果は正常です。ナノマシン、エーテルの散布をいたしますか? より詳細な観測が可能となります》」

「ステイ。もう少し調べてからだ。除去が面倒」

「《御意に》」


 ハルは慎重に、地表へ降りてそれまでの進行方向へと歩を進める。やはり変わらない、と思っていると、急にその先に見えない壁が出現した。


「……何かある。見えない壁……、『世界の壁』? いや……、ここはゲーム外だし」


 ひとまず、簡易拠点となる魔力を放出しよう。そう考えてハルが己の内へと意識を向けると、唐突に意識が何処かへと引っ張られる感覚に襲われるのだった。

※誤字修正を行いました。


 追加修正を行いました。報告ありがとうございます。(2022/1/28)

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