第217話 冷蔵庫のおやつを自分の物にする力
なんだか良く分かっていなさそうだったミレイユと、遅れてやってきたシルフィードに了承の旨を伝え、その日は一旦解散になった。
協力してもらうと言ってもハルにも用意が要る。あの場ですぐに、という訳にはいかないし、彼女らはこれから忙しくなるだろう。それぞれの国に戻り、会談の準備にかからなければならない。
「シルふぃんもお礼したがってたねぇ。競うように貢がせるとか、ハル君も悪い男だね」
「流石はわたくしの旦那様なのです! わたくしも、貢ぎ物を集めるのは得意だったのです!」
「……これって褒められることなの?」
アイリの発言は半ば自虐が入っていた。一端の自虐ネタ使いへと成長した嫁だ。責任を感じなくもない。
ミレイユのスキルを利用させてもらう事で協力の対価として了承したハルだが、シルフィードの方も何もしないのは納得できないようだった。
シルフィードには今までも色々と協力をしてきた事もあり、この機会にお礼を、と考えてしまっているようだ。
こちらも色々と今までも手伝ってもらっているので、特に気にしないでも良いのだが。
「もう少し追い込めば、自分から体を差し出して来るわね」
「ルナちーも悪い女だねー」
「……あの、そのあたり疑問だったのですが。シルフィードさんは、アベル王子の事が好きなのではなかったのですか?」
「そうね、なんと説明したものかしら……?」
「アイドルに熱を上げてるファンの子が、別にアイドル本人と結婚する訳じゃない、って感じじゃないん?」
「そうなのだけど、こちらにはアイドルの概念は無いでしょう?」
「そうですね。分かるような、分からないような……」
「ルナの与太話はだいたい分からなくても良い物だよ」
お嬢様ズと別れ、ハルたちもお屋敷へと戻ってきている。いつもの四人で席を囲み、本日の協議の成果をまとめていた。
まあ、シルフィードにはそれとなく気にしないように伝えておこう。今までも、彼女には何だかんだ世話になっているし、これからも頼る事は多いだろう。
大人数をまとめるギルドのリーダーとしての重責もあることだし、あまり背負い込まないで欲しいものだ。
「それで、ミレイユのスキルを使うとは言うけれど、具体的にはどうするのかしら?」
「あ、わたくしも気になります! スキル、というのは、魔法とはまた違うものなのですよね?」
「そうだね。魔法をパッケージングしたような物もあるけれど」
基本的に、この世界の住人、NPCには使えない物だと言っていいだろう。ゲームのシステムにより補助を受けた、プレイヤー専用の能力。
その、ゲームのシステム、その大元の部分に調査をかける。その為のミレイユだった。
「ミレイユのスキルはMPの過剰な生成能力だ。まあ、乱暴に言ってしまえば、凄い<MP回復>なんだけど」
「MP、つまりは魔力よね? そこから探りをかけるという事かしら?」
「確かに、エーテルが生まれること、それは最早、神の御業とも言えます。何か、重要な事が分かるかも知れません!」
「むしろ神様にすら作れないんだよねー、確か魔力ってさ」
「そうだねユキ。彼女らが自由に作れるなら、僕らを集めて対抗戦なんか開催する必要は無い」
プレイヤーがこのゲームを遊ぶ事で、この世界で活動する事によって、魔力が生まれる。
その所有権を、七色の神々が争っている。そこに調査を入れることで、彼女らの目的が何なのか、それを探れる可能性があるのではないかとハルは考えている。
「でもさ、それなら私らの<MP回復>スキルじゃダメなん?」
「ダメだねえ。残念な事に、お手上げだ」
「さよか」
「左様左様」
「……確か、ハルはミレイユに言っていたわね。あの子たち姉妹はこのゲームと親和性が高いとか、何とか」
「そう、セリスの<簒奪>を見てね、ミレイユの方のスキルも調べてみたいと思った」
「妹を味わった後、姉も毒牙に……」
「どきどきしますー……」
「やめい」
セリスのスキル、相手の力を奪う<簒奪>。その作りは実際のところ、プレイヤーのデータベースに進入し、そのラベルを自分用に書き換えてしまう能力だった。
「冷蔵庫にプリンがしまってあったとして、『僕の』、って書いておいた奴を勝手に、『セリスの』、ってラベルを上から貼っちゃうスキルだね。例えるなら<簒奪>は」
「恐ろしいスキルです……! カナリー様が黙ってはいません!」
「だからカナちゃんは禁止したんだねぇ」
当然ながら、プリンは例えだ。実際は食べ物のようにスキルは消費したりしない。
「それで、その冷蔵庫だけど。プリンじゃなくて、魔力がしまってある冷蔵庫、そこにアクセス出来るのがミレイユなんじゃないか、って僕は思ってる」
「なるほど? ありそうな話ね」
対抗戦以外の時、プレイヤーの体からは魔力が生まれている様子は観察できない。だが、平時であっても魔力の発生は行われているはずだ。
ならば、それは何処へ行っているのか? ハルは、何処かにプレイヤーの活動用に用意された魔力プールがあり、そこへ貯蔵されていると仮定した。そして、そこから自然回復や、<回復>系スキルに供給されているのではないかと推測する。
ミレイユのスキルは、そこにアクセスするのではないだろうか。
セリスのスキルをその身に受けた事で、自身のスキル領域へアクセス出来るようになったハルだ。ミレイユのスキルも含めて調査を進める事で、更に広い知見を得られるのでは、と期待している。
「ミレゆんと同じスキルが使えるようになるだけだったりしてねー?」
「まあ、それはそれで」
この世界において、エーテルはいくらあっても困る物ではない。それだけに終わっても収穫は大きいだろう。なにせエーテルを巡って戦争まで起きたのだ。
ミレイユのスキルを調べる日、それが待ち遠しいハルだった。
◇
「とはいえ、まずは会談の成功が前提よね? 日程はもう決まったのかしら?」
「この世界、国同士の物理的な距離の影響は大きいから。今日明日ですぐに、ってはいかないさ。決まったら後日改めて連絡くれるみたい」
「そう。確かにそうね?」
「ハルさんの世界は、びゅーー! って、速いですもんね! ソフィーさんのおうちも、本当は国と国の間くらい離れていたのでしょう?」
「そうだね、たぶん」
アイリがその小さな体を、ぐいっー、と大きく広げて、速さや遠さを表現している。かわいい。
神殿間をワープ移動でき、<飛行>による高速移動も出来るプレイヤーだと忘れがちだが、この世界は移動にかかる速度が日本と比べて遅くなる。
国家間ともなれば、隣国でも数日はかかり、会議が決まったからとすぐに開催、という訳にはいかなかった。
「とは言っても、僕らの世界だって基本的に遠いところだとあまり行かないよ? ちょうどこの時期に、里帰りする時くらいかな」
「あとはお正月とかだっけか。……私はいかないけど」
「お墓参り、なのですよね?」
「名目上はそうね? 家族で集まるだけの所も多いようだけれど。私も行くことは無いわ?」
「私もだ。当然ながら。……ハル君は?」
事情を知っているルナと、何となく察しているアイリからさりげなく視線が向けられる。
ハルに縁のあるお墓が無い訳ではないが、ハルも特にお参りに行くような事は無かった。……ここ数年、訪れてすらいない。
「……それこそ遠くてね。この時期に行くと、草だらけだろうから行きたくないし」
「あはは。それこそ草むしりしなきゃいけないのに、悪い子だハル君。女の子の家には遠くても泊まりに行くのに」
草むしり、などという可愛げのある状態では済まないだろう。きっと一面草まみれだ。
続けて愉快な話でもないので、ハルはさりげなく話題を転換する。ユキも特に疑問に思うことなく、そのまま話に乗ってくれた。
「僕らだけだと、むしろ日本に居る時より高速で移動できるんだけどね、この世界。そのへんチグハグだ」
「あっちじゃワープ出来ないもんねー。落差が激しいよねこっち。馬車とワープ」
「ハルが<転移>で王子たちを強制的に一箇所に集めてしまえば良いのではなくって?」
「要人誘拐じゃないか。問題になるって」
「わたし誘拐されたけどねー、ハル君に」
「わたくしも、ハルさんに浚われたいですー……」
「……各国のお姫様を、このお屋敷に浚ってくるというのも悪くないわね?」
「悪いが?」
ルナがまた何か物騒な事を言い出した。彼女も彼女で、ハルの事を何にしたいのだろうか。
それは置いておくとして、<転移>で手早く参加者を召集するという案は今のところ却下だ。神殿で気軽に転移できるプレイヤーではあるが、逆に言えば神殿でしか転移できない。
どこでも自由に(これも魔力のある場所に限られるが)移動できるハルの<転移>は、破格のスキルであり、今の時点では隠しておいた方が良い。
既に、クライス皇帝には<転移>出来る事を知られてしまってはいるが、今回の王子達はプレイヤーと関わりがある。今のところ、伏せておいたほうが良いはずだ。
クライスは、どうだろうか。国の事情的に、あの戦艦についても興味があるのは間違いないと思われる。
国は遠いが、彼は<転移>でこちらへ来られる。会談に参加するか、話を聞いて見てもいいだろう。
◇
シルフィードとミレイユに関する話題はそのくらいだろうか。
報告がひと段落ついた雰囲気を察し、ユキがこれまでよりもウキウキした様子を見せながら、新しい話題を切り出した。
例の、ゲーム外調査の続行の件だ。
「でさでさ、ハル君と話してたんだけど、またゲームの外行かないかって!」
「調査の続きね? ……そうね、向こうの準備が整うまで、時間が空いてしまったものね?」
「ですが、モノ様……、モノちゃんが仰るには、言うには、わたくし達の居るこの世界の外には、もう何も無いのではなかったですか?」
そんな無いと分かっている場所に行くよりも、モノからもっと当時の事を聞いて過ごすべきではないかとアイリは提案する。
そんなアイリに対し、ユキは反論する。神様の語る事は、彼女らにとって都合の良い情報だけだと。それに従うだけでは、カナリーの隠した真意へはたどり着けないと。
「だから、何も無いとされてる場所を探検するのさ!」
「な、なるほど……?」
「このあたりは宗教観の違いかな。ごめんねアイリ。僕らの世界の神様って、基本的に嘘つきでさ」
「そうね? 『行ってはいけない場所』、なんてあったら、それは神にとって不都合な場所と相場が決まっているものね?」
ただ、モノに話を聞いて過ごすのも、あんがい有意義であるとハルは思っている。
彼女やアルベルトは、どうやら完全にはこのゲームを運営する七色神の指揮下には入っていないようだ。なんらかの利害関係で、契約をしているにすぎない気がする。
無論、契約している以上はカナリー達の不利益になるような事は喋らないだろうが、聞き方によっては細かな事情はカナリーよりも聞き出せる可能性は高い。
「なるほど……、ゲームの事情については、ユキさんの方が先輩ですものね!」
「うぐっ、素直に喜べん……」
これはハルも同じだ。廃人だと指摘されているような物だった。アイリのきらきらとした無邪気な視線から、何となくふたり目をそらす。
「ですがユキさん、大丈夫なのでしょうか? 探検とは言いますが、その……」
「どったのアイリちゃん? 大丈夫! 私もめっちゃ強くなったし、今回は私もハル君のドレスあるしさ!」
「そうではないわユキ? 外にはキャラクターで出られないでしょう? 私たちも、生身で行かなくては」
「あ……」
「忘れていたの?」
忘れていたようだ。カナリーが、自分は出られないと言った事から気づいても良さそうだったが。
前回、遺跡の跡地で行った戦闘は、ハルが神域の魔力を放出した後に、<転移>で彼女らを呼び寄せたものだ。
「なるほど、良いかもしれないね。あっちのユキと一緒に探検かあ」
「はい! きっと、かわいいのです!」
「うあー! やめてー二人ともー! ルナちー助けて……、はくれないよねぇ……」
「そうね? よく分かっているようね。……いい機会だから、本当にやってみてはどうかしら?」
「なんでさルナちー!」
「吊り橋効果、だったかしら? 怖がりのユキちゃんがずっとハルにくっ付いて探検していれば、そう時間も掛からず一線を越えるわ」
「いや、別に私、怖がりにはならんと思うけど……」
「そこは怖がりなさいな。その大きなおっぱいを、常にハルの腕に密着させて歩きなさい?」
「いや、それ本当にキツそうだから止めよう?」
キツくするのがルナの狙いなので、目論見どおりなのであろうけど。
最近はだいぶ慣れたとはいえ、ユキのこの大きな胸を常時密着させられると、流石に平静を保ってはいられなさそうだ。
本当に、外でそのまま押し倒してしまいかねない。
「……まあ、私も肉体で危険かも知れない場所へ行くのは遠慮したいし、さすがに止めましょうか。ハルじゃああるまいし」
「そうそう。ハル君じゃあるまいし」
「ドレス着てればそうそう危険は無いよ?」
「……意識の問題ね。きっと、とっさには動けないわ私も。第一、飛べないですしね?」
「あ、それもあったね! 体のまま魔法使えるのハル君だけだ!」
「……この世界の者以上に、プレイヤーの皆様にはエーテルの有無は大きいのですね」
さて、どうした物か。ゲーム外探査には解決しなければならない問題が多い。前回も、ドレスの作成を初めとしてなかなか苦労させられた。
活動用にエーテルを放出しようにも、範囲が広すぎて絶対に足りない。……足りない故に、今のこの各国の状況になっているのだ。
またハルとアイリで行っても良いのだが、今回言い出したのはユキだ。それで彼女が納得するだろうか?
また少し、何か新しく考えなければいけないかも知れなかった。
※誤字修正を行いました。「う嘘つき」→「嘘つき」 うっ、嘘つき!
これは実際の神話、というよりも、ゲームに出てくる神様にありがちな事、として語っています。あとは神話というよりも民話や童話になるでしょうか。
追加で修正を行いました。報告ありがとうございます。(2021/8/12)




