第216話 つもる課題、くずす楽しみ
「結局のとこ、どうなったん? これからハル君はどーするん?」
「どうって、さっき言った通りだけど」
「ちょっち、わからんかった。簡潔に」
「シルフィー達の思惑に乗りつつ、カナリーちゃんの企みを探る」
「探られちゃいますねー。どきどきですねー?」
「……カナちゃん首に抱きついてるけど、その状態で敵対すんの?」
……いまいち締まらなかった。まあ、敵対する訳ではないので問題ない。はず。
カナリーもハルを騙している訳ではなく、ルールによって言い出せないのだ。そこを探ってゆくだけで、お互いの関係は今まで通り続けて行く。
アイリとの相談が済み、方針の決まったハルは、休憩中のお嬢様ズに連絡を入れると一足先に再びカナリーの神殿へと赴いていた。
今回は最初からカナリーと、ちょうど帰宅したユキも一緒だ。
「でもさでもさ、カナちゃんってハル君お得意の読心術でも本心見せないヤリ手なんでしょ? どーすんの?」
「体に聞かれちゃいますかー? 尋問しちゃいますかー?」
「……最近、各所にルナティック汚染が深刻じゃないかな?」
「ルナちっくだねぇ」
「まあ、えっちな事はともかく、カナリーちゃん本人へのアプローチでは、どうにもならなそうだよね」
「ハルさんでは私そのものへの解析は、まだちょーっと難しいでしょうねー」
未だ魔道具の作成にも四苦八苦している段階だ。カナリーやモノ、神の本体を直接探るのは、彼女の言うとおりハルにはまだ難度が高い。
「じゃあ、モノちゃの戦艦イベントに手出す必要は無いんじゃない? カナちゃんたち運営の思惑のうちでしょ、あれは」
こういった部分は、ユキは流石に鋭い。運営にとって、ユーザーにやらせたい内容、誘導したい方向、それをその時々に合わせて読み取り、その先の展開を見据える。
対人戦を主としてプレイする彼女が培った、ゲームとその運営に対する嗅覚だ。
「もっとこう、運営のヒトが嫌がる事やんなきゃ! 最近のハル君は冒険心が無さ過ぎるよ」
「確かにねえ……、ここの所、あの変な白い部屋にも行ってないしね」
「懲罰部屋だ。謎の神様が居るっていう」
「そうそれ、その部屋」
「確かアイリちゃんと結婚してからだよね。所帯を持って……、堅実になりやがったか……」
「いきなり口悪くならないで?」
既婚者、で何かを思い出したのか、ユキから唐突に負のオーラが溢れ出る。
おそらく、それまで仲良く遊んでいたプレイヤーが、結婚を機に突然、引退なり一線から退いた事でも思い出したのだろう。よくある事だ。
「ユキも、結婚すれば分かるさ……」
「うえぇぇえ!? け、結婚て。その、ハル君と、だよね……」
「あ、しまった」
「私は、まだ自由に遊んでたいかなー、て……、あはは……」
ニヒルなキャラを気取ってみただけなのだが、一転して慌てさせてしまった。
ハルの事を無意識に結婚相手として認識してくれているのは嬉しいが、最近のユキは雑談の振り方が少し難しくなっている。感情の触れ幅が急激だ。
自分から猥談を振っているからと思ってこちらも乗れば、急に真っ赤になってその大きな体を縮こまらせてしまったりと、扱いが難しい。まあ、かわいいのだが。
そんなユキと語らったり、時に弄ったりしつつ、三人はお嬢様たちの到着を待つのだった。
◇
「何の話だったっけ、また脱線しちゃった」
「僕らにはよくあること」
「だねー。あ、最近のハル君には冒険が足りないって話だ」
「……ちょっと違うけど、まあ概ねあってるか」
カナリーの真意を探りたいならば、運営から用意されたコンテンツをこなしているだけでは決してたどり着けない、という話だ。
「私としてはさ、やっぱりゲームの外が怪しいと思うんだ。また行ってみない?」
「ヴァーミリオンの方?」
「そそ、結局あの後イベントあって、半端で終わったままじゃんさ」
「立て続けにやること増えたからねー」
「夏休みはどこも稼ぎ時なんですよー? イベント盛りだくさんですー」
「運営の人は大変だね。ルナも苦労してるみたい」
「あー、ルナちーはそっちもあるもんね。うちら世捨て人とは違って」
……別に、ハルも世捨て人ではないのだが、まあ世間的に見れば同じようなものだろう。特にユキの言葉に反論はしない。
人気ゲームの運営をしているルナも、他社のキャンペーンに負けないように苦心している時期だ。
何せ、刀と鎧、そしてニンジャが乱戦を繰り広げるゲームである。夏の定番である、水着で攻めるには相性が悪い。
夏祭りイベントを大々的に打ち出して、かわいい浴衣を主力にしているようだが、水着も浴衣もやるのが昨今当たり前。苦戦は免れないようだった。
さて、余談はいいとして、そんな立て続けのイベントを消化するだけで、最近はゲーム外について疎かになっている事は否めない。そこはユキの言うとおりだった。
「昔はハル君も、『僕がこの世界の謎を解き明かしてやるんだー!』、って息巻いてたのに」
「いや、僕そんなキャラじゃないっての」
「それが今や、運営の出す餌をむさぼるのに夢中になって、すっかり牙を抜かれちゃって……」
「聞いて?」
「でもでもー? ユキさんもハルさんのコト言えないのではー?」
「むむ? カナちゃんどったの、ここに来てハル君の味方?」
「敵対してませんってー。それよりユキさんも、最近は大会に出てないんじゃないですかー?」
「それは、その、ハル君が……、養ってくれるし」
「ハルさんに挑む事もあまり無くなりましたよねー? まるで、家庭に入って丸くなったみたいですねー」
「うぐぅ。か、かていに……」
先ほど自分で言っていた、結婚を機に引退したプレイヤーだろうか? その現状を突きつけられて、言葉に詰まるユキ。ハルにしなだれかかって寛ぎつつ、カナリーはそんなユキの愛らしさを肴にお菓子を食べている。お行儀が悪い。
確かにとてもかわいいのだが、そこを掘り下げてもまた脱線してしまう。彼女を愛でたい気持ちは抑えて軌道修正しよう。
「まあ、確かに、この世界について知るのを先送りにしてた、いや避けてた所はあるね」
「……それって、結婚したからもう知る必要は無いって感じで?」
「日和ったトコは確かにあるけど。でもどちらかと言えば、平和なうちにもう少し準備を進めたいってのが大きいかな」
「平和じゃなくなるん?」
「その可能性もある」
気になるのは、アイリがハルと出会う前に、漠然と抱えていたらしい不安感だ。
眠る事の無いハルが、彼女に夢について尋ねた時、アイリは『見るのは悪夢ばかり』だと答えた。ハルと出会い、ハルの中にその不安を打ち消す物を感じてからは、そういった不安は薄らいでいったようだが、具体的にはそれが何なのかは分からない。
彼女と心が繋がって、アイリがハルの思考を読むように、ハルもまたアイリのそういった感情に時おり触れる事がある。
根拠の無い、ただの漠然とした未来への不安だと言ってしまう事も可能だが、彼女はカナリーともまた深い縁がある。そこから何か、読み取っている可能性もあった。
アルベルトと戦った時の、神の存在に対する強い理解。そこからもアイリの六感の鋭さは推し量れる。
そんなアイリが、ハルの中に見た何かの期待、それを裏切らないよう、準備は万全に済ませたかった。
「でもさハル君。準備って言っても、もう過剰じゃないの? 神様含めて、ゲーム中にはもうハル君の相手になる奴居ないじゃん」
「……そうだね。僕もまあ、そう思うんだけど」
「そうですねー、喜ばしいですねー。まー運営としては、コンテンツの消費があまりに早すぎて、悩みのタネでもあるんですけどねー」
「いや、やっぱりカナリーちゃん抜きだと不安かな」
「えー、そこは自信持ちましょうよー。カッコよく決める場面ですよー?」
神との戦闘、特に本体のそれとなると、カナリーと共に戦わなければまだキツいように思う。
だが、ここで神と一騎打ちで勝利できるようになるまで状況を進めない、などと言い出せば、またユキに呆れられてしまうだろう。それは止めておく。
一応ハルにも、女の子に見栄を張りたいというプライドもある。
「じゃあさハル君! また冒険行こう! 今度は前よかずっと遠く、未開の地に!」
「そうだね。何か分かるかも知れないし」
「おー、いいですねー、うらやましいですねー」
「あはは……、ごめんねカナちゃん。カナちゃん、魔力の中から出られないもんね」
「そうなんですよー。神様も不便なんですよー?」
まるで週末に街に出かける予定を立てるかのように、ユキが顔を輝かせる。このあたりは、相変わらずの彼女だ。
しかし今、モノから得られている情報から考えると、ゲーム外、この神に守護された七つの国の外には何も無い。その可能性が高かった。
魔力を奪いに攻め込んできた“外敵”は、徐々にその数をへらしてゆき、この百年以上、もはやこの地への来訪者は居ないらしい。
……外の世界は、もう滅んでしまった、そう見て構わないだろう。例えヒトが残っていたとしても、文明の強度を保つ事はほぼ不可能だ。
地球で例えるならば、100%近く電気化し繁栄を極めた国から、発電の概念がある日唐突に消え去ってしまったようなものだ。
この七つの国は、最後の楽園。
「どったんハル君? やっぱカナちゃんが一緒じゃないと不安?」
「いや、むしろ何も無い事を心配してた。大自然が広がるばかりで、ユキが退屈しちゃうんじゃないかってね」
「まあ、そん時はそん時。巨獣のお肉でも採って帰ろ」
「ああ、そういえばヴァーミリオンに出るらしい巨獣、あれも未解決だったか」
「ハルさんはタスクを増やしすぎですからねー。最近ではお祭りもやるのでしょー?」
「ギルドホームのやつだね。皆で魔道具で作った照明を提灯にするお祭り。あれは、参加者の人らが出し物の作成に難航してるみたいだね」
「仕方ないよ。教えられたからって、誰でもすぐに作れるモンじゃないし」
「オーキッドのやろーには苦情を入れないといけませんねー?」
魔道具開発局が出現して間もない頃、ハルの行った講座を見て掲示板で盛り上がった話だ。実際に、お祭りとしてハル達のギルドホームで開催する流れになった。
その為のギルドホームの強化もあったりと、数えてみると手を付けている計画は結構な多さになっていたようだ。
「色々あったねぇ、やるべき事。まー、まずはデートだデート。それについて決めよ!」
「……あの、まずは私達の用件から処理していただければ、幸いなのですけど」
ハルとユキが今後の展望について語り合っていると、いつの間にかやってきていたミレイユが、少し困った顔で扉の影からこちらを窺っているのだった。
◇
「失礼いたしましたわ。聞き耳を立てるつもりは無かったのですが、出るタイミングを逃してしまい……」
「大丈夫ですよー。ハルさんもユキさんも、敵襲には敏感ですからー」
「敵ではありませんことよ?」
ついでに言えば、カナリーも気づいていた。当然だ、この神殿の持ち主である。転移してくればすぐに察知するだろう。
「いらっしゃい。悪いねミレイユ、間を置かずに呼びつけちゃって」
「構いませんの。お願いしているのは私達ですもの」
「シルフィードちゃんは一緒じゃないのかな? あ、私ルナちーの代わり、よろしくー」
「よろしくお願いいたしますわユキさん。シルフィードさんは、今日は用事があると言っていましたわ。もう少し掛かるかも知れませんわね?」
「そかそか」
こうして平和な場面で顔を合わせるのは、ユキは初めてになるだろうか。ミレイユは少し緊張ぎみだ。ユキは特に威圧している訳ではないのだが、以前ハルと敵対していたこともあり、そこが気になってしまっているようだ。
ユキにとっては、昨日の対戦相手と今日は肩を並べるなど日常の事であり、特に追求する事はないだろう。
むしろ、そこを気にするようならば最初から敵対するな、とミレイユが緊張の態度を取り続けていればユキは言い放つだろう。
「ちょうどキミらのお話してたんだー」
「……あの、どうもそのようには聞こえなかったのですが」
「大丈夫、ミレイユ達の話の一環だよ。いつものことだから」
「そうですの?」
ハルとユキの会話に決まった着地点は無い。話の道中、どんなルートを通ったかによって互いの結論を互いに察する。そういう会話の仕方でやってきている。
無論、アイリやルナも交える時は二人ともそれなりに順序だてるが。今日の聞き手はぽやぽやさんのカナリーだ。むしろ無秩序に拍車をかけていた。
「あの、それで、結論はどうなりまして? せっかちであるとは重々承知しておりますが……」
「僕らで出かける話なんか聞いちゃったからね。無理もないさ」
こんな話さっくりと断ってデートしよう、そう聞こえてしまったのであろう。不安そうに上目遣いにミレイユは聞いてくる。
ちょっと詰めが甘いながらも自信たっぷりだった彼女だが、ハルに負けて、いやルナに釘を刺されて以降だろうか、きゅっ、と縮こまってしまうことがある。
気の毒な気もするが、かわいいのでハルも訂正はしない。
「ああ、ハル君協力するってさ。良かったねミレイん」
「それは助かりますの! ……ですが、ミレイ、で切るのは止めていただいてよろしいですか?」
「およ? どして?」
「その、本名ですの……」
ミレイユ、というキャラクターネームは、どうやら本名のもじりのようであった。彼女の家に遊びに行ったとき、『ミレイお姉ちゃん』、『セリちゃん』、と呼び合っていたことから、セリスもそうなのだろう。
「あー駄目だよミレちー。本名とか気軽に教えないようにね?」
「素顔でやってる僕らが言えた口か?」
「あの、平気ですわ。ハルさんはもう知っていらっしゃいますし。お気遣い感謝しますの」
彼女がゲーム慣れしてない、という事をユキも肌で感じ察したようだ。
「……その、本当に良いのですか、ハルさん? 正直なところ、協力に見合う対価をお支払い出来る気がしないのですが」
「ああ、ルナはああ言ったけど、マイナスをゼロに出来るなら僕には十分利益だからさ」
「そうはおっしゃいますが……」
「それに、対価はきっちり頂くつもりだよ」
「ミレちーの体か!」
「ユキ。発想がルナ」
このままでは、ユキ以上に奥手そうなミレイユもいずれ染まってしまいそうだ。シルフィードも、どうやらその手の話に抵抗が少ないようだし。
「前に、君のスキルを自由に使わせて貰って構わないって話あったよね? それを、実際にお願いしようと思ってね」
ゲーム外の探索とは別に、この世界の深遠へと、神へと至る道筋として、彼女のスキルを使うことが、ハルの考えていた道程であるのだった。




