第210話 真剣を握る彼女の日常
ソフィーの家の庭に建てられた練習場の中で彼女と向き合う。
中はひんやりと空調が効いていて、『道場は夏は暑く冬は寒い地獄のような場所』、というハルのイメージを打ち砕いてきた。
これはきっと、機械化した彼女のような者が利用するためだろう。動作の不安定は命に関わる。
それとも今はどこもこうで、ハルのイメージだけが古いのだろうか? だとすればきっと、その話を武勇伝のように語ってきた老人達のせいだ。
それはさておき、当たり前のように真剣を手にする彼女に少しぎょっとする。特に何も疑問を抱いている様子はない。日常的に、反復している動作だと分かる。
一体どんな流派だというのか。少し心配になってくる。
「ハルさんもお好きな奴をどうぞ!」
お好きな奴、と言われても、見る限り真剣しかないようだ。どんな流派だ。本当に。
「……真剣しかないみたいだけど、木刀とか竹刀とか無いのかな?」
「あっ、そっちか! もっと攻撃力の強いのを探してるのかと!」
「いやいや」
あるのだろうか、攻撃力の強いの。……この様子だとありそうだ。超音波ブレードとか普通にあるに違いない。
ゲーム中で、ソフィーが強い刀を欲しがっていた背景にはこういった事情があったようである。
「私が怪我するのは気にしないで大丈夫! えっと……、はい! 誓約書!」
今度は誓約書ときた。内容はざっくり言うと、怪我したり壊れたりしても構いません、治療費ないし修理費は請求しません、といった感じの事が書かれている。
「いや、怪我はさせないし、しても僕が治すけど」
「いえいえ! 平気ですって! うち、スポンサーが付いてるので、お金の事は気にせずに!」
「スポンサー……」
そう聞いて、大体の事情を理解する。この町は、機械化した人たちがスポーツを行ったりもしているようだ。
普通に聞くと、スポンサーというのもそういった関係なのだろうが、さて……。
そのような事をハルが考えていると、後ろで見学の構えを取っていたユキが話しに入ってきた。
「違うよソフィーちゃん。ハル君はね。治療費を出すんじゃなくて、自分で治してあげるって言ってるんだよ」
「まじですか! ハルさんは、お医者さん? あ、機械技師の方かな! むむむ、どっちもあたま良さそうだ……」
「どっちも得意だよねハル君。機械と女の子の体については専門家だもんね?」
「女の子、専門……!」
「うんうん。ソフィーちゃん、治療の名目で、隅々までいじられちゃう」
「いじらんって」
なんだろうか? これはハルの精神を揺さぶる盤外戦術だろうか?
それはともかく、ユキの言っている事は事実ではある。何せ、今のハルは魔法が使える。<神眼>による詳細な探査力も合わさり、こちらの世界のエーテルを、通常のスペック以上に動作させることが可能になっている。
さながら回復魔法だ。これについては、実は向こうの世界の魔法は苦手としていた。回復の魔法分類はあまり存在しない。
ただ、だからと言ってソフィーを怪我させるつもりは無いのだけれど。
「わざと怪我しちゃいたい所だけど……、手加減はしないよハルさん!」
「そうしてね。……普通の剣道じゃないみたいだけど、試合のルールは?」
「相手が負けを認めるか、行動不能になるまで!」
「それはまた……」
なんとも過激だ。どうやら、サイボーグ同士で戦うにあたり、腕や足の一本や二本もげようとも、戦闘続行が可能であるためらしい。
「あらゆる手段を尽くして、最強を目指す。その為の機械化なの」
「あらゆる手段か……」
少し、言いようの無い不快感がハルの胸中を満たした。つまるところ、ソフィーは強さを求めるその為だけに、体を機械化したのだろうか。
障害があってやむなく、といった経緯ではなく、体は健康であるのに、あえて。
それが彼女の意思であるなら別に良い。だが、家や流派の方針で望まぬ機械化であるならば。
「準備はいいかな!」
「構わないよ。準備できてる」
考えるのは後にしよう。今は試合に集中する事にしたハルだ。
刀を抜き放ったソフィーはやや体を斜めにして構えると、軽く刀をこちらへ向けて突き出す。ハルの構えを待っているようだ。
ここでは『始め』の合図は無いようで、どちらかが仕掛ける事で開始とするのだろう。そのあたりも、実戦的だった。
ハルも刀を抜くと、こちらは両手で正面に構える。
ソフィーの関節から、金属のきしむ音が聞こえた。
「行きます!」
彼女の踏み込みと共に、道場の地面が爆ぜた。文字通りだ。床板が砕けて飛び散る。それだけの、圧倒的威力の踏み込み。
刀など無くても、この足で思い切り蹴られるだけで人は死ぬだろう。
彼女はそのまま目にも留まらぬ速度、流れるような動きでハルの間合いを侵略する。気づけばすぐ隣。着地の勢いのまま、右手の刀をハルの胴めがけて振り払ってきた。
その剣先に合わせて、ハルも自分の刀をそっと添える。特に力を入れる必要は無い。
カチン、と軽い音を立てて、ソフィーの刀はぴたりと停止した。
「やりますね! 素晴らしい反応です! ですが、もうすこし踏ん張らないと腕ごと持っていかれちゃいますよ!」
「最初から止める気で来てたの分かったからね」
「なんと! ……いえ、こちらは万一にも怪我させる訳にもいかないので」
心配無用である、ハルも普通の人間ではない。
今のは、小手調べなのだろう。『こちらの世界でも同じように戦える』、と言って模擬戦に臨んだハルだが、鵜呑みにする訳にはいかないソフィーだ。サイボーグ以外の相手を切りつけたとあっては、責任問題であろう。
……ならば真剣など使うべきではないのだが、そこに思い至らない辺りが彼女の歪さを表している。
「なら、次は止めないので、お覚悟を」
宣言するが早いか、立ち位置はそのままに強引に体を捻ると、次の攻撃に移ってくる。
足はしっかりと地面を噛んだまま、ぎりり、と手足が、その内部の人口筋肉が収縮し、関節のモーターの駆動音が響く。
触れ合っていた刃が一瞬で引き戻され、また次の瞬間には神速で逆袈裟に切り上げて来る。
今度は本当に止める気は無いようだ。彼女の手足、その内部の機械動作でそれを理解する。
「くあぁっ!」
彼女の気合の一声に合わせハルも迎撃するが、流石に相手は機械。その出力は人体とは比較にならない。押し返そうとするも、普通に押し負ける。
本当に、思い切りが良い。ハルが未熟であればもう刀を取り落とし、ソフィーの刃はハルの腕を切り裂いていただろう。もしくはそれを避け強引に停止すれば、今度はソフィーの体が負荷に耐え切れず壊れていた。
……さてどうするべきか。そんな彼女に負けを認めさせるのは大変そうだ。ゲームであれば、HPをゼロにしてしまえばそれで良い。だがこちらでやれば殺してしまう。
考えながら、ハルは刀の勢いに押し出されるようにバックステップで距離を取る。
「すごい! 力もそうだけど、凄い制御! 普通なら刀折られてたよ今ので!」
「当たり前のようにそんな攻撃しちゃうソフィーちゃんも凄いよねーある意味」
「あ、ご、ごめんねユキちゃん。出来るだけハルさんは傷つけないから!」
つまり多少は傷つけて、自分が勝利すると確信している。そんな自信が見え隠れする言葉だ。まあ無理も無いが、少しカチンとくる。
確かに凄いスピードでありパワーだが、その剣筋は見え見えだ。これは、彼女の修行が足りないとか、流派の術理が未熟だとかいう話ではない。体の作りの問題だ。
その後も次々と容赦なく打ち込まれる彼女の剣を、ハルは全て紙一重で回避して行く。剣を合わせるのは最小限。軌道を逸らすに留める。切り結んでは刀も体も耐えられない。
スピードは圧倒的に自分が速いのに、全て難なく回避されることにいぶかしむソフィーだが、理由は単純だ。機械の体は予備動作が大きく、分かり易すぎる。
次にどの方向へ動く為に収縮しているのか、どちらに移動するためにバランスを制御しているのか、視線は何処を注視しているのか。
全て、エーテルに乗り信号がハルに流れてくる。それは100%確定した先読みだ。経験からの予測などというレベルでは済まない。
「何で! 当たらないのかな!」
「当たったら死ぬからね。必死に避けてる」
「あっ! すみません! 寸止め忘れそうになってました!」
「ソフィーちゃんこっわ」
「ごめんねユキちゃん! つい夢中で!」
……ハルだから良いが、いつか人を切りそうで心配だ。
「でも、必死だからで避けられれば苦労はしないよハルさん?」
「そこは、機械の体だからこそだね。エーテルに乗ってくる電気信号で、どう動きたいか全部分かる」
「それは……、えっちなのでは!?」
「いや、そうかもだけどさ……」
だが、何でもアリで、それこそ肉体改造も有りで高みを目指すと言うのならば、それによって発生する弱点についても甘受すべきだ。『そこは突かないでください』は通じない。
メリットとデメリット、双方併せ持つのが進化である。……これはエーテルや、魔法についても言えるかもしれない。
「なのでソフィーさんの攻撃がどんなに速くても、先置きされたその命令の剣閃から離れれば、絶対に当たることはない」
「うぬぬぬ……」
「ソフィーちゃん気にしない方が良いよー。その人バケモンだから、リアルでモンスターとエンカウントしたって思っておいた方が良い」
ショックだろうか? 強さを追い求め、体を弄ってまで手に入れたその力。それが逆に仇となって、こうしてハルに翻弄される事になっている。
だが、ハルとて負けてやる訳にはいかない。ハルのこの肉体制御も、また研鑽のたまものだ。ある意味その身はソフィーに近いと言える。
自分の体を機械のようにパーツとして定義し、エーテルにより最適動作をプログラムして、今も動いている。ユキの言うように、人間の動き方ではない。
そんな相手に負けたとて、自身の体と、流派のその有り方に疑問を抱く必要など無いだろう。それをどう伝えるべきか。
「じゃあ、当たらないなら遠慮無く急所も狙えるね!」
「そうきたか……」
「持久力勝負だ!」
……どうやら、ハルの心配は杞憂に過ぎないのかもしれない。今度は機械の体による持久力で勝負する気のようだ。
確かに普通の人間であれば、そのスピードに合わせて動き続け、真剣に狙われる緊張感で体力がすぐに尽きるだろう。
精神的にも、ソフィーは逞しいようだった。慰めを伝える必要は無いのかもしれない。
「それに避けられない位置に、ハルさんを追い込めば良いんだし!」
「当たったら死ぬのは忘れないで欲しい所だね」
それよりも彼女に伝えるべきは、まずは模擬戦では真剣を使わないようにする事ではなかろうか?
◇
その後、宣言どおりにソフィーは体力が切れるまで刀を振り続けた。無論、ソフィーの体力だ。
基本的に、ハルは疲労の蓄積も薄い。過剰な再生能力は、疲労を抑制し、また過負荷のかかったパーツをそのつど新品へと作り替える。
限界駆動を続ける機械部品や、それに振り回される形になる彼女の生身の部分が、先に悲鳴を上げる事になった。
脚部が金属疲労や断線により機能停止し、倒れるように大の字に彼女は寝転んで荒く息を吐く。
「た、耐久試験になっちゃった、期せずして……」
「ごめんね? パーツの修復、手伝うよ」
「あ、いいのいいの! 予備の手足とか、あるし!」
「ハル君が動けないソフィーちゃんを好き放題する気だ」
「しないが」
「えへへ、そういう心配じゃなくて、製造元にデータ送れるから、直されると困るんだ」
「ふむ?」
壊れるまでフル稼動させても良いとは、なんとも気前の良い製造元だ。何のデータを取りたいのか、少し興味が出てくる。
このご時勢で機械だと、正直なところあまり良い予感はしないのだが。
「ここの隣にメンテ小屋があるから、そこまで連れて行ってくれるかな!」
「いいよ? ごめんね、体に触れるよ?」
「ハル君、やっぱりえっちなんじゃ……」
「じゃあユキが運んであげる?」
「あ、無理だね」
こちらのユキは、ゲーム中のように怪力ではない。機械の重さを含んだソフィーを運ぶのは厳しいだろう。
彼女を抱きかかえて、例の研究所じみた装いの部屋へと運ぶ。メンテ用の体に合わせた椅子のようなベッドへ寝かせると、後は自分で出来るようだ。そのままハルとユキは外で待つことにした。
待ちながら、先ほどの戦い、そしてソフィーの様子について二人は語る。
「ハル君からは、あまり攻撃しなかったね」
「いきなり真剣だもの。戸惑う」
「ソフィーちゃんには、あれが普通っぽかったね。……ヤバいのでは?」
「ヤバいね。どう考えてもねえ……」
彼女の前では口にしなかったが、これに疑問を持たないのは明らかに異常な状況だ。田舎の風習、なんてもので済ませて良い事ではないだろう。
なんとか穏便に試合終了へ持っていけたが、今後もそうである保障は無い。
彼女と、それを取り巻く事情について、少し調べておいた方がいいのかも知れなかった。
※誤字修正を行いました。前話に引き続き「自身」を「自信」に。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/5)




