第21話 神の駒として
ハルにとっての悪夢の時間も終わり、ようやく会話も落ち着きを見せてくる。
ユキは定番ネタがやれて満足したのか、根掘り葉掘り聞いて来ることは無かったし、カナリーはAIだ。幸いにも話題はすぐ流れた。
次の話題が見つかるまでのつなぎにか、ユキがお菓子を取り出して並べ始める。
ショップで買えるものだ。アイリのメイドさん達が焼いてくれるお菓子とは比べるべくもないが、この場の雰囲気には合っているとも言える。
「味が雑だよね。雑に美味しい。ジャンクフードを並べて語らう宴会ってこういう感じなのかな」
「あー、ハル君それ分かる。雑だけど慣れ親しんだ味だ。うちらの電脳ソウルフード」
「ソウルフードは違うかなあ」
美味しい、美味しくない、ではない。いつもの味。
クッキーを口の中に放り込むと単純化された甘さが広がり、おまけ程度に添加された化学的なイチゴ味が風味を添えた。
サクサクと口の中で砕ける食感も単純なもの。均一に分割され砕けていく。粉っぽさが残らない所は利点とも言えるだろうか。
それを軽ガラス容器の紅茶で流し込む。甘さが強く、お茶特有の渋みは逆に物足りない。香料がきついのは許容する。香りの再現を頑張った証といえよう。
ユキはしょっぱい物にしたようだ。
塩辛さの表現に、本当に辛味を使ってしまった事で不評なタイプの揚げ菓子であろうか。
不評と言われつつも、一部に人気があり無くなる事はない。このゲームのショップもいつの間ににこんな物を登録していたのか。運営のフットワークは軽かった。
メンバーが集まるのを待つ時。ボス前の食事効果に。ただ何となくゲーム内に居たい時に。
口にするのはいつもこの味だった。
「ここの食べ物おいしいけど、こっちがやっぱり落ち着くねー」
「メイドさんに言ったら泣くでしょそれ。だめだよユキ」
「大丈夫だよー。彼女たちにも故郷の味はあるさ。わかってくれる」
ユキがそう語る。そうかもしれない。
ユキはこの世界の人たちをAIだと言いながら、人と変わらずに接している。
ハルが理屈を練って出した結論を、直感的に出してそれに従っているのだろう。そこに悩みは見えない。
目の前で、曰くソウルフードをぱくぱく口に運ぶ彼女を見ながら、ハルは憧憬に目を細める。
◇
そうこうダラダラとしている内に、ルナがやってくる。
リアルはもう朝になっていた。こちらはまだ深夜なので、ずっと居るハルには感覚が掴めなくなってくる。
リアルにも意識を残しているとはいえ、その活用法も主にこちらの客観視の為に使っている。目を覚まして活動をしている訳ではないのだ。
お姫様のお屋敷にあるまじきベッドの上の惨状に、じとーっとルナ目を向けられるが、彼女も深夜のパーティーには憧れる部分でもあったのか、静かに輪の中に入ってきた。
「パジャマが必要ね」
「本格的だねルナ」
「パジャマパーティーだ」
ルナの分の紅茶を手渡すと、微妙に煮え切らない顔をされてしまう。
お嬢様は軽ガラスボトルよりも、ティーカップがお望みだった。
「仕方ないわね。レーティングに合わせるわ」
「ルナちゃん自分で好きなの出していいんだよ」
各自好きにやる。ルールはそれだけだ。
しかしベッドの上にティーカップは危ないので、やはり合わないのだろう。
「ところで何の集まりなのかしら。カナリーも居るのね」
「いますよー。神様降臨の儀式の最中ですー」
「そう。これは贄だったのね」
昨日の事で微妙に心境の変化があったのか、カナリーへの対応が少し柔らかくなっている。
しかしジャンクフードを捧げられる神様とは。それでいいのか。
まあ、カナリーのゆるい雰囲気には案外似合っているのだろう。
そんな中、姿の見えないもう一人が声を上げる。黒曜だ。
彼女、と言っていいのだろうか。彼女の紹介もしなくてはならない。
「《おはようございますルナ様。黒曜です、どうぞよろしく》」
「おはよう。……ハル? この方は?」
「うん、僕のAIだよ。いろいろあってこうなった」
「そう。はじめまして。ハル、後で説明しなさいね?」
流石に順応性が高い。特に疑問も挟む事なく受け入れる。
だが黒曜はそのルナの言に反論があるようだった。
「《いいえルナ様。初対面ではありません。一方的ではありますが、ハル様の中からいつも拝見しておりました》」
「そうなのね。……って、ハル?」
「大丈夫……、さっき言って良い事と悪い事の設定はしっかり済ませたから……」
「一部ハルさんの情報は手遅れでしたけどねー」
犠牲になったのがハルで良かったと思うしかない。
ルナの個人情報を黒曜がうっかり漏らす前に気づけて良かったのは確かだ。
「原因はカナリーちゃんだろー」
「楽しませてもらいましたー」
「なんだか大変だったのね」
察したルナが同情の視線を向けてくれたのが暖かかった。
◇
《スキル・<神託>のレベルが上昇しました:Lv.12》
「ルナも来たことだし、今後の事を話しておこうか」
「でもさ、レベル上げるくらいしか対策なくない? こっちから仕掛ける訳じゃないんだし」
何時までも雑談していたい気もするが、やることはやってしまわないといけない。
<神託>のレベルも上がったことだ、何か聞ける情報も増えているという事も考えられる。
以前、レベルを上げれば聖印の再発行が出来ることを仄めかしていた。他にも特典があってもおかしくはない。
「国王は動いてくれないのかな。アイリちゃんのお父さんでしょ?」
「王子がこの国に滞在をしている事を考えると期待は出来ないわね。許可を出してるのはその国王でしょうし」
「スパイの件もあるしね」
スパイが送り込まれる事になった原因の一部が国王だという話だ。
それを交渉材料に王子の退去を迫るという手も考えられるが、ハルは出来れば国としての問題に広げたくはなかった。
──それに親子で対立する姿は出来れば見たくない。
「そういえばそのスパイの人はサ開前から居たんだから、神様の因縁とは無関係なんだよね」
サ開はサービス開始の略。セレステとの因縁は開始の時なので、スパイとは無関係ということになる。
「そうだね。元々王子の思惑もあったんだろう。それで最初に日に信者の人と接触して行動を起こした、と考えると自然かな」
「神様が利用するのに都合が良かったんだねぇ」
しかし、情報の決め手となるものの多くがカナリーの発言に拠っている事に、ハルは若干の据わりの悪さを感じる。
カナリーの言う事を信じていない訳ではない。むしろ人間の証言より信頼できる。
だが、彼女達から断片的にもたらされる情報によって、全ての物事が進行している。
──これじゃゲームマスターというより、やっぱりプレイヤーだな。
ハルは国家運営ゲームをよくやるために、そう感じるだけなのだろうか。
ハル達プレイヤーのためを思って、劇的な状況を準備して演出してくれているだけ、なのだろうか。
「……カナリーちゃん、その辺って詳しく教えて貰うことは出来る? 向こうの神様の思惑とか」
とは言え、今はカナリーに頼るべきだ。
変に意地を張ってアイリを窮地に立たせるのは本末転倒である。そう思いハルは直接切り出す。
「んー、私たちお互いに全部知ってる訳じゃないんですよー。分かるのは神託の内容。あ、ここで言う神託はスキルとは別のやつです」
「神様から信徒に指示を出すやつだ」
「そうですよー。その内容はログとなって残ります。その中でもハルさん達に開示していいのは本人に関係の深い内容、その中でもハルさん側から求められたものだけです。『全部教えて』は通りませんよー」
──そうだったのか。じゃあ最初の<神託>の時のはギリギリだったんだな。もしかしたらペナルティ覚悟でヒントをくれたのかも知れない。
介入されたのでアイリと合流するのが遅くなった、というものだ。
これはハルから聞いたものではない。ルールに照らし合わせれば禁止の範囲とも取れる。
だが禁止されているから言えない訳ではないのは、ルナの元担当によって証明されている。リスクとリターンを勘案して選ぶのか。直接的でなければ目こぼしされるのか。
「じゃあ、王子とアイリとの会談を引き延ばすように神託を降ろした?」
「その通りですー」
「王子へプレイヤーの情報を教えるように指示した」
「その通りですー」
「アイリとの婚姻によってこの地を手に入れろと指示した」
「分かりませんー」
「今後もアイリに接触するように指示している」
「教えられませんー」
「……」
わざわざ『分からない』と『教えられない』を分けたのには意味があるだろう。ハルに読み取る事を期待したものだ。
重要なのは教えられない方。つまり何かの指示を出しているのだ。
──それが現状の継続じゃないのは嫌だな。無視してればいいだけでは済まなくなってくる。
「国を巻き込んだ形にされたら嫌だね。何とか直接収められないかな」
「ハル君が神様倒しちゃえばいいじゃん。それで解決だ」
「流石に今は無理でしょ。ラスボス、いや裏ボスだよ」
「ハルさんなら出来そうな気もしてきますねー」
「やろうやろう。私も手伝うし」
カナリーにもおだてらるが、流石にこれは鵜呑みにする訳にはいかない。
いずれ出来る、という事かも知れない。今挑んでも状況を悪化させるだけだろう。
「ならば代理戦争は出来て? お互い手駒があるのだからそれを使って決着をつければ良いでしょう?」
「向こうが飲めば出来ますよー」
「いいじゃんそれ。分かりやすい!」
「そりゃまあ勝てればね。王子強そうだよ」
これは朗報だった。しかし飛びつく訳にはいかない。アイリに関わる事だ。
出て来るとしたら向こうは王子だろう。前回はハルが勝ちはしたが、魔法も込みとなると分からなくなってくる。ハルはまだ魔法は素人だ。
「そうなの? ハルが圧倒していたのではないのかしら」
「ハル君の言いたい事は分かるけどね。負けた時もアイツ全く自信喪失してなかったし。むしろ自分にはまだ切り札があるって安心してたようにも見えたよ」
「そうだね。こっちの実力を測ってたかな」
ユキの睨んだ通りであろう。彼の持つ剣あたりが強力な魔法の装備の可能性がある。
熱血に見えながら強かな男だ。ハルの本気がどの程度か試していた。その上で乗ってきたら、勝てると踏まれているということだ。
「えー、どうせハルさんが勝ちますからやりましょうよー。向こうは乗り気ですよー?」
「……カナリーちゃんちょっと待って。もう話つけてるの?」
「はい、私達いつでも連絡は出来ますしー」
AI同士常に連絡が取れるのは当たり前だが、なんとなくハルには、お菓子をつまみながらモニターを広げてテーブルトークに興じる神々の姿が幻視されて憂鬱になった。
──『決闘やんない?』、『いいよ、何賭ける?』ってノリだなー……。
「ひとまず、それはアイリが起きてからね。保留しといて」
「そうですねー」
重要な決定だ。アイリ抜きに決めて良いことではない。
四人はそれまでパジャマパーティーに戻ることにした。
……ルナが<防具作成>で本当にパジャマを作り出しているのだが、ハルも着なければいけないのだろうか?
*
アイリが目覚め、今後の決定が行われる。
その前に、“寝起きに主神”というドッキリがあって大変かわいらしい事になったのだが、残念ながらそれは割愛。
──しかもパジャマだしな。何だこの神。
ルナの作ったパジャマをカナリーも欲しがった。普通に装備できるようである。
ユキはヒモである所のハル君のためにゴールドを稼ぎに行った。
言い方は微妙に傷つくのだが、実際ハルにとってこれは有難い。
カナリーを常時呼び出しておけるし、王子との決戦を行うならスキルを鍛えておかなくてはならないだろう。回復薬はいくらでも欲しい。
「その代理決闘、わたくしが出る訳にはいかないのでしょうか。あちらにも信徒の方は居るのですよね。ならば同じこの世界の人間同士で」
「アイリちゃん強いですからねー。それだと乗ってこないと思いますよー」
「そう、ですか……」
またハルに任せてしまう事が耐え切れない、という様子でアイリがうつむく。
自分の事なのに見ているだけというのはやるせないだろう。ハルにも理解できる。
「ありがとうアイリ。次はきっと一緒にやろう」
「はい! 次は必ず!」
ならば、まずはその次を作り出さなくてはならない。
やるならこの一手で詰むべきだ。
「勝利の暁には何を要求できるの?」
「アイリちゃんとこの土地への干渉禁止を誓約させられますよー。他には何かありますかー?」
「ちょっと待って。それは王子にって事?」
「そうですね。神の行動は縛る事は出来ませんのでー」
僕が負けた程度で自由を奪われる謂れは無い、ということか。
「では、この国そのものへの政治干渉も禁止できますでしょうか。搦め手で来られないとも限りません」
「いいですよー」
「アイリはやる気だけど、こっちの出すものは釣り合ってる?」
こちらは土地の三割の割譲をテーブルに置くようだ。これが釣り合うのか否か、ハルには判断が付かない。
まともに考えれば釣り合わないだろう。向こうは口約束だ。
だが間に神が入る世界だ。それは確実に遵守される。
「まー釣り合いませんねー。でも確実におびき出したいですし。足りない分はセレステのリソースをむしり取りますよー」
「構いません。ハルさんとカナリー様が覚悟を決められているのです。わたくしから何が言えましょう」
「……僕は覚悟決めてるとは言えないけどね」
「でもアイリちゃんが決めたからにはやるのですよねー」
「そうだね」
アイリの決断は早かった。朝食の前にはもう、迷いの無い瞳により是が通る。
そうなってはハルにはもう何も言えない。理屈は分かるのだ。判断が遅くなればなるほど、無関係の人に被害が出る可能性が高まる。それを避けなければならない事が優先される。
「とはいえもう少し時間が欲しいね」
「待ってはくれないでしょうねー。連休中にやりたいでしょうから」
「連休って……」
いきなりリアルの事を持ち出され、がっくりくるハル。
連休は明日までだ。その後一旦、中日が入る。その前に、運営としてゲーム内のイベントを演出する気なのだろうか。
「ハル、勝算はあるのかしら」
「無ければ受けないよ。まあ、王子の都合もあるし今すぐじゃないだろう。黒曜を使って色々試すさ」
「《お任せください》」
「どうせハルさんが勝ちますよー」
「ハルさん! まずは朝ごはんをご一緒しましょう!」
「ありがとうアイリ。そうしようか」
このゲームに食事効果は無い。だがきっとそれに劣らぬものを彼女との食事は与えてくれるだろう。
ハルは決戦に備え、補給に励む。
《スキル・<神託>のレベルが上昇しました:Lv.16》