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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第7章 モノ編

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第208話 退屈な待ち時間を、彼女とふたり

 本日から新章のスタートです。前章と合わせて「マリンブルー&モノ編」の上下構成、といった感じになる予定です。

 舞台の裏側の進行が前章だとすれば、こちらは表側。戦艦にまつわる動きを見せる国やプレイヤー達のお話になりそうです。

「ハル君はお盆に帰省したりはしないのかな」

「しないが。僕がお盆を理由にログアウトしたなんて記憶ある?」

「ないね。言ってみただけ」

「逆にユキはどうなのさ」

「去年のお盆はずっと一緒に遊んでたでしょー?」

「そうだね。言ってみただけ」


 そろそろ八月も半ば。ブルーやモノとのあれこれからは数日が経った。

 日本はお盆休み期間の真っ最中、ではあるが、ユキとハルには特に関係ない。ハルは学生であり、もともと長期休暇の最中。ユキは、仕事のオンオフは自分で設定する業種だ。


「あ、クロフェイの広告だ。久しぶりに見た、そういえば」

「今回はユキは出ないんだね」

「……ずっとあのゲームにかかりきりだし。クロフェイの調整あった事も、大会ある事も今知った」

「さよか」

「左様。今からじゃ練習時間取れないし、スルーで良いでしょ」


 クロフェイ、人気の対戦型ゲームのひとつだ。人気、すなわち大会の賞金額も高く、ユキも前回までは積極的に出場して賞金を稼いでいた。

 最近はフルダイブの隆盛もあって、自分でキャラメイク、キャラカスタムが出来る対戦ゲームが多くなっているが、クロフェイは用意されたキャラクターに入って戦うタイプだ。古いタイプと言える。

 だが、古いから悪い、という事は全くない。


 キャラを自分で作れる、という事は良い事も多いが、バランスが取り難い、という事情も確定で同時に付いて来る。運営としては頭痛の種だ。『六本腕』もそれで再調整に追いやられた。

 その点、決まったキャラを動かすタイプであれば、そのキャラ間の相性調整だけで済む。良いバランス、というものをアピールしやすい利点があった。

 ついでにキャラ人気による稼ぎも出しやすい。


 余談であった。そんなクロフェイの広告が見れる場所、つまり日本へと二人は今来ている。

 今日は地下鉄を乗り継いで、少し遠くまで。言ってしまえば田舎だ。一日に出る本数も少なく、こうして駅で待っていても、二人の他に訪れる客の姿は見えない。

 もうしばらく、待つ必要があるようだった。


「えと、その、あれだし……」

「なにかな」


 ユキが、今は肉体で活動しているため少ししおらしくなった彼女が、顔を赤くしつつ口ごもる。

 今は二人きりのうえ、普段と違って本体だ。いつもは聞けない彼女の気持ち、いつもは“ユキのキャラクター”に塗りつぶされてしまうその本心を、聞きだせるチャンスだった。

 もじもじと言いよどむその言葉を、辛抱強く待つ。


「い、今はハル君が、養ってくれるから、もう賞金いらないし……」

「うんうん。全部任せてくれていいんだよ」

「ふええ……、ハル君がいじる気まんまんの目だ……」

「だって、そんな可愛いこと言われちゃあねえ……」


 今までユキが大会に出て賞金を稼いでいたのは、言ってしまえば生活費のためだ。それにしては過剰に稼ぎすぎの気もあったが。

 それが今は必要なくなった、あの世界のあのお屋敷で、ハルやアイリと一緒に暮らしている。

 半ば強引、いや誘拐じみたその生活を、ユキが受け入れてくれている。ハルとしては、非常に喜ばしいことだった。

 だが、その大きな体を小動物じみて丸める彼女がかわいいので、意地悪は少ししてしまうのだが。


「それは、プロポーズ、と受け取ってもいいのかな?」

「ふぇっ!? ち、ちがくて……、違わないけど、やっぱりちがくて……」


 キザなポーズで、彼女のその長い髪の毛を一房ひとふさ手にする。アイリにやってあげると非常に喜ぶ仕草だが、今のユキには刺激が強すぎたようだ。

 なお、普段のユキにやると効かないどころか逆にハルがいじられる。


「ううぅ、生活費の代わりに体を要求する気なんだぁ……」

「いやそこまでは言ってない」


 耐性の無いくせにすぐえっちな話をしたがるのは、どちらの体も共通だった。





「でも、最初は受け入れて貰えないかもって思ってたよ、ユキには」

「今の生活かな?」

「そう。ユキは自立する事に、何かこだわりがあるのかなって」

「あはは、ないよー?」


 確かに無さそうだ。だが、それは“今のユキ”を見ているから分かる事だった。

 “あちらのユキ”は自信に満ち溢れ、自立する事に意義を見出していたように見えた。確かにハル達と共に行動してくれていたが、常に自身で積極的に先へ先へと進んでいた。


「ゴールドも誰よりも稼いで来てたしさ。僕の事をヒモ扱いするくらいに。……ん?」

「あはは、気づかれちゃった?」

「そこで『気づかれちゃった』なんて言うってことは、やっぱり」

「うんそう。私はハル君をヒモにしたかったの」

「マジか……」


 驚愕の事実がさらりと語られる。これはどう反応していいものだろうか。

 今まで、ユキが各種大会でしきりに賞金を稼いでいたのは自分の生活のために貯蓄しているのだと思い込んでいた。

 彼女もハルと遊んでいる時によく、『安定した収入が無い世界だから、稼げるときに稼ぐ』、といった事を言っていた。

 既に家が買えるレベルまで稼いで、それでも止まらないユキの様子にも、そういうものなのだろうと納得していたハルだ。

 だが実際は、それはハルと暮らす為に稼いでいたという。


「うん。ハル君が卒業したら呼ぼうかと思って、買った」

「何だその大掛かりな計画! 一緒に遊んでる時はそんな素振そぶりまるで見せなかったのに!」


 どちらかと言えばこちらの方がショックなハルだ。突然、ある種の病んでいるとも言える行動について告白された事については、実は特に気にしてはいない。そういうこともあるだろう。

 それよりも、そんな特殊な事を企んでいたい彼女の本心に、日常的に一緒に遊んでいてもまるで気づかなかった自分に危機感を覚える。

 ユキだから良かったものの、これがもし悪意を持った存在であったら、致命傷になりかねない。


「……まいったね、どうも」

「どしたんハルくん?」

「いや、あんだけ一緒にいたのに全然気づかなかった自分に絶望してる」

「あはは、仕方ないよ。……私も、その、ログインするとそういう気持ちどっかに飛んでっちゃう」

「そうなんだ?」

「うん。遊ぶことしか、頭に無くなる? あ、ハル君好きなのは、変わらないよ? でも一緒に遊べれば、満足しちゃう」

「なるほど……」


 ユキはゲームに、いやエーテルネットの電脳世界に非常に高い適正を持った人間だ。

 それゆえログイン時と、そうでない時の意識にはかなりの変性が起こる。どちらもユキではあるが、その考え方には大きな差が出るのだ。

 よく『リアルの事をゲームに持ち込むなよ』、等といった意見を聞くことがあるが、ユキはその非常に極端な例と言えよう。本当に、きっぱりと持ち込まない。

 持ち込んでいないのだから、ハルにどんなに高い洞察力があっても、読み取れないのは当然だ。


「ハル君を出し抜く方法、見つけちゃったね」

「まあ、相手が意識してない、態度に出さない事を読むのはもともと苦手だけどさ」


 その辺りはルナの領分だ。ルナは個人を見ながらその本人を見ない。見るのはその人を含めた、周囲を取り巻く事情だ。

 本人にまるでその意識は無く、誰かのコマとなって近づいてくる、というケースもままあるから、だそうだ。凄い世界である。

 その事を話すと、ユキにも心当たりがあるようだった。


「確かにルナちゃんにはすぐバレちゃったかなー」

「そうだったのか」

「うん。まあこれはね、私がルナちゃんを脅威に思ってたからってのもあると思うけど」

「お金持ちだからね、ルナは」

「うん。私の稼ぎなんて、はした金だ……」

「その気持ちは、僕にも分かる部分がある……」


 何せ、『卒業後はハルが私を養いなさい』、と堂々と言ってのけるのだ。

 どうしろというのか? 自分の何倍もの資産を持つ相手を、養えと言う。悲しくなってくる。


「あはは、でも私には朗報だったかな。ルナちゃんはハル君の家に住むんだから、ハル君の家を、私の家にすればいい。……あ、言ってて恥ずかしいぞ?」

「そんなこと企んでたとはねえ」

「一足先に、アイリちゃんの家がハル君の家になっちゃったけどね……」


 正直申し訳ない。ユキがそんな将来設計を立てていたとはつゆ知らず。


「まあ、ルナちゃんの家と違って世界が違うから、まだ大丈夫かな? 愛人宅にはなれる」

「別荘って言おうよ」

「第二拠点」

「セーフハウス」

「それだ!」

「それではないが」


 まあ、ハルは自動的にアイリを連れて来てしまう関係上、隠れ家(セーフハウス)としての一面も持ってしまうのかも知れない。

 広い家の方が良いに越した事はないし、お世話になるのも良いだろう。

 本当にヒモになってしまうあたり、少ししゃくな気もするが、わざわざ見栄の為に新しく家を買う必要も存在しない。


 そんな事を話しながら、ふたりだけのホームで地下鉄を待つ。

 まだまだ、来る気配はしなかった。





「ルナちゃんはお盆帰ったりしないのかな?」

「ルナんとこは、皆この時期は忙しいんじゃないの? 帰ってるのは見たこと無いよ」

「へー、意外だ。良家の人ってそういう時は必ず集まるもんかと」

「まあ、そういう家もあるかもね」


 彼女の家は、多くが実業家である事も理由として大きいのだろう。逆にこの時期は、繁忙期の家人も多くなるようだ。

 そんなルナは、今はハルの家でアイリと遊んでいる。ハルは今本体でこちらへ、日本へと来ているので、アイリも一緒に付いて来てしまう。連れて来る訳にもいかないので、今日は留守番だった。

 ……別に、留守の番をする必要があるような家ではないのだけれども。


「そういえば、ルナちゃんにとっては逆に、私はハル君をゲームに連れまわす憎い相手だったんだね」

「別に気にする事ないよ? 来たら起こしてくれていいって言ってあったし」


 それに当然ながら、当時からハルは今と同様に並列思考が使えた。“ゲームをしながら起きる”事も今と同様に可能であり、ユキと遊びながらルナの相手もしていた事は二度や三度ではない。

 今と似たようなものだ。


「そうなんだ? でも聞いたら、『ユキが遊んでいる間、私は寝顔を見て過ごしていたわ』、って。……待たせちゃってんだよね、ルナちゃんの事?」

「いやそれはね、権限使ってセキュリティ全部解除して、勝手に部屋に侵入してきただけだから。僕の無防備な姿見て悦にっていただけだから……」

「うわぁ……」


 何を待たされた可哀そうな子を気取っているのか彼女は。

 その『寝顔を見て過ごしていた』、というのも、やきもきしながら待っていた、という意味ではないだろう。愉悦を感じて至福の時を過ごしていた、という意味に他ならない。

 ハルは眠ることが無いので、ログイン中のハルの姿は、ルナにとっては貴重な状況だ。正確にはそれでも眠ってはいないのだが。


「ソフィーちゃんは、お盆帰ったりしないのかな」

「ユキはお盆が気になるんだねえ」

「だってだって、お盆、知らんし……」

「お盆はゲームのイベントにもあまりならないからね」


 ゲームで取り上げられるような行事でしか、世間の催しを知らないユキだった。かく言うハルも、当然そうである。

 お盆なんてものは、休みが増える、つまりユーザーが増える、つまりはイベントが増える時期としか認識が無い。


 その話に出たソフィーの家に、今ハルたちは向かっていた。かなりの田舎であるようで、こうして本数の少ない地下鉄を待っている。

 何だかハルを誘おうとしているらしい、と聞いており、掲示板やらその辺りでも、そういった雰囲気の発言を見かけた事もあった。

 ゲーム内で何か用があるのだろう、プールにでも行くのだろうと、何時誘われても良いように用意はしていたが、まさかのこちら側だった。これは少し予想外だ。

 ハルの他に、普段からよく一緒に冒険しているユキも共に呼ばれている。


「ハル君だけじゃないって事は、えっちな事じゃないんだよね」

「こらこら」

「いや、私も含めて、えっちな事なのかも?」

「えっちな事から離れようね?」


 ……徐々に耐性のついて来たユキだ。うちのえっちな人には後日抗議せねばなるまい。貴重なうちの純情担当だというのに。


「でもさでもさ、男の子をリアルで誘うて、そう取られても仕方ないし」

「まあ、そういう風潮はあるよね」


 ゲームで仲良くなった男女がそのまま恋人になって、というパターンは現代ではありふれている。ハルとユキも変則的だが当てはまる。ハルとアイリは、少し違うか。

 なのでパートナー探しの目的でゲームをやったり、ゲーム内では良かったがリアルで現実を知ったり、などという話は枚挙にいとまがない。


 ソフィーが躊躇ちゅうちょしていたのも、そう取られる事を嫌ってのことだろう。つまり逆説的に、今回はそういう話ではないという事になる。

 ……ユキの真意を読み損なっていたばかりなので、少し自信に欠けるハルであるのだが。


 そうして話していると、ようやくソフィーの家方面へと向かう地下鉄が到着した。


「やっとポップしたね」

「地下鉄はモンスターだったのか……」

「なんか、ハル君とこうしておしゃべりしてると、敵の沸き待ち思い出しちゃう」

「こっちでは、初めてかもね」


 ゲーム中の待ち時間、あちらのユキとこうして何でもない話をして過ごすのはハル達の日常だった。

 その時は、決して色気のある話にはならなかったものだが。


 そんな、少しの懐かしさや妙な新鮮さを胸に、ふたりはようやく到着した地下鉄へと乗り込むのだった。

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