第207話 その献身は誰のため
「という訳で、これからお世話になるマリンちゃんですっ♪ よろしくね、カナリーちゃん!」
「お世話したりしませんよー?」
「またまたっ、そんなコト言わないで♪ それにモノちゃんの面倒も見て欲しいな♪」
「まー、モノちゃんのお世話なら多少はしますけどー」
その日、意識拡張を切った僕、いや“ハルは”、そのまま屋敷へブルーを連れ帰った。ついでのように、モノも一緒について来ている。出会ってからずっと統合した意識でしか見ていなかった彼女たちなので、まだ少し慣れない感じが出ている。
ルナとユキは長時間キャラクターとしてログインしっぱなしなので、今は休憩中だ。といっても、今は二人とも体はこの屋敷にあるのだが。
そのまま連れて来たのはカナリーへの報告、という面もあるが、彼女はハルを通して事のあらましは全て知っている。どちらかと言うと、メイドさん達への面通しという所が大きいだろう。
全員に紹介が済むと、彼女たちは張り切って歓迎会の準備を始めてしまった。アイリもお手伝いするようだ。
そうして今は、ハルと神様たちだけが、応接間でお茶を飲んでいる。
「今日から仲間なんだよっ♪ 一緒に住もう♪」
「住まないですよー。メイドちゃん達が貴女のオーラでノイローゼになっちゃいますー」
「そんなっ! それじゃあ、私もメイドになる♪ この服かわいいし♪」
「じゃあではないが。何も解決してないし。……服はルナが作ってくれるだろうけど、公の場で着るの禁止ね」
「そんなっ! 見せびらかしたい!」
「僕らとの関係があるの一発でバレるでしょ」
メイドさん達は今、夏服としてルナの作ったメイド服を着用している。これはこの世界には普及していない、“日本的なメイド服”なので、プレイヤーが見れば出所はすぐ分かるだろう。スカートも短めだ。
そして当然、ここに住むのも禁止である。メイドさん達はノイローゼになるほどヤワな鍛え方はしていないが、オーラによる緊張がある事は変わりない。たまのお客様で我慢してもらおう。
「それだと、ぼくは住んでも良いことになる、よね?」
「ん? そうなの?」
「そうですねー。モノちゃんはその辺、存在感が薄いというか、上手く切り離して置いてきてますねー」
「ふむ?」
言われてみればそんな感じもする。しかし、そんな事が出来るのであれば、カナリー達もやればいいのではないかと思うのだが、まあやらないという事はそれなりの制限やら何やらがあるのだろう。
「それにー、モノちゃんは大人しいですしー。こんなテンションの高い子といつも一緒なのは、私たちも嫌ですしねー」
「それは仕方が無いじゃありませんか。シリアスな場面でも無いですし。ですが私だって落ち着くことは出来ますのでご安心を」
「いきなり落ち着きすぎだよね?」
「こんな不安定さんをおうちには置けませんよねー」
「カナリーちゃんも酷いね?」
一応ブルーは要求に答えたというのに。しかし実際、この温度差を日常的に相手にするには慣れが必要そうだ。
かと言って常時この落ち着いたブルーで居て、能天気な部分は封印するというのもそれはそれで寂しい気もする。難儀なものだった。
「仕方ないですね。モノちゃんを置いてもらえると言うのであれば、今回はそれで良いとしましょう」
「……思えば今回、ブルーちゃんってずっと、徹頭徹尾、モノの事だけを考えて動いてるよね」
「そうだ、ね。マリンは、ぼくに優しすぎる、ね」
「そんな事はありません。私はきちんと、私自身の為に動いていますよ?」
そうは言うが、今の件に始まった事ではない。事の始まりとなるのは対抗戦だろうか。戦艦の、モノのこの世界への浮上を第一に考えたその構成。
最も露骨なのはここであるが、これは逆に、まずは戦艦を見える位置に持ってこないと話が始まらないということで一応の納得は出来る。気になるのは次からだ。
まずハルからの宣戦を飲んだ理由。これは、受けるのがルールと言ってしまえばそれまでだが、どう見ても、分かりやすくモノの為である。
彼女の領地に直通のゲートを開くこと。すなわち、彼女の領土を黄色の魔力で侵犯すること。これがそもそもの発端だ。
そして、その試合の内容。これは完全にハルの憶測でしかないが、戦艦が、モノがハル側の味方に付く事をブルーは想定していたと思われる。いや、味方に付かせるために、わざと巨大モンスターとの戦いの形を取った。
単純にそれにより、戦艦が自然とモンスターの攻撃範囲に入る。その対抗策として、モノが反撃する理由が生まれる。
そして恐らく、ハルがああして戦艦を動かす事もブルーの想定内だ。対抗戦において、あそこまで的確にハルの行動を操ってみせたブルーが、今回の流れを想定していないとは思えない。
戦闘内容を中継し、ハルの手札を絞ってみせたのもその誘導だと思われる。自分が勝つためと言うよりも、ハルに戦艦を利用させるため。
そういった内容をハルは彼女に向けて指摘する。
「やろうと思えば、君はもっと不利な状況に僕を追い込めたはずだよね」
「買いかぶりすぎですよ。モノちゃんの事は確かに好きですが、私はそこまで献身的な女ではありません。……だってアイドルだもん♪ 自分が第一なんだぞ♪」
「ファンの皆様が第一じゃないのか……」
「ないぞ♪」
言い切りやがった。……まあ、そういう事もあるのかも知れない。彼女は人間を模しているだけだ。彼女が参考にした対象が、残念だったのだろう。
「じゃあ、あの勝利を放棄したような内容も自分の為、つまり負けたかったと」
「いや、あの状況で勝つのが当然と思える人は、普通居ないと思うのですが……」
「まだハルさんに対する認識が甘いですねー、マリンブルーはー」
「だって『どうやって自分がドラマチックに負けるか』、に誘導していたようなものだったし」
「その誘導に乗らなければ、私の勝ちだったとも言えるのですけどねぇ」
そこは、対抗戦の時から一貫している。相手の得手を封じつつも、勝ち筋はきちんと用意し、そこにたどり着けば確実に勝利出来る。
まあ、今回の第二形態は、戦艦だけでは厳しかったとはいえ、主砲の火力が大いに貢献したのは動かない。
その、ゲームマスターの意図とも言うべき彼女のシナリオは、常にプレイヤーの、ハルの勝利も含めて綴られていた。ハルはその意図に乗っただけだ。
「さっきも言いましたが、それを見つけていただけるのは、製作者冥利に尽きます。それに」
「なんだろうか」
少し言いよどむ。彼女にしては、いや彼女らAIにしては、割と珍しいことだ。
「負けたかった、というのもあながち間違いではありません。負ける相手は、自分で選びたいですし」
「ふむ……?」
その後に、『もちろん勝てるに越した事はないですけどね♪』、と付け加えるが、前言が偽りの無い言葉なのも確かだろう。
その辺りは、何となくマゼンタにも通じる所がある。彼もまた、勝利は目指しつつも、敗北を織り込んで動いていた面があった。
つまりは、何時か誰かに負ける、という事は、彼女ら神々にとっては決定事項なのだろうか。故にこそ、負けるその相手、その状況くらいは自分で選び取りたい。そういった、意味なのだろうか?
続く言葉を期待するも、マリンブルーはその意味深な言葉の内容を説明する気は無いようだった。
アイドルの時とはまた違う、落ち着いた笑みをハルに向けるのみだ。
◇
「……モノちゃんは知ってる? この子の真意について」
「うん。知ってる、よ?」
「あー! ダメですよぅ……、デリカシーの無いハルさんだぁ♪ めっ♪」
「めっ、ではないが」
「ともかくダメなんですぅ♪ 乙女の秘密をお友達に聞き出そうなんて、マナー違反だぞ♪」
言ってることはその通りだが、神に『乙女』とか言われても反応に困る。
そしてマナー違反というよりも、この場合ルール違反なのだろう。その理由には、自力で到達しなければならない。近道は禁止だ。このあたり徹底して、彼女らの口は堅い。
「仕方ない。モノちゃん、彼女が帰った後に聞かせてくれ」
「うん。分かった、よ」
「分かっちゃめっだぞ♪ ……あとナチュラルに追い返そうとするの、悲しくなるので止めてくれません?」
「……アイリとメイドさん張り切ってるから、夕飯には招待されるよ。今日くらいは泊まっていけるんじゃない?」
「おやつも沢山出そうですねー。そこだけは役立ちましたねー、貴女もー」
ハルも別にブルーが嫌いではない。距離感を掴みかねているだけだ。メイドさんがオーラに当てられない程度には、一緒にいても構わない。
「彼の家にお泊り……♪ ついに私はアイドルから、一人の女の子に……♪」
こういった所が、距離感を掴みかねている理由のひとつだ。
「キミの中のアイドル像って、ずいぶん爛れてるのね」
「えー? そういうものですって。むしろファン側がアイドルに望んでいる事を、投影しているだけかも知れませんよ?」
「……なるほど、一理ある。そしてそのキャラの切り替わりはきっと望んでない」
「許してねっ♪」
どうにも慣れないハルだった。これではメイドさんよりも、ハルが先に精神的疲弊してしまうかも知れない。
ハルの身近なアイドル的存在といえばマツバ少年だが、彼はそのあたりかなりストイックというか、徹底して役に準じている印象だった。
それが基準となっているからだろうか。ハルがアイドルという物に求める内容のボーダーラインも上がっている事も考えられる。
「皆のアイドルを自分だけの所有物にしたんだから、好き放題にしたいと思うのが性じゃないかな♪」
「所有物……」
「その通り♪ もう私はハルさんの所有物っ♪」
「ハルさんには私が居ますもんねー、こんなの必要無いですもんねー」
「何人居ても良いものだぞ♪ ……カナリーちゃん、こんなのとか言わないで?」
「いや、その前にどういうシステムになってるか説明して欲しいんだけど……」
そういえば未だに、神を倒すと彼らが指揮下に入るというシステムの説明を受けていない気がする。
ブルーは好感が持てる存在だとはいえ、そんなよく分からない状況で彼女を抱こうとは思えないハルだった。
まあ、きっと彼女らは答えないだろうから、その辺りは隙を見て、今ちまちまとお菓子をかじっている黒髪の少女、モノからでも聞き出そう。
アルベルト同様、彼女もこの地を治める七色神のルールからは少し外れていそうだ。裏技的に得られる情報もあるだろう。
……関係ないが、何か手で掴もうとする時だけだぼだぼの袖が、しゅるり、と生き物のように折りたたまれて小さな腕が出てくるのが面白い。
「そういえば、モノちゃんはこれからどうするの?」
「どうってのは、このゲームの役割、かな? それに関してはぼくの出番はまだ先、だね」
「ハルさんが強引にモノちゃんや戦艦を手中に収めちゃえばー、そこで終わりでもありますけどねー?」
「どき、どき」
つい今しがたブルーを所有物にしたばかりらしいので、続けてモノも、となると節操が無いようにしか聞こえない。
それを置いて考えても、その展開については慎重に選びたい。コトがコトだ。
「歴史の生き証人であり、データベースの役割も果たしてるのがあの戦艦なんでしょ? それを、まだ誰一人として閲覧していない状態で、僕が所有するってのはね」
「隠蔽と取られる、かな? でも誰も知らなければ隠蔽にすらならない、かもよ?」
「知られる事がデメリットなら迷いなくそうするけど。知らせる事で動く展開もあるだろうし」
「ハルは難しいこと、考えてるんだ? ぼくはその辺はどうでもいい、かな」
「本人は無頓着なのか……」
何にせよ、その辺りの事情が動くのはこれからになるだろう。
各国の部隊が、そしてプレイヤー達が動き始め、あの戦艦のロックを少しずつ解除して行く。内部には目を引く物が多数転がっており、モノまで辿り着くのはずいぶんと先だろう。
そのあたりをイベントとしてどう展開し、神々はどのようにヒントを出して行くのか、それによって動きは決まる所が大きいだろう。
自惚れになるが、ノーヒントであれの解析が可能なのはハルくらいのものだ。
なので今は、そういった複雑な事情は置いておき、百年ぶりにこの地上へと帰還したモノの無事を単純に喜ぼう。
寂しい、と語った彼女だ、満足するまで一緒にいてやりたい。
メイドさんへ語り継がれてきた懐かしい味、そしてハル達が持ち込んだ新しい味。それら沢山の料理がずらりと並ぶ、夕食の準備が整ったようだ。
ハルは、そしてブルーも逆側から、モノの手を引くとご馳走の待つ食卓へと少し強引に引っ張って行くのだった。




