第206話 前方へ向けて後退する画期的な機関
四つのビットが正確無比な砲撃を浴びせ続ける。敵ドラゴンの移動スピードはかなりのものだが、その巨体だ、的を絞るのには苦労しない。何より、砲台の性能が非常に優秀だった。
牽制や弾幕による敵の移動制御など必要としない。蛇のような長い体の作りの関係上、偏差射撃の計算も容易であった。
リズムよく四連射が繰り返され、延々とそれが続いていく。敵のHPゲージ、普通ならばミリ単位で削るのも苦労しそうなそのゲージが、目に見えて削れて行く。
「《圧倒的だぁ♪ 休むまもなく放たれる砲台からの怒涛の連射に、龍は逃げ惑うしかない! でも解説のハルさん? ビームのエネルギーはチャージしなくても大丈夫なのかなっ♪》」
「《……僕今あれの制御で忙しいんだけど。……ようは、動力が何処にあるかって問題だよね》」
普通、独立型の浮遊ビットは本体、母艦となる大型機からエネルギーを供給されて動く。
その供給された内蔵エネルギーは、当然、独立起動している間に消費され、それが尽きれば一度母艦へと帰り、エネルギーをチャージし直さなくてはならない。
「《アレを作る事によってこの戦艦は浮上したように、あのビットはここの動力炉も兼ねてる。つまり、ビットは内部でエネルギーを自分で生産できるんだね》」
「《なるほど♪ でも、それだと私たちの立ってるこの母艦が、エネルギー切れになって沈んじゃわないかな? マリンちゃん、溺れちゃうかも♪》」
「《水中で喋ってる奴が溺れるも何もないよね? ……母艦は今ホバリングしてるだけだからね。しかも空中じゃなくて浮力のある水中で。戦闘軌道してる訳じゃないから、エネルギーは十分持つよ》」
「《なら安心だ♪ 解説のハルさん、ありがとう♪》」
「《……いやキミ全部知ってるよね? 聞くまでもなくさ?》」
「《それが実況と解説のお仕事なんだぞ♪》」
……解説ではないのだが。そして、言わなかった事だがエネルギーが切れない理由は省エネだからではない。僕が常時、足元に供給している為だ。
今も<降臨>中であり、カナリーと接続状態にある僕のキャラクターとしての体は、神域にいる彼女を通して、その莫大な魔力を自由に使用可能だ。
勿論、彼女がこの場に居ればその力をもってドラゴンを制圧可能だったろうが、この戦艦の、モノの事を考えれば、向こうに待機してもらっていて正解だったとも言える。
「《おおっとー? 残り三十分を切ったぞ♪ だけどボスのHPはまだ半分以上! どうするハルさん♪》」
「《有効打を与え始めてからは十五分も経ってない。計算をそこからにすれば、四十五分そこそこで撃破可能なはずだ。……何も無ければね》」
「《むむむむ♪ この先、何か予期せぬ事態が発生するのかな♪》」
「《だから知ってるだろキミ! この先何が起こるか! ……HPが五割切ったら変身でもするんじゃないの?》」
「《その50%がそろそろだぞ♪ さあ、何か変化は発生するのか!》」
絶え間ないビットからの砲撃の雨に曝され、ドラゴンのHPが半分を切る。
その瞬間、敵の体が青く発光したかと思うと、今までは通っていた攻撃が一切ダメージを通さなくなった。
「モードチェンジ来たかねー」
ユキが落ち着いた口調で語る。ゲームにおいて、特に強敵においてはよくある事だ。
ある一定のダメージ、三割や五割などのダメージを与えると、行動パターンに変化が表れる。まるで、ここからが本番とでもいうように。
ちょうど、腕を切り飛ばしたら攻撃が激化した時のような変化、それが強制的に発生するのだ。
「攻撃は通らないのですか?」
「変身中はお静かに、ってことだね」
光に包まれたドラゴンはその中で形を変えて行く。その演出中はダメージを与えられないようだ。一旦、ビットを戦艦へと戻して待機する。
「《ここまでは前哨戦か、“挑戦権あり”と判断されたか♪ どうやら本番が開始されるようだぞぉ♪》」
長くうねっていた体はコンパクトに纏まってゆき、その体積を減らしていく。それでも人間と比較すれば十分に大きいが、今までのように目を瞑っていても当てられるような楽さは無くなった。
尾が短くなった代わりに肥大化していく翼は、機動性が向上するであろう様子を嫌でもこちらへ伝えてくる。
「うわー、ハル君、あれはマズイのでは? 当てられる?」
「砲弾の速度、目で追える程度だからなあ。偏差で当てるにも、相手の反応次第かね」
「あの形、速くなるのですか!?」
「アイリちゃんにも、そのうち分かるさ……」
「分かるほどゲームばかりしてはダメよ?」
そういうものなのである。
カッ、と変形の終わった事を知らせる一際大きい発光の後、水龍が一気にトップスピードまで加速する。
その速度は、主砲と同じかそれ以上。生物の出して良い速度ではなかった。周囲の海水は一気にかき乱され、瞬く間に大渦となり周囲に逆巻く。
《アイハブコントロール。防壁、展開》
モノから操作権の強制変更が入り、ビットの制御が移り変わる。突進してくるドラゴンに向け四つのビットが割り込むと、波状のエネルギーが照射される。その波の交点は防壁を成し、迫り来る巨体を迎え撃ち、妨げる。
バリバリと魔力同士が拮抗する力の余波が、付近の海水を沸騰させ泡立たせていた。
「《防いだー! マリンちゃん、九死に一生♪ だが速すぎるぞー♪ これでは今までのように砲撃でダメージを与えるのは困難かぁ♪》」
「《いやこれ砲撃どころか現行の魔法で追いつけるのあるの? 誰向けのボス?》」
「《ハルさん向けだぁ♪》」
「《高評価どーも……》」
一応、僕には当てられる手札があるのは確かだ。律儀に手元から発射して追いかける事はない。移動先に魔法を先置きすれば良い。
しかし、それをやるにも、自陣、黄色の魔力が支配する領域でなければやりにくい。ここは一応中立、マリンブルーの藍色が支配しロックされている訳ではない分マシではあるが、難度は高くなる。
しかも敵の体表からはその藍色の魔力が包み込むように放射され、地雷的な直接破壊は不可能になっていた。あの巨体だ、フィールドの幅も見た目以上の面積を誇るだろう。起爆が十メートルも離れれば、致命傷にはほど遠い。
「《しかし、解説のハルさん! 水の中なのに速すぎだよね♪ どうやって泳いでるんだろう♪》」
「《いや僕が解説して欲しいくらいだけど……、多分あれは、泳いでいるんじゃなくて魔法で前方の海水を圧縮して“前に引っ張られてる”んだ》」
「《なるほど! だから戦艦のシールドにぶつかった時、一気に減速してしかも魔法の干渉が起きてたんだね♪》」
「《やっぱ理解してんじゃん!》」
当然だ。製作者だろう、きっと。
しかし発想が未来的だ。恐らくは、前方の空間を超圧縮して光速以上で航行する、宇宙船のワープ理論を応用したのだろう。
それとも、前方にマイナスの作用を発生させる事で逆に推進器とする、逆推進エンジンだろうか。
「《じゃあハルさんの人魚スーツも似たような物だね♪》」
「《いや出力考えて……、それにあれはプラスの水流を発生させてるだけだよ》」
故に、人魚スーツで追いかけても追いつけはしない。ドラゴンが撒き散らす荒れ狂う水の流れを打ち消すので精一杯だ。
幸い、今までのような水弾や波の攻撃は行って来ないようで、その圧倒的な速度による突進が主になるようだ。広範囲の防御には気を回す必要は無くなった。
とはいえ、今も戦艦の周囲をぐるぐると旋回する巨体が巻き起こす渦は、それだけで脅威だ。アイリはその余波の相殺に回っている。
そんな中を、ルナの魔法やビットの砲撃が追いかけるが、やはりもう当たってはくれないようだ。
前方の海水を自在に操る事による移動は、急制動を自在とし、移動方向を読んでの偏差射撃を無意味なものとした。
こうなると、単純に奴以上の速度の攻撃が必要となる。
「ルシファーが使いたいですぅ……」
「放送されちゃってるから、叶わぬ願いだね。まあ、荷電粒子砲は、水中だと減衰が大きすぎて厳しそうだし」
それでもルシファーの機動力が使えればずいぶん違うだろう。近接戦に持ち込めるのは大きい。
「モノ、さっきのバリアで足を止められない?」
《厳しい、ね? ビットが八基揃ってれば、全方位を囲む事も出来たかもだけど、ね》
「あはは、対抗戦で、全チームに戦艦を作らせるのが正解だった訳だ……」
「言ってもしゃーないよユキ……」
流石にそこまで読めたらもはや未来予知だ。リスクを勘案すれば当時はそうする選択肢は存在しなかった。今言っても、詮無い事。
「仕方ない。ビットには当初の予定通り、火力役をやってもらおう」
「お、つまりバリア役は」
「僕らでやるよ」
「待ってました!」
敵の攻撃手段は突進のみになった。つまりは、敵の攻撃の際だけはこちらの攻撃も届く距離に来る。
その瞬間に動きを止め、至近距離からの砲弾の雨をお見舞いしよう。
「モノ、ビットの制御、そのまま任せた」
《あいあいさー》
僕が戦艦の制御を借り受ける、という形から、完全にモノがこちら側の味方になってしまっているが、楽しそうなので良いだろう。ブルーも気にしてはいないようだ。
彼女の操作で、ビットの動きは巧みに隙を作って攻撃を誘導する。バリアで再び止められるのを警戒していたドラゴンは、ビットがバリア展開を絶対に間に合わない位置を見計らうと、再び突進攻撃を仕掛けてきた。
直撃すれば、一撃死は免れない。
神剣を構え、迎撃の意思を見せると、敵は僕を対象に選んだようだ、一直線にこちらを目指してくる。
予想通りだ。前形態の時に、腕を切り飛ばしたのが利いているのだろう。彼我の距離はぐんぐん縮まり、縮小されたとはいえ人体と比較すれば圧倒的な巨大、その質量が突っ込んでくる。
「《止まったー! これは一体どんな魔法を使ったんでしょう、解説のハルさん……、は忙しそうだね♪ マリンちゃんが解説しちゃうぞ♪》」
やっぱり解説などいらなかったのだ。
「《敵の移動方法はさっき言ったとーり! なので、ハルさんは周囲の海水を固めちゃったのだー♪ 凍らせたって意味じゃないぞぉ♪ 魔法による性質変化を制限したんだね♪ 進行方向の水はもうハルさんの制御下だぁ♪》」
口調とのギャップが凄まじいが、全て正解だ。周囲を黄色の、僕が支配する魔力を放出して覆い尽くし、その内部の海水も含めてロックをかけた。
後方に向けジェット噴射するような移動法であれば止める事は出来なかったが、敵の干渉するのは前方、つまり僕の居る方角だ。あとはこの身で慣性を押さえ込んでやればいい。
「うっりゃあ!」「殴れる位置に来れば!」「こっちのもん!」
その機会を逃す事無く、<分裂>したユキもラッシュをかける。幽体研究所において過剰な強化を重ねたそのボディは、神に匹敵するこのボスに対してもきっちりと有効打を通していた。
僕の拘束から逃れようともがく予兆を見逃さず、移動先に回り込んで魔力の籠の中へと叩き戻す。
ルナからも火球によるピンポイントの援護が入り、その間にも周囲一帯の侵食が完了した。
もはや、どの方向にも魔法で逃げる事は適わない。ついでに、その身の周囲に展開した藍色の魔力も侵食をかけてしまおう。
「《皆さんご覧になられますでしょうか♪ なられませんね、解説しちゃうぞ♪ 今、龍の周囲の海水は全部ハルさんが固めちゃったぞ♪ これはもう袋の中の龍! この後の展開は、そう、袋叩きだぁ!》」
その通りである。拘束が完了すると、モノの操るビットが至近距離から一斉砲撃を開始する。
もはや一切の逃げ場は存在せず、距離による減衰の無い仕様書通りの火力が叩き込まれる。
ルナと、周囲の大渦の沈静化が済んだアイリからも、四方向からの砲撃でもはや物理的にも逃げ場を封じられたドラゴンへ容赦のない魔法攻撃がお見舞いされた。
様々な魔法干渉の坩堝となり、空間も歪み始めている。この状態でも、崩壊を起こさないボスモンスターの体、随分と優秀だ。こんな時であるが感心する。
“ゲームとして”、きちんとHPがゼロになって撃破されるように、徹底的に強度を高めて式を構築してあるのだろう。
……その労力を攻撃力の強化へ回していれば、このように完封される事など無かったのではないだろうか?
「《いける、いけるぞぉ! 砲弾と魔法が渦になって、龍を取り囲んで離さないっ♪ このまま押し込んじゃえー♪》」
僕が、そんな感傷を抱いている間にも、製作者であろう当の本人は陽気に僕らの応援をする実況をしている。
そのHPがゼロになれば、自信の負けも同時に決まるというのに、悲壮感も邪魔の手も、一切表に出すことは無かった。
「なら、そのプロ根性に敬意を払って、」
「《一息に終わらせる気だぁ! ハルさんが前方の固定を解いたぁ♪》」
……セリフを取らないでいただきたい。だがその通りだ、一太刀で終わらせる。
唯一制御を解かれた前方、こちらに向かい、ドラゴンは突進してくる。そうするしかない。
そうして移動経路を完全に制限された先に、僕は神剣を振りかぶる。そうして頭のコアに向け、狙い過たずにその刃を通し、切り裂いていった。
「《決着だぁ♪ ついにHPがゼロになったぁ♪ いやー、見ごたえのある試合だったね♪》」
撃破メッセージが表示されると同時に、その場に残った彼女の色も、藍から黄色へと塗り変わってゆくのだった。
※誤字修正を行いました。報告、ありがとうございます。




