第204話 強襲
「《プレイヤーの皆さんにお知らせですっ♪ ただいま、大規模レイドバトルが発生しました♪ 発見者はハルさんのパーティだあ♪ 戦闘の様子は公式チャンネルで生放送するよ。みんなで見よう♪》」
「なるほど、そう来たか……」
「《実況は着物姿がかわいらしい、マリンちゃんでお送りします♪》」
本人に直接戦闘力が無いという話で、どうするのかと思ったが、モンスターに代理で戦わせるらしい。レイドバトル、主に強襲戦の形を取った、大規模な人数で挑む形式の戦闘だ。
今回、ついでに戦闘内容をイベント仕立てにしてしまう事でゲーム全体を盛り上げることにも余念が無い。たくましいことだ。
「ねーハル君、これってマズない?」
「マズいね。放送されてしまうと、使いにくい技も多い」
「よもや卑怯とは言いますまいな♪」
「言わないよ。戦いってそういうものだし。……でも、どんなアイドルだそれ」
「軍略系アイドル、マリンちゃんなのでした♪」
だからどんなアイドルだ。
まあ、それはともかく。彼女は相手の選択をコントロールする術に長けているのは確かだ。対抗戦においても、“ハルならこの選択は取らない”という誘導のみで僕を追い込んでみせた。
今回も、それが綺麗にハマっている。タイミング的にも申し分ない。
「宣戦布告と同時にカナリーちゃんを呼び出しておかなかった僕のミスだね」
「カナちゃん今からじゃ呼べないの?」
「呼べるけど、僕が自由にカナリーちゃんを使えるってバレる」
「あそっか。今までは一応、本陣の守りの為に戦ってたって扱いだもんね」
「どう見てもハルの為に戦ってる空気は、隠せていなかったわ?」
「それでも、決定的な証拠のあるなしは随分違うのです!」
アイリの言うとおり、憶測と確定は大きな差がある。『それって憶測でしかないよな?』、と疑問を抱く層が一定数いれば、議論に決着は付かない。
「バレるとどうなる?」
「僕が一度もログアウトしてない事実が明るみに出る」
「何故にそこまで飛ぶのさ!」
「ログアウトすれば、<降臨>は消えるだろうからね。<降臨>がずっと継続している以上、逆説的に僕はログアウトしていない」
「……正直、今まで<降臨>の事を忘れていたわ。そこまで思い当たる人間は、居るのかしら?」
居るだろう。そう考えておいたほうがいい。思わぬことに目端を利かせているユーザーというものは何処にも存在するものだ。
このゲームは設定が壮大な関係上(というよりも実際に百年以上の歴史があるのだが)、世界観を詳しく調査したい、という活動目的のユーザーも増えてきている。
うかつな行動は避けるべきだろう。
「しかし、大規模レイドね。あったんだ、そんなシステム」
「裏で地道に用意してたんだよ♪」
「<降臨>も本来、こういう時に使うものなのかしら?」
「ハルさん、<降臨>を今、再び使用した、という体には出来ないのでしょうか?」
「出来ないんだよねえ。前提条件、僕のレベルが足りない。……何でか、ぜんぜんレベル上がらないんだ」
「そうでした!」
このゲーム、レベル100は前提というか、少しやり込むか、対抗戦イベントに何度か参加すれば、簡単に100まで上げられるようになっている。
だが、一度<降臨>でゼロまで落ちた僕のレベルは、何故だかまるで上昇していかない。
後遺症やらペナルティかと思ったが、同じく<降臨>を使用したミレイユは特にその症状も無い様で、僕に特有のものらしい。
「お話は纏まったかなぁ♪ そろそろ来ちゃうぞ♪」
纏まらないし、話した所でこちらに不利な話しか出てこないだろう。戦闘開始は望むところだ。
敵の姿、戦闘方法、それらを実際に見て、組み立てていくしかあるまい。恐らくは、海洋神である彼女に関係する、水棲モンスターだろう。
「黒曜、接続率上昇。限定20%を承認」
「《御意に。限定20%まで、意識拡張を拡大します》」
僕らが身構えると、正面に位置する海面が大きく盛り上がり、そして爆ぜ、しぶきの雨を降らせるのだった。
◇
「《戦闘開始だぁ♪ 出現したのは『レイドモンスター:先触れの水龍』♪ おっきいね♪》」
「でっか……、すっごいねハル君アレ……」
「首だけで二十メートルはあるのではなくって?」
「これで『先触れ』なのですか……、恐ろしいですぅ……」
女の子達が三者三様の反応を見せる。だがその反応は、どれもその巨大さへの驚愕だ。
「まあ、嵐とか災害の先触れ、って意味かもね」
「これ以上大きな方が後ろに控えている、という意味ではないのですね。安心しました!」
「しとる場合か! 来るよ二人とも!」
いつぞやの海蛇が巨大化したようなその姿、竜や龍、ドラゴンといっても色々あるが、蛇のように体の長いタイプなのだろう。
だが蛇とは異なり、人間の体ほどはあろうかという強靭な爪を有する腕と、ヒレのような翼を持っている。
その体が、鎌首をもたげるようにしなると、甲板の上の僕らに向けてその身をうならせる。轟音と共に、巨体に見合わぬ速度での爪の薙ぎ払いが迫ってきた。
「だぁああぁ! 流石に、重いいい!」
「二秒耐えろユキ」
ユキがドラゴンの爪に素手で果敢に立ち向かい、その巨大な腕と自らの拳を衝突させる。体格差などどいう言葉では収まらないそのスケール差、それを物ともせず、両者の勢いは拮抗する。
そうして敵の動きが停止したその一瞬の間に、僕は『神剣カナリア』を取り出すとその腕に向かって振り下ろした。
「《きゃー♪ ハルさん強っよーい! 部位破壊だぁ♪ でもアイテムドロップはしません。残念♪》」
神剣はドラゴンの腕も難なく切り取ると、腕を失いバランスを崩した龍の首へ向けて追撃を放つ。このまま、首を切り飛ばしてしまえれば楽でいいのだが、さすがにそれは叶わぬ願いか。
あらゆる物を切り裂くその薄刃は、ドラゴンの鱗であろうと紙切れの如く刃を通し、難なくその刀身を滑り込ませる。
刃は根元までざっくりと食い込むも、その巨体からすれば、ちょっとした切り傷か。致命傷には至らなかった。
「ハル君ナイスだ!」
「いや、もう今みたいなチャンスは無いだろう。決めておきたかったね」
「初撃決着が好きだなーハル君は」
腕を一本失い、首筋に刀を通されたドラゴンは、当然だがこちらを警戒する。もう、今後は今のような雑な爪の振り払いなど望めないだろう。
これが一般的な、普通のダンジョンに出る一般的なモンンスターであれば、致命傷を負うであろう行動だと分かっていても同じ思考ルーチンで行動を繰り返して来たりする。
だがそれは、『モンスターだから』ではない。『雑魚モンスターだから』だ。雑魚がこちらの戦闘スタイルに合わせ、適宜行動を変更して来たりすればダンジョン攻略のストレスは跳ね上がる。
故にあえて、賢くは設定していない。だがそのため、『モンスターはお馬鹿だ』と勘違いしがちだが、その作者は神様だ。実際は、いくらでも賢く設定可能である。
「距離を離してきたわね? 魔法が来るわ」
「ルナ、防御任せて良い?」
「任せなさい?」
ルナに<HP拡張>と<MP拡張>を限界まで行い、彼女の魔法威力を増大させる。
僕らの足場となるこの戦艦から距離を離し、水圧カッターのようなレーザーの魔法を乱射してくる敵の猛攻を、ルナが防壁の魔法で防いでくれる。
だが、その魔法の雨は一向に途切れる事は無い。
「ハル君これ懲罰踏んだ? 発狂してるし……」
「腕を切られて、怒ったのですか?」
「だろうね。もう迂闊に寄ってきてはくれなそうだ」
海水がドラゴンの体表を伝って吸い上げられては、押し固められて発射される。単純なその繰り返しなだけに、レーザーの雨に終わりは見えない。
何せ材料は無尽蔵、海そのものだ。魔力で一から生み出した攻撃でない分、MP消費も少ないのかも知れない。威力減衰は感じられず、MP切れなども期待できなかった。
「《おおっと! ハルさん達、怒涛の魔法ラッシュに動けなくなったー♪ 早くも大ピンチなのかぁ♪》」
「楽しそうに言わないでくれるかなー」
「ねぇハル君。これ、レイドって言うけどさぁ……、何人連合なら勝てる想定なん?」
「わたくし達が勝つので、四人で十分なのです!」
嫁が勇ましい。だがその通りだ、今はゲームバランスに突っ込みを入れる時ではない。多分このドラゴン、神の接触用筐体よりも強い気がするがそれも突っ込まない。
「変身!」
アイリが戦闘用ドレス、パワードスーツに変身する。キラキラと舞う粒子が彼女の体に集まるようにして、ドレスを形作ってゆく。
ついでに僕も変身しよう。僕の方は演出に気を配る必要は無い。体から不気味に粘液が染み出すかの如く、流体が服を一瞬で形成する。
「たあ!」
防壁の外に踏み出したアイリは、降り注ぐ水流にまるで臆すること無くその身を曝す。
どれだけ水圧があろうとも、どれだけスピードが速かろうとも、彼女の体には届かない。その薄幕一枚、アイリのドレスと世界の狭間は、無限分割された果てしなく遠い空間に阻まれている。
物体である海水を飛ばしている以上、あっという間にそれは減速して足元へと落ちて行った。
「たあ!」
再び、アイリから可愛らしい気合の掛け声と共にパンチが放たれる。
その動作と関連付けられて、発動する魔法があった。空間振動、本来は近距離破壊のための魔法だ。
だがそれは、レーザーと成った海水を介し、ドラゴンの体まで伝わって行く。
「《かわいいパンチなのに威力は絶大♪ 私も見習いたいぞ♪ ドラゴンが汲み上げてた水まで一気に吹っ飛んだぁ♪ あれはね、海水に合わせて空間振動の波形を調節してぇ、レーザーの材料の水だけを吹っ飛ばしたんだね♪》」
「バカっぽい口調で一瞬で見抜かれるとか……」
「一人で解説まで兼ねているのね?」
流石は神である。しかも水の事となれば、尚のことお手の物だろう。
だが彼女の解説の通りだ。材料を一時的に供給不全にされ、レーザーの雨が止む。
この機に乗ぜよとユキが<飛行>で突進し、ルナも魔法を攻撃魔法へと切り替える。
一応、これは本当にレイドモンスターとして開発された存在なのだろう。つまりはゲームシステムに則った存在だ。属性相性による有利が利く。
よほどマリンブルーが意地悪でない限り水属性だろう。その対属性となる、<火魔法>が放たれる。
「《きゃー♪ この熱量はすっごぉい! 焼き魚にしちゃうつもりなら火加減が強すぎるぞ♪ 足元の海水が容赦なく蒸発しています♪ 近くのハルさんとアイリちゃん暑くない? だいじょぶ? そっかー、ならばよし♪》」
むしろ先行して飛んで行ったユキの心配をすべきだろう。後ろから追ってくるように迫る火炎放射に、たまらず戦域を離脱する。流石の彼女も炙られるドラゴンへと近接攻撃を仕掛ける事は出来ないようだ。
その炎の勢いは凄まじく、足元の甲板上に散った海水が余波だけで一気に蒸発して行く。
たまらず、ドラゴンはその身を海中へと沈めてルナの魔法の勢いから逃れるのだった。
「うわ出た!」
「……そうなるわよね?」
「これだから水面から首だけ出してる奴は困るよね」
「??」
「《ゲーマーの皆さんから非難轟々だぁ♪ よく分かってないアイリちゃんだけが癒しだね♪ 攻撃を封じられ、火あぶりにされたドラゴンはたまらず海中へエスケープ♪》」
水中を活動領域とするモンスターにありがちな行動だ。一定時間ごと、または自分が不利になれば、手出しの出来ない水中へと逃れる。
その間はプレイヤーには手出しが出来ず、ゲームとしては上手く作らねば、待ち時間が空くだけのストレス要因となる。
「どうするハル君」
「どうしよっか」
「海ごと爆破とか」
「やめい」
この付近のNPCはこの海で海産物を採って生活しているだろう。あまり生態系を破壊するのは避けたい。
「でも足場が戦艦でまだ良かったよねこれ。普通は船とかで戦うんかな?」
「船が先に沈みそうだ、それは。まあ、僕らには必ずしも足場が必要な訳じゃあ無いんだけどさ」
「《そのとーり♪ さあ、逃げたドラゴンを追って、水中へとその身を投じるのだぁ♪》」
「ええぇ……」
どう見ても罠である。だが、このままドラゴンが水上へその身を出してこないのであれば、そうするより他は無いのであろう。
陽気に語るマリンブルーの頭上には、この強襲戦の制限時間を表すカウントダウンが表示され、それがゼロになればドラゴンは居なくなり戦闘終了なのだろう。討伐失敗となり、僕の負けだ。
その後出しの条件に、一言、もの申したくはあるが、今回こちらは挑戦者なので大目に見よう。戦闘そのものを隠そうとしたマゼンタよりはマシだ。
再び出てきても、ダメージを受けるたびに逃げるのであれば時間が足りない。どうあれ、水中戦をするしか無い。
僕らは眼前に広がる一面の大海原を睨むように、その覚悟を決めるのだった。




