第203話 偶像たる彼女を我が物に
誓約の魔法、興味が無いと言えば嘘になるだろう。
相手に対する行動制限。それは時として破壊力の高さよりも有効に働く。倒して、殺す以外の選択肢が取れるのも大きい。
それに、使いようによっては今回の対抗戦のように言動に制限をかけた特殊ルールでの遊び方を作る事が出来る。利用法は様々だ。
ただ、今すぐここで教わって帰るかというと考え物だ。確実に、習得には時間がかかるだろう。
何となく、思い当たる節はある。“僕が”使える、となるとその時点で絞られるだろう。恐らくは、この身に宿す神のオーラだ。それを使うのだろう
城のパーティーへと参加したあの時、僕のオーラに当てられた人の反応から、少し思うところはあった。僕の思考、僕の感情から、彼らに与える反応もまた変わっているのが観察されていた。
それを昇華し、詳細に定義付けしたのが、誓約の魔法となるのだろう。
「教えよう、か? ハルなら出来る、よ」
何だかぐいぐいと来る。気のせいか、教えたくてたまらない、といった印象も受ける。
常に無表情に近いモノの顔だが、感情表現は案外わかりやすく、今も爛々と輝く両の瞳が、彼女のやる気を主張していた。
「ありがたい申し出だけどね、そろそろ帰ろうかと思ってたんだ」
「そっか……、残念だ、なぁ……」
今度は、分かりやすく、しゅん、とする。その様子は非常に寂しそうで、本当に残念そうだった。僕らは思わず言葉に詰まる。
しかし、話を切り出したタイミングからもしやと思っていたが、これはやはり、モノは僕らを引きとめようと、興味を引きそうな話題を切り出してきたのだろうか?
であれば、やはり今日はやはり一度お暇しよう。この話が終われば、きっとモノは次の話題を取り出してしまうだろう。何せ歴史の生き証人だ、僕らの興味をくすぐる話題の引き出しには事欠かない。
しかし、彼女らの時間感覚がどうなっているかは分からないが、悠久の時の中を、ずっと一人で海の底で過ごして来たのだ。人恋しくもなるだろう。
それは理解できる。痛いほどに。であるので。
「そんな顔しないで、またすぐに来るよ、モノちゃん」
「はい! わたくしも、モノ様にもっと当時のお話をお聞きしたいです!」
「本当? すぐ来る? やった、ね!」
一転、モノは顔を輝かせる。実際、本当にすぐ来ても構わない。話相手が欲しいならば、僕が屋敷に帰ったのち、分身を送り込めば良いだけだ。
それであれば、まあ、いくらでも話していられるだろう。
「ですがハルさん、大丈夫でしょうか? この戦艦に向けて、そろそろ他のプレイヤーが出発しそうですけど。うちの領内に結構、集まってますよ」
「そうか、意外と準備が早いね」
「姿を見られるのは、本意ではないのでは? まして、自由に出入りしているとなれば、なおのこと」
「そうなんだけどね。でもさすがに、この部屋にはまだまだ来ないでしょ、皆」
甲板、上部構造から出入りするから見られるのだ。ならばそこを経由せず、直接この部屋にお邪魔すればいい。
僕はこの部屋の魔力を侵食すると、黄色の魔力に置き換えて行く。
「ブルー、この部屋に黄色い魔力置かせてもらっていいかな?」
「置いてから言わないでくださいよぉ! 何やっちゃってるんですかぁ領主の目の前で。侵略行為ですよぉそれ……」
「マリンブルー、ケチケチしちゃだめだ、よ?」
「いやいや♪ ケチなわけじゃないぞ♪」
なぜそこでアイドル状態になるのか、彼女の情緒もまた、ちょっとよく分からない。
とはいえケチな訳ではないのはその通りだ。当然の主張だろう。この場で攻撃が飛んできてもおかしくない行為だったと言える。
「見られる訳にはいかないから、仕方ないんだ」
「うんうん。仕方ない、ね?」
「下部構造から入ればいいじゃないですかぁ。本来の入り口が、そっちにあります。海の中ですけど……」
「ああ、やっぱりそっちがメインだったんだね」
「ハルが撃沈しなければ、そっちから入ることになった、予定」
「しかもその時は、世界の中心である黄色に向けて航行する予定だったんだ♪ 自業自得だね、受け入れよう♪」
「あー、それならハル君も気にせず侵食できたんだねー」
「いや梔子に飛んで来られるのも、それはそれで困るんだが……」
「民は大混乱ですね……」
どうやら、勢いで押し切ってワープゲートになる魔力を置かせてもらうのは無理のようだ。
僕がおとなしく回収すると、ブルーはあからさまにホッとした様子で、その大きな胸を撫で下ろしていた、物理的に。ぷるん、と揺れる様子が大げさだ。
「じゃあブルーが、ハルの物になれば良いんじゃないか、な?」
「なななな何言ってるのかなモノちゃん!? アイドルに彼氏は御法度なんだぞ♪ 使徒の数にも大打撃♪」
「キミこそ何言ってんのさ……」
微妙に嬉しそうな顔が見え隠れするのが余計に謎だ。あれだろうか、裏表あってこそアイドル、という主張と同じく、スキャンダルあってこそアイドル、という理念でも持ってたりするのだろうか。
「じゃあプロデューサー? みたいのに成ればいい、よ? マリン、欲しがってたよね、プロデューサー」
「プロデューサー……、育まれる絆、結婚、引退、そして妊娠……♪」
「そこは、妊娠が最初でしょうね?」
「ルナまで何言ってんのさ……」
そもそも神は子を孕むのだろうか? 微妙に興味の出る話だが、今はそれは忘れよう。
要するに、マゼンタのように、僕が彼女を撃破して配下に置いてしまえば良い、という話だ。実のところ、僕も少しそれを考えていた。
わざわざ目のまで、喧嘩を売るように領土を侵食して見せたのもその為だ。
カナリーの勢力、その強化のため、神を配下に置いて行くのはいずれ通らねばならぬ必要な道だ。
僕の日和見主義と、神々との接点の無さでマゼンタ以降は特にその機会は無かったが、今は絶好の機会であるとも言える。
彼女の領地で、本人と向き合い、しかも彼女を下す理由もある。周囲に被害が出る事も無いだろう。
「……そのまあ実際、私自身も、悪くない提案だと思ってしまっている部分はあるのですが」
「わ、デレた! デレデレだ! ハル君なにしたん?」
「何もしてないが。……察するに、試合の話だと思うけどね」
「ご明察です。私の意図を、完璧に汲んでくれましたから。嬉しかったんですよ? モノちゃんも、無事に引き上げられましたし」
「……僕としてはそれ、完璧にブルーの手の平の上って事にならない?」
「いえいえ。完全に、私の予想を越えて下さいました。普通思わないですよ? あの条件の本拠地強化を、“製作者の意図”だけで初見でこなして見せるなんて」
まあ、そこは僕としても頑張った部分だ。褒められて悪い気はしない。
完全勝利、という意味では、どのチームにも戦艦を作らせない事が条件となるので、そこは少し悔しい部分だが。
だが、まるで浮上しなければ、こうしてモノと出会う事も出来なかっただろう。そこは結果的に良かったと思った方が良い。
「じゃあ、それに免じてゲートの十や二十……」
「めっ! だぞっ♪ ……やっぱり、一つ許したら他もなし崩し的に次々と要求してくるつもりじゃないですかぁ」
「悪い男ねハル。……泥沼に嵌っていくアイドル、悪くないわね?」
「ルナ、ちょーっと抑えようか?」
「なら、抑えているうちに済ませてしまいなさいな? ちまちまと褒め合っていないで、押し倒してしまうのがお勧めよ?」
それもどうかと思うが。要は、見ていてやきもきするのだろう。確かに、初めはそろそろ帰ろうかという話だったのだ。だらだらと長引かせずに、すっぱりと結論を出した方が良いだろう。
「……そうだね。次の機会となると、人も増えるだろうし」
「押し倒される……♪」
「いやそっちじゃなくてね?」
「宣戦布告だ、ね?」
「ああ。マリンブルー、君に戦いを挑みたい。受けてくれるかな?」
思えば、巻き込まれる形ではなく自分から神に挑むのは、これが初めてとなるだろうか。
◇
「了承いたしましょう。私が敗れればその時は、この身の全てを貴方へ委ねます。……して、ハルさんは、何を賭けてくれるのかなっ♪」
「えっ、僕も何か賭けるの?」
「大胆不敵っ♪ 踏み倒す気まんまんだー♪ ……あの、本気で私だけリスク負う訳じゃ、ないです、よね?」
情緒不安定な様子が何だかかわいい。とはいえ、本当に何も賭けないのも、いじめが過ぎるだろう。僕としては当然、それがベストな流れではあるのだが。
だがかわいいので、もう少しいじめておく。
「僕とアイリは命を賭ける事になるんだ。それ以上の物がある?」
「命までは取りませんよぅ。その、こちらから仕掛ける訳でも無い場合、対価を提示して貰わないことには試合を受ける訳にもいかず……」
「マリンブルー様は、先ほど『了承』なさいました!」
「きゃー♪ マリンちゃん、悪いハルさんに嵌められちゃった♪」
「遊んでないで進めなさい?」
そうしよう。ルナがルナ目だ。
「そうだね。じゃあ僕はマゼンタを賭けよう」
「お断りだぞっ♪」
「ですよねー」
「マゼマゼの評価ぁ……」
最近、何も仕事をしていなさそうなマゼンタを押しつけようとしたら断られてしまった。まあそうなる。
「じゃあ、そうだね、そろそろ真面目に。今まで僕が対抗戦やらなにやらで集めた黄色の魔力、その全てを賭けよう」
「妥当でしょうね。その条件ならば、お受けしますよ」
「えっ、妥当なん? ぼったくりでは」
「普通ならそうなのでしょうけれど、ハルさんは既に一柱、神を撃破されていますので、警戒は上乗せされるのではないでしょうか……」
「それにこの前はオーキッドもぶっとばしてたなぁ♪ 隠してもだーめ♪」
「君らの情報収集の基準が微妙に分からないんだよね。あれは完全にうちの陣地での話なのに」
あれだけ派手にやれば嫌でも目に付くという事だろうか。
……しかし、それだけの力を持っている事を知って尚、勝負を受けてくるということは、その僕に対する勝算も、きちんと持っているということだ。
地の利、であろう。この地、神域ではないが、海のど真ん中だ。海洋神であるマリンブルー、その面目躍如となるフィールド。愉快な美少女が、狩人と変貌するだろう。
それに、僕は彼女の戦い方を知らないが、彼女は僕に対するデータも揃っている事だろう。今までの対抗戦の数々の他、先ほどの話からは対オーキッド戦のデータもある事がうかがえる。
しかしどの道、いずれは通る道である。この機会を逃す手は無いだろう。彼女の神域で戦うよりはマシだと考えよう。
「では、それで進めてしまってよろしいですね?」
「いいよ? ああ、今すぐここで試合開始、ってのだと困るけど」
「しませんよぅ。モノちゃんに迷惑ですし、私、きっと瞬殺されちゃいます……」
「えっ、ブルーって接近戦そんな弱いの?」
「かよわい美少女なんだ、って? それにここでは、ぼくも敵に回る、よ」
「モノちゃん、どっちの味方なのかな……♪」
それは良い事を聞いた。ならば是非今すぐ開始しようと提案するも、それは通らないようだった。当然である。
そのまま僕らはマリンブルーの力によって、試合会場となる、甲板上まで転移して行くのだった。




