第201話 真実の始まり
手元のパネルに意識を集中する。これは末端の端末であり、読むべき部分はここではない。ここへとデータを送ってくる先の情報を集積、処理する上位の端末、さらにその上のデータの海が目的地だ。
「あっ……、んっ……」
「……」
だが、この操作パネルこそが、僕が求めていた物だったとも言える。
情報の海が、比喩ではなく物理的な存在として手の届く場所にあった以上、そこから直接データにアクセスする事も可能だった。
だが信号の形式は、エーテル信号でも電気信号でもなく、魔力信号とでも呼ぶべきもの。正しく解読出来なければ、意味不明な文字の羅列と変わらない。
「だめっ……、そこはぁ……」
「…………」
その複合化に必要な鍵が、この操作盤に埋め込まれている。当然だ、人間が閲覧可能な形で表示するのだ。読める文字に、見える画像に、聞こえる音に直してやらねば意味が無い。
それの解析が済めば、情報の暗号化を解除する上位ノードへその鍵を探しに行き、更に、データの索引を一括管理するシステムを。
「ハルがっ……、入ってくるぅ……」
「……作業中ずっとこれは、ちょっときついぞ?」
「一応聞くけれど、あなた何をしているの?」
進入を開始した途端、モノが艶めかしい声を上げ始め、それを見たルナに非常に粘度の高いジト目で睨まれてしまう。判定の甘くなった最近では久々だ。
「ハルが強引に、押し開いてきた、よ? ムリヤリ、進入」
「強引にファイアウォールを、で、無理矢理データベースへ、だね」
「動けないようにされて、ハルの物にしようと、ね?」
「……セキュリティを停止させて、って、ここもう説明いらんよね?」
「……ずいぶんと、厄介なセキュリティね?」
「ホントだよ……」
プログラム自体は何とかなりそうだが、その間中ずっとモノのえっちな声が響くのは、僕には少し耐えがたい。
ある意味、最強のセキュリティであると言えよう。勘弁してくれ。
「くすぐったかった、かも」
「君自身のデータも、もしかしてこの中にあるの?」
「うん」
「へえ、それはちょっと意外」
神様は、皆、神界のどこぞにある謎空間に自身の本体を置いているのだと思っていた。アルベルトですらそうだ。
モノはそれをしておらず、この戦艦の中に本体があるという。それは彼女の特殊性を、よく物語っているようだった。
「もうおしまい、なの、かな。ハルならきっと、出来ると思う、よ?」
「いや、今の聞いちゃうとね。ごめんねモノちゃん」
「別にいい、のに」
「ハル君が真っ赤になってるの久しぶりに見た!」
「そうね? やっぱりこれが無いと、物足りないわ?」
「わたくしも、ドキドキしてきちゃいました……!」
「勘弁して?」
勘弁してほしい。いや本当に。
ブルーも何処からかハート型のうちわを取り出してアイドルモードだ。髪の毛もツインテに戻っている。……自動なのか、それは。
最近は、アイリとの結婚も無事果たし、女の子との接触にも動じなくなった僕だが、やはり不意打ちだと弱い。慣れた身内の彼女たちとは違う子だというのも大きい。
そんな感じで、僕はこの戦艦のデータへの、彼女へのアクセスを断念する。
元々、どうしても必要な情報ではない。それに、こうして直接話せるようになったのだ。彼女の口から語って貰えば良いことだろう。
まったく、何て恐ろしいセキュリティなのだろうか。
◇
「それじゃあ、何を話そう、かな?」
「やーん♪ もうおしまいなのー♪」
「キミもなに同僚の痴態で興奮してんのさ……、てかやっぱそっちが素なんじゃ……」
「……こほん」
またいつの間にか取り出していたピンク色のペンライトを懐にしまうと、ブルーは髪の毛を後ろへ結び直し、真面目モードへと居住まいを正した。
その擬態は完璧で、一瞬で落ち着いたお姉さんが姿を見せる。どちらが本性なのかはともかく、見ていて飽きない。
「そうですね。ハルさん方は、結局どうしてこちらに? イベントの進行は、もう少し先になりますよ?」
「まあ、だからだね。他のプレイヤーや、特にNPCが来る前に調べておきたかった」
「ハルは、目立っちゃいそう、だね?」
「目立てばよろしいですのに。ハルさんなら、素敵な信仰対象になれますよ。一緒にやりませんか、アイドル?」
「ならんでいいわ」
自分の競争相手が増える事はまるで頓着していないようだ。自信があるのか、それとも仕事が減ると思っているのか。
……よもや、ユニットを組みたいとかだろうか? それならば僕ではなく、女の子たちが適任だろう。
くだらない事を考えていると、それを気にせずブルーからの質問が続けられる。特に本気ではないようだ。
「試合の時はハルさん、戦艦絶対許さないだったので、来てくれないかと思ってましたよぉ」
「まあ、ね。突然、暴れ始めないとも限らないし、警戒はする」
「今日も危険じゃないかを、確かめにきたんだ、ね?」
「そういうことになるね」
一番の目的が何か、といえばそうなるだろう。
アイリが暮らすこの世界の、彼女の生活の平穏を脅かす存在であるか、否か。僕にとって最も重要な焦点はそこだ。
なにせ戦艦である。戦うものだ。
モンスターの脅威に晒されているという設定のこの世界だが、実際はモンスターと遭遇するのはダンジョン内が主だ。実はNPCとモンスターの接点は少ない。
これが、日常的に街の周りに現れる、というのなら、戦艦は希望の星となるだろうが、現状は変なところに足を伸ばさなければ危険はあまり無い。
ならばその力は何に使われるか。もちろん、同じ人間に対してだろう。地球と同じく、戦争にだ。
「少なくとも、ぼくがこの世界の住人を攻撃する事はない、よ?」
「それは良かった」
「ですが、『この戦艦が』となると、その限りではありません。今後のイベントで、操作権を与える事が有り得ますので」
「それは困った……」
ずいぶんハッキリと宣言される。既に、何かイベントの流れが決まっているのだろう。
しかしそれは、本当に困った事になるやもしれない。例えばどこかの国家がこれを所有したとすれば、その砲口が向くのは戦争相手の国、その兵士になるだろう。
「撃沈する、かな?」
「……モノちゃんが乗ってるから、それは出来ないね」
「嬉しい、な……」
「では、やはりハルさんが自分の物にしちゃいますか? モノちゃんごと♪」
「どき、どき」
「それもそれでね。僕がまたやらかすと、それは妻のアイリにも敵意が向いちゃう事になるし」
特に兵器として運用するつもりはないが、僕とアイリの所属する梔子の国が、強力な兵器を独占した、という印象付けは避けられないだろう。
それにより無用な諍いを呼ぶのは本意ではない。
「そもそも、この戦艦は、誰と戦う為に作られたのかしら?」
それまで、事のなりゆきを大人しく見守っていたルナが、会話に入ってきた。
この戦艦は遺産、今の文明が生まれる以前のものだ。当時の記録は全て消失しており、その目的を推し量るのは容易ではない。
僕がなかなかそこに切り込まないでいるので、代わりにその役を買って出てくれたようだ。
「もちろん、人間だ、よ?」
その回答として、モノの口から出たのは衝撃的な、そしてある意味、予想通りの事実だった。
当然だろう。人が、兵器を作る理由など知れている。どの世界でもそれは変わらないだろう。同じ人間に向ける為に決まっていた。
「それは、今の文明が発足する以前の、ということかしら?」
「黎明期も、少し含まれる、よね」
「ですね、モノちゃん。発足当時は、まだ『外敵』も残っていましたから」
「なんかいきなり核心に迫る話し始めた! それて、うちらに聞かせちゃっていい奴?」
「手順はともかく、この部屋へ至ったプレイヤーへの報酬のひとつでもありますから、歴史の真実は。そういった設定を調べるのが好きな方に対する目標でもあります、この戦艦は」
前振り無く語り始められた歴史の真実に、ユキが面食らう。表情には出していないが、ルナも同じようだ。
仕方が無い事と言える。神様たちは、普段はそういった質問には決して答えないのだ。それが唐突に開示されれば、緩急の差に戸惑ってしまうのは当たり前だ。
「報酬ならもっとこう、壮大な雰囲気で、もったいぶって語りだすとかさぁ……」
「今更だぞユキちゃん♪ イベント的な雰囲気が欲しければ、きちんと正規ルートで、イベントをこなそう♪」
裏道でたどり着いた僕らには、もったいぶって演じてやる必要は無い、とばかりに茶化してくるブルーなのだった。
……この変わり身には、しばらく慣れが必要そうである。
◇
「お話、続ける、よ?」
「あ、ごめんねーモノちゃ」
「エーテル……、魔力、だね? その急激な枯渇によって、残ったエーテルの奪い合いによる、大規模な戦争が起きたんだ」
「……そのあたりは、何となく察してたよ。ヴァーミリオンの遺産に使われてる魔力量の膨大さや、現状の世界の魔力圏の少なさからね」
「詳しいんだ、ね?」
「この時点でヴァーミリオンの遺産までたどり着いてる時点で、順序も何もないですよねぇ……」
「悪いね、ブルーちゃん」
確かに、運営の想定するイベント順路をガン無視している。本来、この戦艦で情報を得て、ヴァーミリオンへ、という流れなのだろう。
僕らの場合は、もう立てた仮説の答え合わせの段階になっている。『驚きの新情報!』、といったもったいぶった演出など、望むべくもなかった。
「そこでぼくらは、残ったエーテルを一箇所に集めて、そこにヒトを集める事にしたんだ」
「私たちの齎す文明を受け入れる事を条件に、ですね。安定と引き換えに、そこを誓約していただきました」
「それが、わたくし達の始まり……」
唐突に知らされた自身のルーツに、アイリが感極まる。王族である彼女ですら知らなかった、今の歴史のスタート地点だ。色々と、思うところはあるだろう。
「ショックだった、かな?」
「……ごめんなさいアイリちゃん。私の質問が不用意だったわ」
「いえ、大丈夫です! ルナさんもお気になさらず! 今は、お話をしっかり聞くのです!」
僕らにとっては異世界の話、しかも半ばゲームの設定の話だ。特に感慨を受ける部分は少ないが、アイリにとっては、神話の時代の話だ。
とはいえ、アイリの信仰心は筋金入りだ。真実を聞かされたからといって、その屋台骨が揺らぐ事は無い。ある意味、当時に成されたその誓約を色濃く引き継いだ、模範的な信徒と言える。
「じゃあ、続ける、よ?」
「この戦艦の建造目的ですね。安定した土地が現れれば、当然それを奪おうとする者も現れます。ですが、誓約を遵守しない方々まで守る余力は、私たちにも有りませんでした」
「少ない資源を、大切にさせる。そのための誓約、だよ?」
「信仰の始まりだね」
厳しい土地ほど、その教訓を伝えるべく信仰は深くなる傾向はある。
その戒律が人によって制定されたか、神が直接定めたかの違いはあれど、ある意味で宗教的な始まりは地球と同じである、と言えるのかも知れない。
「彼らは当然、武力でこの地を奪いに来る、よね。だから、それに対する力は必要になった、んだよ?」
「それが、この船という訳か」
「ええ、そうなります」
そこで一旦、モノとブルーは話を区切った。僕らが情報を噛み砕く時間を与えてくれているのだろう。
何せ唐突な事だ。僕は今も意識拡張を継続中なのですんなりと受け入れられたが、与えられた情報はどれも新情報ばかりだ。しかも重要なもの。
特に、今までは仮説でしかなかった、『古代では使いきれない魔力が存在した』、という仮定が半ば肯定されたのは大きい。
ヴァーミリオンの外、ゲーム外で発見した遺跡跡から感じたその暮らしぶりは、真実だったという訳だ。湯水のように魔力を消費しても、なお余りある。夢の資源が空に満ちていた。
それが、何かの事情で一気に量を減らし、消費に供給量が追いつかなくなった。当然、魔力文明の維持はたちゆかない。
だが、だからといって人間は急に今までの生活を捨てられる生き物ではない。
減ったなら、他から奪ってくれば良いという発想の元、戦争が起こったのだろう。その経緯は、容易に想像が出来た。
そんな中で、神々が日本の文化を基準として、新しい文化と生活の場を提供したようだ。
戦争に倦んだ人々がそこに集まり、魔力をあまり消費しないその文化を受け入れる代わりに、安寧を約束された、という流れだったと推測される。
だが、ひとつ分からない事はある。そんな万能の存在だったエーテル、魔力は、なぜ突然枯渇する事になったのだろうか?
※誤字修正を行いました。
おかげさまで、200話を越える事ができました。何時も応援ありがとうございます。
今後も変わらず連載を続けていけるよう、頑張っていきますね。
追加の修正を行いました。報告ありがとうございます。(2022/1/27)




